ミハイル・ハネケは「もうドラマは書けない。現実の方が茶番と化しているから」と語っているそうなのだ。昨今のウクライナ戦争における各国の動きを見ても戦争をネタにした茶番劇にしか思えない、というあなたに是非おすすめしたいのが、2年連続パルムドーラーに輝いたスウェーデン人監督リューベン・オストルンドが撮った本社会風刺コメディである。
(本当はルイス・ブニュエルのような映画を撮りたそうなのだけれど)ハリウッド的なジャンル映画と、ヨーロッパが望む知的なアート作品のちょうど間を狙ったと語っていたオストルンド。スーパーモデルである彼女ヤヤのインスタアシスタント兼彼氏カールの視点で描かれる本作は、格差社会の中のありとあらゆる問題点を黒い笑いとともに暴き出している問題作と言ってもよいだろう。
原題は『Triangle of sadness』。“俺のそばによるな”の意思表示である“眉間のシワ”のことをそう呼ぶらしい。無人島に漂着したセレブたちのヒエラルヒーが180°覆ることから名付けられた邦題とは、ちょっと意味合いが異なっている気がする。おそらく、“バレンシアガ”と“H&M”で表情をコロコロと変えるカールを通して、“格差”自体を笑い飛ばそうとしたコメディなのだろう。
女性モデルの1/3のギャラしかもらっていないカールはアンチフェミスト、レストランの支払いが男性持ちという逆差別がまずは許せない。が、有名インフルエンサーでもあるヤヤのコネで、只で豪華クルーザーに乗船できたことにマンザラでもないご様子なのだ。ヤヤが乗船している金持ちに色目を使う度にヤキモチを焼くカールだが、いざ無人島に漂着して食料を自給自足しなければならなくなると....なのだ。
要するに1本のポッキーにつられて簡単に寝返ってしまうしょうもない日和見男なのである。その魂の腐り具合を嗅ぎつけてカールの周りには、いつも“ベルゼブブ”がたかってくるのである。そんなハエ男カールに負けず劣らず、他の乗客たちも一皮剥けばクソ(有機肥料)売りだったり、武器商人だったりで、下衆を極めた連中ばかり。嵐で大揺れする船の中で、自分の反吐とトイレから逆流した糞尿で、億万長者どもが汚物まみれになるシーンは必見である。
フェミニズムとマスキュリズム、資本家(資本主義)と労働者(マルクス主義)、美男&美女とブ男&ブス、持つ者と持たざる者の立場を二転三転させることによって、今や上流階級の仲間入りをはたしたオストルンド自身の立ち位置を一度ゆさぶってみたかったらしいのである。たとえ富と名誉を手に入れた映画監督とはいえ、キャンセル・カルチャーの罠にはまれば、ウディ・アレンのようにすべてを失うおっかない社会を、この“無人島”にたとえたのかもしれない。
スマホカメラマンのカールはおそらく監督オストルンドの分身かと思われる。ラスト、カールが薮の中傷だらけになって疾走する姿は、映画のスタイル確立(ヤヤor掃除婦)を求めて、未だ暗中模索しているということなのだろう。
逆転のトライアングル
監督 リューベン・オストルンド(2022年)
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