2020年1月16日“ダイヤモンド・プリンセス号”が横浜港に寄港、感染者712人をはじめとする乗員乗客がしばらく洋上で隔離生活を余儀なくされたことも記憶に新しい。感染覚悟で乗員乗客のすべてを寄港後すぐに日本の病院で受け入れるべきだった、という正論をぶちかます人は当時ほとんどいなかった。むしろ、なんで寄港を許可したのかという意見がほとんどだったのではないだろうか。その後3年間にわたってコロナ禍が日本を席巻、今までの生活が一変してしまったことを考えると、本作におけるアメリカ及び日本政府のKI501に対する冷たい対応が間違っているとはとても言えないのである。
船を旅客機、コロナをバイオテロウィルスに置き換えた本航空パニックムービーは、各国のグローバルな対応の限界を示しているといってもよいだろう。いくら西側同盟国とはいえ、ウィルス感染者満載の旅客機を自国の空港に緊急着陸させるほど、各国政府の対応は甘くないということだ。“遺憾ながら検討を祈る”としか申し上げることができない。国民の健康を第一に考えた場合、協力にも限度があるのだ。それは保身だ、と非難する方がいるかもしれないが、自分の子供や奥さんが感染飛行機にでも乗ってない限り、ソン・ガンホ演じる空港警察官のようにサクリファイス的な行動をとることはまずあり得ないのである。
本作を“反日映画”と評する方もいるようだが、管制塔の指示を無視して感染旅客機が無理矢理着陸しようとしたならば、航空自衛隊があのような過激な行動にでたとしても何ら不思議ではない。中国戦艦やロシア戦闘機に領海や領空を侵犯された時のことを考えてみればむしろ当たり前の行動なのである。ゆえに、民主主義を守るという漠然とした理由だけで、ほとんど利害関係のないウクライナに岸田政権があれほどの支援をする理由が全くわからない、茶番にしか見えないのである。成田空港着陸を諦めて韓国へ向かった感染旅客機に対し、当初韓国国民の半数以上が着陸反対を唱えたことは、多数決という民主主義の野蛮性を暴き出しているともいえる。
なんとも腰砕けでご都合主義のエンディングに、もしもタイタニック的な演出をかます勇気が監督にあったならば、本作が問題提起しようとしている、保身vsサクリファイスの構図はラストシーンにおいて、さらに際立たせることができたにちがいない。さらにいうならば、多数派の保身を第一に優先させる民主主義国家に私たちが属している限り、本作の感染者たちのように少数派は常に自己犠牲を強いられるのである。それが民主主義の本質といってもよいだろう。
非常宣言
監督 ハン・ジェリム(2022年)
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