【閲覧数】3,375件(2011.1.6~2019.10.31
写真で見る山崎城跡(山崎小学校周辺)の移り変わり
▼最上山から見た山崎小学校周辺 明治37年
・山崎小学校の向こう(南)には城下平野が広がる。
・運動場には人が集まり、輪になって今から何かが始まろうとしている。
・中央の運動場右手(西)には堀、紙屋門、隅櫓2棟と講堂や旧校舎が見える。
▼昭和から平成へ
平成11年 山崎町商店街のアーケードが消え、石畳舗装となる。
ジャスコの跡地には防災センター(平成12年)ができ、NTTの施設は無人化となる。
▼最も古い写真:明治10年の山崎小学校の前身山崎篠陽小学校
※藩邸屋敷が校舎として利用されていた。
▼ 大正期の屋敷と堀(本町あたりの外堀と考えられる。)
▼城下地区の田園から見た山崎小学校
▼城下地区 左は小学校 西から東を撮る
平成になり、次々と施設などが建ち並びはじめた。
▼城下 西方面(段)を望む
・ 城下地区ののどかな田園風景 今は見かけないつぼきが並ぶ(写真中央)
・田んぼの畦の水路には、田鮒やなまずなどがたくさんいた。
・右の土手状の平地は江戸期の「桜の馬場」の遺跡で東西約250mあった。