連続大河ブログ 原付旅 外伝
レイラインポイントコンプリートの旅
酒の肴になる酒の話
日本初のウヰスキー蒸留所「山崎」の巻
さて、前回は淀川を京都に向かい北上しつつ、織田信長の姪っ子にして浅井長政の娘、徳川秀吉の側室にして豊臣秀頼の母の淀様に思いを馳せました。大変な時代の大変な家に生まれ大変な人生でしたね!
酒の肴になる酒の話
日本初のウヰスキー蒸留所「山崎」の巻
さてさて、今回はシリーズ酒の話ですが、ここまでにサントリーさんのお話色々出ていましたね。よかったらその記事も読んでくださいね♪
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さて、淀川を北上すると桂川と宇治川と木津川が合流!ここから淀川と名前が変わるところあたりがちょうど大阪と京都の境目です。大阪と京都にまたがり山崎蒸留所はあります。淀様の名前の由来の地ですね。
今では、京都と大阪は水がまずいって有名ですが、江戸時代は美味しい水で有名だったそうです。
ここ山崎蒸留所は天王山の中腹に位置し3本の異なった地域からの水温の差がある川の合流地点!京都も大阪も冬は雪が降っていないのに山崎は積もる程、雪が降ったり、水温の差で生じる霧による湿潤な気候だそうです。ウヰスキーの本場イギリスのようですね!緯度が高いのに暖流の影響で霧のロンドンなんて言いますよね。
ウヰスキーの名前の由来やイギリスのうんちくの記事もよかったらどうぞ
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そして、なんといっても湧水が!あの千利休も求めたと言う名泉「水無瀬神宮離宮」の境内から湧き出す御神水は今でも名水100選に選ばれる、美味しいお水!それと同じ水源の地下水をマザーウォーター(仕込み水)として使用しているんです。
京と大阪を結ぶ大きな河川は古くから水運として栄え、明治には鉄道が通り流通に関しても非常にいい土地柄でこんなにウヰスキーを作るのに適したこの場所を、見つけた創業者鳥井信治郎社長は「凄い!」の一言です!
1923年の本初のウヰスキー蒸留所として開設!来年でなんと100周年!おめでとうございます!
水、気候、流通に恵まれたとは言え、日本には馴染みのないウヰスキーの製造販売、研究開発、そして、世界が認めるウヰスキーを100年に渡り作り続ける!地の利だけでは、こうはいきません!鳥井信治郎社長の人間力とそれを支える周りの人達の力に他なりません。
次回からまたもや、お酒の話で脱線します!一体いつになったらゴールできるのやら、次の旅の話が書けるのやら!(笑)
次回 ウイスキーが出来るまでの話の巻
ここまで読んでくださった方の願い事が叶います様に…」
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