Poncoの ぴろ~・ぶっく 

枕元においたノートに
日々の生活で感じたことを
好き勝手に綴りたい・・・・。

穏やかな哀しみ

2008年07月28日 | Weblog
昨日、大叔母の訃報が入った。
だからといって、私の生活に
支障はない。

お通夜にも、葬儀にもいかないし、
弔電も打たない。
母が、出席して、私の名前でお香典を
渡しておくとのことだ。


この大叔母は、母の母の妹だ。
だから、母に似ていると思う。
春先に亡くなった母の姉とは、
あまり、年の差がなかったらしい。

つまりは、私にとって血がつながった女性が二人
いなくなったということだ。

二人とも、亡くなってもおかしくない年齢だった。
幸せな晩年といえるかもしれない。

今朝 私は 髪を束ねるのに 黒と黄色のゴムを使ったが、
黄色をやめた。
そして、黒いリボンをつけた。
私がいつも不祝儀に使う、リボンとネットがついた
髪飾りである。

やはり、寂しいものがある。
いきとしいけるものは、いつかは いなくなり、
また、輪廻転生、どこかで、新しい命が生まれる。

妹と、そんな慰めのメールを交わした。

しかし、哀しみは、存在する。
中年にさしかかり、少しのことで涙もろくなる
女性の更年期に身内の不幸が訪れる。
それは、とてつもなく、過酷な不幸ではない。
自然な年回りなのだ。
いわば、「穏やかな哀しみ」というのだろうか・・・。

不自然な人の死を、幸い、若いときに経験しなかった。
これから経験したら、耐えられないかもしれない。

大叔母の死は、私には、ソフトな哀しみだ。
しかし、走馬灯のように、
子どものころ、あったときの記憶がよみがえるのであった。
私の記憶の中で、大叔母は 私を甘やかせてくれた
田舎の祖母の面差しになっていた。

                       合掌