本当に早いもので、桜が散るのはあっという間です。
写真はおぼろにお天道さんが雲に隠れながらも
桜の鮮やかな姿を浮き立たせているところです。
最後の写真は先週の枝垂れ桜ですが
もう完全に散ってしまいました(^_^;)
日本人の中にあるパッと桜がのように散る美学はカッコいいですね。
見事にパッと散ってしまうけれど
半分枯れたような花は全く残っていません。
スパっと緑に移行していく姿はとても凛としている気がします。
ところで、我が故郷高遠の小彼岸桜はやっと咲き始めたそうです。
高遠城主公園はまだつぼみですが、今週あたりは
あっという間に咲いて、暖かければすぐ散ってしまうのでしょうな。
花が咲いた後に寒くなればかなり長く桜を見れます。
そういうのを「花冷え」というのですが、きっと寒いと思いますよ(笑)
たまたまCDを注文して下さった方から、先週公園の中で聞き入っていたという
ご連絡を頂きましたが、桜には音楽が本当によく似合います。
高遠城主公園の中で、たまには天山の曲も流されているそうですので
もしも訪れることがあれば是非桜と音楽を楽しんで下さいね♪
思い出しましたが高遠閣の中のお蕎麦。
今すぐ食べたくなりました。
我が故郷の先輩方が何十年もかけて、農家に南アルプス産の蕎麦を栽培してもらい
徳川家光の異母兄弟で当時高遠藩主であった保科正之公が好んだ
「高遠そば」を復活させましたので、是非これを堪能して頂きたいものです。
会津にある「高遠そば」もちろん、この高遠がルーツです。
きっと日本のお蕎麦のルーツに触れられると思いますぞ(*^_^*)
※高遠蕎麦・・28(にはち)の蕎麦を辛味大根と焼き味噌を使った汁につけて食べる蕎麦
わさびとは違った辛味と、焼き味噌の奥深い味が楽しめる。
※保科正之公・徳川家光公の異母兄弟で、高遠に子供の頃に来てのちに藩主となり
次に会津の藩主とし移るときに高遠から蕎麦職人やら辛味大根を
持っていく。のちに江戸へ移る
家光からの信頼がとても厚く、明暦3年(1657年)の明暦の大火後、
焼け出された庶民を救済し、幕府の米倉を開放したと
黒鉄ヒロシが千思万考で言っていました。(笑)
更科そばも赤坂の保科公が会津から連れてきた布屋太兵が
最初の更科蕎麦職人だと伝えられています。