(『7SEEDS』はBL漫画ではありませぬ。たぶん(・ω・)。)
『7SEEDS』、まだ20巻までしか読み終わってないものの、自分的に夏のAチームが大好きっていうのがあって……全キャラ中、一番好きなのは小瑠璃ちゃんなんですけど、この小瑠璃ちゃんが小さい頃から実は安居くんが好きらしかったので、「まあ、小瑠璃ちゃんが好きなら、オラも安居のこと好きになってもええだ☆」くらいの読み方だったのですが――夏のAチームの安居くんも涼くんも、それぞれトラウマを抱えていて、その部分をどう乗り越えていくかっていう人間ドラマの部分が読んでいてすごく面白いです♪
んで、隕石が落ちたあとの地球で生き残るため、あらゆるサバイバル術その他を教わり、鍛えに鍛え抜かれた夏のAチーム7名ですが、他の「春」、「夏のBチーム」、「秋」、「冬」チームといったパンピーグループとの明らかな違い……そ・れ・は(ごきゅり☆)!!
『ドラえもん』といった、他の人が一般知識として当然知っていることをまったく知らないということ!!!
いえ、そりゃ隕石落ちたあとの地球で、『ドラえもん』が全巻残ってても、直接は役に立たないかもしれませんよ?でも、『ドラえもん』じゃなくても、『BASARA』でも『ドラゴン・ボール』でもなんでも……漫画読んで超がつくほど面白いと感じ、「明日もがんばって生きよう!」みたいになるっていうことは、人生で誰しもあるわけじゃないですか。。。
そんで、以下はそこを読んでてわたしが脱線して妄想したことについて、です。わたし、要先生と安居や涼が再会するところまでまだ読んでないのですが……それ以前に、安居が(トラウマゆえに)暴走して、他の生き残ったグループの面々を順にブッ殺してしまった――という設定でよろしくお願いしますm(_ _)m(何をだww)
~このうらみ、はらさでおくべきか!!!~
要先生:「何故だ……安居。何故夏のAチーム以外の人間を順に殺そうとする!?」
あんご:「あんた、『ドラえもん』って知ってるか?」
要先生:「ああ、まあな。平均的な日本人はその全員が知ってるくらいの国民的漫画だろうな……」
あんご:「ハッ。言ってみればそのことが原因さ。あいつら、オレたち夏のAチームが正論を吐いて仕事しろといったことを言う時……きっとそのことが面白くないんだろうな。そこで聞こえよがしにこんなふうに言うわけさ。『あいつら、ドラクエもファイナル・ファンタジーの面白さも知らない、可哀想な連中なんだぜ』といったようにな」
要先生:「……だが、この世界にはもうゲーム機もなければ、正常に働くPCもない。そんなものが一体なんの役に立つ?」
あんご:「問題はそういうことじゃないっ!!オレたちはエリートなはずだっ!!それなのに、あいつらが全員当たり前みたいに知ってることを何故知らない!?他にも、『キテレツ大百科』や『忍者ハットリくん』や『笑ウせえるすまん』や『プロゴルファー猿』や『タッチ』や『ポケットモンスター』や『美少女戦士セーラームーン』や『デリシャスパーティ♡プリキュア』や……(息継ぎ☆)、『うる星やつら』や『北斗の拳』や『ワンピース』や『デスノート』や『名探偵コナン』や『ジョジョの奇妙な冒険』や……例を挙げれば切りがないっ!!」
要先生:「くだらぬ漫画文化など、今の日本で一体なんの役に立つというんだ。おまえ、まさかとは思うが、そんなくだらんことがみんなを殺した理由だとでも言うつもりかっ!?」
あんご:「フッ、そうさ。いつでも高見の見物を決め込んでるあんたに、オレたちの気持ちがわかるはずなんてない。そうとも……きっかけは、本当に些細なことだった。蝉丸という奴が、他のみんなとこっそりオレのことを笑い者にしたんだ。『あの安居って奴、能力のあるすげえ奴なのはわかるけど、なんかちょっと浦見魔太郎的オーラを感じるよな』って。そしたら、その場にいた全員が大爆笑だ。なあ、教えてくれよ、要先生っ!!浦見魔太郎とはなんだ!?一体どんな奴なんだよ。それで、そいつに似てるからって、あいつらより遥かに能力もあって頭もいいエリートのこのオレが、何故笑い者にされなきゃならない!?」
要先生:「えーと、つまりそれはだな……(堪えきれずにブフッ☆と笑う)」
あんご:「そっ、それだっ!!その笑い方だっ!!オレも涼もみんな、その笑い方が気に入らないんだっ!!あいつら言ってたよ。オレたちがもし、サバイバル術その他を授けられる傍ら、夜寝る前に一時間だけでも漫画読んだりゲームしたりする時間さえあったら、情緒の欠けたサバイバル・マシーンみたいにならなくて済んだのかもなって。そしたら、一番の落ちこぼれのナツまで、『可哀想、安居くんたち……』なんて言って泣きだしやがったっ!!オ、オレがあいつのこと助けてやった恩も忘れて……っ!!」
要先生:「そうだな。絵の上手かったちまきに漫画を再現してもらうという手もあっただろうが……ちまきが絵を描いたり彫刻したりだの、生活に直接関係ないことに時間を使いすぎるという理由で、あいつのことは涼が始末してしまったしな。とにかく、今となってはもうすべてが遅すぎる。こんなことになる前に、安居、おまえや涼を排除して、他の生存に適した人間たちを私が生きながらえるようにさせるべきだったんだ」
あんご:「ハーハッハッハッ!!ざまあねえな、先生っ!あんたがオレたちを、そもそもはそんなふうに狂った殺人マシーンに変えちまったんだぜっ!最初、あんたに再会した時には『どのツラ下げてエラそうな口聞きいてんだ、この野郎っ!!』と思ったもんだったが……オレは今は、この神か悪魔が用意したような運命に、心から感謝するぜ、<先生>」
(手に持っていた拳銃で、ズギュ―ン、ズギューン☆と、要先生を撃ちまくるあんごくん)
涼くん:「よせっ、安居。トドメまではまだ刺すな」
あんご:「止めるな、涼っ!!オレがこいつのことを殺すのは、茂の仇であり、繭の仇であり、のばらの仇であり……とにかく、『7SEEDS計画』なんていうクソみてえなプロジェクトのために死んでいった仲間全員の仇のためだっ!!」
涼くん:「(溜息を着いて)わかってないな、安居。オレたちにこれほどまでの地獄を見せた奴を……そんなに簡単に殺すなとオレは言ってるんだ」
あんご:「……どういうことだ?」
涼くん:「もっとじっくりゆっくり生き地獄ってやつを、残ったオレたち全員で<先生>に味わわせてやろうということさ」
あんご:「なるほどな。そういうことか……(ニヤリ☆)」
――というわけで、こののち要先生ことめーちゃんがどうなったのかはわかりませんが……いやまー、エリートすぎて冗談が通じない夏のAチーム、わたし大好きなんですwwという話でした。。。
それではまた~!!
マリのいた夏。-【12】-
ロリにとって高校生活最後の夏休みは、そんなふうに楽しく過ぎていった。その後、ラースとライアンはサッカーの強豪大学として知られる公立大学へ進学し、ルーク=レイは私立のラファエル・コンラッド大、エイドリアンはユト芸大の映像研究科、マリとリサとシンシアとエレノアはマリアンヌ大学、エリとクリスとエミリーは国立ユトレイシア大学へ……というわけで、首都ユトレイシアがいかに広かろうとも、会おうと思えば会える圏内にみな在籍しているということにはなった。ただひとり、オリビア・ホランドだけを除いては。
オリビアが夜行バスに乗って、カークデューク大のあるデューカス州デューケイディア市へ出発するという日、彼女の両親と妹、それに仲間のみんながバスターミナルへ集まり、オリビアのことを見送った。もちろん、デューカス州というのは、ユトレイシアの隣の州であり、高速バスに乗って約七時間、快速電車で四時間程度の距離ではある。それでも、見送るオリビアの父の目にも母の目にも涙があり、その涙が伝染したというのではなく――ロリもエリも涙がこみ上げてきて困った。ドミニクもエミリーも瞳を潤ませていたが、ただひとりマリだけは違ったかもしれない。
「オリビア、あんた自分で決めたんでしょ?だったら、大丈夫よ。今はその昔と違って携帯もあればネットだってあるんだし……でも、わたしに何か話したいことがあったら直接電話して。チャットとかやりはじめるといつまでもえんえん終わらないでしょ?わたし、あのダラダラした時間を無駄にする感じとか、キライだから」
ロリにはわからなかったが、プールでの撮影時、オリビアはマリに何かを相談したようだった。高校に入って以降、マリはリサたちとの関係を大切にするようになり――ロリやエリにとっては違ったが、それはオリビアにとって、『本来はわたしはこういうセレブの子たちとしか対等な関係になれないのよ』といったように感じられることだったらしい。かなり努力して優等生でいることで、学校の同学年の子たちの信頼を勝ち得ていたオリビアと、特にそのあたり、なんの努力もせず、ある種のカリスマ性によって人気のあったマリと……ある意味、ふたりは正反対のように見えて、中学時代、不思議と仲が良かったものだった。
だからこの時、自分の両親や妹には「やだもー、泣かないでよ。留学して外国へ行くってわけじゃないんだから」と、気丈に振るまっていたオリビアが、唯一マリにそう言われた瞬間、堰を切ったように泣きだしたことには、その時にした会話と何か関係があったのかもしれない。
とはいえ、マリがいつも通りクールで、泣いたオリビアに抱きつかれても――顔の表情があまり変わらないくらいだったのが何故か、ロリにはよくわからなかった。確かに、マリがチャット系のものがキライであり、それどころかツイッターやインスタグラム、ブログといったものにも一切興味がないというのは、仲間内でも不思議がられていることだった。また、エゴサーチなるものも一度もしたことがないというのも、マリの場合本当だろうとみんなから思われている。
もちろん、オリビアは来てくれた友達ひとりひとりに感謝していたし、最後、バスが発車して窓から手を振るという頃には笑顔に戻ってもいた。元恋人であるラースともハグを交わし、「高校時代、オリビアのお陰で楽しかったし、つらいことにも耐えられた。本当にありがとう」、「そんなの、わたしも同じだよ」といったように会話して、ふたりは握手して別れたのだ。
また、オリビアの両親の好意によって、このあと彼らはバスターミナルの近くにあるスシ屋――『絵に描いた寿司は食べられない』という店名の店――で、お寿司をご馳走になっていた。本当は、オリビアも入れた全員でここで食事してから彼女を見送る予定だったのだが、残念ながら全員が揃ったのがバスの発車時間ギリギリ目であったため、こうした形になってしまったわけである。
けれど、この時その場にいた彼らのうちの誰も気づいてはいなかった。オリビアの次なる人生ステージへの見送りは、すなわちその場にいた全員にとっても、それぞれが別々の道を歩む、その最初の一歩となる出来事だったということを……。
* * * * * * *
ロリはミネルヴァ短大に通う二年の間、比較的穏やかな二年を過ごした。いや、面接時に面接官から脅されていたように――「我が大学では、本来四年学んで履修すべき教科について、圧縮したような密度の濃い内容によって補うといった形となります。毎年、一年目の終わりには遊びすぎて単位が足りなかった、進学試験にパス出来なかったという理由により、落第する学生が少なからずいます。そのあたり、勉学に対し真摯に向き合う覚悟がありますか?」と――ゆえに、勉強に関しては確かに大変な部分が大きかったと言える。その上、マリは<美術コース>の単位の他に、司書の資格を取るための講義も受けなくてはならなかった。
また、一年目の夏休みの間も大学へやって来て、司書コースの単位を取得しなくてはならなかったし、短大側の好意によって紹介された公立図書館でアルバイトもしていた。そして、その時にロリは印象深い経験をしていた。いや、もともと本が大好きで、本に囲まれているだけで幸せになれるロリではあったけれど、貸し出し業務をしていた時、ルーク=レイ・ハミルトンがやって来て、本を借りていったり、あるいは逆に返却していったりということがあったのである。
「少しだけ休憩時間があって、抜け出せたり出来ないかな?」
「えっと、ごめん。もうお昼休み終わっちゃったし、午後からの短い休憩時間もさっき終わったところで……あとはもう5時まで一時間半くらい、がんばって働かなきゃ」
――ルーク=レイに似ている人が、なんか本棚の間をうろついているような……と、ロリも少し前から思ってはいたのだ。けれどきっと他人の空似のようなものだろうと思い、ただ粛々と貸し出し業務及び返却業務に従事していたわけである。
「じゃあ、その一時間半の間、待っててもいい?」
「えっ!?そ、そんなっ……わたしがルークを待たせるなんて出来ないよ。あ、でも仕事はしなきゃダメだし……」
ロリは自分でも、顔が真っ赤になるのがわかった。あまりに突然の王子の訪問に、相手の顔をまともに見上げることさえ出来ない。
「もちろんそんなの、当たり前だろ?オレ、ロリの仕事が終わるその五時までの間――そこらへんうろついて、本読んだりしてるからさ、そんなふうにしてたら一時間半なんてあっという間だよ。だから、待ってる」
(びっ、びっくりしたっ!!びっくりしたっ!びっくりしたあああっ!!!)
ロリはその後、貸し出しカウンター内で地味に仕事を続ける傍ら、ルークのことが気になって気になって仕方なかった。よく考えてみると、ロリは彼がどんな本を好むのかすら、よく知らない。けれど、政治/経済/哲学の本の棚のあたりに彼が長くいたことから……おそらく、大学でのレポートを書くのに参考になる本を探しているのだろうと、そんな気はした。
(でも、それでいったらラファエル・コンラッド大にだって、すごく立派でクラシックな雰囲気の、素敵な図書館があるのにな。ここは公立図書館とはいえ、蔵書も中央図書館に比べたら、その三分の一もない感じなのに。それに、家からだって結構遠いのに……)
ロリが実際には訪問したことのないラファエル・コンラッド大について多少知っているのは、<世界の図書館案内>というマイナーなテレビ番組がその昔あって、その美術館のような内装に一目で心を奪われたことがあるそのせいだった。さらには、ルーク=レイの同大学への進学が決まってからは、自分がそこで働くところを妄想することもあったが、それと似たシチュエーションが実際に巡ってきてみると、ロリはただひたすらにうろたえるばかりだったと言える。
(でも、たぶんマリのことだと思うんだよね。もちろん、それだったら斜め向かいに住んでるんだから、ただうちに来ればいいだけじゃん!って話ではあるけど……たまたま何かの偶然にでも、マリにうちから帰るところとか、見られたくないってことかな。ええとじゃあ、マリの誕生日のサプライズ・パーティの計画を……って、それはついこの間終わったばかりだしな……)
マリは自分の好きな時に、どこか気まぐれにロリの家へやって来たり、ルークとはさらにそれよりも頻繁な行き来がお互いにあるようだった。けれど、ロリはマリの家へは気兼ねなくいつでもお邪魔することが出来たが、ルーク=レイのハミルトン家へは、用事がある時以外特に訪問したことはないのだった(そして、ルークがオルジェン家へやって来た回数というのはこれよりも少なく、彼がロリにだけ用があって訪ねてきたというのは、ほんの数える程度であったように記憶している)。
「ねえ、オルジェンさん!さっきのハンサムくん、もしかして彼氏だったりするの?」
嘱託職員のおばさんが、ロッカーでそう話しかけてきた。ロリと大体同じ年齢の娘がいるということで、昼休みなどに話しかけられることの多い女性だった。「今どきの若い人って今、何を考えてるのかしら?」、「娘の考えてることがさっぱりわからないのよ」ということで、軽く人生相談されたりしている。
「まさか、まさか」と、ロリは笑って応じた。「小さい頃からの近所のお友達というか、何かそんな感じです」
「へええ。じゃ、幼なじみっていうことね」
その後も、ミセス・オザワの一方的な当たり障りのない世間話が続き――図書館の職員専用通用口から出る時、ようやくロリは「お疲れさまでしたー」と礼をして別れた。ルーク=レイは4時45分ごろ、本を借りる時、「駐車場で待ってるから」とロリに一言いい置いて出ていったのである。それでロリが、図書館の裏手にある駐車場できょろきょろしていると、赤のフォルクスワーゲン・アルテオンから本人が出てきたのだった。
ロリはルーク=レイが車の運転免許を取って以来、ルークがこのぴかぴかの車にマリのことを乗せ、テニスの練習やデートに出かける姿を幾度となく見てきた。そして、それ以前より時々、こう思うことがあったものだった。(マリはきっと、ルークのいるのが空気みたいに当たり前すぎて、自分が世界一幸せな女の子だっていうことに、これからも気づくことはないんだろうな……)ということを。
それは嫉妬というのとは不思議と別種の感情で、ルーク=レイに対し、小さなことが原因で怒ったり癇癪玉を破裂させることの出来るマリであればこそ、王子さまにもっともお似合いの王女さま、いや、女王であり続けることが出来るのだろう――そんなふうにロリはずっと思ってきた。
けれどこの日、小さな頃から長らくマリ王女の侍女である身分に満足してきたロリにとって、驚くべきことが起きた。ルーク=レイが「送っていくよ」と言うので、後部席へ乗り込もうとした時のことだった。「なんで?助手席に座ればいいのに」と彼が言ったことにはじまり、今日のルークの言動に関しては、ロリは違和感がありまくりだった。
(小さい頃からずっと、「オレは君に本当の意味では興味なんてないよ。でも、大切なマリ王女の侍女兼お友達だからね」みたいな態度だった気がするのに……一体どうしたんだろう)
簡単にいえば、それは次のようなことだったかもしれない。ルーク=レイはそれまでロリに対して、『視界には入ってくるが、本当には見えてない』みたいな感じのことが多かったのである。唯一、何かをきっかけにしてふたりきりになった時などは、きちんと向き合って話をしてもらえるが、それもあくまでルークのその時の気分次第であって――貴族の王子が同情心から平民に話しかけるかの如き何ものかといった趣きさえ、時にあるものだった。
「お腹すいてるだろ?どっかで食事してかないか?何か食べたいものとかある?」
「……どうしたの?もしかして何か、マリのこと?でも、マリの誕生日は先月終わったばかりだし、そうなると、『マリがプレゼントとして本当に欲しいものを知らないか』とか、そういうことでもないわよねえ。他に、何かわたしに聞きたいことでもあったとか?」
ロリは首を傾げつつ、ルークにそう聞いた。するとそのあと、ごくりと喉を鳴らすような音が聞こえたのち――彼は思い切ったように、ようやくこう言ったのだった。
「別れたんだ、オレたち。というか、結構前からオレとしてはそういう話をマリにしてた。けどあいつの中ではどうもオレと別れたってことになってないらしくて……その間、表面上はオレもマリが望むとおり、それまで通り『つきあってる振り』をしてたわけだけど、流石にそれも限界だと思ってるんだ」
「えっと、ごめんね、ルーク。そういうことならわたし、たぶんあまり力になれないと思う。というか、お互い別々の大学へ進学して、もしルークにマリの他に好きな子が出来たとか、そういうことなら……」
――この一年の間に、ラースにもライアンにもエイドリアンにも、新しい彼女が出来た。ラースとライアンに関してはサッカーの練習で忙しく、エイドリアンはユト芸大において映画好きの気の合う仲間がたくさん出来、ロリはほとんど会っていない。また、今年の夏休みにキャンプをしようという話は誰からも出ず、自然と流れる形になってもいた。
唯一、女同士のネットワークのみ強く存在しており、オリビアの帰省中はエリともエミリーともドミニクともロリは女子会において盛り上がっていた。オリビアはデューケイディア市に到着後、大学の講義がはじまったのちもホームシックに悩まされたというが、その後同じ科やサークルを通して友達も出来、現在はすでにつきあって半年の、ラブラブな彼氏までいるということだった。ドミニクもテニスサークルの先輩に告白して交際のほうがうまくいっているらしく、彼氏いない組はエミリーとロリのふたりだけだった。エリは現在もクリスと交際を継続しているものの、依然としてキス以上の関係にはないという。
つまり、こうした次第であったから、もしかしたらルークにも、マリに次ぐ運命の出会いのようなものがあったのかもしれない……と、ロリはそんなふうに思ったわけだった。けれど次の瞬間、ルーク=レイの唇から洩れたのは、ロリが予想だにしてない言葉だったのである。
「ロリ・オルジェン。オレは君のことが好きなんだ。それで、君さえよければ……つきあって欲しい」
「…………………」
マリは一瞬にして言葉を失った。確かに、妄想では何かそんなふうに考えたりしたことが、彼女にもある。けれど、実際にルーク=レイからそのように申し込まれてみると――ロリに存在したのはただ、(このことの裏には何かあるのではないか)という警戒心だけだったのである。
「こんなこと、急に言われても困ることはわかってる。だからずっと、黙ってたんだ。最低でも、マリがオレと別れることについて納得するまでは、君に何も言うべきじゃないって……だけど、そんな日を待ってても永遠に来るわけないってわかってるもんだからさ。オレ、大学ではテニスもやめたし、そうすると、講義が終わったあとは比較的時間も余ってて暇なわけ。そしたら、色々考えちゃうんだよな。こうしてる間にも、ロリには新しい彼氏が出来るかもしれないとか、そういうことだけど……今日も、わざわざ図書館にやって来たのはそれなんだ。誰か、若い男の研修生でもいて、ロリがそいつと笑って話してるような感じだったら、たぶん話しかける勇気もないまま帰ったと思う」
「そんな……っ。そんな人、いるわけないよ。ううん、もしいてもたぶん、ただの仕事仲間的な……第一、あそこの公立図書館、いるのは既婚者のおじさんとかおばさんばっかりだし……」
「本当に?」
ロリが馬鹿のようにうんうん頷いてばかりいると、ルークは心底ほっとしたように溜息を着いていた。その後、ロリは自分がよく見知っているはずのユトレイシア市内を、一体どこをどんなふうにぐるりと回って帰ってきたのだったか、あまり覚えていない。
ただ、ルーク=レイは何故自分がマリと別れることを決意したか、その経緯についてロリに一生懸命説明しようとしていた。いつもはクールなルークが、焦るあまり額の汗をぬぐったり、時々たどたどしくなったりするのを見るにつけ――少なくとも彼が出来る限り自分の記憶に忠実に、また良心の許す範囲の限りにおいて、すべて本当のことを話しているらしいということだけは……ロリにも信じることが出来たのである。
そして、話の最後にルークは、ロリに対してかなり強引にキスしてきた。郊外の丘の上にある、砂利道に丈高い雑草が両脇に生える、車の待避所のような場所でのことだった。「こんなのずるいっ!」と言ってロリが抵抗すると、彼はすぐ彼女から離れ、再び車のエンジンをかけた。「べつに、そういう目的で今日は誘ったわけじゃないんだ」と、ルークは弁解するように言った。「ただ、オレが本当に本気なんだってこと、わかって欲しかっただけなんだ」と……。
ロリが赤のアルテオンの助手席から下り、家へ戻った時、リビングからは一月ほど前から突如として持ち上がった離婚話のことで、父のトムと母のシャーロットが喧嘩していた。他の極一般的な夫婦のように、普段から小さなことで相手にイライラをぶつけたり、口喧嘩もしていたとすれば――このあたりの離婚に向けた協議というのも、<夫婦喧嘩の最終戦争>とでも言うべき恐ろしい事態を回避できたのかもしれない。けれどそこは、薄々とではなくはっきりそうとわかっていながら、ずっと黙り続けてきた妻と、「一人娘が大きくなるまでは」と、離婚する日を先延ばしにしてきた夫の間で初めて話し合いという場が持たれたことから……シャーロットはヒステリーに連日泣きわめき、自分がいかに今まで夫婦生活に不満を持ちつつ我慢してきたかと言い募っていたわけである。
「聞きたくない、聞きたくない、聞きたくないぃィッ!!」
シャーロットは泣きながら両耳を塞いでいたが、そんな彼女に対し、夫のトムはまるで悪魔のように容赦がなかった。
「いいかっ!シャーロット!!俺は絶対に別れると言ったら別れるゾォぉッ!!もちろん、それなりの財産はくれてやるっ!!だがそのかわり俺はダイアナと本当の人生、第二の人生をはじめるんだっ。そのことは、今後決して誰にも邪魔はさせんっ!!」
――いつものロリであれば、階段の上のほうに座って、こうした夫婦喧嘩を黙って聞いていることが多い。けれど今日は彼女のほうでも考えることが山のようにあった。それで、母親には悪いと思ったけれど、そのまま自分の部屋へ閉じこもると、ベッドの上にどさりと倒れ伏し、ルークにキスされた唇を指でなぞった。
実をいうと、離婚の件に関しては、夏休みがはじまって間もなく、ロリは父親から直接話を聞いていた。父のトム曰く、「父さんはこれから悪魔になろうと思う」ということだった。それから、自分が母さんと別れてのち、一緒になりたいと思っているという女性の話。同じ陸軍に所属している事務官で、彼女は彼女でシングルマザーとして息子を今年成人するまで立派に育てたそうで(夫のほうは結婚して二年後、テルアビブでテロに巻き込まれ死亡した)、自分は自分で、一人娘がそろそろ一人立ちするといった年ごろで……ずっと昔からふたりで約束していたのだという。無事子供が成長し、親としての役目を果たせたとしたら、必ず一緒になろうということを。
ロリは街中にあるレストランにて、こうした父親の話を心の中で欠伸をしながら聞いていた。この時点でトムはまだ、シャーロットに離婚話を切り出していなかったが、シャーロットのほうではすでに夫がそう切り出す前から――夏期休暇で戻った時、その話があるだろうという情報を先にキャッチしていたのである。というのも、陸軍で事務官として真面目に働き、一人息子を立派に育てたというそのダイアナという女性の同僚が、「トム・オルジェン中将殿の奥方でいらっしゃいますか?」と言って、突然電話をかけてきたのである。その、トムの愛人ダイアナと同じく、事務官として同じ職場で働いているという密告してきた女性は――「軍部に籍を置く者が不倫するなど、倫理的にもってのほかです」といった、もっともらしい言葉をいくつも並べ立てたのち、「今年の夏だそうですよ、奥さん。ダイアナのほうにも一人息子がいましてね、彼が今年無事士官学校へ入学したことから、そろそろ一緒になろうという、そうした話運びにふたりの間ではなっているそうです。最悪の場合、オルジェン中将のほうではただ手紙と離婚届けを貴女に送り、あとのことは弁護士任せにするという、そのような予定のようです。奥さま、私も夫と血みどろの法廷闘争をして親権を獲得し、離婚したのです。ですから、どうしても人事とは思えなくて……これから、夫のだす条件であなたが人も好く離婚して大損しなくて済むように、法律のこと含め、色々そのあたりの知恵を詳しく聞いていただきたいと思いました。ダイアナもそうかもしれませんが、わたしも陸軍に所属してすでに二十年以上にもなりますからね。そのあたりの身分的なことについては決してあやしい者でないと、最初から確約できます」――そんな話をシャーロットに前もってしていたのだった。
といった次第により、裏切り者の夫トムと、その愛人ダイアナ・バートンの逃亡計画について、シャーロットはこの謎の軍部の女性と直接話をして知ったというわけだった。そのことがあまりにショックだったのだろう、シャーロットはこのダイアン・ハーシュという男のように背の高い女性に、喫茶店から車で送ってきてもらっていた。ロリはこの前日、怒りからか嘆きからか、手がわなわなと震えているシャーロットより、「お母さん、お父さんと離婚するかもしれないわ」と、聞かされていた。「うん、知ってるよ。お父さん、愛人の女の人がいるんでしょ」と、ロリは言った。そのことに対し、シャーロットのほうでは驚いていないようだった。何分、夫のトムが夏の休暇で帰ってくるのはこの三日後のことだったから、その夫婦対決のことで、頭がきっといっぱいだったのだろう。
そしてこの翌日、そんなことは露知らぬ父親から携帯に直接電話がかかって来(こんなことは初めてだった)、「ちょっと、お母さんには秘密で、ふたりで会えないか?」などと、ホテルのレストランへロリは呼びだされたのだった。もちろんこのことをロリは母シャーロットに何も言わずにいた。レストランへ向かう途中、母の号泣を思って父に対し、激しい怒りがこみ上げるということもなかった。ただ、この時ロリはただひたすらにこの父が戸惑うような態度を取っていたのである。
自分が母さんと離婚しようと決意するに至った顛末、それでも父親として娘のおまえのことは心から愛している云々……ロリは父親の話す、愛人との馴れ初めやら、その後再びどうしようもなく惹かれていった経緯など、普通であれば「ひどいよ、お父さん!」とか、「お母さんが可哀想だよ!」と叫んでもおかしくないところでも、ただ共感的にうんうん話を聞いていた。そして、父トムとしても一番話しにくい箇所を通りすぎると、娘が食事をもりもり食べながらモナ=リザのような謎めいた微笑を浮かべているのが何故か、まったく理解できなかったわけである。
けれど、ようやく大体話の用向きを終えると、スープスパゲッティの皿を持ち上げ、ずずっとホワイトソースを飲んでいる娘に対し、「お、おまえもそろそろ大人の、一人前の女性だものな。父さんの気持ちをわかってくれて嬉しいよ。本当に、ありがとう」といったようなことを言った。それから、「そういえば、前につきあってた男とかいうのはどうした?」と聞かれたもので、ロリとしては(もしかして、ノア・キングのことを言ってるのかな。一体いつの話だかって感じだけど)と思った。「ああ、うん。あいつね。なんか娼婦と浮気して毛ジラミうつされたんだって。だから別れちゃった」……父が言葉を失っているのを見ると、ロリはさらにニッコリ笑って言った。「だから、お父さんも女には気をつけたほうがいいよ」と。
話はこれで済んだとばかり、その後ロリはホテルのロビーで父親と別れた。この時、ロリはあえて大人の態度を取った。名門ホテルのレストランだったから、人目を気にしたというわけではない。ロリは父親が随分長く、携帯の待ち受け画面を自分とシャーロットとロリの三人の写真にしていると知っている。だから、「お父さん、ちょっと携帯見せてくれる?」と聞き、その写真がもし同じものだったとしたら――「なんだよ、これ!ただの周囲に対するいい父親アピールかよ!?」と大きな声で叫び、床に携帯を叩きつけ、足の裏で踏み潰したってもちろん良かった。
けれどロリは、「この人なんだ」と、父親が愛人のダイアナ・バートンなる女性と並び、その間に陸軍士官学校の制服を着た息子が写っている写真を見て――すべて悟ってしまった。家にいる時、あるいは家族旅行中で機嫌のいい時でも、父のトムはこんなに満足げで優しそうな笑顔を自分たちに向けてきたことはない。それに、ダイアナ・バートンという女性にしても、決して美人ということはないのだが、『こういう母性的な雰囲気の人のことは、きっと誰もが好きになるだろうな』といったような、庶民的でつきあいやすい雰囲気の女性だったのである。そしてこの瞬間、初めてロリの中で『浮気しているお父さんが一番悪い』といった意識が消えた。そもそもこの人は、それが<いつ>とは断定できないが、シャーロットとロリという妻と娘のいる家庭に、父親として存在していない人だったのだ。ダイアナ・バートンの息子とは血の繋がりはないにしても、彼女とこの息子のいる家庭のほうをトムは『自分にとっての本当の家庭』と思い、きっと夏の休暇で戻ってきた時も、彼が帰りたかったのはこちらの家庭のほうだったに違いない。それを自分もシャーロットも随分長く『あ、明日はお父さん帰ってくるんだっけ。暫くの間なんか色々面倒くさいけど、仕方ないや』などと思ってきたわけなのだ。
ロリはこの父親と母親がこれから離婚するに至るだろう件については、それほど深く悩まなかった(すでに話の流れのほうが誰に止めようもなくそちらへ傾き、流れてしまっている以上)。ただ、母のことは心底気の毒に感じているし、これから母のことを自分が支えていかなくてはと思ってもいる。下の階からは「一体わたしの何が悪かったというのっ!?わたしが妻として女として、一度でもあなたに害を加えたようなことがありますかっ!?」といったシャーロットの金切り声が響いてきている。それに対するトムの言葉は、ロリの耳にははっきり聞き取れなかったが、結婚後、父が何故浮気するようになったかの理由については、娘として漠然と理解できるところはあった。
表面的に見た場合、このケースにおいては浮気したトムのほうが一方的に悪いという、そうした話にしか見えなかったことだろう。けれど、ある一組の夫婦がいて、DVやモラハラといったことも一切なかった場合……大抵、相手のみが100%悪いということはないものだ。これはあくまでロリが娘として思うに、ということではあるのだが、母には妻として落ち度がまったくないように見える。けれど、美人で料理が上手で家事全般すべて、主婦の鑑ようにこなせてしまうシャーロットなのに、彼女の夫となった人以外、決してわからないことがひとつだけあった。このように結婚する相手として何もかもすべて揃っているように見える女性なのに、彼女が取り仕切る<家庭>という場では、男という生き物は決して本当の意味で寛げもしなければ、安らげもしないということを……。
「いいかっ!シャーロットっ!!男が家庭に求めるものは、まず第一に安らぎというものなんだっ。まったく、私もいい時に海外勤務になったものさ。じゃなかったらそのうち、陸で溺れる魚みたいな惨めな思いをしていたろうからな。私は毎日外で、ずっと動き続けていなきゃ死ぬというマグロのような生活を送っているというのに……家庭に安らぎがないというのはな、ようするに酸素がないってことだ。本来なら当たり前のようにたっぷりあるべきはずの酸素がなっ!!」
「ひ、ひどいっ!!ひどいわっ!!ずっとわたしのこと、そんなふうに思ってたのに、本心は隠して愛人とうまいことやってきたのねっ!!この人でなしっ!!」
(お父さん、あんまり余計なことは言わないほうがいいよ……)
そんなふうに思い、ロリはベッドから体を起こした。実をいうとロリはこの<夫婦喧嘩>という名の茶番に、本当の意味では興味を持っていない。何故かというと、すべては母シャーロット主導の演技にしか過ぎないと知っているからだ。
『いいですか、奥さん。何も知らない中将殿は、確か、二日後でしたね?その時帰ってきて、離婚のことや長く愛人がいて再婚しようと思っていることなどをあなたにぶちまけるでしょう。その時の会話をすべて録音しておくのです。わかりますね?あなたはすでに夫が離婚を切り出そうとしていることを知っている……この優位な立場を120%完全に生かし切るのです。離婚のことやら愛人の存在やらを向こうが明かして「離婚してほしい」と言ってきた時、どの程度驚いた振りをするかは貴女にお任せします。ただ、これが法廷に提出する重要な証拠となることだけ、常に頭に叩きこんでおいてください。わたしが先ほど喫茶店にてお話をお伺いした限りにおいて、奥さま、貴女に何か落ち度があるとはまったく思われません。とにかく貴女は裏切られた非業の妻といった役どころを演じ、相手が興奮して色々まくしたててきたら、その言葉を途中で遮ったりせず、むしろそれとなく無防備に暴言を吐くよう仕向けるようにしてください。また、貴女のほうでカッと頭に血がのぼりそうなことがあっても――なるべく、後から録音を聞いて「これは失言だった」といったようなことだけは、話さぬよう心がけることが肝心です』
『でも、そんなことこのわたしに出来るかしら……わたし、若い頃モデルをしてましてね、芝居のチョイ役なんかもしたことあるんですけど、監督から「このダイコン役者めっ!」って、叱られるばかりだったものですから……』
『大丈夫ですよ、奥さん』と、ダイアンは優しく微笑んだ。『貴女ならきっとやれます。というより、どうかお気を強く持ってください。これは、貴女の今後の人生にとって……いいえ、貴女と娘さんの人生にとって、非常に重要な分岐点のひとつです。今後、夫のことはまったくの赤の他人の敵と考え、脇の甘さを見せるようなことをしては決していけません。それこそ、心を鬼にして、必要な権利と金のすべてを獲得しなければ……こちらの望む形で愛情を与えず、他の女に己の臭い精子を無駄に浪費し続けた男に、今こそ目にもの見せてやるのです。いいですか、奥さん。そんな男がもし仮に、裁判のことでノイローゼのように弱り切っている姿を見たとしても、決して同情心など起こしてはなりません。オルジェン中将は、現在57歳……彼はこれまでの間、随分うまく軍部で立ち回ってきましたからね。国内へ戻ってきたあとのポスト、さらには退役後の天下り先についてもすでに決まっているようです。が、それであればこそ貴女は、中将殿から慰謝料として、退職金や貯金のすべてを奪うべきです。わたしとダイアナは同じ事務官で、勤続年数や年齢のほうもあまり変わりません。だから、わかります。ふたりでつましく暮らしていく分には、彼女のお給料だけでも、まあなんとかやっていけるだろうことがね。ですから、情けはまったく無用なのです』
『そ、そうなんですの……何かこう、色々と適切なアドヴァイスをいただいて、ありがとうございます。でも、ひとつだけよろしいかしら?ダイアンさんは、何故こんな見も知らぬ人間のわたしに、こんなにもよくしてくださるのか……』
ここで、全人類の女性の味方を自負するダイアンはフッと笑った。
『ああ、貴女が懐疑の念をお持ちになるのも、ごもっともなことです。ただ、私は曲がったことや道徳的に堕落した人間のことが大嫌いなのです。いや、決して許せもしなければ、見逃せもしないといっていいでしょう……奥さまの目の前でこんなことを申し上げるのはなんですが、私は長く同僚として過ごしてきたダイアナに対し、何か個人的な恨みがあるとか、そうした気持ちは一切ありません。むしろ、ダイアナ・バートンのことをそこそこつきあいやすい善い人間とすら思っています。けれど、誰かの不幸の上に成り立っている自分の幸福を自慢する彼女のことを、わたしは許すことが出来ませんでした。かつて私の夫と呼ばれた男が、大体愛人と似たことをしていたからとか、そんなことを思い出したせいでもありません。ただ、長い間潜伏していた何かのウイルスが、突然体に何かの症状を現し、宿主を痛みと苦しみによって悩ませることがあるように……そのやり方があまりに計画的で巧妙すぎることに、ダイアナ自身がまったく気づいてないらしいことに腹が立ったのです』
ここで、ダイアンはシャーロットが出してくれたシャインマスカットティーを一口飲み、それからスコーンを一口齧って続けた。
『私のことを、狭量で厳しい人間とお考えですか?ですが、そうではないのです……私は問題のある家庭に生まれ、それでも父のことを許し、母のことを許し、離婚した夫のことですらも親権を獲得したあとは完全に許しました。さらには、周囲にある色々な人間の不幸についても随分目にしてきましたよ。よくお考えください、あまりに人の好すぎる優しい奥さま。私はこの十年以上もの間、ダイアナとオルジェン中将殿が、息子も含めてどこそこへ旅行しただの、こんな会話を三人で交わしただの、随分色々聞かされてきました。何分、そこそこ仲がいいとはいえ、所詮は他人の幸・不幸の話ですからね。彼女が最後の最後、中将殿が奥さまに離婚届けを突きつけて別れる覚悟でいると聞くその瞬間までは――適当に相槌を打って聞いているという程度のことだったのです、それは。世間によくある不倫話のひとつとしてね。けれど、自分が随分長く他に家庭のある男性を奪い続けたことで、あるひとつの家庭が間違いなく崩壊し、決定的に不幸になるだろうとわかった時、自分の身内にどうにも説明できない義憤のような感情が血管中を駆け巡り、止められなくなった……これはそうしたお話なのですよ、奥さま』
『そ、そうなんですか。本当に、わたしにしてみたら、ダイアンさん、あなたは天使のようなお方ですわ。もしこのことをあなたからお聞きしていなかったら、わたしは今ごろどうしていたことでしょう。あの人のために例年通り美味しい料理をたっぷり作り、花瓶に庭から摘んだ花でも活けて、夫のことをニコニコしながら待ち受けていたことでしょうね。でも、なんて有難いこと。ダイアンさんのお陰でわたし……遅まきながら、すっかり目が覚めた思いがいたします。これから、夫との会話を録音する準備をして、頭の中で脳内シミュレーションでもして過ごそうかと思います。馬鹿なあの人が、何も知らずにのこのこ屋敷の敷居を跨ぐ、その瞬間までの間……』
『もし、気味が悪くなければ、私のほうでちょうどいい録音機材を提供しましょうか?スマートフォンなどでも録音自体は確かに出来るでしょう。けれど、これは実に大切な案件ですから、出来るだけ万全を期したほうがいい』
『ええ、お願いしますわ。是非……』
――といった母親と謎の女ダイアンの会話を、ロリは例によって自分の部屋へ続く階段の上で聞いた。その後、彼女が一度帰ると、シャーロットはエプロンの端のほうで自分の涙をぬぐい、娘のロリにこう言ったわけだった。『ロリちゃん、どうせお二階に続く階段のところで聞いていたのでしょ?だったら、むしろ話は早いわ。これからはお母さんとロリちゃんと母娘ふたりで、心を強くして生きていかなくてはね。まったく、あの人も馬鹿な人だわ。実際には本当にそうなれるかどうかは別として、一応このまま順当にいけば、陸軍のトップに立てる候補に、名前くらいは挙がるかもしれないというところまでやって来てるらしいのに……不倫なんていうくだらないことのために、陸軍におけるもっとも輝かしいポストを自ら手放すだなんてね。馬鹿な人だわ、本当に……』
父のトムは、今日で帰ってきて四週間になるが、連日スーパーやコンビニ等でパンやお弁当的なものを購入し、『自分の部屋』と決めたらしい客室のひとつで過ごしている。そうなのである。シャーロットは実に賢かった。彼女は夫が離婚を切り出してくると、『自分は別れるつもりはありません』と意思表示をした。すると、すっかり覚悟を決めて告白したトムのほうでは逆上し、『今まで俺がいかにおまえのために自分を犠牲にしてきたか』といった、浮気以外の理由についてとうとうと述べはじめたわけである。こちらの理由については、シャーロットにしても完全に不意を突かれた形であったため、この時初めて夫の不満と本音を聞き、はらはら流した涙というのは彼女にしても決して演技ではない。
けれど、最初のショックが通りすぎた数日後には、ダイアン提案の非業の妻の役どころを演じるのが徐々に楽しくなってきた。その昔、モデルではなく女優になりたかったシャーロットにとって、映画監督や演出家らに『このダイコンめっ!』と言われた続けたことは、大変ショックなことであった。そしてそんな時、モデル仲間から陸軍の若い将校らとパーティを開くという話を聞いた。トム・オルジェン大尉はこうしてシャーロット・ルードに一目惚れし、結婚を申し込むことになったわけなのだが……この時、何故自分はつきあいもまだ浅いこの男のプロポーズを受けてしまったのだろう?シャーロットはそのことを生まれて初めて後悔した。何故なら彼女は今こそ、『ある役柄に完全に入り込む』のがどんなことなのか、わかりかけていたのだから。
「おまえが離婚届けにサインするまでは、俺は帰らんぞっ!!」と最初に宣言したとおり、トムは妻のことを連日なじり続けた。そしてシャーロットのほうでもまた、「あなたなんか△□のくせにっ!!」といったように、相手の激情を誘うため、痛いところをグサグサ刺しに刺し続けた。というのも、録音のほうは編集することも出来るし、法廷においてそのすべてを証拠として流すというのではないからだ。たとえば、シャーロットの弁護士となった人物が『これは間違いなくあなたの声ですね?トム・オルジェン中将殿』、『いや、だがこの時には私は……弁護士さん、果たしてあなたは夫婦喧嘩をしたことがないのですか?そうした時にはカッと頭に血がのぼるあまり、自分でも何を口走っているやら……』、『結構です、中将殿。ただハイかイイエでお答えください』、『確かに、私の声です』、『以上です、裁判長!!』――といったように使われるものらしいからだ。
こうして、シャーロットは夜眠る前に、自分の演技の出来映えをチェックして満足した。そして、これだけ証拠が揃えば十分だろう……という段に達したその四週間後、「これ以上話してもまた堂々巡りになるだけだわ。あとのことは裁判所で話しましょう」と、彼女は夫に切り出していたわけである。流石にロリも、この時には二階の部屋で聞いていて、多少緊張した。その前日、自分の父が妻をぶとうとして、「このっ!」と手を振り上げ、ギリギリのところで思い留まっている場面を偶然見てしまっただけに、今度は本当に殴ってしまう可能性もあると思った、そのせいである。
けれど、父のトムは<裁判>の二文字を聞くと、「やはりダイアナが言っていたとおり、最初から手紙ですませておけば良かったよ」としわがれ声で言い、自分が十年も家賃を払っている屋敷から肩を落として出ていった。ロリもシャーロットも、トムがこの間帰ってきた時よりずっと老け込んだようだと感じていたが――もはや健康状態その他、心配しても仕方のない人間として……彼のことをそのまま見送る以外になかったのである。
>>続く。