2018年12月20発刊という本書は、新春箱根駅伝を目の前にして提供されたことになる。取り上げられているのは東海大学陸上部の16名の昨年度4年生メンバーで、箱根を目指した一年間の努力が細かい取材をベースに紹介されている。すでにご承知の通り、東海大学は2019年1月の箱根駅伝で総合優勝を果たした。その一年前は5位。今年大活躍した三年生たちが二年生のときにすでに四年生、つまり今年の優勝メンバーにはなれなかった卒業生たちの物語である。
16名の四年生とは次の通り(*が2018年箱根メンバー、出身高校と就職先)。主将の春日*(佐久長聖、ヤクルト陸上競技部)、阿部(秋田花輪、ボールドア)、小野(佐渡、佐渡市消防本部)、川端*(京都綾部、コニカミノルタ陸上競技部)、國行*(徳島美馬、大塚製薬陸上競技部)、小林(西脇工、NTT陸上部)、島田(東京農大三、埼玉県中学教諭)、関原(自修館、東急電鉄)、田中(遊学館、遊学館高校)、垂水(九州学院、一条工務店)、兵頭(宇和島、愛媛銀行)、廣瀬(伊賀白鳳、東海大学)、谷地(東海山形、コモディイイダ)、山田(十日市総合、JTB)、主務の西川(九州学院、SGホールディングス陸上部マネージャー)、マネージャーの鈴木(東海相模、東武トップツアーズ)。
ちなみに、この時の黄金世代の二年生箱根メンバーは鬼塚*、郡司*、坂口*、關*、高田、館澤*、中島*、西川*、松尾*の9名(*は2019年優勝メンバー)。關、鬼塚、羽生は高校時代に5000m13分台、高校駅伝では坂口や館澤が活躍している。これは両角監督のスカウティグの成果、めぼしい選手がいると見ると高校の監督に連絡、佐久長聖時代の両角監督の実績が物を言い、東海大では成長できそうだという期待感を与えられた。その両角監督から見ると、早稲田、青学、明治は羨ましいという。両親からの大学ブランドへの信頼が高いからである。東海大学の年間スカウティング予算は25万円、札束による獲得競争には巻き込まれたくない。
東海大学両角監督の指導方針は、陸上競技は大学教育の一環であり個人面談で1年間の方向性を決める。選手個々の自主性を重んじ選択肢を与えトライさせる。駅伝勝利はもちろんだが、卒業後の競技人生も考える。青学の「箱根必勝カリキュラム」とは一線を画す。東海大学陸上部の誕生は1960年、最初は同好会だった。1973年に箱根駅伝初出場、2005年には往路優勝、そして2019年の総合優勝につながる。四年生は12月10日の箱根メンバー発表で、もう次の年がないだけに東海大学陸上部員として走れる場所がこれ以降はないことが決まる。それでも、下級生も見ているし選ばれない人もいて、そもそも選ばれるのは誰かは大体わかっているので派手なガッツポーズや励ましはない。この年度の四年生は、それまでのように選ばれなかったからと言って何もしなくなるということはなく、同輩・後輩選手の給水やサポートを買って出た。両角監督の指導に共鳴したのだろうと思う。
箱根駅伝のテレビ中継は1979年にテレビ東京でゴールの瞬間が伝えられるように成り、1987年からは日本テレビ系列が実況中継をスタートさせた。それが今では、視聴率30%(2018年)にも達するおばけ番組、お正月なので視聴者は家族や親戚、友人たちとお酒を飲みながらコタツで見るので、画面は見ていなくても音は耳に入る状態で、継続的に視聴することになる。お宝番組を持つ日本テレビとしては総動員体制、特別協賛サッポロホールディングスは10億円のスポンサー料を支払い、その他4社からの各数億円を合わせると、東京マラソンの18.9億円を軽く超える。大学名が連呼され上位を走るランナーはその顔と名前が否が応でも視聴者に覚えられる。メディアもそれを縦横無尽に事前事後取材して紹介するので、トップ校のランナーの名前は関東地区の一般的な主婦の間でも相当の知名度になる。トップ選手が一人で画面上に顔がクローズアップされる、5区登りの山の神としてその名前が連呼された「青学の神野大地」、「東洋の柏原竜二」などは、今街ですれ違っても気がつくくらい。当然、翌年度の入学志願者数にも大きな影響をもつため、大学も力が入るしお金も使う。上位校のウエアやシューズにはスポンサーがしっかり付くので、箱根駅伝を巡っては巨大なビジネス世界が成立している。
東海大学にも寮はあるが3つに分かれていて両角監督が同じ寮に住んでいるわけではないが、青学の原監督は夫婦で住み込み、そこが直前にでも選手の選択を自らの直感で差し替えられる勇気と決断につながっているのではないかと両角監督は推測する。タイムという数字、過去の実績をベースに選出する自分にはそこまでの自信は持てないと。しかし2019年の大会ではこの東海大学が優勝、世の中の評価も見る目も違ってくるはず。本書の価値は、5位に終わったチームの最終学年の16名のドキュメンタリーで、次回大会での活躍は発刊時点では決して約束されていない。そして発刊直後の大会で優勝することになるチームを取材対象としたこと、黄金世代の活躍がきっとあるとの確信があったのだろう。この黄金世代が来年度は四年生になるのだから、来年のお正月は更に楽しめそうだ。