とどちゃんの縁側でひとり言・・・。

日々の生活の中で見たこと感じたことを記録していきます。

それは「あった」ということです

2006-10-03 23:13:38 | 社会
北海道で、いじめを苦に自殺をした少女の遺書の件で、色々報道されています。
学校、教育委員会では「いじめがあった事実が確認できない」と自殺の原因がいじめであったことを否定したがってるようですが・・・。
この話のどこに「いじめの事実が無かった」といえるのでしょう?
一方は「いじめ」を行なっている意識が無かったとしても、少女は「いじめられた」と感じていれば立派な「いじめ」です。
第一に少女は「もう耐えられなくなってので死にます」と遺書を残してるではありませんか。
個人の感じ方はさまざまです。
自分ではダメージを受けないようなことでも、死にたくなるくらいショックを受ける人もいる。
だから、相手を思いやって、常に人の立場に立って物事を考える様にと教育していくのでは無いのですか?
それに、子供というのは残酷なものです、今時は純粋な子供なんてなかなか出会えないかもしれませんが、子供の残酷さはあって当たり前のもの、だから親や大人が教育していくのではないのですか?
無かったことにしよう。なんて大人が逃げてばっかりいるから子供になめられるんです。
理由はどうあれ、そのクラスでの出来事によって、少女が自ら命を絶っているのです。
犯人探しとかではなく、自分達のどういう態度が彼女を傷つけたのか、きちんと話し合う事も必要でしょう。
いじめがあったのは事実です。彼女がいじめだと感じなければ、自殺することも無かったのですから。
よく、「いじめられる方も悪い」なんて言う大人もいますが、そんな事をいってたら、犯罪なんてなくなりません。
それに、いじめは、いじめる側の単純な「あの態度がむかつくから」など、いわゆる「妬み」とか、嫉妬でおこることがほとんどです。
これはわがまま以外のなにものでもないでしょう。
学校の先生方、親御さん、どうか面倒だ何て思わないで下さい。
自分の子供がこんな扱いを受けたらどうですか?
ひとごとではありません。こどものいじめ何て、とても根が深く、いじめられた側は一生トラウマを背負って生きていくのです。
現に私がそうです。
そして、いじめの対象は次々変わります。
明日はあなたのお子さんがいじめられる番かもしれませんよ・・・。
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2 コメント

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滝川市でいじめを苦に自殺をした少女の件 (石川 敦也トーマス)
2006-10-04 12:52:51
教育委員会の佐藤?名前は忘れたけど、TVニュースを見てすごく腹が立ちました!遺書にいじめられたと書いていなかった。いじめがあった事実が確認できない。など、あのコメントいったい何?

アホたれ!馬鹿!これも言葉の暴力、いじめになりませんか?滝川教育委員会!といいたいです。
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Unknown (todo0113)
2006-10-04 19:00:31
この少女の同級生の親達はどう思ってるのでしょうね。

学校側からも、取材などには応じない様言われているとは思いますが、触らぬ神に祟りなし・・・的な気分なのでしょうか?

こんな大人たちに育てられる子供達の行く末も案じられます・・・。

正義感ぶるとか、そういう問題ではなく、人間として、自分達の問題と向き合う姿勢は大事だと思うんですけどね・・・。
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