こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア-第三部【39】-

2024年12月21日 | 惑星シェイクスピア。

【レディ・ジェーン・グレイの処刑】ポール・ドラローシュ

 

(※海ドラ「マイ・レディ・ジェーン」に関してネタばれ☆があります。見る予定のある方はご注意くださいませm(_ _)m)

「マイ・レディ・ジェーン」を見ました♪

 

 >>真実の愛、勇猛果敢な冒険、国王殺しに夢中な人々、真面目くさった英雄的行為、ずる賢い策略、スリル満点の剣による戦い、ほんの少しのマジックリアリズム、盛りだくさんのセックスを描いた壮大な物語はお好き?「マイ・レディ・ジェーン」にようこそ。

 

 と、天ぷら☆のあらすじにあるわけですが、「盛りだくさんのセックス」とあるところに、むしろ萎えて見る気失せるみたいになるのはわたしだけではないと思います(^^;)

 

 いえ、いい年したおばさんなのにカマトトぶってるとか、そうしたことではなく……シーズン1のみで全8話なのですが、わたしの見たところ「盛りだくさんのセックス?この程度で」って感じです。マジで(笑)。

 

 つまりですね、わたしが思うに、今これだけ毎日のように何がしかの映画なりドラマシリーズなりが発表になる昨今――やっぱり何見るかで迷った時、あらすじ見てそこに「セックス」ってあったら見ようとする方が少なくとも数パーセントはいらっしゃるんじゃないかなと思うわけです。昔、二時間もののサスペンスドラマが全盛だった頃、土曜の午後の同じ時間帯枠の新聞テレビ欄見て笑っちゃったことがありました。どういうことかというと、どちらとも例の長いサブタイトルがあって、最後に「~~強姦殺人事件」とあったわけです。まあ、たぶん偶然なんでしょうけども、ただの殺人事件と強姦殺人事件とどっち見るかといえば、「たぶん強姦殺人事件のほうを選ぶ人のほうが多かろう」と思ったというか。

 

 何より、これもわたしが勝手に思ってることなんですけど、超々大ヒットしたGOTがこのあたりの意識を変えたことも大きかったんじゃないかなって気がしてます。GOTは決してエロを前面に押し出したファンタジーというわけではなく、ドラマとしてすべてのパーツが揃った極めて高い完成度を誇っているのみならず、そこに性的な要素も魅力的に絡まっていたことから……その後、ファンタジー+エロ=大ヒットする要素!!、中世~近世の時代物+エロ=大ヒットする要素!!みたいに、「ちょっと勘違いしちゃった残念な作品」というのが多少なりあるような気がします(もちろん、それでヒットした作品もたくさんあるんだろうなと思うんですけど。たぶん)。

 

 くだらない前置きが長くなってしまいましたが、「マイ・レディ・ジェーン」はわたし的には「この程度でセックス盛りだくさんかあ~。大したことないね」くらいな感じであり、このドラマの面白いところはそーゆーところじゃないと思うんですよね(^^;)

 

 まず、主人公のジェーンが今回のトップ画で有名な「英国初の女王だったのに、9日間だけ女王でいて、その後処刑されてしまった可哀想なレディ・ジェーン・グレイ」だというところ。わたし、このことのためだけにこのドラマは最後まで見たといって過言でないと思います

 

 英国で初めて女王になったとして歴史的に記憶されてるのはたぶん、レディ・ジェーン・グレイの次に女王になったメアリー女王だと思うんですよね。まあ、「ハイハイ。わざわざ説明なぞされんでもわかっとるがな」という話とは思いますが、このメアリーの次に女王になったのが有名なエリザベス1世

 

 でも、第1話目を見ていて、9日間しか女王でいなかったことから、「女王」ではなく「レディ・ジェーン・グレイ」として歴史に名を残すことになった彼女がもし生きていたら……という設定に一気に胸がときめくのも束の間、今度は「イシアン」なるぶっ飛び設定が出てきたもので、わたし一旦ここでドラマのほうは止めることにしました。。。

 

 この「イシアン」というのがですね、人間から動物になれる能力を持つ種族のことで、そうではない普通の人間のことは「ヴェリティ」と呼ばれています。それ以外では特に何かぶっ飛びな魔法使いが出てくるということもなく、実際のこの時代を戯画的に切り取ったといったような、すごく面白い英国ドタバタ時代劇エンターテイメントとして成功している作品なのではないでしょうか(自分比☆)。

 

 まあ、わたしの好みとしては大してセックス盛りだくさんでなくていいから、時代考証のしっかりしたドラマを粛々としてやっていただけるのが一番良かったものの、最終的に「イシアン」なるぶっ飛び設定も生きてると思うし、第8話については特に満足感を持って見終わりました

 

 もちろんここは賛否があるかもしれません。なんでかっていうと、「マイ・レディ・ジェーン」は途中でタイトル「マイ・クイーン・ジェーン」となり、レディ・ジェーンは女王として即位します。ただ、政略結婚した相手のギルフォード・ダドリーが実は隠れイシアンでお馬さんに変身することもあり……他に、親しかった侍女がイシアンだったり、また彼らがいかにヴェリティ側から迫害されているかを知り、ジェーンはイシアンを擁護するというか、彼らが迫害されなくてもいい法案を制定しようとしますが、当然貴族たちはこれに猛反対

 

 結局、虎視眈々と王位を狙っていたメアリーが次の女王として担ぎ出され、ジェーンは王冠を彼女に譲り、最終的にロンドン塔送りとなります。このメアリー女王、ジェーンの前に王さまだったエドワード王に毒を持って殺害しようとしていたわけですが、このエドワード王は史実とは違って15歳で死ぬでもなく殺されたように見せかけて実は生きていました。

 

「ああ、じゃあ結局エドワード王が〚わし生きてんねん!!』と言ってメアリー女王は廃位になるってこと?」とわたしも想像しましたが、そのあたりは極めて曖昧なまま終わります。マーク・トウェインの〚王子と乞食』ではありませんが、エドワード王が「ぼく生きてるよ~!!」と王宮に帰ろうとしても、つっとばか時が経っていたせいでしょうか。「ハハッ。エドワード王はとっくの昔に死んだがな」といったような次第で、王宮の衛兵ですらまともに取り合ってくれません。

 

 ドラマの中にはのちのエリザベス1世も「優等生のすこぶるいい子ちゃん」というか、賢い少女として登場しますが、悪役ではあるけれど、何かとコミカルで笑えるメアリーが女王のままお話のほうは終わってしまうという。。。

 

 いえ、わたしこの結末にも特段不満ということもなく、一番大切なのはイシアンだということで何かとぐじぐじ☆悩みがちなギルフォード・ダドリーと主人公のジェーンがいかに結ばれてハッピーになるか――ということだと思うので、あわやふたりともやっぱり史実の通り処刑されてしまうのか!?という最後の最後で、ギルフォードが馬に変身し、ふたりで逃げるというところ……すごく良かったと思います

 

 まあ、最初の設定からいくと、「史実とは違うパラレルワールドで、ジェーン・グレイが女王として英国を賢く治める」みたいなところをわたしは見たかったわけですが、終わってみると「これで良かったんだ」と思ったんですよね。史実でいくとジェーン・グレイも彼女の夫のギルフォード・ダドリーも処刑されるところですが、なんにしてもふたりとも生きていて、お互いに愛していることを確認することが出来た――というところに、ドラマ最大のカタルシスがあると思うので、「まー、残りの細かいことはどーでもよろし☆」っていうんですかね。とにかくわたしの中ではそんな感じでした(^^;)

 

 わたしと同じように、大体この時代のヨーロッパの建物やドレスや王宮の雰囲気その他がとにかく大好き系の方は、概ねのところ楽しめるロマンチックラブコメディでないかと思われます

 

 それではまた~!!

 

 ↓原作のほう、日本語訳で出版されてるのないのでせうか。よ、読みたい(;_;)。

 

 

 

       惑星シェイクスピア-第三部【39】-

 

 クローディアス・ペンドラゴンはその日の朝方、王室専属の理容師アーサー・ワイスを呼ぶと、髭を剃ってもらっていた。美しく整えられた口髭以外は、すべて剃刀によって綺麗に剃られてゆく。

 

 この時、もしアーサーが喉元に当てた剃刀を少しばかり横に引いたとすれば、クローディアスによって罪人たちが拷問にかけられて悲惨に死ぬこともなくなったことであろう。だが、アーサー・ワイスは真面目な勤め人であり、王にそのような謀反を企てようと思ったことはただの一度としてなかったのである。

 

「アーサー、この職を辞任するというのは本当か?」

 

「はい。わたくしも、そろそろ引退する年ですゆえ……」そう言って道具を片付けたワイスは、髪も髭も真っ白な、六十過ぎの老人であった。この惑星としてはかなり長生きしているほうであろう。

 

「ふむ。残念だな。余の髭は今後とも、おまえに任せたかったのだがな。そうだ、アーサー、おぬし、息子がおったろう?城下町で理髪店を経営している……」

 

「ええ……ですが、息子は小心者の腰抜けですからな。王さまの髭を整える仕事ということになりますと、手が震えてうまく仕事が出来なかろうと思われます。どうか、わたくしの後任は誰か別の者をお願い致しまする」

 

「そうか。おぬし、他に誰か推薦したい者はおらぬか?」

 

「そうですね。理容師ギルドにオーティス・ネルソンという男がおります。寡黙な男で、王さまをお喜びさせるような話は出来ませんでしょうが、腕のほうは確かでございます」

 

「うむ、そうか。考えておこう」

 

 何人もの罪人を、極めつけの酷い拷問刑にかけてきたクローディアス王の、頭髪や髭を整える仕事――大抵の者ならば、手が震えて仕事らしい仕事も出来ぬであろうとワイスにはわかっていた。そこでワイスは推薦者としての責任を問われぬよう、(あの男ならば精神的に十分耐えうるであろう)と思われる人物を推挙したのであった。

 

 とはいえ、王の頭髪を整え、髭剃りをしただけで、一年もしないうちに城下町の一番良い通りの最高の場所にすぐにも自分の店を構えられるくらいの俸給が与えられるという、王宮に関連した仕事というのは大抵がそのようなものであった。また、貴族たちとうまく懇意になることが出来れば、さらに金の転がり込んでくる人脈作りにも恵まれるという、それは常に破滅と隣り合わせの大きなチャンスであり、危険なギャンブルでもあったと言えたろう。

 

 たとえば、アーサー・ワイスはサロモンディアス王のお気に入りで、その彼をそのまま先王のエリオディアスもクローディアスも継承するような形で同じ仕事に就かせていた。言わばこの王子たちの成長を見守ってきたという意味でも、ワイスは彼らにとって特別な存在であった。だが、もし彼がそのプロフェッショナルとしての仕事をなまらせ、王宮からもらえる多額の報酬によって酒に溺れるような生活を送りはじめたとしたらどうであったろう。あるいは、ちょっとした失言が原因で王の機嫌を損ねた場合、即刻拷問部屋行きとされるか、王宮への出入りを二度と禁じられていたことだろう。

 

 これは王宮に関した他の仕事にも言えることであり、食事を作る裏方の料理女に至るまで、普通に街で同じ労働量働く三倍ほどの俸給をもらえるにせよ、明日のことはわからなかった。ただ地味に働く小間使いの侍女にしても、いつ何時誰かから自分の犯した覚えのない罪を突然着せられるかわからず、単に解雇されるだけならばまだしも、牢獄へ行く危険性というのも大いにあったからである。

 

 このように、王宮へ出入りするのはどの階級の職人であれ商人であれ末端の下働き人であれ、それは常に危険を伴うことであった。さらには、王宮へ出入りしているというそれだけで、同じ平民の隣人から非常なる妬みを買い、やはりこの場合も突然身に覚えのない罪を告発され、警吏に逮捕される可能性というのもあったと言えたろう。

 

 にも関わらず、王という存在や、王族を取り巻く貴族、その煌びやかな身に纏った衣服や宝石、洗練された生活全般といったものは、平民たちの憧れと羨望の思いを掻き立ててやまなかったようである。同じ人間であるにも関わらず、「貴族である」というそれだけで、そのように生まれつかなかった己を恥じ、よほどの僥倖にでも恵まれなければ同じようになれぬ我が身を鏡で見、溜息を着くのである。

 

 王はアーサー・ワイスが辞去すると、黒羅紗に金刺繍の一張羅を着て、彼のためのお楽しみの場へと従者とともに出かけていった。すなわち、地下の拷問室へである。彼らは毎朝そこで、罪人たち(実際には軽微な罪の者や冤罪だった者も多かったことだろう)が歯を抜かれたり、鉄ゴテで体のあちこちを焼かれたり、爪を剥がされたり、時には目玉をくり抜かれるところを眺めながら、とても美味しく食事をするのである。

 

 クローディアス王の従者は、彼と感覚を同じくするよう、ある意味精神力を鍛え抜かれた者たちだったと言えたろう。以前、ヴァイス・ヴァランクスがそうであったように、「そうすれば王の気に入るから」という理由だけでは、到底こうした人間の拷問刑を「食事をしながら楽しむ」という境地へは至れないものである。また、クローディアス自身、そうした人の微妙な心理といったものを的確に見抜いていた。単に自分の歓心を買いたくて拷問刑を時に褒め称えることさえあるのか、それとも本当にこうした拷問官吏のプロフェッショナルとしての腕前を素晴らしいと感じているのかどうか……ちなみにクローディアスをこのような拷問趣味に走らせることになったのは、王位に就いて間もなくあったある出来事がきっかけであった。

 

 その頃、先王エリオディアスを暗殺したのは、王権を欲した弟のクローディアスか、あるいは彼の一派でないかとの噂が広がり、エリオディアスがそのまま王位に就いていたほうが、何かと政権の旨味に与れたろう人々との間で――深刻な分裂と政治問題が生じていたのである。

 

 エリオディアスを毒殺したのは妻のガートルードであるとクローディアスは知っていたが、(自分のためにそこまでのことをしてくれたのか……!!)と深く感動し、彼女を必ず妻として娶るということを約束していたものである。だが、ここでもやはり邪魔が入った。兄王が毒殺され、その犯人が誰かもわからぬままなのに、その喪も明けぬうちから結婚するなど常識から外れているのみならず、人聞きが悪いというのである。

 

 クローディアスはそれまでの間、自身の忍耐力を総動員し、宮廷の大臣らの間における政治的分裂について、どうにか修復すべく努力してきたつもりである。だが、ある時とうとうカッとしてこう言ってしまった。「余とガートルードが結婚することを歓迎せぬ者は、即刻手打ちに致すぞ」と。その頃クローディアスはまだ、今のような拷問趣味にも目覚めていなかったから、家臣たちも「口だけであって、本当に手打ちにすることまではあるまい」という油断があったに違いない。だがこの時、何かと口うるさかった顧問官のひとりを本当に牢獄送りにし、処刑人が首を刈った日から――クローディアスの運命は変わった。いや、彼自身、この日から本当の意味での王という地位と王権の適切な運用法について目覚めたというべきであったろうか。

 

 例の顧問官の二の舞はご免だ、とばかり、それまで何かと反対してばかりきた連中も、ころりと百八十度態度を変えたのである。クローディアスは(これはいいな)と思った。気に入らない奴は同じようにするぞと脅すか、そのことをちらりと匂わせるだけで――誰もがただ黙って従わざるを得ないのだ。

 

 こうしてクローディアスは『拷問』ということに生まれて初めて興味を持った。また、人を拷問するにもそれ相応の技術が要求され、たとえば首ひとつ斧や剣で斬るのにも、十分に熟達した技を持つ者とそうでない者との間には大きな差があることもわかった。こうして彼は、もともとは身分の低かった処刑人たちに多額の俸給を支払い、彼らの拷問の技を学ぶにつれ、どんどんゾクゾクと興奮する自分を抑えられなくなっていったのである。

 

(どうしてこんなに素晴らしいことを、この芸術を、他の凡人どもは理解しないのであろうか)とすらクローディアスは思った。ゆえに、彼と趣味を同じくする仲間を見つけると、それがいかに評判の悪い貴族であれ、彼は重用した。もっとも、こうしたクローディアスと感覚を一致させることの出来る者は少なかったが、彼はとにかく毎朝、拷問を見ながら食事をし、そこで興奮とともに気分が上がってくると、今度は集中して政務に取りかかるのであった。会議がつまらぬ時などは特に、これが終わり次第また拷問を見られることが、王としての退屈な務めを果たす間の、彼の唯一の気晴らしであり愉しみなのであった。

 

 ところで、サロモンディアス王時代より勲功のあったサミュエル・ボウルズ伯爵が何故突然にして捕えられ、拷問刑にかけられたかであるが、ボウルズ伯はかつて一度、こうした拷問については一切やめにすべきだ、このようなことは王のすべきことでないとクローディアスに進言したことがあったのである。その時は(自分も牢獄行きになるやも知れぬというのに、大したものだ)とある意味感心したのだが、その後、だんだんに腹の立ってきたクローディアスは、何か口実を見つけ次第、やはりサミュエル・ボウルズのことも拷問刑にかけて殺すことを画策してきたのである。特にクローディアスにとっては「エリオディアスさまがあのまま王であられたならば、こんなことにはなっておりませぬぞ」と言われたことに、何より一番カッと腹が立ったのである。

 

 クローディアスは確かに、アベラルド・アグラヴェインやモルディガン・モルドレッドと同じく、自分の兄エリオディアスに対して(王になるにはあまりに凡庸だ)と感じていたにせよ、流石に殺したいとまで思ったことは一度もない。無論、自分が王位に就いたほうが少なくとも兄よりは賢く国を治めていけるのに、何故自分は長子として生まれなかったのであろうかとは幾度となく思ってきた。しかも、彼の場合はこのことに加えて、両親ともに長男であるエリオディアスのことを深く愛し、はっきり弟のクローディアスのことを家族内で疎外した、という問題があったのである。

 

 サミュエル・ボウルズは臣民から慕われる、武勇にも優れた素晴らしい人間であったが、もしそうした王家の秘密について知っていたならば、クローディアスに対しても接し方が違っていただろうことは間違いない。クローディアスは家族内における疎外感に幼い頃より悩まされ、それが何故かと悩み続け――十代も終わろうかという頃、ようやくあるひとつの事実を知るに至ったのである。エリオディアスとクローディアスの父であるサロモンディアスの父、ということは彼らにとっては祖父であるが、このデュアルディアス王というのが、息子の嫁であるデズデモーナに情欲を燃やし、よくちょっかいを出していたというのである。

 

 エリオディアスとクローディアスの母デズデモーナは、清楚な雰囲気の美女であり、はっきり言えば自分の義理の父であるデュアルディアスを嫌っていた。だが、サロモンディアスが政務によって留守にした時など、彼女が妊娠中であれ、息子を産み落としたあとであれ、とにかくやたらベタベタ体に触れたがったりと、デズデモーナは対応に苦慮していたものである。ところが、もともと嫉妬深いサロモンディアスは「嫌よ嫌よと言いながら、実は父の愛撫を喜んでいるのではないか」、「そんなにもこの私を嫉妬で苦しめて楽しいか」などと、あらぬ嫌疑をかけたり、このことでふたりはよく大喧嘩していたものである。

 

 結局デズデモーナは涙ながらに我が身の潔白を訴え、サロモンディアスは反省し、今後は自分の父から妻を遠ざけるべく努力もしたのだが――ある時、これはクローディアスの想像であるが、おそらくデュアルディアスに何か弱味でも握られてか、一度か二度、母は祖父と関係を持ったことがあったのではないだろうか。そして自分が生まれた……そこでサロモンディアスは「おそらくは自分の子に違いないが、父の子である可能性もある」弟の自分を疎んじたのだ。それは母のデズデモーナにしても同様であり、その忌まわしい記憶のためか、デュアルディアス王の息子である自分のことを遠ざけ、間違いなく夫との間の子であると断言できるエリオディアスばかり可愛がったに違いない。

 

 クローディアスがこのような推論に至ったのは、美しい母デズデモーナに祖父であるデュアルディアスが何度となく言い寄ったりすり寄ったりしていたと、そのように家臣らが酒の席にて話していたことがあったからであった。(そう考えれば辻褄が合う……!)と彼は考えた。また、母が自分を妊娠したであろう時期に何があったかを、クローディアスは自分の目的は隠して、母に長く仕えてきた侍女らにも話を聞き、そうでないかと確信を持つに至ったということがある。

 

 彼なりに納得できる理由がわかってみると、クローディアスはある意味ほっとした。最低でも、自分が母が一夏浮気心から関係を持った男との間に出来た子ではなく、王家の血筋の者であることには変わりなかったからである。また、クローディアスは幼き頃より、よく祖父であるデュアルディアス王に面差しがそっくりと言われることがあり、そのたびに普段はあんなに優しい母が険しい顔をするのをよく覚えていた。

 

 クローディアスはこれらのことがわかってみると、健気にも涙を流しつつ、両親の心情についても理解し、ふたりがエリオディアスばかり可愛がるのも無理はない……とある一定の理解を彼らに示しもした。彼にとって兄というのは、(何をやらせてもトロくさい、駄目な愚図)であり、(こんな奴が将来は王となるのか)と軽蔑の眼差しを持って眺めている人間ではあったが、殺意を抱いたことまでは本当に一度もなかった。ここまで駄目な、自分よりもあらゆる分野において格下の人物に対し、両親の愛ということでのみ唯一絶対的に負けなければならぬということが屈辱的だったというそれだけだ。

 

 こうして、外からは一見わからぬながら屈折した家庭で育ったクローディアスではあったが、アベラルドやモルディガンといった公爵家の子息との友情にも恵まれ、王立学校での成績もトップであり、槍に剣に狩猟に馬術と、何をやらせても上手かったことから周囲にも尊敬の念を持たれていたし、彼としてはそれだけで十分だったのである。自分から何ひとつアピールなどしなくても、「エリオディアスさまではなく、弟君であるクローディアスさまのほうがよほど王の器だ」というのは、貴族たちの誰しもが、陰でこっそり口にしていることだと、彼自身よく知っていたからだ。

 

 また、のちに彼の王妃となったガートルード・アグラヴェインとは、実はクローディアスは幼き頃より親しかった。とはいえ、その時点では彼のほうでは恋心のようなものまではなかったのである。ただ、彼女は小さな頃より、彼と似たようなことで悩んでいたのだった。ガートルード自身も美人であったが、彼女の妹のアンジェラは言わばアグラヴェイン家の太陽であった。アンジェラと一緒にいると、ガートルードは常に太陽に対する月のように、日陰者としての役割を担わざるを得なかったのである。

 

 ある時、両親や兄がまたしても自分ではなくアンジェラの要求を通したというので、ガートルードが城館の中庭の泉で涙を流していた時のことである。彼女の涙の訳を知り、(まるで我が家における俺とそっくりではないか)と感じたクローディアスは「俺はアンジェラなんかより、ガートルード、君のほうがずっと好きだよ」と言った。まさか彼女のほうで、小さな頃に何気なく口にしたそのような言葉をいついつまでも忘れず覚えており、自分に恋心まで抱いていたとクローディアスが知るのはもっとのちのことである。だから、その後成長して大人になり、エリオディアスとガートルードの婚約が決まった時も、クローディアスが口にしたことに実は他意はなかったのだ。確かに、彼はその時こう言いはした。「出来れば兄に代わってこの俺こそが君と結婚したいよ、美しいガートルード。でも俺は兄と違って王じゃないからね」とは。

 

 だがその後、エリオディアスとの間に息子まで儲けたというのに、ガートルードは王である夫を毒殺したのである!!「これもすべてあなたを王にするためにしたことなのよ」と告白された時――クローディアスは背筋を突き抜けるゾクゾクするような悦びを覚えたものである。「ああ、ガートルード」と、クローディアスは言った。「俺のためにここまでしてくれるだなんて……」このあと、自分がいかに家族内で小さな頃から疎外されてきたか、またその理由について推測した事柄についても告白すると、ガートルードは涙を流しながら深く同情してくれたものである。

 

 ふたりはその日のうちに激しく抱きあい、最早お互いの存在のこと以外目に入らなくなってしまった。ゆえに、クローディアスは自分とガートルードの結婚を邪魔する者は、それが誰であれ絶対に許すことが出来なかったのである。

 

 だが、このように激しい愛によって結ばれたふたりであったのに、ガートルードが息子のレアティーズと娘のオフィーリアを生んでのちは、だんだん夫婦関係もマンネリ化するようになっていったと言えよう。ガートルードは夫の拷問趣味が理解できなかったし、彼女は彼女で、フォルトゥナ山の麓の樹海に住む、魔女テッサローアの言うことにだんだん耳を傾けるようになっていったのである。

 

 この魔女とガートルードとの出会いは、彼女が夫となったエリオディアスを殺害するのに、侍女とともに毒草探しをしていた時にはじまる。ガートルードはエリオディアスのことが決して嫌いではなかった。また、自分が王妃になれる晴れがましい日のことも楽しみにしてその準備に明け暮れたのであったが、ある意味それがガートルードの花嫁としての頂点であった。エリオディアスは女性を楽しませることの出来るような気の利いた会話の出来る男ではなかったし、甘やかす両親やおべっかを使う貴族たちに囲まれて育ったせいか、全体的に結婚後も子供っぽいままだったのである。また、初めてであるので無理もなかったが、夜の技術のほうも稚拙であった。しかも、彼がイキそうになるといつでも外に精を漏らそうとするので、ガートルードは王室顧問官に相談せねばならなかったほどである。すると、彼はそんなプライヴェートなことを王に注意するのは如何なものかと思ったのだろう、「王妃さまのほうから、精を外にお漏らしにならず、中にお出しになるよう導かれてはいかがでしょうか」などと、真顔で言った。「そうしないといつまでもお世継ぎは生まれないままだということを、それとなく教えて差し上げるのです」と。

 

 ガートルードは女のほうからそのようなことを言うのははしたないと思ったが、王妃の務めとして子供が出来ないままでは困ると思い、エリオディアスにそのことをあくまでもさりげない調子でベッドの中で教えることにしたのである。すると彼は「ご、ごめんね。そんなことを女性の君に言わせるだなんて……こんな汚いものを綺麗な君の中に出すだなんて、そんな失礼なことはとても出来ないと思ったんだ」ということであった。

 

 こうしてガートルードは間もなく懐妊し、約一年後、ハムレットが生まれた。だが、ガートルードはあとになってから夫のエリオディアスには何も教えず、あのまま毎回外出しさせておけば良かったのだと後悔したものである。そうなれば、エリオディアスとの間に邪魔な王子が生まれることもなかったのに、と……。

 

 ガートルードがエリオディアスを毒殺した理由であるが、赤ん坊を生んでのち、彼女は軽い鬱状態に陥ったのである。おそらくそのせいもあったのだろうが、彼女は再び夫とベッドを共にし、妊娠しなければならないと思っただけで憂鬱だった。ゆえにその殺意は最初、あくまでもありえぬ夢想としてはじまったものだった。エリオディアスが狩猟中に落馬して死ぬなどして(あのドジな夫であれば、いかにもありえそうなことだった)、自分が未亡人になるところをガートルードは幾度となく妄想した。まだ赤ん坊のハムレットの世話は乳母や侍女らにおもに任せ、彼女は気分が優れないと言っては夫と会うことさえ拒んでいたのである。

 

 ガートルードはエリオディアスがなんらかの形で死ぬところを何度となく想像したが、その後ふとこの妄想がもう一段階先へ進んだ。自分が未亡人となり自由な身となるのはいい。だが、息子のハムレットはまだ小さい。となると、次の王になるのはおそらくクローディアスだろう。彼女は王冠というものに釣られなかったとすれば、兄王ではなく弟の彼のほうと結婚したかったのである。だが、自分は妊娠して太ったし、一度他の男のものになった女に、しかも昔から不仲であると言われてきた兄と結婚した女に、クローディアスは興味を示してくれるものだろうか?

 

 クローディアスはガートルードが王妃になってからも、何かと彼女のことを気遣う言葉をかけてくれ、誕生日には今までと同じく宝石をプレゼントしてくれたりと、ガートルードが勘違いしても無理のないことを色々していた。クローディアスとしては、義理の姉であり、王妃である方に対して当然と思ってしてきたことであったが、もともと小さな頃より彼に恋心を持っていたガートルードが、何かと都合のいいように解釈してしまったのも無理はない。

 

 こうしてガートルードはフォルトゥナ山の麓の樹海まで、毒草探しに出かけていった。無論彼女の侍女たちはそんな王妃の企みなど何も知らなかったから、「気分転換にもなってようございましょう、王妃さま」と、産後塞ぎ込みがちだった自分たちの女主人の意見に喜んで同調した。無論、ガートルードは「毒草探しに出かけたい」などと直接的なことは言わず、「そろそろキノコ採りの季節ね。出かけてみようかしら」と口にしたというそれだけである。

 

 ひとり、薬草やキノコ類に詳しい侍女が呼ばれ、ガートルードは騎士たちの護衛とともに、御輿に乗せられて樹海へ出かけていった。この樹海については、奥深くまで迷い込むと帰って来られないとよく言われていたが、たくさんの珍しい草花などが群生しているため、道に迷わない程度の入口付近を散策するというのは、王都に住む人間が気晴らしとしてよくしていることであった。

 

 真っ赤な傘や真紫の猛毒があるというキノコを見るだに、ガートルードはゾクゾクした。そのキノコをなんらかの形で夫のエリオディアスに食べさせ、彼が苦しんで死ぬところを想像するとなんとも愉快爽快であった。そんな想像が脳裏に浮かぶごと、ガートルードはくすくす笑っていたのだが、そんな王妃の様子を見て侍女たちはみな(ああ、良かった。あんなに愉快そうなガートルードさまはお久しぶり)などと思い、喜んでいたものである。

 

 ただこの日、雨が降った。おそらくは天気雨であって、すぐやみそうであったが、誰もがみな王妃であるガ―トルードを気遣い、「城へ帰りましょう」と言った。だが、ガートルードは帰りたくなかった。彼女は毒草が欲しかった。いざとなれば、この毒を夫に飲ませればエリオディアスは死ぬのだと、そう思いながらも、実際には自分はそんな大それたことはせず、このまま暮らしてゆくだろう……だが、王宮の退屈で窮屈な暮らしをこれからも耐え忍ぶために、つらい時、やりきれない時にはその毒を時々机から出して眺めながら暮らしていきたいと、ガートルードはそのように願っていた。

 

 そしてその時、「もし……」と声をかけてきた若い女がいたのである。女はプラチナブロンドの真っ白な髪に、恐ろしく青い瞳をしていた。服装のほうは粗末だったが、おそらくはドレスを着て身を飾れば、貴族の男どもがハッとして噂しあうといったような、その種の手合いの女であった。

 

「雨のほうはすぐにやみましょう。粗末なれど、我が家がこのそばにありますゆえ、およろしければ雨宿りされてはいかがかと……」

 

 誰もがこの女、テッサローアに不審なものを感じ、無視したり、「王妃さま、早く御輿にお乗りくださりませ」と促したりした。樹海に魔女が住んでいるという噂は、誰もが知っていることだったからである。

 

「いいえ、わたくしは帰りませぬ。これはきっと天気雨。すぐやめば、楽しいキノコ採りの続きが出来るわ」

 

 テッサローアの屋敷は樹海の暗がりにあり、なんとも陰気であったが、ガートルードはなんとも言えず心楽しく過ごした。彼女がこんな場所でひとりで暮らしているというのも不思議であったし、「男のようなくさいゴミとなど結婚する気はありませぬ」と言ったことも面白かった。

 

 樹海の魔女の屋敷で、ガートルードが何より魅了されたのが、美しい香水瓶に似たガラス容器に入った薬瓶の数々であった。テッサローア曰く、長く薬草を漬けたものから抽出して作るものが主だという。頭痛や腹痛を止める薬、咳止め薬、気付け薬、肝臓や膵臓の働きをよくするという薬などなど……不思議な棚にはたくさんの薬瓶が並び、壁には乾燥させた薬草類が数多くぶら下がっていたものである。

 

 この時、ガートルードは最初「雨がやむまで」と言っていたにも関わらず、結局夕暮れまでテッサローアの屋敷にいた。こんなふうに時間が鳥のように翼を生やして過ぎ去ったことなど、ガートルードには本当に久方ぶりのことであった。しかも最後、テッサローアは青い薬瓶を彼女の手に握らせ、「王妃さまのお望みのものです」と言ったのである。「もし邪魔な者がいれば、その薬を耳から流しこんでください。そうすれば、その者は必ず死にます」

 

「く、苦しむの?」

 

 ガートルードは驚き、怯えたように小さな声でそう聞いた。

 

「ええ、まあ……でもそれも、ほんの短時間のことです」

 

「ありがとう、テッサローア。とても有益で楽しい時間だったわ」

 

 ――その後、ガートルードはその青い薬草瓶を窓辺で光に透かして見ては、前と変わらず、夫のエリオディアスが苦しみながら死ぬところを想像しつつ、くすくす笑って過ごした。実際にその毒を使う勇気までは彼女にもなかったが、ほんの少しでも嫌なことがあると、自分にはそのような道もあるのだと思えることが……彼女には何よりの気晴らしとなることだったのである。

 

 ガートルードにとってエリオディアスの夜の振るまいは、相も変わらず稚拙で我慢ならないものであったが、これも王妃の務めと思い、彼女は耐えた。しかも、この幼稚な夫は「跡取り息子がひとりだけというのでは心許ない。あと一ダースは君との間に子供が欲しいな」などとゾッとするようなことを言うのだった。だが、ガートルードはその度にどうにか怒りを堪え、笑って受け流した。そうした時、ガートルードは心の中では心底(この夫を殺したい)という、強い殺意を覚えていたのであったが。

 

 それでも青い毒入り瓶を心の慰めにしながら、ガートルードは日々、王妃としての務めを果たし続けた。けれど、クローディアスがそのうち婚約するだろうという噂話を聞いた時――ガートルードは砕け散りそうになる自分の心を誤魔化すことが、どうしても出来なかったのである。

 

 よく考えれば、もっと早くに弟のクローディアスも結婚していてまったくおかしくないというのに、ガートルードはこの時、彼の結婚相手の女に例の毒薬を使おうかと深刻に考えたほどだったのである。そしてとうとう……ガートルードは一線を越え、快感などまったく感じない夫とのセックスののち、いびきをかきながらぼりぼり脇の下をかく夫の耳に、青い薬草瓶の中から例の毒薬を耳の中に垂らしたのである!

 

「うッぎゃああああッ!!」

 

 エリオディアスは裸のまま跳ね起きると、自分の手の爪で顔をかき、それから胸のあたりもしきりとかきむしると、全裸のまま苦しみ悶えつつ、夫婦の寝室を駆け回った。かと思うと、今度は頭を抱えて床の敷物の上を転がりだしたのである。

 

 毒薬の劇的な効果に、ガートルードは驚いた。王と王妃の寝室の前には衛兵ふたりの他にいまひとりおり、彼らの間にきちんとした性生活はあるか、どの程度の頻度でそれを持っているかを把握するため、専任の王室顧問官がいた。彼はふたりの間に赤ん坊が出来た場合、本当に間違いなくそれが王家の子であることを保証するため、そのような盗み聞きにも等しいことを行い、記録に残すのであった。

 

 この男、ルドルフ・ガーランドは、エリオディアス王の悲鳴を聞きつけるなり、「失礼致しまするっ!!」と、ドバァンッ!!とばかり両開きのドアを開いて入室してきた。その時にはエリオディアスは下着も身に着けていない格好で、悪霊にでも追いかけられているかのようにベッドの周りを駆け回っていた。それから敷物の上を転げ回り、最後には錯乱し、自分で自分の喉を両手で締め上げるようにして――ガクリと絶命したのであった。

 

「ぶっ、無礼者っ!!下がりなさいっ!!」

 

 自分で夫に毒を盛ったというのに、あまりの事態に茫然とし、ガートルードが裸の胸も覆わず、夫が粗末なものを晒して絶命する姿を見つめていたせいで――ルドルフは王よりも先にガートルードのあまりに大きな胸に釘付けになっていたのであった。

 

 それから彼はハッとすると二度ほど咳込み、濃い口髭の下から「ややッ!!これは大変だぞっ!!」などと白々しく叫んだのであった。ルドルフは衛兵のひとりに命じて医務官をすぐ連れてくるよう命じ、こうしてユリウスが呼ばれたわけであった。

 

 ユリウスはエリオディアスの裸にシーツをかけると、彼の心臓が完全に停止していることを確認し、首筋や手首の脈も取ろうとして、沈痛な面持ちで首を振った。「王は、お亡なくなりになっておられます」と。

 

「ししし、死因はッ!?」

 

 腹上死という言葉が脳裏に浮かび、ルドルフは何故か狼狽した。王妃のあの立派なおっぱいが相手では無理からぬことと想像するのと同時、そのように公式発表するのはいかがなものかと思い、暫し精神が混乱の極致を行ったり来たりした。

 

「毒、ですね」と、ユリウスは冷静に口にした。「そうした毒があるのを知っています。先ほど、王が突然苦しみだし、錯乱してベッドの周りを駆け回ったり、床を転がり、最後には苦しみ悶えつつ絶命したと聞き、確信致しました。間違いございません」

 

「ばっ、馬鹿なことを……今、この夫婦の閨にはわたくしとエリオディアス王のふたりしかいなかったのですよ!?一体誰にそんなことが出来るというのです?」

 

「わかりません」と、ユリウスは首を振った。「というより、あらゆる可能性があるかと……たとえば、これはあくまでもたとえばですが、エリオディアス王が王妃さまをお喜ばせしようと、ある種の精力剤を服用したとします。王はそれを精力剤と信じていたのに、実は毒が混ぜられていたなど、考えられる可能性についてであれば色々あるからです」

 

 夫との性生活の欲求不満を解消するのに、ガートルードはユリウスを何度かそれとなく誘惑したことがあったが、彼はまったく気づかぬ振りをして乗って来なかった。だが、そのような彼がとりあえず自分のことを疑ってはいないらしいとわかり、ガートルードは心底ほっとしていたのである。

 

「だっ、誰がそんなことを……っ!!」

 

 ルドルフはそう叫び、王が死んだというのに泣くのを忘れていたとでもいうように、突然涙を流し、それを袖で一生懸命ぬぐう振りをしていたものである。

 

「こうしたことは、いつの時代にもあったことです。また、これはあくまでも仮にのお話ですが、王に精力剤のようものを渡した者が犯人とも限らず、さらにそれを誰かが毒とすり替えたとも推定できるでしょう。この場合、エリオディアスさまは毒殺されたなどとは公表なさらず、公の発表としては心臓麻痺といったようにしたほうがいいのではないかと……」

 

「さっ、さようですな、ユリウス殿っ!!では私めは、他の顧問官らとこのことについて相談しなくてはならぬため、失礼致しますぞっ!!」

 

 ――こうして民衆たちに対する公式発表としては、エリオディアス王の死は「心臓麻痺」とされたものの、王宮内において王室顧問官や政務に携わる貴族たちの間では、王が毒殺されたということは公然の秘密として誰もが知るところとなったわけである。

 

 ガートルード王妃は、王弟クローディアスに秘密を打ち明け、彼との間の愛を確かなものとすると……ユリウスのことが妙に気になりだした。どうも彼は王妃である自分に敬意を示し、あの場はああした言い方をしたものの、実は最初から自分に嫌疑をかけていたのではないかと、そのような気がしてならなかったからだ。またこの時、近い未来の夫クローディアスへの愛が高じるあまり、ガートルードは我が子ハムレットをも亡きものにすべきではないかと悩みはじめていたのである。

 

 もちろん、初めて腹を痛めて生んだ子だ。可愛くないはずがない。だが、この子が娘ならば自分は迷わず生かしておいたろう。だが、クローディアスが兄王の後を継いで王となるのにも、長い議論が必要だったのだ。また、ハムレット王子が成人するまでの王位とすべきだとの議論も残っており、時にガートルードは(この子さえいなければ……)との狂気に駆られそうになった。そして、実際にそのような狂気を実行に移しそうになっていたところを――彼女はユリウスに見咎められ、思い留まったのであった。

 

「なりませぬ、王妃さま。どうか、どうか、それだけは……」

 

 ユリウスがまだ二歳にもならぬハムレットの命を助けることが出来たのは、エリオディアス王を殺したのはガートルード王妃でほぼ間違いないと睨んでいたからであり、(まさか、流石にそこまでのことは……)と思いながらも、やはり万一のことが気になり、医務官という自分の立場を利用して、王子となるべく長く時を過ごすようにしていたからである。

 

「だって、ユリウス。この子がいるとクローディアスの王権が危ういのよ。そのせいでいつか、あの人はわたくしのことを憎むようになるかも知れない。そう思ったら、この子はいないほうがいい。ほら、この子はまだ小さいもの。痛いとも苦しいとも感じることなく、この毒で……」

 

「ガートルード王妃、信じていただけるかどうかはわかりませぬが、このこと、このユリウス、終生に渡って決して口外致しませぬ。ハムレット王子も、突然死したということにでもすればよろしかろう。それは、この時分の子供にはよくあることでありますゆえ……」

 

 ――こうして、ユリウスはハムレットを連れて逃げ、遠くヴィンゲン寺院に王子を匿い育てるという彼の第二の人生がはじまったわけである。王都のみならず、望まれぬ赤ん坊の子捨てということはこの時代よくあることであったから、王妃がハムレットが死んだということにするのは、そうした赤ん坊との死体のすり替え含めそう難しいことでなかったはずである。ただ彼女はこの時も、樹海の魔女テッサローアの力に頼ったわけである。

 

 こののち、テッサローアはガートルード王妃にとって第一の侍女として仕えることになり、他の侍女や侍従らに対して、彼女は絶大な権力を振るうということになっていく。またテッサローアは、今は没落したとはいえ貴族の血を引いてもいたから、血筋的にはどこの馬の骨とも知れぬ者ということもなかったのである。

 

 ガートルードはどんなことでもまずテッサローアに相談し、ふたりの間では時に意見が食い違うということもなく、彼女たちは深い友情によって結ばれていった。いや、それ以上の強い絆によって……クローディアスとの間に性的関係による結びつきが薄れると、テッサローアはガートルードと同性愛の関係を結び、王妃の飽くなき性欲の炎を慰撫し、やわらげて差し上げたのだったから。

 

 クローディアスはそのことに気づいてもどうとも思わなかったし、夫婦として何日も会わないことが常態化してからも、彼らは王と王妃として実に仲良くやっていた。クローディアス側で何か政権運営に関することで困難が生じると、彼はガートルードにまず相談した。女なりに賢い意見を彼女が口にしてくれるからではない。ガートルードは今も夫の敵は自分の敵であるとして、心の底から彼の言葉に同調し、どんなことに対しても全力で協力を惜しむことがなかったからである。

 

 こうして、サミュエル・ボウルズ伯爵のみならず、クローディアス王に勇気を持って正しい忠言をした者はひとり、またひとりと消されてゆき、それのみならず、アベラルド・アグラヴェイン公爵やモルディガン・モルドレッド公爵や王と王妃の間で一致して「あいつはなんとなく気に入らない」といったご不興センサーに引っ掛かった者は、特段これといった罪などなくとも、大臣としての役職を奪われたり、あるいは領地を取られ他の気に入りの貴族に与えられたりしたものである。

 

 だが、このような栄耀栄華が、自分たちが死ぬまで続くと信じて疑わなかったクローディアス王とガートルード王妃であったが、とうとうそんな彼らの上にも終わりがやって来た。王都においてはここのところ、そう大きなものではなかったにせよ、地震が多発していた。とはいえ遥か昔の文献によれば、フォルトゥナ山が大噴火したのは今から九百年も昔のことであり、彼らはこの活火山が再び噴火するといったようには考えなかったのである。もっとも、歴史的に噴火まではしなかったにせよ、大きな地震が起きて建物が倒壊したといった記録はペンドラゴン王朝の歴史書に、何度となく記録されてきたことではあったが――噴火の前触れの大地震によって、王州全体にその被害が広がると、彼らはハムレット王子軍の導きに従い、なるべく早く負傷者を連れ、そこから逃げることにしたわけである。

 

 ハムレットは母、ガートルードの姿を<エメラルドの中の真珠>とかつては謳われ、今はもうその面影もない王宮の中を必死で探した。彼はすぐにも母の姿を求め、王都テセウスへ向かいたかったが、他の負傷者の援助や、火事場泥棒の取り締まりなど、行く先々のどこの県でも救援が必要であったため、そちらへ直行するというわけにもいかなかったのである。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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