うちの小屋の2階の天井に4器、昔からついていたDAIKOのシーリング照明によく似た画像。
これより古い製品で、インバータではない。20W形の直管形蛍光灯を4連とりつけるもの。
引掛けシーリング式ではなく、天井直付け式。スイッチを点けると、今のみたいにパッと
点かなくて、チロチロ チカチカ……テン と頑張って起動している音がして、不揃いに点く。
蛍光灯の色は白色。子どもは「古臭い」「貧乏臭い」「昭和かw」と言ったし、私も白色の蛍光灯は
うら哀しくて好きじゃなくて普段点けることはなく、フロアランプやデスクランプ、アッパーライトや
暖色の読書用蛍光灯などを複数点けて夜を過ごしていた。それでこの直付け照明器具を撤去して、
普通の汎用性のある引掛けシーリング式に変えて、すぐパッとついていい感じの天井照明に
することにした。自分ではできないから電気工事に頼んだ。
そしてそうしたのだけど、その晩満足して新しく変わった温かい照明を楽しんだかというと
そうではなくて、強い罪悪感に襲われて、胸が極度にざわざわして、精神の鎮静剤を服用した。
私は精神状態が極度に悪くてご飯も作れないような時には、子どもにそう言っている。理由も話した。
子どもは「古臭いのが、よく変わった。いい感じになった。」と言い、私が「成功した?」と
訊くと「成功した」と答えてくれた。でも私にはそうではなくて、この照明器具群は
この小屋が建てられた当初からずっとあるもので、点けた時のあのちょっと切ない音や、
部屋を白くどこか寂しく照らす様子は、子どもの頃と今の自分をつなぐトリガーであり、
ふいに子ども時代に呼び戻されることがあった。あの頃を忘れなくさせる存在。
忘れることは、いけないこと。照明としては古臭くて全然素敵じゃないのだけど。
せめて電球をボール電球に換えてみると昔っぽい感じでうまく馴染んで、よかった。
そのDAIKOの照明器具群は電気工事屋が持ち帰り処分できるが、どうするかと尋ねられたが、
私が「これらを誰か要る人にあげるつてはあるか。事務所とか工場とかで…」との旨訊くと
「ない、廃棄になる。たまに、なんでもいいからくれないかと言う人いるけど…廃棄になる」と
言われたので、業者には渡さず手元に置いておくことにした。廃棄コンテナにガシャンと血も涙もなく
投げ込まれて破壊させることなど私にはとてもできない。私の心臓はとても耐えられず、
卒倒するかも知れない。そして後日、看護師さんと一緒にナイロンたわしと井戸水で綺麗に掃除して、
南の濡れ縁でよく乾かして、埃がかぶらないように透明ビニル袋に丁寧に重ねて入れて保管した。
洗いながら、「35年前のでも、こんなにきれいだね」と言い合った。ずっと透明の凸凹カバーに
覆われていたので内部は本当に真っ白で綺麗だった。カバーには、寄って来た虫たちの死骸がたまっていた
ので土に捨てて、水で洗うと本当に綺麗になった。掃除をすれば、綺麗になることをやはり学んだ。
大量生産大量消費の社会では、こういう事をあまり教えないから…
看護師さんに私の罪悪感を話すと理解してくれた。人から見たら「古臭い」物でも、それが自分にとっては
大切なトリガーだというのはあると彼女も話した。例えば、彼女が学生時代に愛用して「苦楽を共にした」
ペンとか、ぬいぐるみとかがそうだと。忘れてはいけない物を忘れないようにさせる機能を宿している。
でも、新しい天井照明を、「とてもいい感じだよ。」と言い、「この(DAIKOの)照明器具たちはちゃんと
保管しておいて、また別の場所で使えばいい」と言った。でもそれはただの慰めで、
これらは小屋が建った35年前当時のままにしておかないといけなかったのだ。変えてはいけなかった。
照明としての機能がどうとかじゃなくて、これらはそれ以外の機能を宿していたのだから。
私は間違ったことをしたと思う。照明としてだけなら変えてよく変わった。でも、目に見えない大切な役割を
撤去してしまった。救済としては、捨てていなくて保管しているから、収納庫でそれを見た時に、
2階についていた時のことを思い出せると思う。
もう1人別の看護師さんもその罪悪感、トリガーの話、よく理解して共感してくれた。
彼女も小さい頃から使っているタオルケットがそうなんだそう。汚くてボロボロでみすぼらしくて
家族に「捨てろ」と言われるけれど、絶対に捨てないって。それは、タオルケットとしての単なる機能とは
別の機能を宿しているから。彼女など、先に書いた看護師さんが「この(DAIKOの)照明器具たちはちゃんと
保管しておいて、また別の場所で使えばいい」と言ったと私が言い、それに対する私の「いいえ…」という
気持ちを言う前に「それじゃだめ」と言った。「35年前に建った時からこの部屋についていたのだから」って。
そうなの。間違ったことをしたことは素直に認めた方がいいと思う。
その看護師さん(2番目)がフォローの慰め路線を取ることなく私の思う本当のことを先に言ったことで、
私は奈落に突き落とされたのではなく、彼女のことが一層好きになって信頼感は倍増した。
もしこの記事を電気工事屋さんが見たら、哀しむかもしれない。
頼まれた通りにしたのに、喜ばれてなくて、鎮静薬を服用する程精神が乱れたのだから。
「言われた通りにしたのに…」
でもこういう事もあるということは、人の家に携わる業者は知っている方が上質な仕事人
たらしめると思う。