意思による楽観のための読書日記

密約 外務省機密漏洩事件 澤地久枝 ****

西山太吉毎日新聞記者と外務省の蓮見喜久子事務員を被告とした外務省機密漏洩事件についてのドキュメンタリーである。沖縄返還交渉のなかで日米政府の間でどのような交渉が行われ、米国は日本に沖縄施政権を返還するに当たりどのような費用負担を日本に求めたのか、その内容は税金を払い費用負担をする立場の日本国民にどの程度開示されたのかが問題の焦点である。裁判では、そのうちの400万ドルについて、日本が米国に代わって負担したことを示す外務省電文のコピーを西山記者が蓮見事務員を通して入手したことの是非が問われた。国家機密と国民の知る権利、そして国家公務員の守秘義務と新聞記者による取材のニュースソース秘匿のモラル、そして取材手法などが争点であった。東京地裁の一審は守秘義務違反の蓮見事務員に懲役6ヶ月、執行猶予1年、西山記者は無罪、という内容であった。蓮見事務員は、「情を通じた」とされた西山記者に、社会情勢など何も知らずに機密情報である電文を見せたか弱き女性を裁判では演じた。新聞は知る権利と取材の自由を主張したが、週刊誌マスコミは、情を通じて情報入手した強引で女を使ってでもほしい情報を手に入れるという敏腕記者を悪者に仕立て上げようとした。74年の地裁判決に検察は控訴、76年の東京高裁では西山記者も有罪判決が下され、78年の最高裁判決でも、「取材対象者である蓮見の個人としとの人格の尊厳を著しく蹂躙し」、「正当な取材活動の範囲を逸脱している」という理由で最高裁への上告も棄却され結審した。

一体何が裁かれたのであろうか、というのが筆者の叫びである。本来は国民に隠された沖縄返還に当たっての負担金は本来開示されるべき情報ではなかったのか、という社会党による自民党政府への追求であった。それが、「情を通じた」女性を通じてニュースを書いた記者の社会正義は許されるのか、という問題にすり変わり、さらには女性事務員のプライバシー暴露により、国民の関心はもっぱら男女間のモラル問題に移行してしまった。蓮見事務員は「もうこれ以上騒がれたくない、そっとしておいてほしい、できれば忘れてほしい」と言いながら、週刊誌のインタビューに夫と共に度々登場し、西山記者の立場を攻撃した。西山記者はニュースソースを結果的に暴露することになったことを大いに反省し、蓮見事務員による男女関係に関する部分には一切反論しなかった。しかし問題とされたのは取材方法の是非と結果として情報源を秘匿できなかったこと、これは世間から西山記者が攻められても守りきれない「情実」の部分、国民の知る権利という「理」が情実に勝てなかった、これがこの裁判であった。

時の総理大臣は佐藤栄作、永年総理を経験し、沖縄返還でノーベル平和賞を受賞している。新聞記者嫌いで有名であった佐藤栄作は引退記者会見会場から新聞記者を追い出したエピソードで有名である。西山記者は毎日新聞紙上に度々政権批判記事を書いたことで、佐藤首相は西山記者を目の敵にしていたという。その西山記者の裁判であり、検察への政権からのプレッシャーはあったのであろうか。また一審は判決を控訴し、高裁で有罪に持ち込んだプロセスに当時の首相の圧力はあったのであろうか、ほとんどの関係者は現在存命ではなく、知っている弁護士たちも「墓場まで持っていく」と言っているらしい。

沖縄の基地問題、日米安保条約の事前協議の運用、国民の知る権利、情報漏洩問題、沖縄への核持ち込み疑惑、外務省の情報隠蔽体質など、事件から40年たった現代でも全く同じことが起きている。外務省と政権党により存在が否定され続けてきた密約の存在は、2005年5月、琉球大学の我部政明氏がアメリカの国立公文書館から、密約があったという文書を発掘し、それを朝日新聞が報道したことにより明らかになっていたが、昨年にはこの密約が本当にあったことが日本側の情報開示からも明らかになった。今につながる多くの問題を示してくれている力作ノンフィクションである。
密約―外務省機密漏洩事件 (岩波現代文庫)
運命の人(一) (文春文庫)
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運命の人 3 (文春文庫 や 22-8)
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