助産師であり、フォトグラファーでもある友人が半月のアジア旅行から帰って来ました。
彼女は実は出発前、「自分の嫌悪感に負けた」と言って、付き合っていた人と別れてしまってたんです。
この事を聞いていたその時正に私も自分の嫌悪感の源泉は何処にあるのだろぅと考えていたところでした。
ちょっとした事で傷ついたり、動揺したり。
私の心はいかに、外界の出来事に振り回されて窮屈な心の枠組みに囚われているだろぅ。
そんな中で生まれてくる嫌悪感に向き合ってみると、全ては外界の真実では無く
自分の中で歪めてしまった妄想に過ぎないという事に気づきました。
苦しみとか怒りとか不安とかネガティブな感情は自分が生み出しているにすぎず、自分で自分を苦しめているのです。
そんな事にお互いの日々の中で気づいて、彼女も私も自分や人との向き合い方に変化を感じ、また私たちの回りの人たちも私たちの変化を感じているようです。
自分と向き合う過程では、認めたくない自分の姿や感情もありのままに見つめなければなら無いので抵抗も感じます。でも、本当の自分の声は自分にしか聞くことが出来ません。
自分や回りの人達をどれだけ傷つけて来たか愕然ともします。
ただ、その事を受け止め見つめる事で本当の自分にたどり着き、感謝の気持ちが生まれて来るのです。
今、彼女達はこれからの長い人生を一緒に生きていくには一度、離れる事も必要だね。という事で以前より、しっかりとお互いに向き合えているそうです。
彼女はとても心の美しい人。
美しい鏡には美しいものが映る。
そんな事を思わせてくれる大切な友人です。
彼女は実は出発前、「自分の嫌悪感に負けた」と言って、付き合っていた人と別れてしまってたんです。
この事を聞いていたその時正に私も自分の嫌悪感の源泉は何処にあるのだろぅと考えていたところでした。
ちょっとした事で傷ついたり、動揺したり。
私の心はいかに、外界の出来事に振り回されて窮屈な心の枠組みに囚われているだろぅ。
そんな中で生まれてくる嫌悪感に向き合ってみると、全ては外界の真実では無く
自分の中で歪めてしまった妄想に過ぎないという事に気づきました。
苦しみとか怒りとか不安とかネガティブな感情は自分が生み出しているにすぎず、自分で自分を苦しめているのです。
そんな事にお互いの日々の中で気づいて、彼女も私も自分や人との向き合い方に変化を感じ、また私たちの回りの人たちも私たちの変化を感じているようです。
自分と向き合う過程では、認めたくない自分の姿や感情もありのままに見つめなければなら無いので抵抗も感じます。でも、本当の自分の声は自分にしか聞くことが出来ません。
自分や回りの人達をどれだけ傷つけて来たか愕然ともします。
ただ、その事を受け止め見つめる事で本当の自分にたどり着き、感謝の気持ちが生まれて来るのです。
今、彼女達はこれからの長い人生を一緒に生きていくには一度、離れる事も必要だね。という事で以前より、しっかりとお互いに向き合えているそうです。
彼女はとても心の美しい人。
美しい鏡には美しいものが映る。
そんな事を思わせてくれる大切な友人です。