エーリヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』(岩波少年文庫)にこんな少年が出てくる。学校の寄宿舎で生活しているが、家が貧しく、汽車賃が用意できないので、クリスマス休暇にも家族の元に帰れない▼「泣くこと厳禁、泣くこと厳禁」。少年の寝言を聞いた舎監の「正義先生」の優しさが今読み返してもうれしい。少年に汽車賃を渡す。「返す必要はない」▼親元を離れて暮らす心細さを思えばこちらの飛ぶ教室は胸が痛い。能登半島地震で大きな被害を受けた石川県輪島市の中学校3校の生徒約250人が集団避難した。授業再開のめどがつかないとあってはやむを得ない判断だろう▼約100キロ離れた白山市で暮らすそうだ。無慈悲な震災が恨めしい。ほんの少し前、家族でクリスマスムードを楽しんでいたはず。それが一転、集団避難とはあまりに過酷な変化である。生徒たちの心の負担が心配になる▼胸に抱えるのは寂しさばかりではあるまい。現地に残す形になる家族への心配や、復旧の見えぬ現地に将来の不安を覚える生徒もいるだろう。高校受験が迫る生徒もいる▼最長で2カ月間の集団避難になるという。<学童の疎開の空にさくら咲き>林美佐保さん。本紙に以前掲載された「平和の俳句」にあった。戦争中の疎開とは事情は違うが、さくら咲く季節が待たれる。そのころには少しは落ち着いた現地であってほしい。