意思による楽観のための読書日記

野中広務 差別と権力 魚住昭 ****

筆者渾身のドキュメンタリー、間違いなく推奨できる。星5つにできなかったのは、野中広務という政治家が最高の輝きを持っているわけではないと感じられたこと。

弱い者には優しい眼差しを向け、傲慢な強者には力を持って対抗し徹底的に戦う、これが野中広務の特質だった。もう一つは京都の園部出身であり、生まれだったこと、名古屋以東に育った方には知ってはいても今ひとつ身近には感じられない差別を、徹底的に身をもって体験し、それを戦う自らの力にして這い上がったこと。

今まで瀬島龍三と渡辺恒雄の評伝を書いてきている魚住昭は、野中広務とは対象的とも思えるエリート中のエリート、国立の一流大学を卒業して一流の通信社に入社した魚住が野中広務にこの本を書くための取材に行った時に、野中広務はどのように感じたであろうか。この本が出た時に野中は魚住にこういった。「君がのことを書いたことで、私の家族がどれほど辛い思いをしているか知っているのか」と。しかし、この本が出たことで、私のような読者は強面の自民党の実力者にこのような平和主義で差別に徹底的に対抗してきた面があったことを知ることができること、これは野中広務も分かっていたはず。エピローグで魚住と対談している佐藤優がこのように言っている。「この本がなければ野中のような政治家の存在など誰もが忘れてしまったかもしれないが、このようなノンフィクションが本になって残ることで、歴史に名を残せた」

二面性、これが野中広務の特質だと思う。強烈な上昇志向と出身者としての被差別意識。小渕恵三が急死したあとの後継者として、総裁候補に野中広務、官房長官に鈴木宗男というラインが実際にあって、それは野中広務が断ったという。断った理由は本人によれば「自分はトップになるよりナンバー2として誰かを支えるタイプの人間である」。しかし佐藤優は「トップになれば徹底的にその出自は暴かれ、家族はたいへん辛い思いをする。それに政治家の世界では強烈な被差別体験をしてきたのではないか」

2003年に政治家として引退する宣言をしたとき、最後の総務会で総務大臣に内定していた麻生太郎に「俺は君が出身者を総理大臣にすることはできないと発言したことを知っている。君のような差別者が大臣になり人権啓発などできるはずがない、私は絶対に許さん」と発言、麻生は真っ赤になってうつむいてしまったという。馬鹿な発言の多い麻生太郎だが、二世議員の中には同じような感覚の政治家が多かったのではないだろうか。それが野中広務にはたまらなく、しかし自分の力ではどうしようもない限界を感じていなのではないか。

野中広務に一貫した政治的ビジョンがあったとは思えないが、差別への思い、義理を重視する姿勢は一貫していたようだ。理屈ではなく感覚として。だから自公連立や自社連立の窓口として、社会の山口鶴男や野坂浩賢とのパイプ役が務まったのではないか。京都の府議会で敵対していた蜷川虎三とも通い合うものもあった。

野中広務が自民党の中核で政界再編の黒幕として暗躍した記述も引き込まれるが、前半の京都園部市長時代、府議会議員時代の記述は秀逸であり、その取材はへの切込が必須だったことを考えれば困難を極めたはず。政治家野中広務を知るだけではなく、自社連立から自公連立に至る政治の裏の動きを知るには格好の書であると同時に、差別の実態を垣間見せてくれる評伝でもある。講談社ノンフィクション賞受賞作である。


読書日記 ブログランキングへ

↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「読書」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事