帰国したサトル、すぐにでも南と話したかったが南の反応はつれなかった。どうしたのか、何があったのが、具合でも悪いのか、親友の鮎川に聞いても要領を得なかった。必死で原因を探るサトル、しかし南は学校を休み、そのうち退学するということがわかって、サトルは何度も南の家を訪ねて行ったが、南の母親は会わせようとしなかった。
南には電話もできない、訪ねて行っても会わせてもらえない、サトルは気が狂いそうだった。そんな時、サトルは鮎川に真相を知らされた。サトルがドイツに行っている間、気晴らしに鮎川と南は鮎川のいとこ達と房総旅行に行った。そしてそこでいとこの友人と南は仲良くなって、南が妊娠していることがわかったというのである。その上、南との関係に責任を取るためその友人は南に求婚、南は学校をやめて結婚することにしたというのだ。そんなことが信じられようか、サトルはどうしてもそうなってしまった理由を知りたかったが聞く相手はいなかった。
それ以降、サトルの音楽への情熱は冷めてしまった。芸大に進学しようと南と約束したことも、南がいなくてはそんな気は怒らない。その上、チェロはいくら練習してもきりがないのではないかと思えるようになってきた。メンデルスゾーンが弾けるようになってもその先にはシューマンやモーツアルトがあり、バッハもあった。モーツアルトの生涯を紹介した本を読むとサトルが知らない作曲家がモーツアルトに与えた影響が紹介されていたが、そんなに沢山の作曲家がいてもサトルは知らない、つまり歴史には残らず死んでしまえば人の記憶にも残らない。コンクールにしても日本だけでも数えきれないほどの数があり、一位だけではなく2位、三位、そしてそれ以下の人々が沢山いて、そのコンクールは毎年開催されている。一部の上位者のみが演奏家として生き残り、その最上位者のみが音楽科の最高峰として世界に飛び出せる。それ以下の有象無象は、大学を卒業して演奏会のチケット販売をしたり、音楽がらみのビジネスで生きていくしかない。そんな人生を自分は送りたくない、もう限界は見えた、と考えてしまうサトルであった。
もう自分は音楽を続けたくない、それを告げた相手はサトルのピアノの先生、北島先生だった。そしてサトルの心に深い傷を残した事件がもうひとつあった。それは金窪先生だった。金窪先生は倫理社会でサトルたちにニーチェやソクラテスの哲学を教え、人生になぜ哲学が必要なのかを優しくわかりやすく教えてくれる先生だったが、南がいなくなったあとの授業で、人を殺すことはなぜダメなのか、という命題について先生に聞いたサトルに、それはサトルくん、君が人を殺すことは他の誰よりも君自身が許せないはずだから、と答えてくれた。しかし「自分も殺したい自分を支持する」と考えたらどうなるのかと反発したサトルに、社会的な生き物である人間に、教え子が反社会的存在になることを先生の自分は許したくない、と答えた金窪先生に、サトルは辱められたと感じてしまう。曲解した解釈をサトルは自分の担任に告げ口し、それを取り上げた職員会議の結果金窪先生は辞職に追い込まれてしまう。理事長の孫の証言を先生の授業内容や説明よりも優先した結果だった。最後の授業で金窪先生はソクラテスが死刑になった時の「ソクラテスの弁明」について説明をする。『私に死を課したる諸君よ、諸君が私に課したる死刑よりもさらに遥かに重き罰が諸君の上に来るであろう』、この言葉はサトルの記憶に深く残り、激しく後悔するが、この後の人生の中で度々蘇ることになる。
第二巻はここまでである。筆者の経験はどこまでなのであろうか。あくまでフィクションなので、作り事のはずだが、作者の深い心の傷をこのストーリーに感じる。これに類似した経験をこのストーリーに込めたはずである。裕福で不満のない家に生まれ育ったサトルの前に立ちふさがる現実、第三巻、終楽章の展開に期待したい。
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