ドイツ系コンサル会社に勤めるエリートのイネス、その父親ヴィンフリートはいたずら大好きな学校の先生だ。ルーマニア石油会社の人員削減を請け負ったイネスはといえば、仕事上のストレスで窒息寸前。コカインに手を出すは、会社の同僚とは不倫するはで、仕事以外の私生活は滅茶苦茶。そんな娘を心配したヴィンフリートは、休暇中下手な変装で娘をストーカーしまくって、何とか娘の気持ちを和ませようと試みるのだが…
出っ歯の入れ歯にかつら姿のトニ・エルドマンは誰がどう見てもヴィンフリート、しかも繰り出すジョークはまったくといって笑えない、というかヨーロッパの洗練性を微塵も感じさせないほどウザい。どこにでもずけずけと入り込むずうずうしいエルドマンだが、なぜかその場に溶け込みあっという間に民衆の心をつかんでしまう。そうこのトニ・エルドマンこそ、現在のEUをも席巻しつつある(ドナルド・トランプに象徴される)ポピュリズムそのもののメタファーだったのではないか。
若者に人気の『ニッポンのジレンマ』などをたまにTVで見ても、外側のシステムをいじって社会問題を解決しようとする残念な意見ばかりで、本作のエルドマンのように渦中に飛び込んでいく勇気のある若手起業家は皆無。要するにエリートという人種は古今東西を問わず自分の手を汚すのが基本的に好きではないのだ。英国のブレグジットをはじめとするポピュリズム台頭の原因は、非エリートの大衆を無視したエリート層の暴走にあると分析したフランスの人口学者がいたが、まさに本作のいわんとするテーマはそこにあったのだろう。
エルドマンことヴィンフリートが娘イネスを連れ回し、人員削減の対象となる石油掘削所を訪れ、素朴な地元民と触れ合うシークエンスがとても印象的だ。まずはエリートが“自分の手を汚すこと”、そして綺麗なドレス(理論武装)を脱ぎ捨て大衆と“裸の付き合い”をすることの意味を問うたこの作品、実はヨーロッパの名だたる映画賞を総なめにした大ヒットムービーなのだ。ポピュリズムがいいとか悪いとかいうよりも、成果ばかりを追求するEUのグローバリズムに疑問を投げかけた政治的メタファーが、ヨーロッパの人々に受け入れられたからにちがいない。
ありがとう、トニ・エルドマン
監督 マーレン・アデ(2016年)
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