<砂と糊(のり)みたいな声。その言葉はぼくらをくぎ付けにした>-。デビッド・ボウイのアルバム「ハンキー・ドリー」(1971年)にこんな一曲がある。「ボブ・ディランに捧(ささ)げる歌」▼ディランの歌声をザラザラとした砂と粘り気のある糊に例えている。なるほどディランの声が聞こえてくる▼砂と糊よりも独特な歌声をなんと例えるべきだろう。昭和後期を代表する歌手、八代亜紀さんが亡くなった。73歳という若さと哀愁あるヒット曲の輝いた時代を思い、しょんぼりする▼子どものころからハスキーな声だったそうだ。18歳と偽って、クラブ歌手になったのが15歳。父親は「殴る蹴るほど」に怒ったとエッセーに書いている。デビュー後も思うようには売れなかった。下積みの日々が長く続いた▼おそらく八代さんの声には苦労という少し重い「煙」が混じっている。苦労を知る歌声だからこそままならぬ恋心や孤独さを真実味をもって表現できたのだろう。経済成長を成し遂げ、豊かな時代。その裏側に潜む「しんどさ」や「やりきれなさ」をその声は人の背をさするように慰めた▼代表曲「舟唄」。作詞家の阿久悠さんは「美空ひばり」を想定して書いたが、今では八代さんの声しか想像できない。中ほどに入る「ダンチョネ節」は端唄ではこううたう。<泣いてくれるな 出船のときにゃヨ>…。舟が遠くに出ていった。