えりも岬といえば、森進一さんを想いだす方が多いでしょう。
吉田拓郎さんの曲で、一世を風靡した歌です。
岡本おさみさんの詩で、一番有名になったのは「えりもの春は何もない春です」という所。
地元を愛する方々は、当時これに抗議を致しました。
時がたってこの歌碑が建立され、「えりもの灯台祭り」に森さんがやって来て唄いました。
「えりもの春は日本一の春です」と。
さて、実はえりも岬には、もう一つの歌碑があります。
森さんの歌がヒットする以前ずっと前に、島倉千代子さんが唄ったものです。
強風と荒波がそのまま唄われたこの曲は、子どもの頃にさんざん聞かされました。
今は、どちらの歌碑も仲良く並んでたっています。
えりも岬から、約7キロのところ、百人浜の北側に小さな沼があります。
静かに水をたたえ、ひっそりとたたずむ、その沼の名は「悲恋沼」です。
寛文年間、この地で、アイ民族同士の争いがありました。
その時、和人「久作」は「マエラ」に恋をしていました。
内地に帰ることになった久作は、あの世での再会を誓い、マエラと別れます。
久作の舟を何日も浜辺で見送り、泣き続けたマエラは、ここで姿を消します。
その姿がなくなった後に、この「悲恋沼」が生まれたというのが、伝説です。
7月の穏やか夕暮れ時、家人とともにホタルを探しにまいりました。
か細い雨がほんの少し落ちてきて、良い条件ではありません。
20分ほど、目を凝らして歩き、ようやく微かな光をみつけました。
2匹のヘイケボタルが、寄り添いながら飛ぶ姿でした。
久作とマエラの再会に、想いを馳せることが出来た、ひとときでした。