こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

マリのいた夏。-【11】-

2022年12月15日 | マリのいた夏。

 あ、今回も暇つぶし的に前回の前文の続きでもと思ったら……今回、本文が長くてほとんど文章書けないことに気づきました(^^;)

 

 なので、どーしようかなと思ったんですけど、とりあえず今、『7SEEDS』を第19巻まで読み終わったところで

 

 残り約千文字ほどで、ここまで読んで自分的に興味深かったことなどを、軽くメモ書きしておきたいと思います(だから、ようするに自分のため^^;)

 

 わたし、特攻野郎Aチームならぬ、夏のエリートAチームが大好きなのですが、それはリーダーの安居(あんご☆)や涼くんからそこはかとなくBLのかをりがする……からではなく、とにかく小瑠璃ちゃんが大好きなのです♪

 

 なので、この小瑠璃ちゃんが安居くんのことが好きらしいゆえに――「そんじゃ、安居のことも好きになってみっぺか☆」くらいな感じだったところ……小瑠璃ちゃんはその後、ピアニストのハルくんといい雰囲気になってて何よりでした

 

 いえ、わたし安居も好きではあります。花ちゃんに対する暴行事件のあたりを読んでいても、「墜ちたヒーロー」的に思うでもなく、ああしたいじめスレスレ(というか、はっきり言っていじめ☆)なところとか、一度限られたグループ内にて「あいつには何をどうしてやってもいい」という存在が出来ると、簡単に日本の昔の村においてあったという村八部的状況が出来上がるとか……日本で生き残ってるのはわたしたちだけなんだから、みんな仲良く☆とはそう簡単にいかないところとか、読んでいてすごく面白かったです♪

 

 う゛う゛っ。まだ色々細かく書きたいことあるものの、文字数が限界に近いようですなんにしても、『7SEEDS』はハリウッドでドラマ化されるか映画化されても全然おかしくないくらい、超面白い作品と思います

 

 それではまた~!!

 

     マリのいた夏。-【11】-

 

 ローズクォーツ・ホテルへ着いてみると、荷物をロッカーに預け、まずはビュッフェで食事するということになった。最初は「あんなセレブ女の招待に応じるなんてよー」とか、「慈悲を施していただかなくても、労働者階級は労働者階級なりに楽しいんだっての!つか、オマエらにはわからん楽しみ方がオレらにはある!」とブチブチ言っていたラースとライアンだったが、彼らはそのおシャレなブュッフェにて、まるきり別人のように振るまっていたのである。

 

「おい、オマエら。労働者階級としての誇りはどーした?」

 

 エイドリアンがそう突っ込んでも、ラースなど英国式ティーパーティーを思わせるアンティークな座席に座り、小指を立てて紅茶を飲むばかりだったといえる。

 

 一方、ライアンはといえば、サンドイッチをどこか優雅な手つきで掴み、女のような裏声でこう言う始末だった。

 

「労働者階級ですって?そんな者、このオサレな会場の一体どこにいるというの?それよりもオマエたち、食べるものがないならお菓子を食べなさい、お菓子をね。おほほほほ」

 

「やれやれ。あいつら完全にセレブ側に寝返りやがったな」

 

 クリスが呆れたようにそう言うと、エイドリアンもルークもベンジャミンも笑った。女子たちはレディースルームで多少用を足してからやって来て、まず真っ先に目に入ってきたスイーツの数の多さに目が眩みそうになっている。

 

「ねえ、ロリ……ここってさ、食事代までただってことはないよねえ。もしそうならわたし、ケーキ1個か2個食べられるくらいしかお金持ってないんだ。大丈夫かな」

 

「大丈夫だよ。もし足りなかったらわたし、立て替えておくし……わたしも少し話したって程度だけど、リサってそのあたり、全然ケチケチしてない感じの子だから、たぶんこのブュッフェで食べたものもただとは思うんだ。だから、食べたいだけ食べて、もしお金かかったら最悪わたしが立て替えるってことで、エリは安心してなんでも好きなのトレイに取りなよ」

 

「うん……ありがと、ロリ。いつもごめんね」

 

 ホテルのブュッフェには、スイーツのみならず、イタリアンやスペイン料理、トルコ料理などの他に、スシやヤキトリといった日本食、北京ダックやエビチリ、小籠包といった中華、ガパオライスやカオマンガイといったタイ料理など、たくさんの美味しそうな料理が数え切れないほど並んでいた。

 

 サンルームのようになっている部屋のほうは、セレブの有閑マダム風の女性たちに占められていたため、ロリたちは外の、例のピンク色のパラソルが並ぶ下で、空いている座席に座ることにした。中とは違い、冷房が効いていないため暑かったが、それなりに涼しい風も吹き、仲間内での会話も弾んで、食事のほうがこの上もなくよく進んだ。

 

「あっ!あれ、もしかしてマリじゃない?」

 

 濃いピンク色のパラソルが並ぶその座席からは、広いプールが見渡せた。そのプールには飛び込み台が設置されており、どちらかというと大人の競技者が静かに泳ぐタイプのプールのように見えた(ちなみに巨大ウォータースライダー付きプールは、また別のところに設置されている)。

 

 ブルーハワイの炭酸飲料をロリがストローから飲んでいた時のことだった。エミリーのその一言で、みなの視線が飛び込み台のほうへ向かう。マリは競技用に見えるタイプの水色に紺のラインが一部に入った水着を着用しており――少し離れた場所から見ただけでも、とてもほっそりしたスタイルのいい少女が、イルカのようにプールへ飛び込んだことがはっきりわかった。

 

「すごいよねえ、マリ」と、ドミがうっとりしたように言う。「あの飛び込み台、たぶん十メートルはあるでしょ?ここから見るとそう大した高さに見えないけど、実際に上まで昇って下の水見たらガクブルもんよ。まあ、マリは水泳だけじゃなく、スポーツ全般もともと得意だもんねえ」

 

「そうそう!ラースやライアンと競っても、いつでも打ち負かしてきたくらいだったしね」と、オリビア。「でもさあ、高校で別れてから、ちょっとわたしたちとは距離できちゃったよね。わたしもあのままマリとずっと仲良くしてたかったんだけどな……あ、ロリとエリは違うかもしれないけどさ」

 

「べつに、そこらへん気にする必要ないんだよ、マリは」と、トロピカルジュースを飲んで、エリが言う。「誰に対しても基本的にフラットな感じだからね。もちろん、今は高校時代の友達のほうが、毎日会うような関係性な分、大切なのかもしんない。だけど、それだってマリにとってはべつに、中学時代より高校時代の友達のほうが大切とか、そういうことじゃないんだよ」

 

「そっかあ。わたし、カークデューク大行く前に、マリと少し話したいと思ってたからさ。あとで、プールかホテルのどこかで会ったら、あたしが話したがってたって、そう言っておいてくれる?」

 

「うん、わかった」

 

 エリがそう返事するのに合わせて、ロリも頷いた。リサがなんらかの理由によってノアを呼び出したということは――あとでマリともリサとも、ローズクォーツホテル内のどこかで会うことになるだろうとわかっていたから。

 

 一足先に食事のほうを終えたライアンとラースは、その後コーヒーを飲み、「こんなうめえコーヒー、初めて飲んだだ、オラ。ボリビア産のコーヒー豆使用だってよ。ラースやん、おめえボリビアなんてどこにあるだか知ってっか?」、「おめえは相変わらずバカだなあ、ライアン。ボリビアっていえばよ、アフリカのガーナの横だったか、ザンビアの上あたりさある国だべ」、「すげえなあ、ラース。おめ、もしかして天才でねえだか?」……といったアホな会話ののち、急いでプールのほうへ駆けていったというわけだった(ちなみに、ボリビアがあるのは南アメリカである)。

 

 実際にはふたりとも、飛び込み台の高さにビビッていたわけだが、結局のところロリがこの不甲斐ない男ふたりのケツを蹴り、無理やり飛び込ませていたのであった

 

「おまっ……マリっ!覚えとけよ、この野郎っ!!」

 

「マリちゃああんっ!今のケリ最高っ!!もっと蹴ってえ」

 

 ラースとライアンはかなり不自然な……いや、無様なポーズによってプールの深みへ墜落していった。しかも、結構な深さがあったため、ふたりは一瞬本気で溺れかかったようですらある。

 

「あいつら、マジでアホの塊ね。っていうか、ライアンの奴はなんかマゾっ気が増したんじゃない?ほんと、相変わらずめっちゃキモいわ、あいつら」

 

「マ、マリ……」

 

 ロリはもともとそんなに泳ぎが得意なほうではない。ましてや、こんな高い飛び込み台から水へ飛び込む勇気なんてない。けれど、リサが一緒にいる場所でなく、マリとふたりきりで話したかったがゆえに……他のみんなにはウォータースライダーへ先に行ってもらうことにしたのだ。

 

「あんた、一体何よ、その浮き輪」

 

「えっと、なんか一応念のためみたいな……」

 

「小学生じゃあるまいし、恥かしくないの?っていうか、うちのプールで夏はよく泳いでるくせして、何言ってんのよ」

 

「だって、マリんちのプールは慣れてるもん。それに、泳ぐっていうよりは、プールサイドでエリやマリとだべったり、なんとなくぷかぷか浮いてみたりとか……ああいうのを泳ぐとは言わないよ?」

 

 次の瞬間、マリは呆れたような溜息を着いた。下のプールではふたりの馬鹿な男たちが、「うおおおっ!!」とばかり、タイムを競い、泳ぎまくっている姿が見える。

 

「まあ、いいわ。ロリ、わたしあんたに話があったのよ。でも、みんなと一緒にウォータースライダーを滑ったりなんだりしたいってことなら……あとからでもいいのよ」

 

 この瞬間、長いつきあいということもあってか、マリの「話したいこと」というのが、何かあまりいい話でないらしいと、ロリは直感していた。なんとなく、マリの青く澄んだ瞳を見ていてわかった。水に濡れていたせいもあるのかどうか、その時のマリの眼差しは、どこか悲しそうにすら見えたから。

 

「えっと、わたしもマリに話があったから……先に話したいな。どうせ、ノアのことかなんかでしょ?」

 

「鈍いあんたにしちゃよくわかってるわね。じゃ、着替えなくてもいいから、わたしの部屋のほうへいらっしゃい。あ、わたしはもちろん着替えるけどね。もう十分泳いでなんか色々スッキリしたから」

 

「う、うん。でも、やっぱりわたしも着替えるよ。こんな格好でこんな高級ホテルの廊下とかうろつくの、恥かしいし……」

 

「そう?でもその水着、新しいやつじゃない?もしかして今回のために新調したの?」

 

「んー……特にそういうわけでは……」

 

 ロリとしては、実はルーク=レイの視線のことがあったというのがある。もちろん、彼が自分のことなど見ていないのはわかっていた。けれど、一応視界の中にちらとくらいは入るわけで、『スタイルも大してよくない上、だっさい水着きてんな』とまでは、あまり思われたくなかったわけである。

 

「可愛いじゃない。腰の前側あたりにリボンの模様なんか入ってて……もしそれがノアのためとかだったら、わたし、近いうちにあいつのこと、ブッ殺しちゃうかもしんないけど」

 

(ノアのためじゃないよ)と言うわけにもいかず、ロリはどこかふてくされたように黙り込んだ。マリのように美しく生まれついた者には、自分の苦悩は決してわからないと、心からそう思う。

 

 ふたりはロッカールームで着替えると、七階にあるマリの部屋のほうへ向かった。リサは隣のプレジデンシャル・ルームへ宿泊しているということだったが、マリはそれよりもランクの落ちるクイーンズ・ルームで十分だと思い、そこにエレノアとふたりで泊まっているという。

 

 部屋のほうはロココ調のアンティークな家具で統一されており、まるでベルサイユ宮殿の一室さながらだった。また、このくらい広さがあれば、四~五人でも宿泊が可能でないかと思われるほどだったが、そもそも彼女たちがそうした考え方をしないらしいとは、ロリにしても長いつきあいにより、よくわかっている。

 

「え~っと、エレノアは……?」

 

「たぶん、リサの部屋のほうよ。ここ、ロケーションも結構いいでしょ?だから、シンシアがメーキャップアーティストになって、ジェイムズが服飾係、エレノアが撮影係みたいな感じでね、リサのことモデルにして動画とりまくってるんじゃないかな」

 

「そっかあ。確かに、ヴォーグなんかでもあるもんね。こういうアンティークな部屋を背景にして、ヴィクトリア朝風の衣装を着て撮影してみたっていうような感じのとか……わたしもよくわかんないけど、リサの動画結構バズってるんでしょ?すごいよねえ」

 

「さてね。わたしも時々照明持たされたりしてるけど、正直なところ、近ごろじゃつきあいきれないって感じもするわね。エレノアも一生懸命やってるんだけど、リサに何度もダメだしされるもんだから、だんだんイヤになってきてるみたいだし……」

 

「あ、じゃあさあ、エイドリアンに撮影頼んでみたら?エイドリアン、将来は映画監督志望で、今もスマートフォンだけでショート・ムービー撮ったりしてるんだけど、なかなかグッとくるようないい画を撮るのよ。もし、エレノアが嫌気が差してるとかなら、ここにいる間だけでもそういうのから解放されていいんじゃないかな。きっとリサのことだから機材もお金かかったいいの使ってるんでしょ?だったらエイドリアン、泣いて喜びそうだし」

 

 この時、豪奢な布のかかった四柱式ベッドに腰かけたまま……何故マリが自分をじっと見つめてきたのか、ロリにはよくわからなかった。けれど、彼女が自分の隣のスペースをぽんぽん叩いたため、「?」と首を傾げつつも、隣に座ることにする。

 

「あんたって……優しいわよね。去年、夏に会った時だって、エレノアはあんたに対してあまり態度よくなかったでしょ?それでね、もしかしたら今年はもっと当たりがキツイかもしれないけど、まああまり気にしないことよ。それはエレノアの好きなベンジャミン・モリソンが、自分はエレノアみたいな子より、ロリ、あんたみたいなど地味で堅実な、真面目な子とつきあいたいみたいに言った、そのせいだから」

 

「ど地味で真面目……」

 

(ふんっ。どうせねっ!)と思い、ロリはマリから顔を背けた。

 

「なんで怒るのよ?褒めてんのよ、これ。ベンジャミンにしても、エレノアに直接そう言ったわけじゃなくて、ジェイムズに何気なくそう探りを入れさせたら、夏のキャンプで会った女の子の中では、ベンジャミンはあんたが一番感じが良かったって答えたんだから。わたしも、ルークの友達関係については『ろくな男がいないわね』といつも思ってたけど、あのベンジャミンって奴はなかなか見どころがあるわね。もっとも、ルークに言わせると、寮のベンジャミンの部屋には東洋思想の本とか、インド哲学の本とか、ヨガや悟りの本なんかがいっぱい詰まってて……それで筋肉鍛えることしか頭にないってことは、『軽くヤヴァい奴なのか』って最初は思ったってことだけどね」

 

「わたしも、変な意味じゃなく、ベンジャミンっていい人だと思う。背が高くてガタイがいいから、最初はちょっとビビっちゃうけど、実は話しやすいし、紳士だし、話し方のはしばしに思いやりを感じるっていうような、そんな感じの人だもの」

 

「ふうん。だったらノアと別れて、ベンジャミンとつきあっちゃう?」

 

 もちろんマリは、ロリにそんなつもりは一切ないとわかっていればこそ、からかい調子でそんなふうに聞いたのだった。

 

「まっさかあ!だって、ベンジャミンはかのロイヤルウッド卒だよ?それで、これからは一流大学の東洋思想科を専攻する予定だっていうし……わたしじゃなくても、エレノアみたいにお胸がおっきくて可愛い女の子なんて、今後何人とでも知りあえる機会があるよ。だからきっと、余裕しゃくしゃくでそんなふうに言えちゃうっていう、そういうことなんじゃない?」

 

「わたしが思うにはね……にも関わらずベンジャミンってきっと、やっぱりあんたをコピーしたみたいな、優しくて話しやすくて淑女的で夫以外の男と浮気なんてしなさそうな、ど地味で真面目なタイプと結婚しそうな気がするんだけどね。まあ、それはそれでいいとして……」

 

「よくないっ!マリ、今日わたしのこと、二回もど地味って言った!!次にど地味って言ったら、イエローカードだからねっ!」

 

「わかったわよ。サッカーのルールじゃもうレッドカードでしょうけど、もう一回言えるチャンスがあるとまではわたしも言わないわ。それより、ここからは真面目な話……ノアの奴、ここにはもういないわよ。それがなんでだかわかる?」

 

「えっと……」ロリはきょとんとした。「なんか急用?おうちのほうで何かあったとか……」

 

 ロリはキュロットスカートのポケットを探ると、そこから携帯を取りだした。だがやはり、ノアから連絡が来たという痕跡はない。

 

「きのう、リサがある女の名前使って、ノアのこと呼びだしたの。あいつ、すぐにすっ飛んで来たわ。明日ここのホテルのプールで遊ぶ予定があるのに、もしあんたとその女が鉢合わせたりしたらマズいと思ったんじゃない?それとも、そのルリ・ハヤカワっていうセフレとセックスだけして、翌日にはケロっとした顔して、あんたとプールで泳ぐつもりだったのか、そのあたりはわかんないわ。とにかく、リサとわたしに問い詰められて、あいつは洗いざらい大体のとこ、本当のことしゃべったんじゃないかと思うの」

 

「どういうこと……?」

 

 ロリが沈んだ顔をして俯くと、マリは隣の親友の肩を抱き、自分のほうへ引き寄せた。

 

「あんた、あのノア・キングの奴のこと、本当の意味では好きじゃないっていうか、男として好きなのかどうかわかんないみたいなこと言ってたでしょ?だから、きっとあんた、ショックにはショックでも、本当の意味で深い打撃だとか、そういうふうにはならない気がするの。だから、順を追って全部本当のことを話すわね……きのう、リサがあんたとノアのことくっつけるのに世話を焼きたいだのいうことで、わたしがちょっと切れ気味だったのは覚えてるでしょ?」

 

 駐車場で別れた時のことを言っているのだろう……そう思い、ロリは頷いた。切れ気味というより、ロリとしては(軽く怒ってるのかな?)程度の受けとめではあったのだが。

 

「だから、その時点ではね、リサもわたしも何も知らなかったから、リサはあんたとノアがめでたくここのホテルの一室で結ばれる……なんていう超キモいお節介を焼きたがり、わたしはそのことに大反対してるって感じだったわけ。ところがね、リサがモデルやってるファッション雑誌に……時々撮影の時一緒になる、ルリ・ハヤカワってモデルの子がいたわけ。きのう、ディナーの時にね、彼女がお母さんと一緒なのを見かけて、リサがロビーのあたりで少し話したっていうのよ。彼女、えっと……あんまりややこしくてわたしも自信ないけど、確かノアの実の父親が四番目くらいに再婚した女の連れ子なのよ。で、ノアはその頃お母さんとの関係が悪くて、一時的に父親のところへやって来てて――傷ついてて可哀想な感じに見えたから、寝てあげることにしたとかって。でも、彼女にしてみればそれは、完全に体だけの割り切った関係だったわけ。でも、童貞だったのが突然そんな形で女を知っちゃったら……あとのことはまあ、大体わかるでしょ?何分お金だけはたっぷり使えるんだから、そういう女性を呼んで性のサービス受けたりとか、なんかそんな感じになって今に至るっていう、あいつ、ほんとはそんな感じの奴らしいわ」

 

 マリはロリに輪をかけてショックを与えようと思ったのではなかった。だが、リサが中央にいて、右後ろに黒人の女性モデルが、そして左側に東洋系の美少女がいる雑誌を手に取り、それを親友に見せた。

 

「ほら、ルリ・ハヤカワってこの子よ。どうもね、リサとタイ張れるくらいクラブ漬けになってたこともあるらしくて……見た目は清楚っぽい、いかにもな大人しい東洋系美人に見えるけど、中身は結構なビッチらしいわね。だから、リサがあんたの名前使ってノアのこと呼んでもいいかって聞いたら、「いいわよ。っていうか、わたしもその場にいてもいいし、そんなつきあってる彼女がいるのに、わたしと寝ようとするかどうか確かめたいなら、あいつを誘惑したっていいわ」ってことでね。まあ、ノアの奴はようするに、まんまと引っかかっちゃったというわけなのよ」

 

「…………………」

 

 ロリは黙り込んだ。とりあえず、今はこの件に関して、自分ではあまりショックを受けている感じはしなかった。また、マリやリサたちに対して、『いくらなんでもそこまでする!?』といったような怒りもまったくない。ただ、ロリは今の段階では、自分が抱えているこの名状しがたい気持ちがどういった種類のものなのか……理解ができず持て余しているという、それだけだった。

 

「あのね、ロリ。わたしは何も『だからわたしが最初に言ったとおりだったでしょ』みたいに上から目線で何か言いたいってわけじゃないのよ。ただ、ノアがそういう奴だってなるべく早い段階でわかって良かったじゃないって言いたいの。わかる?」

 

「うん……リサもマリも、きっと善意でそのあたりの事実を確かめようとしてくれたんだと思うし、わたしもずっとノアと別れる口実を探してるようなところがあったから……ちょうど良かったのかなとも思う。だけど、だけどね、マリ……」

 

 ロリは自分でも、何故自分が泣いているのかよくわからなかった。携帯にすら、何もメッセージを残さなかったノア。真実を知って、自分が軽蔑すると思ってのことなのだとしたら、その気持ちももちろんわからなくはない。また、ロリはノアのことをひどい嘘つきだとも、金持ちのぼんぼんのどうしようもない奴とも思わなかった。ただ、何かが悲しかった。彼が「いい人間」、「ちゃんとした男になりたい」と志した気持ちというのも、きっと本当のことだったろう。けれど、金メッキというのは結局のところ何がしかの形で剝がれる……いや、そんなふうに言えるくらい、自分だって立派な人間だろうか――そんなことをぐるぐる考えるうち、ロリは何故だか視野が狭くなり、気分がだんだん悪くなってきた。

 

「いいわよ。少し、ここで休んでいけばいいわ。クーラーも効いてるし、ここのベッドは寝心地も最高だしね」

 

 四柱式ベッドには、随分高価そうなベッドカバーが掛かっていたが、暑いだろうということで、マリは横になったロリに肌触りのいい絹地のタオルケット一枚だけかけた。

 

「これ、ペリエね。喉が渇いたら飲むといいわ」

 

「……マリ、なんか色々ありがとね」

 

 きっとロリがひとりきりで色々考えたいと思ったのだろう。マリは親友のことを置いて、一時的に部屋を出ていった。「何かあったら携帯で呼んで」と、一言だけ言い残して……。

 

(ううん、違うな。わたしなんかより、マリのほうがもっとずっと優しいや。これがわたしならきっと、いつまでも色々うるさく話しかけて、『もっといい男がこの世界には三十五億もいるわ』だのなんだの、しつこく慰めちゃいそうだもんね……)

 

 その後、ロリは最初のショックが過ぎ去ると、自分が一体何にそんなにショックを受けたのか、漠然とそのあたりのことがわかってきた。ノアが過去にルリ・ハヤカワという美少女と経験した過去があるというのは、彼が悪いわけでも、そのルリという子が悪いわけでもないだろう。また、彼が女性経験がほとんどないように振るまっていたのも、嘘ではないとして許せる。むしろ、そんなふうに自分と大して年の違わない少女が、「あんたとは体だけの関係よ。勘違いしないでね」といった態度だったのだとしたら……女性不信になったのだろうことも理解できる。そうだ。つまり、自分はそうした意味で<男の心を踏みにじることのない、安心できる女>だという、そうしたことだったのかもしれない。また、リサやマリから相当キツいことを言われたのではないかと想像されることから、ロリはノアが今ごろ『自分はどうしてこうなんだっ!』とばかり、胸を痛めているのではないかということも――悲しい気持ちになった理由のひとつだった。

 

(でも、それより何より……わたしがショックだったのはノアのことじゃないんだわ、たぶん。どうしてかわからないけど、何か……お父さんに関係することだ。わたしはノアとキス以上の関係じゃなかったし、しかもそれだってディープキスとかってわけでもない、ほんの軽く唇を重ねる程度のものだもの。だけど、これでもし……リサの口車に乗るか何かして、ノアと初体験したあとにルリって子のことがわかってたとしたらどうだっただろう?目の前が赤く見えるくらい怒ってた?それとも、ナイアガラの滝もかくやというくらい号泣してたのかな。とにかく、お母さんがお父さんに感じてる気持ちっていうのも――浮気してるのに気づかない振りをし続けるっていうのがどんなことか、少しだけど、ほんの少しくらいはわかった気がする……)

 

 ここまで思考が整理されると、ロリはむっくりと体を起こした。ベッドサイドに足を下ろし、マリが置いていってくれたペリエを飲む。

 

(ただの炭酸水だけど、ちょっと上品な、セレブな味がするなあ……)

 

 ロリはもう、気分の落ち込みからはある程度回復していた。これでもし、ノアのことを異性として心から好きで交際していたのだったら、「許すべきかどうか」だの、「いや、それは今後の相手の出方次第だ」だの、ぐるぐる同じことで悩んでいたかもしれない。けれど、ロリの心は決まっていた。ルリ・ハヤカワのことを聞いて、ノアのことを嫌いになったわけでも軽蔑したわけでもない。ただ、これ以上はつきあえないということを、素直に伝えるしかないと思っていた。

 

(でも、ただひとつだけノアに対して怒ってるとしたら、それは彼本人がどうこうってことじゃないんだわ。ただ、『男の人って結局みんなこうなのかな……』っていうことに対する失望。そのことについてはほんの少しだけ、今も怒ってる気がする……)

 

 ロリはクイーンズ・ルームのバルコニーへ通じる窓を見て、次の瞬間には歓びに満たされた。一羽の鳥がバルコニーにある大きな鉢に植わった樹木の枝に止まり、爽やかな澄んだ音色で囀っている。

 

(これ、ヒヨドリかなあ。ユトレイシア市内でも時々見かけることがあるけど、中心部よりもどちらかっていうと郊外で見かけることのほうが多いんだよね……)

 

 ロリはこの瞬間、いつもの現実逃避的感覚が自分を見舞うのを感じた。時はフランスのブルボン朝でも、イギリスのヴィクトリア朝時代でも構わないのだが――とにかく王侯貴族の娘たちが煌びやかなドレスを身に纏っていた時代。石造りの城にあるバルコニーからも、今ロリが見ているのと同じような風景が広がっていたのではないかと想像した。

 

 整えられた庭園、風にそよく糸杉、マロニエ並木……そして、お城の王女さまはマリで、ロリは彼女に仕える侍女だった。

 

「お父さまが従兄弟のルーク=レイと結婚しろって言うのよっ!こんな話、ロリ、あんた信じられる!?」

 

「まあ、マリお嬢さま。ルークさまの一体何がご不満なのでございましょう?容姿端麗にして、文武両道でスポーツ万能……あれ以上の方はとても望めるものではありませんのに」

 

 正確には、現実世界においてマリとルークは従兄弟同士などではない。ただのロリの妄想世界の脚色である。

 

「そりゃあねえ。もしわたしが男で、ルークが女だったとするでしょ?そしたらわたし、結婚するのに案外やぶさかでなかったかもしれないわ。だけど、結婚してあいつのものになるだの、対等じゃない関係性になるっていうのが何よりイヤなのよ!」

 

「ルークさまは心からマリお嬢さまのことを愛しておいでですよ……そのことがわからないほどお嬢さまはお馬鹿さんではないでしょう?何より、ルークさま以外の殿方ということになると、まったくお話にならないくらいでございますものねえ」

 

 ロリがマリ王女のドレスの裾を繕っていると、ドアがノックされ、そこにはなんと!!当のルーク=レイ王子のお姿が……などと、ロリの中で妄想が進んだ時のことだった。突然バタン!とドアが開き、ロリはドキリとして振り返る。

 

「あら、あんた確か、娼婦と寝すぎて性病患ってるノア・キングの奴の彼女だったっけ!?」

 

「…………………」

 

(うん、そうだけど)と答えるのもおかしな気がして、ロリは黙り込んだ。

 

「可哀想にねえ。ほら、こっちにいらっしゃいよ。傷心の小スズメちゃんを、エレノアちゃんが慰めてあげましょ。あらっ、マリ、もしかしてペリエなんか置いてったの?気が利かないわねえ。こういう時はどう考えても、美味しいお酒を飲むべきでしょ!」

 

「え~っと、なんかお構いなくっていうか……」

 

 エレノアが、冷蔵庫の横あたりにあるワインセラーから、何か高級そうなシャンパンを持ち出しているのを見て――ロリは一生懸命止めようとした。何故といって、こういったホテルの部屋に置かれたお酒というのは馬鹿高いと聞いた記憶があるからだ。

 

「遠慮しな~いっ!ていうか、ここの部屋代自体、全部リサ持ちだからね。あの子、高級ワインを一本か二本空けたくらいじゃ何も言わないもの。あ、そーだっ。あんた、いい撮影係を紹介してくれてありがとね。あいつ、名前なんだったか忘れたけど、たかがゴープロ見て、よだれ垂らしそうになってたわよ。ホテル代とか、お金だしてもらってるにしても、わたしは友達であってリサの奴隷でもなければ従業員でもないからね。解放されてやれやれってとこよ」

 

「もしかして、エイドリアンのことかな……?」

 

 ロリがピンク色の液体の入ったフルートグラスを受け取りつつ、小さな声でそう聞く。いくらするのか怖くはあったが、栓を抜いてしまった以上、もう飲むしかないだろうと、そんな気になる。

 

「ああ、確かそんな名前の奴。『エイドリア~ンっ!!』ってリサがロッキーの物真似したら、大抵の友達に一度はやられるらしくて、渋い顔してたわ。なんかあいつ、面白そうな奴ね」

 

 ベンジャミンに関することで、ロリはてっきりエレノアに嫌われているのだろうと思っていたが、それほどでもないようだった。それとも、彼氏が性的にだらしないとわかって気の毒がられているのか、面倒な撮影係から解放されたことで、そんなこともどうでも良くなってしまったのか、そのあたりはロリにもわからない。

 

「うん。携帯で結構いい映像とか撮ってて……エイドリアンはそのあたり、すごく才能あると思うんだ。わたしもユーチューブの映像見たけど、リサのチャンネル、結構バズってるんでしょう?」

 

「あ~、まあね。わたしも最初の頃は結構面白かったんだけど、リサがだんだん神経質になってきちゃってさ。ほんの数時間で1万回再生とかいうのが当たり前になってくると――そうじゃなかった時は何が悪かったのかとか、撮影してるわたしに対して遠まわしに嫌味言ってみたり、シンシアのメイクの仕方がどーだこーだ言ってみたりね。そんで唯一あの子、ジェイムズのことだけ悪く言わないのよ。なんでも、彼はファッションの天才なんですって。だから、これからふたりでいわゆるWINWINの関係って奴になりたいんでしょうね。ジェイムズは売りだし中のデザイナー、リサもまた売りだし中のモデルっていう意味で」

 

 エレノアはここで、いかにも退屈そうに「ふあ~あ」と欠伸していた。彼女は実は長い時間撮影につきあわされ、ほとほとうんざりしていたのだ。

 

「でも、エレノアだって可愛いし……モデルになろうとは思わないの?」

 

「あっ、わたしはそういうのは全然いいの。っていうか、万年ダイエットして体重計にのっては500グラム太っただの……そういうリサの姿見てるだけで、自分には絶対無理って思うもの。ほら、わたしおっぱいは大きいけど、その分すぐぶくぶく太っちゃう体質だからね。もう、二十数年後はうちのママと同じふっくら体型になるんじゃないかと思って……一応体重管理には気をつけてるんだけどねー、これでも」

 

「ううん。わたしあんまり胸ないから……すごく羨ましい。エレノアだったら、大抵の男の子はすぐにイチコロって感じするし」

 

 ここでエレノアはふう、と溜息を着いていた。彼女は冷蔵庫からマカロンを取りだすと、それを無言でロリにも差しだした。一緒に食べようということなのだろう。

 

「それがねえ。わたし、べつに変な意味でナルシストってわけじゃないんだけど……ロリ、あんた知ってる?人ってね、目線をほんの五度変えたってだけで、相手がそれに気づくって生き物らしいわ。わたしが思うにはね、進化の過程で生きるか死ぬかの過程を何度となく経てきたことから――まずは相手が敵か味方かとか、逃げるとしたらどちらの方角へ走るべきか……なんてことを長くやってきて、最終的に今の人間って呼ばれる形態にまでなったわけでしょ?で、わたしの場合人の目線が大抵おっぱいに来てるのがすぐわかるわけ。女性の場合はもちろんそんなに不快じゃない。だけど、男の場合はねえ。しかもわたし、大抵の男から胸がでかい分、脳味噌に知識の詰まってない騙しやすそうな女って思われるらしくて……ママがよく言うのよ。そういうタイプのおかしな奴に引っかからないように気をつけなさいって」

 

「今の話聞いてても思ったけど、エレノアはすごく魅力的な女の子だと思うよ。そもそもマリアンヌ校だって、ほんの一握りの頭のいい子女しか通えないような学校なんだし……」

 

 ロリはそこまでしゃべっていて、ふとベンジャミン・モリソンのことを思い出した。実はふたりはとてもお似合いなのではないかと、そんな気がしたのだ。

 

「あのね、エレノア。マリにちらっと聞いたんだけど……筋肉のある男の人にしかまったくキョーミないってほんと?」

 

「まあそうね。わたし、顔だけいい男にはあまり惹かれないの。女だって一生懸命痩せようとしたりメイクがんばったり色々大変なんだから、マグロみたいにごろっと横になって、『さあ、オレを楽しませてくれ』みたいな男が一番イヤ。というかね、わたし、ストイックな人に弱いのよ。でもそういうストイックな男の人が、わたしの肉体の魅力の前には陥落しちゃうとか、そういうのが好きなのね」

 

「えっと……」

 

 筋肉男子にあまり興味のないロリにとっては、エレノアの趣向は理解しかねたが、それでもロリが夜妄想することがあるように、彼女の元を訪れる男性はみな、ストイックな性格の筋肉質な男性なのだろうということくらいは、漠然と理解できる。

 

「そっか。もしかしたら余計なお世話かもしれないけど、わたし、ベンジャミンに少し話してみようか?エレノアは誤解されやすいだけであって、ほんとはすごく素敵な女の子なんだよっていう、そういうことだけど……」

 

 黄緑のマカロンを食べながら、エレノアはぷんぷんして言った。

 

「いいのよ、もう別にあんな男……リムジンでしゃべってた時は、軽く脈ありみたいに気を持たせたくせして、実際にはロリ、あんたみたいなお固い真面目娘が好みだとか、そういう話なんですもの。巨乳=ふしだらなんて思い込んでるようなコンコンチキ、むしろこっちから願い下げよ。そんなことより、あんたは今、人のこと心配するより自分のことだけ考えなさいな。あいつねえ、あのルリって子の話じゃ、マスターベーションしてるところをあの東洋娘に見られちゃったんですって。何気なく部屋に入っていったら、エロ本見ながらペニスをしごきはじめたところらしくて、あの子の姿に気づいた瞬間、ベッドの上に掛けてた毛布が三十センチばかりも浮きあがったらしいわ。なんか、いじましくて可哀想だなって思ったから、筆下ろしさせてあげたってことなのね。で、あのルリって子はルリって子で、義父にレイプされたりだとか、母親が再婚した夫の年ごろの息子が迫ってきたりだの、色々問題抱えてて……そういう時、ノアの部屋使わせてもらったり、一時的に避難させてもらったりっていう、そういう関係性だったみたい。で、彼女は彼女でノアに対して愛はないんだけど、お礼として何度か寝たことがあるって、そういうことみたいよ。もっとも、あいつがどっかの娼婦から性病もらってきて以来、寝てないってことなんだけどね」

 

「…………………」

 

 マリが随分気を遣って割り引いて話をしてくれたらしいとわかり、ロリはむしろおかしくなってくる。というより、今のエレノアの話で完全に吹っ切れたといえる。

 

「あっはっはっはっ!あーもう、超受けるっ!!でもね、エレノア。わたし、だからノアのこと嫌いになったとか、そういうことじゃないのよ。どっちかっていうと、ノアに今すぐ電話して、『全部聞いたけど、だからそれでどーのこーの思ってないよ』って伝えたいくらい。でも、結局別れることに変わりないから、そんなふうにも出来ないってことなんだけど……」

 

「そっかあ。ロリ、あんた、マリの言ってたとおり、すごく優しいいい子なんだね。わたしだったら絶対、次に会った時にはゴキブリでも見たかというくらい、軽蔑しきたった眼差しを相手に向けていたことでしょうけどねえ。まあ、なんにしても良かったじゃないの。あ、そういえばリサ、この件ではそんなノア・キングの奴をあんたに押しつけようとしたってことで、随分反省してるみたいよ。なんかあの子、オースティンの『エマ』をちょうど読んでるところだったから、それでキューピッド役にでもなってみたくなっちゃったのかもね」

 

「…………………」

 

(ああ、やっぱりそうなんだな……)

 

 ロリは美味しいピンク色のシャンパンを飲み干して、俯いた。正直、最初にリサやエレノアと会った時の印象というのは、ロリにとっても他の仲間たちにとっても、ほとんど最悪に近いものだったと言える。けれど、こうしてよく話を聞いていってみると、(やっぱり、あのマリが友達として選ぶだけのことはあるっていうことなんだろうな……)ということが、今はロリにもよくわかる。

 

「あんた、今日もまたあんな第二次世界大戦下の野営地みたいなキャンプ場へ戻るつもり?明日帰るつもりなら、今日くらいここへ泊まっていったら?マリと話したいことがあるなら、わたしはリサとシンシアとジェイムズのいる部屋にいってもいいし……ねえ、ほんとすごく笑っちゃうけど、わたしたちの間じゃ、ジェイムズの前で半裸状態のままでいてもお互い全然気にしないような感じなの。でもまあ、夜遅くなって撮影に疲れたってなったら、一応ジェイムズだけ、続き部屋のほうにあるベッドで寝ることにしてるみたいだけどね」

 

「そっかあ。わたしも一度、ユーチューブの撮影現場、見てみたいなあ。大人しくしてるから、あとで見に行ってもいい?」

 

「もちろんいいわよ。だけどべつにそんな、面白いってほどのもんでもないけどね。ああ、でも明日はね、もしかしたら少しくらいは面白いかも。リサがプールサイドで寝そべってたり、ホテルにあるあの、ピンク・フラミンゴっていうブュッフェに、ピンクのパラソルいっぱいの食事の席があるでしょう?あそこで食事してるところとか、そういうところを撮影するみたい。ようするに、イケてるイット・ガールは私生活でもイケてる夏休みを送ってるみたいな、そんなところをチラ見せしたいわけよ。べつにわたし、リサのことはすごく好きだし、モデルとしても才能あると思って尊敬もしてるわ。だけど、ユーチューブで流してる映像に関してはね、90%に近いくらい、作られたイメージ戦略なのよ。リサが専属モデルになってるファッション雑誌、誰が一番モデルとして人気あるかとか、そのあたりで誰が表紙になるか、特集記事でメインになれるかどうかその他、きっと色々変わってくるんでしょ。だから、再生回数が毎回半端なくたくさんあって、コメントにも『あなたみたいになりたい』とか、『その素敵な水着、どこの?』とか、『口紅はどこのメーカー?』だのって、いかにもな言葉が数え切れないほど並ぶことが一番重要だというね、何かそんなことらしいわよ」

 

 ――結局のところこの翌日、ロリはそのリサのイメージ戦略映像に軽く友情出演することになった。エイドリアン曰く、「服ばっか見せるってゆーんじゃなくさ、もっと友達がたくさんいてワイワイやってる映像があったほうが絶対いいよ」ということで、一度は丘の上のキャンプ場へ戻っていたラースたちが再び呼び集められることになっていた。

 

 彼らはそのほぼ全員が、「もうテントも畳んじまったし、あとは帰るばっかなんだけどな」と、出演に対してまったく乗り気ではなかった。オリビアやドミニクやエミリーたちにしても、「確かにきのう、食事とかプール代とか、なんか恵んでもらった気がするけどー、でもそれだってウチらからそう頼んだってワケでもないしィ」といった態度だったと言える。けれど、エイドリアンが「オレの初監督作品なんだよ。だから、出来るだけ納得できるようないいもん撮りてえんだ。このとーりだから頼むよ、みんな。協力してくんろ」と頭を下げたことで――ブーブー言う仲間たちを、ライアンが最後にこう言って宥めたわけだった。

 

「みんな、きのうの美味しいビュッフェの味を思いだせっ!色鮮やかな寿司の群れ、よだれのでそうなほど美味しそうな中華料理のかほり、目の前でピザの生地をこね、最後には目の前でくるくる指先で回しだしたイタリア人の職人芸……オリビアもドミニクもエミリーも、美味しいケーキやタルトをいくつ食った?ああ?それなのに、このまま意地汚く無銭飲食だけして帰るつもりなのか!?それはいかんっ!それだけは絶対にいかんぞうっ!!労働者階級の人間としてえ、ゴミしか手に持つ以外にない人間に落ちぶれるなぞ、断じてあってはならんのだあっ!!」

 

 結局このあと、みなライアンの手にゴミだけ握らせて、それぞれ車へ乗りこむということもなく――「言われてみれば、そっか」とオリビアやドミニクらが溜息を着き、ラースに至っては「まあ、これもエイドリアンのためだ」と言い、納得していたわけだった。

 

 こういった経緯により、まずはプール及びプールサイドでの撮影がはじまった。ストライプ柄のビーチチェアに寝そべり、プールで泳ぐ男の子たちを品定めする女の子たち……ラースとライアンとベンジャミン、クリスの間でも、自分は「あの子がいい」といったようなやりとりがあり(ちなみにルークは、『自分はそういうペテンには一切手を貸したくない』と言い、出演を辞退していた)――結局ラースとライアンの間でリサのことを取りあうような形となり、恋の鞘当てがはじまるわけだが、イケてるあの子はふたりの男の子を手玉に取るだけで、彼らはからかわれて終わるのだった……といったようなシチュエーション。

 

 ロリはこの時、ビーチチェアのひとつにサングラスをかけて横になっている友人Dといったような役どころだった。ブュッフェ『ピンク・フラミンゴ』でも、人気者リサの目立たない取り巻きのひとりといったところで、ほとんどモブに近い形だったと言える。けれど、ロリにしてみればそれであればこそ気楽で楽しかったし、他のみんなにしても、最初はあれほど気乗りしなかったというのに――やりだしてみると案外面白く、結構ノリノリでそれぞれに与えられた役どころを演じていたと言える。

 

 帰り道、引き続き撮影協力のためにエイドリアンはリサ所有のストレッチ型リムジンへ乗り込み、同じ理由によってラースとライアンもこちらへ乗車することになっていた。ロリは来た時と同じく、オリビアの運転するルビーレッドのセレナに乗り、ドミニクやエリやエミリーたちと女子トークで盛り上がりつつ帰った(クリスは乗車人数の減ったエスクァイアのほうへ移動したようである)。

 

 結局、この日エイドリアンの撮影した動画は、ほんの数時間で十万回を越えた。リサがユーチューブをはじめて、最速でこれほど視聴者数が増えたのはこれが初めてのことだという。もちろん、ロリもエリやエミリーと一緒にこの動画を見て大笑いした。何故なら、自分たちにしても何も知らなかったら、赤い髪の青年ふたりが本気で美人のリサを奪いあっているとしか思えなかったろうからだ。

 

 そして、この動画については彼ら仲間内の間で、何度か話のネタになったのちは――ほとんど忘れ去られるという結果になるのだが、まさかそのさらに数年後、まったく別の重要度を持って再び見返すことになるとは……この時の彼らには、まったく想像も出来ないことだったのである。

 

 >>続く。


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