ドイツで一番強く感じたことは、人の暮らしぶりが日本とこんなにも違うんか!というところだった。
ひとつの道にこどもから若者もおじさんおばさん、おじいちゃんおばあちゃんまで、みーんながそこにいて、みーんながそれぞれ友達や恋人や家族とゆったりした時間を過ごしている。
それは毎日そんな風景なのだから、なんてこった、こりゃ習慣だ、文化としてもうそういう暮らし方、過ごし方としてあるんだ、という感じで。
日本と比べてみるとこの人々の陽気でゆったりした感じはなんだろう、今日平日だよね?と本当に不思議に思うほどだった。
日本だとある年齢を過ぎれば、みんながみんなスーツやら何やらなTHE仕事な服を身につけ、明らかにいま仕事帰りか、とわかる様なのだが、あっちではみんな仕事してるのか?ってくらい仕事をしているというのが赤ら様には見えてこなくて、この感じはどっからくるんだろうと驚いた。
ほんと、暮らしぶりが豊かってこういうことを言うんじゃないかなぁと思ったのだ。
大抵生きるっていうことを言うとき日本の場合だと、仕事のため、家族のため、他人(ひと)のため、生きてるというのが定着していると思うのだが、あっちの場合、何か周りのひとや物事のためではなくて、ほんと自分が楽しみたいから、自分を生きるために生きてるわい、という感じがしてきたのだ。
けど、それはなんて言うのか、、それぞれがそういうふうにことばで思って生きているとも思えなくて、どちらかというとそのまんまそういう暮らし方、生き方が文化として人々の中にあるからそういうふうに生きてしまっている、という感じだ。
だからといって、ドイツさいこー!日本さいてー!とか言っているわけではなくて、いい悪いとかじゃなくって、あー、こんなにも違う暮らし方が存在してるもんなのか、世界って広いわぁ、と単純に感じるところなのだ。
そういう意味で他の文化に触れるというのはおっもしろいなぁと初めて思った。
暮らしぶりもそうだけど、食べものに対する感覚もだいぶ違うかもしれない。
化学調味料というのか、そういうのに対する不信感や不安が日本人より敏感なのだろうなぁと思った。
あっちでお世話になっていたガビーさんというドイツ人の彼女は、それはそれはこだわりがとってもつよい人で、レストランを選ぶにしろ、店内に足を踏み入れた瞬間に、ここはあんまりいい匂いがしないからやめよう、と言うくらいのこだわり振りで、それにはさすがにこれはドイツ人だからというよりはガビーさんという人がそうなんだろうとは思った。
けど、スーパーの商品の表示でBIOと書いてあるかないかで一目で判断できるようになっていたり、BIO専門のスーパーがあったりとか、やっぱり日本より敏感度が高そうに思えた。
料理はどれもおいしかったなぁ。
ガビーさんの手料理もまたいつも豪華でおいしくて感激ものだったし、レストランでもガビーさんが選んだところはみんなおいしいものばかりだった。
じゃがいもってのがあんまり好きじゃないんだけど、あっちのジャーマンポテトっちゅーのはおいしい。
もっちりしていて味が強い。
ドイツの雰囲気の中だからこそ、ドイツ料理をおいしく食べれるっていうのはあると思うけど。
いやぁ、なんか贅沢で豊かな日々やったなぁと改めて思ったな。