九州旅行10日目、10月8日 月曜日(祝日)
旅行も残りわずか。桜島から登る朝日。
今日は、鹿児島から更に南、知覧に向かう。
知覧では、200年以上前に建てられた武家屋敷の町並み、家屋、庭が保存されている
生垣には、イヌマキ、チャノキが使われている。
生垣を真直ぐに刈り込まず、山並みを表現している。
庭を撮影していると、武家の奥方が現れ「そこから見るものではないっ!」と一喝され、
庭の見所、謂れを説明されたが、なんせキツイ。武家の誇りがそうさせるのであろうか、、、
次に、知覧特攻平和記念館を訪ねる。
昭和20年本土最南端の陸軍特攻基地となり、20歳前後の若い隊員、1036名が出撃し、帰らぬ人となりました。
遺影や遺書などが展示され、涙なしでは見られません。
私は、見送り残される母や恋人、妹の気持ちになって、遺書を読みます。
夫は、出撃する隊員の立場を想い「洗脳に他ならない」と絶句していました。
夫は、えびの高原辺りで鼻かぜを患い、本人は泣いていないのに、鼻水を啜る音が聞こえます。
館内大変混雑していましたが、夫の鼻水とくしゃみの音で、すぐ見つけられました。
さて、お昼は蕎麦を食し、地元の和菓子屋「吉田屋」に飛び込み、おいしそうな大福を選びつつ、
「すみません、知覧で一番おいしいお茶を作る生産者を教えてください」と聞き込み調査をする。
それでは、と農林大臣賞を受賞したお茶所を紹介して下さった。
玉露と最上級の深蒸茶と浅蒸茶を試飲して、お土産と自家用分を手配する。
おいしさにすっかり上機嫌になって、鹿児島市内に戻り、
お土産に更に、明石屋のかるかん饅頭に、徳永屋の薩摩揚げを手配。
鹿児島市内の路面電車の様子。路面には芝が張っていました。
熊本市内にも路面電車が走っています。
今はない福岡のチンチン電車が懐かしいです。
旅行も残りわずか。桜島から登る朝日。
今日は、鹿児島から更に南、知覧に向かう。
知覧では、200年以上前に建てられた武家屋敷の町並み、家屋、庭が保存されている
生垣には、イヌマキ、チャノキが使われている。
生垣を真直ぐに刈り込まず、山並みを表現している。
庭を撮影していると、武家の奥方が現れ「そこから見るものではないっ!」と一喝され、
庭の見所、謂れを説明されたが、なんせキツイ。武家の誇りがそうさせるのであろうか、、、
次に、知覧特攻平和記念館を訪ねる。
昭和20年本土最南端の陸軍特攻基地となり、20歳前後の若い隊員、1036名が出撃し、帰らぬ人となりました。
遺影や遺書などが展示され、涙なしでは見られません。
私は、見送り残される母や恋人、妹の気持ちになって、遺書を読みます。
夫は、出撃する隊員の立場を想い「洗脳に他ならない」と絶句していました。
夫は、えびの高原辺りで鼻かぜを患い、本人は泣いていないのに、鼻水を啜る音が聞こえます。
館内大変混雑していましたが、夫の鼻水とくしゃみの音で、すぐ見つけられました。
さて、お昼は蕎麦を食し、地元の和菓子屋「吉田屋」に飛び込み、おいしそうな大福を選びつつ、
「すみません、知覧で一番おいしいお茶を作る生産者を教えてください」と聞き込み調査をする。
それでは、と農林大臣賞を受賞したお茶所を紹介して下さった。
玉露と最上級の深蒸茶と浅蒸茶を試飲して、お土産と自家用分を手配する。
おいしさにすっかり上機嫌になって、鹿児島市内に戻り、
お土産に更に、明石屋のかるかん饅頭に、徳永屋の薩摩揚げを手配。
鹿児島市内の路面電車の様子。路面には芝が張っていました。
熊本市内にも路面電車が走っています。
今はない福岡のチンチン電車が懐かしいです。