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今日の筆洗

2024年01月18日 | Weblog

エーリヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』(岩波少年文庫)にこんな少年が出てくる。学校の寄宿舎で生活しているが、家が貧しく、汽車賃が用意できないので、クリスマス休暇にも家族の元に帰れない▼「泣くこと厳禁、泣くこと厳禁」。少年の寝言を聞いた舎監の「正義先生」の優しさが今読み返してもうれしい。少年に汽車賃を渡す。「返す必要はない」▼親元を離れて暮らす心細さを思えばこちらの飛ぶ教室は胸が痛い。能登半島地震で大きな被害を受けた石川県輪島市の中学校3校の生徒約250人が集団避難した。授業再開のめどがつかないとあってはやむを得ない判断だろう▼約100キロ離れた白山市で暮らすそうだ。無慈悲な震災が恨めしい。ほんの少し前、家族でクリスマスムードを楽しんでいたはず。それが一転、集団避難とはあまりに過酷な変化である。生徒たちの心の負担が心配になる▼胸に抱えるのは寂しさばかりではあるまい。現地に残す形になる家族への心配や、復旧の見えぬ現地に将来の不安を覚える生徒もいるだろう。高校受験が迫る生徒もいる▼最長で2カ月間の集団避難になるという。<学童の疎開の空にさくら咲き>林美佐保さん。本紙に以前掲載された「平和の俳句」にあった。戦争中の疎開とは事情は違うが、さくら咲く季節が待たれる。そのころには少しは落ち着いた現地であってほしい。


今日の筆洗

2024年01月17日 | Weblog
7試合制の日本シリーズで、第1戦に勝利したチームがシリーズを制し、優勝する確率はだいたい6割だそうだ。かなり高い。スポーツの世界で先制は大きなアドバンテージとなる▼政治、とりわけ選挙も「先制」は有効なのだろう。米大統領選に向けた共和党の候補選びの初戦アイオワ州の党員集会はトランプ前大統領が大差で勝利した▼アイオワが重視されるのはここで勝って有力な候補であることを広く示せば、勢いに乗りやすいためである。2021年の連邦議会襲撃事件などで刑事訴追され、有罪判決の出る可能性もあるトランプ氏だが、圧勝で変わらぬ強さを証明してみせたというところか▼得票率は50%を超えている。しかも、さほど熱心に選挙活動をしていなかったにもかかわらずである。不名誉であるはずの刑事訴追の影響はなかったといえる。むしろ、訴追を逆手に自分は民主党側に迫害されているのだという主張は保守層の支持を強めたようにみえる▼アイオワは重要とはいえ日本シリーズの第1戦ほど最終結果に結びつかないのも事実である。2008年の勝者はハッカビー氏、12年はサントラム氏、16年はクルーズ氏。いずれも党指名候補になっていない▼共和党のレースはトランプさんが間違いなく主導権を握っている。が、今後の裁判の行方次第ではどんな変化が起きるか。アイオワは初戦にすぎない。
 
 

 


今日の筆洗

2024年01月16日 | Weblog

「妻と義母」は1915年、英国の漫画家が発表した有名な「隠し絵」で、見ているとなんだか落ち着かなくなる▼若い女性の横向きの顔が見えるが、その首元あたりを見ていると、今度は年老いた女の人の顔が見えてくる。1枚の同じ絵なのに、異なる顔が浮かび上がる▼選挙結果に異なる「妻」と「義母」の顔を見ている気になる。台湾総統選である。対中強硬派で中台関係の「現状維持」を訴えた民進党の頼清徳氏が当選した。中台統一をにらむ中国に対し、頼氏の強硬路線に一応の軍配が上がった▼ただし、別の「絵」が見えなくもない。勝利したとはいえ、敗れた「融和路線」の2候補の得票数を合わせれば頼氏の得票はそれを大きく下回る。同時に行われた立法委員(国会議員)選挙では野党勢力が議席を伸ばし、民進党は過半数を維持できなかった。選挙結果を1枚の絵としてとらえれば中国に対し、にらみつけるかのような有権者の顔と同時に少しほほ笑んだ顔の両方が複雑に入り交じっているかのようである▼1枚の絵の中に間違いなく描かれているものがあるとしたらそれは台湾有事に対する有権者の強い不安である。今後、中国が台湾への圧力を高める可能性もある▼台湾海峡の緊張緩和に向けてどう動くか。頼さんの好物は甘いタピオカミルクティーとか。残念ながらその飲み物とは違い、甘くない道が待つ。


今日の筆洗

2024年01月15日 | Weblog
「進め一億火の玉だ」「一億一心」。今聞けば、気のめいる戦争中の標語などには「一億」の表現があふれている。「国民こぞって」という意味をその数字で強調しているのだろう。「一億」と聞くと国の強さを想起させ、いくさへの決意をあおられるところもあったか▼<ああ一億の胸は鳴る>は奉祝国民歌「紀元二千六百年」の歌詞。当時の生活苦を皮肉った有名な替え歌がある。<ああ一億は困っている>▼<胸は鳴る>ではなく<困っている>の方の歌詞が浮かぶ人口一億の行く末である。有識者らでつくる人口戦略会議が提言した「人口ビジョン」。人口減少に歯止めをかけることで、2100年に8千万の維持を目指すよう求めている▼現在1億2200万余の人口は2056年に1億人を下回り、2100年には6300万にまで減るという推計がある。その数では社会保障など社会、経済システムを現在のまま守るのは困難で、会議としては「8千万人」をぎりぎりの数字とみて、目標としたのだろう▼目標達成に欠かせぬのが出生率の向上というのはわかりきった話だが、半減への危機意識を共有し、8千万人維持に向けて効果ある少子化対策にたどりつきたい▼漢字の「億」には「考えをめぐらす」という意味もある。「一億一心」とは言わないが、知恵を広く集める必要がある。2100年は遠い未来ではない。
 
 

 


今日の筆洗

2024年01月13日 | Weblog
相撲の盛んな石川県が生んだ力士と言えば、第54代横綱輪島を思い浮かべる人もいよう。能登半島の七尾市出身で、第55代横綱北の湖と競って昭和に一時代を築いた。さらにさかのぼって江戸時代には、第6代横綱の阿武松緑之助(おうのまつみどりのすけ)がいた▼奥能登の能登町の貧しい家に生まれ、江戸のこんにゃく屋に奉公していたが、体に恵まれ、人の勧めで角界入り。出世は、農民の子から天下人になった豊臣秀吉に比せられた▼人柄は温厚で偉ぶるところもなく、江戸っ子の人気者になったという。大食漢ぶりをネタにした落語『阿武松』も生まれている(小島貞二著『大相撲名力士100選』)▼能登半島地震が起きてから10日余。大相撲初場所があす、初日を迎える。被害の大きい穴水町出身の幕内の遠藤は祖父らの無事を確認したが、実家の近くまで津波が迫ったといい「いつものように元気な相撲を取って(人々を)勇気づけられるのであれば」と語る▼津幡町出身で新入幕の大の里や隣県の富山市出身の元大関朝乃山らも期するものがあろう。故郷は余震がやまず、いまだ混乱の中だが、こんな難局だからこそ天下泰平を祈る国技が担う仕事はある▼横綱阿武松は色白のあんこ型。力が入ると体は朱に染まったという。地の悪霊を踏みつけるべく四股を踏む姿などを見たくなるが、きっと代わりに後輩たちが土俵で躍動してくれるだろう。
 
 

 


今日の筆洗

2024年01月12日 | Weblog
奥能登に道を開いた麒山瑞麟(きざんずいりん)和尚を知らぬ人は恐らく、地元にはいまい▼石川県輪島市曽々木と珠洲市真浦の間の海沿いには通行の難所があり「能登親しらず」と呼ばれた。昔、人々は波が押し寄せる絶壁を岩伝いに、海を背にしてカニのような横歩きで進んだが、命を落とす人も絶えなかったという▼江戸時代、近くの寺の8代住職である麒山和尚が道の建設を決意し、まずは托鉢(たくはつ)行脚で資金を募った。10年を超す工事を経て、道は完成した。今でも功績をたたえる祭りが開かれている(藤平朝雄、渋谷利雄著『能登燦々(さんさん) 百景百話』)▼かつての麒山和尚のように、道の開通を祈る日々が続く。能登半島地震による道路の寸断は能登各地に残り、まだ2千人以上が孤立状態にあると聞く▼断水、停電がなかなか復旧しないのは道路寸断のせいでもあろう。被災地の施設で暮らしてきたお年寄り30人が昨日、自衛隊機で愛知に避難した。病院での診察を経て施設に入る方向という。環境の厳しい能登で心身を疲弊させ死に至るのを防ぐため、高齢者らに安全な地に移ってもらう。これから本格化するようだ▼先の本によると、麒山和尚は道の建設に立ち上がった際、ひたすら座るのも禅なら、人々の救済に身を捧(ささ)ぐのも禅と考えたという。能登で汗を流すのも支援なら、離れた所で寄り添うのも支援。平たんでない道は共に歩みたい。
 

今日の筆洗

2024年01月11日 | Weblog
<砂と糊(のり)みたいな声。その言葉はぼくらをくぎ付けにした>-。デビッド・ボウイのアルバム「ハンキー・ドリー」(1971年)にこんな一曲がある。「ボブ・ディランに捧(ささ)げる歌」▼ディランの歌声をザラザラとした砂と粘り気のある糊に例えている。なるほどディランの声が聞こえてくる▼砂と糊よりも独特な歌声をなんと例えるべきだろう。昭和後期を代表する歌手、八代亜紀さんが亡くなった。73歳という若さと哀愁あるヒット曲の輝いた時代を思い、しょんぼりする▼子どものころからハスキーな声だったそうだ。18歳と偽って、クラブ歌手になったのが15歳。父親は「殴る蹴るほど」に怒ったとエッセーに書いている。デビュー後も思うようには売れなかった。下積みの日々が長く続いた▼おそらく八代さんの声には苦労という少し重い「煙」が混じっている。苦労を知る歌声だからこそままならぬ恋心や孤独さを真実味をもって表現できたのだろう。経済成長を成し遂げ、豊かな時代。その裏側に潜む「しんどさ」や「やりきれなさ」をその声は人の背をさするように慰めた▼代表曲「舟唄」。作詞家の阿久悠さんは「美空ひばり」を想定して書いたが、今では八代さんの声しか想像できない。中ほどに入る「ダンチョネ節」は端唄ではこううたう。<泣いてくれるな 出船のときにゃヨ>…。舟が遠くに出ていった。
 
 

 


今日の筆洗

2024年01月10日 | Weblog

サッカーのイニエスタ選手の宝物は古びたサッカーシューズだそうだ。幼いころ、父親が貧しい生活の中、給料3カ月分をはたいて買ってくれた▼昨年亡くなったイングランドの英雄、ボビー・チャールトンさんは母親がサッカーを教えた。子どもの夢を応援する優しい親。サッカー選手にはこうした逸話が多い▼選手、監督として母国を2度のワールドカップ優勝に導いた方の事情は少し異なる。ドイツの名選手「皇帝」フランツ・ベッケンバウアーさんが亡くなった。78歳▼子どものころからサッカーの才能を見せたが、郵便局に勤める父親はその道に反対した。経済的事情があった。第2次世界大戦終戦の1945年生まれ。故郷ミュンヘンはその年、大空襲を受けた。困難の中、父親にはサッカーが浮ついたものに映ったか。時代が悲しい▼「強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ」。74年ワールドカップのオランダとの決勝戦では開始早々、オランダに先制点を奪われながらも逆転勝利。父親の反対もそうだが、その人はどんな逆境も冷静さと決意で切り抜けて、最後には「勝つ者」になってきたのだろう▼つまらぬことを思い出す。70年代半ば、当時の子どもは「皇帝」愛用のアディダス製品に憧れたが、手に入れた物をよく見ると、だいたい、アドドスとかアディオスと微妙に異なるブランド名が記されていた。


今日の筆洗

2024年01月09日 | Weblog
 明治時代のベストセラー、スマイルズの『西国立志編』の中にこんな小咄(こばなし)が出てくる。よく教育された子どもにある人が尋ねる。「さっき、誰も見ていなかったのに、どうして梨をポケットに隠さなかったのかい?」▼子どもはこう答える。「いいえ、誰も見ていなかったわけではないのです。私自身が見ていました。私は自分が不正を行うところを見たくなかったのです」▼「見たくなかったのです」とこの議員は思わなかったか。自民党安倍派の政治資金パーティーを巡る政治資金規正法違反事件で東京地検特捜部は池田佳隆衆院議員(比例東海)とその政策秘書を同法違反(虚偽記載)の容疑で逮捕した▼派閥から多額のキックバックを受けながら政治資金収支報告書に記載しなければ法に触れることは政治家なら常識だろう。「大丈夫なのか」という後ろめたさはあったはずで、自分の不埒(ふらち)を認識しながらも梨をポケットに入れてしまったと言わざるを得まい▼あの子どものように、「私自身が見ている」と不正を退けられなかったのは派閥の習慣として裏金づくりが当たり前になっていた部分もあるのだろう。このあたりをたださなければ、党の刷新なぞあり得ない▼<ウス壁にづんづと寒が入りにけり>一茶。同様の虚偽記載はこの議員に限らぬ。「寒の入り」どころか支持の壁が薄くなった自民党を猛吹雪が襲っている。
 
 

 


今日の筆洗

2024年01月06日 | Weblog

 写真家篠山紀信さんに撮られる時はどんな心境なのか▼葉月里緒奈さんは「魂を吸い取られるような気持ち」などと言う。写真家には納得できぬポーズを強いる人もおり、そんな時は「途中で帰る」と語る女優も篠山さんとは衝突しなかったという▼「写真に撮られるって、実際に裸にならなくても裸になることじゃないですか」「心が通じ合わない人、馴(な)れていない人の前で、心を裸にするなんてできないはずですよね。人間の内面は、恥ずかしいものでしょう?」。篠山さんには心も見せられたよう。作家大岡玲さんが密着して書いた『篠山紀信 目玉の欲望』から引いた▼篠山さんの訃報に接した。葉月さん、宮沢りえさん、樋口可南子さん、本木雅弘さんら数多くの俳優のヌードを撮った人▼大岡さんの著書によると「すりよってもだめ、怒鳴ってもだめ。結局、誠心誠意被写体と渡り合う。畏れを持ちながら、一緒に動く」と語っていた。持ち続けたのは被写体への敬意と愛情のようだ。アフリカ系女性に見えるモデルが乳房の手術痕のようなものをあらわに、硬い表情で立つ作品もあるが「美しいと感じたから撮った」と話していたという▼「ぼくが撮りたいのは裸そのものじゃないんです。存在そのものの美しさっていうとキザだけどさ、ま、そういうことなんだよね」。人間そのものを見つめ続けた人だったのだろう。