明日は、次女の誕生日だ。
ちょうど、土曜日というと、
普通なら、家族でお祝いをしたい、
と思うのは、贅沢でわがままなことだろうか?
先週の日曜日は、長女の誕生日だった。
私は、ローストビーフを焼き、
マリネを作り、ケーキは、この近郊で
車の行列がいつもできている店に、
夜、車を飛ばした。
彼女には、苦労させられてきた。
家をでていた時期もある。
今だって、早く、家をでてくれないかあ~と、
いつも思う。
でも、まだ、世間に通用するしつけができていないから、
ストレスをためようと、できるだけ、手許においてほうが
マシだ・・・、と思って彼女と生活している。
いつも、つっぱっている彼女が、やっぱり、うれしそうで、
妹が弾くピアノをきいて、ケーキの上のろうそくを吹き消した。
「一歳の誕生日には、白い、小さなピアノをかってあげてね・・・。」と思い出をいうと
「覚えている」という。
おばあちゃんちに、まだあるのを知っていた。
****
何年かまえの次女の誕生日のときも休日だった。
だから、私は、子どもたちをハリーポッターの映画に
家族でいきたかった。
前もって言っておいたのに、父親は、二日酔いで寝ていた。
私は、その頃、まだ、外出恐怖が残っていたから、父親をあてに
せざるを得なかった。
しかし、二日酔いの父親を起こしても怒号がおきるだけで、
私は、意を決して、バスで、小さかった姉弟と場末の映画館にいった。
せめて、私にできることだった。
最近、私は、いろんなことができるようになった。
でも、通院して、薬を常用していなければ、外出は、やはり、億劫なことだ。
今年は、休日だから、子供の誕生日にかこつけて、
普段、贅沢になっている「一家団欒」を計画した。
でも、今年もそれも徒労に終わる。
父親は会社のフットサルのイベントがあり、サッカーには自信がある、
息子を連れていきたいのだ・・・。
私と次女は、東京で、綺麗で素敵なクリスマスツリーを
観てまわる計画をたてている。
仕事人間、家庭や家族をないがしろにする父親に
なにかを求めることは、
あなたが、しんどいでしょう?
と、今朝、電話をして、愚痴った知り合いに言われた。
「そんな生き方は、しんどいよ」
この言葉は、よく聞く。
「でも、今、子供が喜ばなくても、思いが通じなくても、
私が、してやらないと、この子たちは、そういうことを
知らない人生を送ってしまう。
自分の子供になにをしてやったらいいか?
わかない親になってしまう。」
私は、そう答えた。
病気でしてあげたくてもできない親もいる。
「してあげたい」という気持ちをもたない親もいる。
そのほうが、楽だろうね。
楽だったらいいのかな?
子供の学校にいって、「将来、どんな人生をいきたいか?」
という質問に、うちの子がかいた紙には、
『楽にいきる」とかかれていた。
ショックだった。
「楽しくいきる」ならいいかな?と思うけれども、
はじめから、「楽にいきたい」と思ったら、
苦しいことをさけて、その先の歓びも、感じない人間になってしまいそうで・・・。
「鈍感力」が大事という話題もあるが、人として心豊かに生きることの
なにが、いけないのか、わからない。
こんなことで、悩み、自分が傷つく私は、とても、不器用に生まれてきたんだろうな・・・・。
ちょうど、土曜日というと、
普通なら、家族でお祝いをしたい、
と思うのは、贅沢でわがままなことだろうか?
先週の日曜日は、長女の誕生日だった。
私は、ローストビーフを焼き、
マリネを作り、ケーキは、この近郊で
車の行列がいつもできている店に、
夜、車を飛ばした。
彼女には、苦労させられてきた。
家をでていた時期もある。
今だって、早く、家をでてくれないかあ~と、
いつも思う。
でも、まだ、世間に通用するしつけができていないから、
ストレスをためようと、できるだけ、手許においてほうが
マシだ・・・、と思って彼女と生活している。
いつも、つっぱっている彼女が、やっぱり、うれしそうで、
妹が弾くピアノをきいて、ケーキの上のろうそくを吹き消した。
「一歳の誕生日には、白い、小さなピアノをかってあげてね・・・。」と思い出をいうと
「覚えている」という。
おばあちゃんちに、まだあるのを知っていた。
****
何年かまえの次女の誕生日のときも休日だった。
だから、私は、子どもたちをハリーポッターの映画に
家族でいきたかった。
前もって言っておいたのに、父親は、二日酔いで寝ていた。
私は、その頃、まだ、外出恐怖が残っていたから、父親をあてに
せざるを得なかった。
しかし、二日酔いの父親を起こしても怒号がおきるだけで、
私は、意を決して、バスで、小さかった姉弟と場末の映画館にいった。
せめて、私にできることだった。
最近、私は、いろんなことができるようになった。
でも、通院して、薬を常用していなければ、外出は、やはり、億劫なことだ。
今年は、休日だから、子供の誕生日にかこつけて、
普段、贅沢になっている「一家団欒」を計画した。
でも、今年もそれも徒労に終わる。
父親は会社のフットサルのイベントがあり、サッカーには自信がある、
息子を連れていきたいのだ・・・。
私と次女は、東京で、綺麗で素敵なクリスマスツリーを
観てまわる計画をたてている。
仕事人間、家庭や家族をないがしろにする父親に
なにかを求めることは、
あなたが、しんどいでしょう?
と、今朝、電話をして、愚痴った知り合いに言われた。
「そんな生き方は、しんどいよ」
この言葉は、よく聞く。
「でも、今、子供が喜ばなくても、思いが通じなくても、
私が、してやらないと、この子たちは、そういうことを
知らない人生を送ってしまう。
自分の子供になにをしてやったらいいか?
わかない親になってしまう。」
私は、そう答えた。
病気でしてあげたくてもできない親もいる。
「してあげたい」という気持ちをもたない親もいる。
そのほうが、楽だろうね。
楽だったらいいのかな?
子供の学校にいって、「将来、どんな人生をいきたいか?」
という質問に、うちの子がかいた紙には、
『楽にいきる」とかかれていた。
ショックだった。
「楽しくいきる」ならいいかな?と思うけれども、
はじめから、「楽にいきたい」と思ったら、
苦しいことをさけて、その先の歓びも、感じない人間になってしまいそうで・・・。
「鈍感力」が大事という話題もあるが、人として心豊かに生きることの
なにが、いけないのか、わからない。
こんなことで、悩み、自分が傷つく私は、とても、不器用に生まれてきたんだろうな・・・・。