cafe de sou-ryu

ほっと一息
ちょっと休憩しませんか?

不断桜

2011年03月19日 18時15分10秒 | I think so …
本日の京都は、重い上着も要らないくらい
暖かく穏やかな陽射しが降り注いでいました。
この陽射しが、東北地方を始め震災に遭われた地域にも
降り注ぎますように。


今日は仕事の調べ物があって、京都の府立図書館へ行ってきました。
その途中で、こんなものを見つけました。












桜の花です。
でも、これは今年の染井吉野ではありません。
これは、不断桜という種類の桜です。
(AT 柳馬場×御池の西南角)


普段目にする桜の花は、4月頃に咲くのが一般的なのでしょうが
この桜は、12月の終わり頃から、春が訪れるまでの期間咲き続ける、
いわば冬の桜です。


底冷えが厳しい京都の冬。
一年で最も寒さの厳しいその時期に、可憐な花をつける桜。
その姿は、やがて訪れる春を待ち望みながら微笑んでいるようです。
淡い桜色は、自らのためというより色彩の乏しい街の中で
人の目や気持ちを癒すために花開いている、そんな風情でした。


寒さ厳しい日々にも、やがて必ず穏やかな春が訪れる。
ワタシハ、ソレヲシッテルヨ
花は優しくそう語っているのかもしれません。

いまはただ、心からその日を信じて…。





※ こちらにも、「不断」の思いが望まれます。
たとえほんの少しでも…そんな小さな気持ちが積み重なり
多くの笑顔の花を咲かせますように。

日本赤十字社  http://www.jrc.or.jp/contribution/l3/Vcms3_00002069.html




宗流

出来ないからこそ出来る事

2011年03月15日 23時46分12秒 | I think so …
改めまして東北地方太平洋沖地震で被災された方々に
心よりお見舞い申し上げます。


地震から5日目。
未だ報道では悲しい光景を目の当たりにする日々が続いています。
何の被害にも遭わずにいる私ですら心が痛くなるのですから
被害に遭われた方々の心情を思うと、言葉すら失くしてしまいそうです。

災害の最前線で、過酷な状況に直面されている方。
被災は免れたものの、生活の中で制限を余儀なくされている方。
日常生活にほぼ支障をきたさなかった方。
およそ3000kmの日本列島の中で、いまもそれぞれの環境の中で
人は震災後の様々な思いを抱えているのでしょう。

けれど、誰もが他人事ではありません。
多くの人が、誰かのために何かをしたい、
そう思いながら過ごしているのだと思います。

でも、残念ながら私たち関西の人間は、
関東地区の方々のように、節電や停電で協力する事もできず、
また現地に赴いて活動する事もできません。
それは、私を含めとても心苦しい現実です。

しかし、だからといって何もしないままでは始まりません。
目に見えて行動したり、地区的な協力はできなくても
出来る事はあるのではないでしょうか。

自分の身の丈に合った募金だってそう。
いまはまだ被災地に向けて個人で物資を送る事は難しい状況です。
輸送道路が復旧すれば、食糧や毛布も今以上に必要となるでしょうし、
保存日数は限られているものの、献血だってその一つです。
そして、これからの復興に向けてお金は絶対的に必要となります。
きっとみなさまも既にご協力されているとは思いますが、
お手持ちのTポイントカードや、Yahooのポイントなどの中で
使われていないポイントをお持ちの方はありませんか?
期限切れが近づいているポイントをお持ちの方はありませんか?
そうしたポイントを募金することも、協力の一環といえる気がします。


Tポイント緊急募金


Yahooボランティア



また、普段日常的に使っている携帯電話からでも、
小さな協力は可能です!

NTTドコモ

au・KDDI

ソフトバンクモバイル


そして、それらの金銭的な協力だけでなく
国内にいらっしゃる外国の方に対しての支援だって、
大切な協力の一つです。


NHK 16言語のオンデマンドラジオ放送



上に幾つかご紹介させて頂いたサイト以外にも
本当にたくさんのボランティアに関するサイトがあります。
たとえ実際に何らかの行動を起こせなくても、何も出来ない地域にいたとしても
私たちに出来る事は何かあるはずです。

実質的な行動支援もそう、金銭的な協力もそう、見知らぬ誰かのために祈る事もそう。
ある意味では、普段の日常生活を送る事もそうかもしれません。
これから冷え込むであろう経済を滞らせないよう
不必要な消費ではなく、必要限の消費を維持する事も大事なのかもしれませんもの。
また、不確かな噂に左右される事無く、正確な情報を冷静に判断し
落ち着いて行動する事も必要なのかもしれませんね。

自然の脅威の前、予測し難い事態の前では
人の力は悲しいくらい非力なものかもしれません。
けれど、何も出来ないからと諦める前に
出来る事を、出来る形で協力する、
無事である私たちが、諦めては何もならない。
楽観的だと笑われるかもしれない、でもそれでも構わない。
何事もなく無事でいられる自分が、重い現実に足をすくわれて
小さくささやかな協力すらできなくなるより余程いい。
恰好をつけるのではなく、心からそうありたいと思います。


多くの善意の気持ちが何かを変えますように。
復興の灯火に光あれ!



Tous pour un, un pour tous

one for all, all for one

一人は皆のために、皆は一人のために



宗流


無事でいて

2011年03月11日 21時29分22秒 | to you

2011年3月11日。
東北地方太平洋沖地震で被災された方々に
心よりお見舞い申し上げます。

ただいまTVからは、東北・関東など各地の惨状が映し出されています。

こちら京都はごく微弱な揺れでしたが、直後うちの会社の東京店からの電話で
大変な事が起こっている事を知りました。
電話でそちらの社員と話している最中も、次々と起こる余震で
通話もままならない状態。
東京店に勤務する社員は、とても家にも帰れないとの事です。
比較的無事な地域であっても、そのような状態です。
大きな揺れを受けた地域の方々の安否が非常に気がかりです。

実際に接する人達、連絡がとれた人達の無事な様子に安堵する事はできましたが、
何人かのブログを通じてのお友達が怪我なく、無事でいらっしゃるか、
とても心配です。

どうか無事でいて。
無事の報せより、ただ何事もなくあってくれればそれでいい。
顔も声も見ず知らずのお友達であっても
私の大切なお友達に変わりはありません。

ただ願う事しかできないけれど、どうか、どうかみんな無事でいて。



宗流

ピアスと斎服

2011年03月06日 02時43分19秒 | I think so …
こんばんは♪
本日は今週最後の出勤で、通常のお仕事でした^^
今日は朝のうちはかなり冷え込んでいたのですが、
お昼ごはんを食べた後くらいから気温も急上昇。
もう眠たくって眠たくって。。ノウリツサガリッパナシ!!
スペインのシエスタを、我が社にも導入!
…と、いう案件を真剣に会議にかけたい宗流です。


さてさて。
唐突ですが、みなさまは神式の葬儀や法事に出席された事は
おありでしょうか?
袈裟衣をつけたお坊さんが読経される仏式のものに臨席する機会は
よくあるかもしれませんが、もしかしたら神式のものには馴染みが薄い方も
多くおありかもしれませんね^^
今日のお話は、先週の宗流の実家での出来事です。


先週の日曜日、宗流の実家で伯父の法事が執り行われました。
実家が神社の宗流、もちろんお坊さんがやってきてお経を読む、
なんて事はありません。
神職に就く者が祝詞(のりと)をあげて、玉串(榊の枝)を捧げる…
というスタイルで行われます。
私は今まで身内の葬儀を幾つか見てきたので、
もう何ら珍しい事もないはずなのですが、今回は特別な儀式。
今回の二十日祭(神式では「祭」といいます)で
神職の役目を務めたのは、宗流の二つ下の弟でした。


白い袍(ほう)に白袴、頭には烏帽子。
でも痩せた身体は恰幅が足りなくて、どうもあまり似合わない(笑)
あーだこーだと二人でぎゃーぎゃー言いつつも、
それでも何とか斎服を身にまとい、二十日際が始まりました。

ちなみに、イメージを膨らませてもらうとすると…
弟は宗流と全く似てなくて、見た目はロンブーの淳くんに似ています。
また全くの余談情報として、宗流はカリメロの彼女(黄色いひよこ)に
似ているらしいです。二人で歩いている所を知人に目撃された時も
弟と信じて貰えず、新しい彼氏だと随分長い間思いこまれてましたね。。
それでは、想像してみて下さい。その淳くんが白い装束に身を包み
神妙な面持ちで祝詞をあげているところを…まぁだいたいそんな感じです。


ところが。

掛けまくも畏き(かけまくもかしこき)…
私はその声を聞いていると、何だか不思議な感覚にとらわれました。
祓詞(はらえことば)をそらんじ、祝詞をあげる弟。
それは、普段私がよく知る弟とは違う姿のように目に映りました。
働き始めてすぐに実家を出た私は、度々顔は合わすものの
弟の事は何となくその当時からずっとあまり変わらないものだと
思い込んでいたのかもしれません。
パンク・ロック少年で、洋服や靴の収集に夢中だった弟。
飄々と冗談を言って、私を笑い転げさせていた弟。
ですが、目の前でうやうやしく祭壇に頭を垂れて祈る姿は、
我が弟でありながら、見知らぬ人物のようでした。


伯父の葬祭の中でしたが、私は父の葬儀を思い出していました。
私の実家は神社ではあるのですが、少しややこしい事情があって、
父の時は仏式のお葬式でした。
父が亡くなった時、弟はまだ学生でしたが、母の負担を気遣ってか
葬儀の喪主を務め、その時の挨拶で嗚咽で声にならない声で
参列いただいた方々に感謝の意を述べていた姿がふと浮かび、
そして、あの頃からゆうに十年以上経ったんだ…と改めて思いました。

何となく、私の中でまだ弟はずっとヘナチョコの子供のままだったのに、
ものすごい勢いで時計の針が現在の時間に合わされたような感覚で
短い一瞬の間に、何年もの時間を過ごしたような気分になりましたね。
弟も、あの頃はまだまだ頼りなさ過ぎて、自分の将来の絵すら描けず
彼はこれからどんな大人になるんだろうと、少し心配になりましたが
遅まきながら今は目標のために、数年前から医療関係の国家資格を
取得するべく学校へ通い直してます。
当時、葬儀で涙する弟を陰から見たであろう父親も、
今の弟の姿を空から見てたら、少しくらいは安心するかしら?
私は祝詞の声を聞きながら、そんな事を考えていました。


滞りなく祭事も無事終わり、あっという間に後片付けを終え、
お茶をする頃には弟も装束を着替え、普段のジーンズ姿。
私が話をする横で、弟はコーヒーを飲みながらポケットからピアスを取り出し、
左の耳に開けた5つのピアスホールに一つずつ丁寧に付け始めます。

…弟には言わなかったけど、私、ずっと妙な感じがしてたっけ。
彼の被る烏帽子の耳許。いつもあるはずのリングピアスがないと
何だか弟の耳じゃないみたい。
よく見ないと解らない、小さなホールが幾つも開いた耳には
やっぱそれがないと、どこか間が抜けてるかも。
案外、烏帽子にピアスも似合うかもよ…なんてね。


最後のピアスがあるべき場所に収まった時。
それは何かの合図のように、長かった一日が終わり、
何の変哲もない日常が再び時を刻み始めた瞬間に思えた宗流でした。



宗流