「ゴシックの本質」 ジョン・ラスキン著 川端康雄訳 みすず書房
/ THE NATURE OF GOTHIC (John Ruskin, 1819年- 1900年) 以下、 みすず書房による紹介文
「建築は不完全でなければ真に高貴なものとはなりえない、というのは荒唐無稽な逆説にみえるが、それにもかかわらずそれはきわめて重要な真理なのである。そしてこれは容易に証明できる。というのも、建築家というものはすべてを完璧にこなすことができる万能の存在だとわれわれは思い込みがちだが、何もかもすべてを自分の手でなすことはできないのだから、次の二者択一を強いられている。すなわち、むかしのギリシアや現代の英国の流儀で配下の職人たちを奴隷にし、彼の仕事の水準を奴隷の能力に応じて引き下げ、それを堕落させるか、あるいは職人たちをあるがままの姿でとらえ、彼らの弱点を長所とあわせて示すようにさせるか、そのどちらかの途を選ばねばならない。後者の途を採るならば、ゴシック的な不完全さをともなうことになっても、つくりだされた建物全体はその時代の知性がなしうるかぎりもっとも高貴なものとなるであろう」
「だが、その原則はさらに大きく広げて述べることができよう。私は例証を建築だけに限ったが、それが建築だけにあてはまるかのようにして放っておくわけにはいかない。これまで私は不完全、完全という語を、はなはだしく未熟な仕事と並の正確さと技術をもって仕上げられた仕事とを区別するためだけに用いてきた。そして私は、ひとえに労働者の精神が表現の余地をもてるように、いかなる程度の未熟さも容認してもらいたいとお願いしてきた。だが正確にいえば、よい作品というのはいかなるものであれ完全ではありえないのであり、また完璧さを要求することはつねに芸術の目的を誤解している徴候なのである」(以上、本書22-23節より)
「ゴシックの本質」は『ヴェネツィアの石』の一部(第2巻第6章)ながら、同著刊行の翌年――ウィリアム・モリスによるケルムスコット・プレス版以前――にはもう単独著として出版されている。そのさいに付された副題は「芸術における労働者のほんとうの役割」。
美学の中心的概念に「天才=才能」でも「創造行為」でもなく「労働」を据え置いたのはラスキンがはじめて――であったかどうか。『ヴェネツィアの石』第2巻が刊行されたのは1853年。まさに大英帝国の絶頂期であり、と同時に『イギリスにおける労働者階級の状態』(1845年)や『資本論』第1巻(1867年)「労働日」の章を思い起こしていただきたいのだが、工場法が制定され、工場監督官が出現せざるをえないほどに底辺においては過酷きわまる環境がつくりだされていた。「自由な」労働力にもとづく剰余価値生産のための社会的分業が強力に編制された時代のただなかにあって、ラスキンはこれにまっこうから異議を唱えようとしたのである。
ラスキンいわく、「われわれは分業という文明の偉大なる発明について大いに研究し、大いにそれを究めてきた。ただし、この命名はまちがっている。じつは分割されているのは労働ではない。人間である」。そして建築装飾の体系中、本書で推奨される「革命的装飾」とは、定義からして「施工にあたる者が下位に置かれることをまったく認めないもの」なのだ。
死を予感したマルセル・プルーストをヴェネツィアへと旅立たせたばかりか、モリスにギルド的アソシエーションを起こさせ、ガンジーに農園を開設させたラスキンの思索は、まさにここから始まったのである。
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「ヴィクトリア朝の治世のなかでも1850年代初頭は、表面的に見るなら、英国が世界経済の覇者として世界をリードするいわば黄金期であり、進行する工業化と都市化を背景に、ラスキンの家がそうであったように中流階級が飛躍的に勢力を増大させて、政治経済において重要な地位を占めるようになった時代だった。
しかしその裏をよく見るなら、自由放任主義経済による貧富の格差の増大、農村の荒廃、都市の住環境の悪化など由々しき問題が顕在化していた。これに対して警告を発したのはラスキンが最初ではなく、たとえばトマス・カーライルなどはすでに1830年代から社会批判の著作を出しているが、ラスキンに特徴的なのは芸術創造の観点から社会批判を試みることであった。ヴェネツィアの建物の細部を見る際に、彼はその制作に当たった職人=労働者を想起し、〈その職人はこれをつくっていたときに幸福であったか否か〉と問うてみせる。この問題がもっとも鋭く展開されているのが『ゴシックの本質』にほかならない」(訳者解説)
高貴なる荒々しさ、革命的装飾を称えよ。ターナー、ラファエル前派の擁護者にしてアーツ・アンド・クラフツ運動の直接の源流、ラスキン美学・思想の精髄を明晰かつ流麗な新訳でおくる。ケルムスコット・プレス版にならい、ウィリアム・モリス序文を付す。
(カバー画 ジョン・ラスキン「第四様式の窓」 『ヴェネツィアの石』第二巻第七章より)
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以下、「ウィリアム・モリス ーーアーツ&クラフツ運動創始者の全記録ーー 」より
ジョン・ラスキン(1819-1900)は、大量生産の発達は応用芸術の価値を低下させ、職人の地位を下げてしまったと感じていた。
彼の著書「ヴェニスの石」(1851-53)の「ゴシックの本質」という章をオックスフォードで読んで以来、ウィリアム・モリスとバーン=ジョーンズはラスキンに夢中になった。ここでラスキンは、大量生産された装飾よりも手工芸を好むことの審美的道徳的正当性を主張した。
「私たちは最近、労働の分断という文明の偉大なる発明について研究し、そして完全なものにした。私たちはそれに誤った名前をつけている。本当には、分断されるのは労働ではなくて人間である。」生気の失われた、完璧に仕上げられた機械製品(それらは製作者を奴隷の地位に下げてしまう)と、不完全ではあるが職人による、もっと満足を与えてくれる作品とを対照させた。例として中世をあげた。「中世、特にキリスト教の装飾の方法では、奴隷制度が排除される。キリスト教は、立派なものと同様、劣ったものにも、すべての魂に個々の価値を認めてきたのである。」
Strawberry Thief
モリス商会の最大の商業的成功品となったいちご泥棒