明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

森友学園と安倍昭恵首相夫人のあるべき解決を考察する

2017-03-26 20:10:00 | ニュース
安倍昭恵首相夫人が森友学園の籠池理事長から「100万円の寄付を貰った」と証言されて問題が一気にドロ沼化の様相を呈して来た、とニュースでは報じられている、なんだかなー。法律には違反していないと言うけれど、要するに理財局や私学審議会の決定・認可のプロセスには、担当者の恣意による自由な決済範囲が残されているということのようだ。いろいろ条件があるけど、結局は決定権者がどうしようかと思うその内心の考え一つで決まっちゃうのである。これが諸悪の根源で、昔から言われていることだが「バレたら辞めさせられる」ではなくて「バレたら刑務所入り」にしなくてはいけないと私は思う。そこで今日は私なりに、今回の森友学園の問題の要点を挙げてみたい。

1 森友学園の認可に関わった役人の判断
 a経験不足・・・塚本幼稚園の運営だけで小学校の経験はなく、小学校認可の条件に難ありと判断。過去の事例に照らしても認可事例はない。
 b資金不足・・・土地を保有しているというのが条件なのに現実は借地である。校舎建設費用も借金で、非常に財務状態は弱いと見られて懸念される。
 c安定経営・・・寄付金は確かに多いが、入学者数が予定通り集まるのかとか教師の数がどうなのかなど、不安定要素が見られる。
 d教育方針の偏向・・・教育勅語の唱和など、戦後の教育理念と相いれない要素を前面に出していて、教育基本法に抵触する恐れがある。
 e学校経営の実体・・・年端もいかない子供に戦前の天皇礼賛教育を押し付け、虐待まがいの高圧的な指導方法は疑問が多い。
と、色々な点で問題山積みだが、結論は「条件付き認可適当」。

2 土地取得の優遇処置
 a賃貸契約・・・国有地は一括払いが原則なのに、異例の賃貸契約。
 b生活ゴミの発見と買取への変更・・・一旦取得した後に「生活ゴミ」が大量に出たとして、理財局の値引きが発生。それでは買いますと売買契約に至る。
 c値引きの計算・・・どういう風に計算したのかというと、「敷地全体に生活ゴミが埋まってると」して8億円を値引きしたという。ゴミの実際の量は見ていないらしい。
 dそもそもの土地価格・・・隣の同じような土地が14億で豊中市に売れているのに、当物件を1億3千万円で購入、しかも10年長期分割払いで契約。そもそもはいくらが妥当なのか。ゴミがあると言って値引きするのであれば、豊中市も値引き価格で買える筈である。両者の差は説明がつかない。公園にするかしないかは豊中市側の勝手である。
 eゴミはなかった・・・テレビの映し出す中でゴミの撤去作業を行われていたが、言うほどのゴミは出ていなかった。そもそもゴミなんてあったのか。
これは国有地払い下げの話では「超特別ウルトラCの異常事態」である。

3 安倍昭恵夫人の肩入れ度合い
 a名誉校長・・・観客の前で紹介されて引くに引けなかったと説明されたが、そんな事は「名誉校長というお話はお断りしました」とはっきり言えばそれで済む問題である。首相夫人なんだから色々まずいんだろなと参加者も理解してくれるレベルであろう。
 b夫人付きが理財局への問い合わせ・・・籠池理事長側の問いかけに対し谷首相夫人付きが理財局の担当者に問い合わせたという事だが、普通の民間人であれば聞いても答えてくれない情報を聞き出して答えているのは、例えお断りしていると言ってはいるが「口利きする気は満々で」ある。本来ならば首相夫人なんだから「そのような認可・土地売買の問題には、申し訳有りませんが関与できませんので」と関わり持たない節度が必要だったのだが、脇が甘いとしか言いようがない。昭恵夫人はわかってなくても仕方ないが、谷首相夫人付きはその辺の配慮をしなければいけない立場なのに気が回らなかった粗雑な行動であったように思う。
 c100万円の寄付金・・・貰ったのか貰ってないのかは見えてこないが、少なくとも籠池理事長側は振込用紙とかの証拠らしきものを出しているのに比べて、昭恵夫人は記憶にないの一点張りである、本当に有る事無い事出任せを言われるのなら、一切の協力関係を絶って「もう口を利かない」方がすんなり腑に落ちるのだがそうでもないのは、やはり寄付してるのではと勘ぐってしまう、分が悪いよね。
 dこの後に及んでも「祈ってます」・・・事件が公になってるにも拘わらす、なんで頑張ってくださいなのか。おまけに「神様はどうなさろうとしているのかわかりません」に至っては新興宗教の匂いさえしてくる。前からずっと感じてはいたが、この人の右翼は本物である、怖いよ〜。
 e教育勅語にゾッコン・・・時代錯誤とは正にこのこと。こういう人が首相夫人でいるならその旦那の頭の中は「推して知るべし」だ。

おおよその問題をサラッと並べて見たが、どう見ても財務局のやり過ぎである。どこからどうひねくっても、特別に森友学園を優遇した事は逃れられない事実である。

さて、公務員の忖度と口利き問題は、国会議員に陳情する人々にとっては当たり前であるし、忖度なんて日常茶飯事である。第一口利きが一切なかった、ら議員の半分は失業する。それが現在の日本の現状であり世界の常識である。では口利きは全て悪なのかというと、色々な問題に片っ端から口出ししていては余程の先生でも力が分散されるし、対立する候補の議員がいて思うような結果を出せないこともある。おまけに結果がでなければ、影響力が下がってしまうことも十分にあり得る。それで、問題を絞って省庁との関係を深めるよう、普段から努力を怠らないことでいざという時に影響力を発揮できるのである。

その努力の異様に渦巻いている私学審議会に、忖度の頂点にいる安倍首相の「奥さんが名誉会長である学園」の申請を単なる公務員が、杓子定規に資料を見て認可不適当と突っ返すことなんか「簡単にできることじゃ無い」のだ。一生の内に一回あるかないかの首相夫人の後押しする学園の認可申請が、「自分の机の上に」載っかているのである。誰しも「なんとか出来ないか」と悩むのは想像に余りあって当然ではないか。決済範囲の拡大解釈や判断基準の恣意的捻じ曲げを含めて、法律の抜け道を最大限活用してなんとか認可したいのが人情と言うものであろう。認可適当と言う判断にようやく漕ぎ着けた瞬間には、「ホッと肩の荷を降ろして部下の労をねぎらった」ことは想像に難くないと言っても大きくは外れないと私は確信する。「これできっと首相もお喜びになる」、彼はそう思ったに違いないのだ。

だがそれが罪になるのだろうか。

答えは認可や決定を下した主たる要件が「書類で明示されていない」という点にある。いろんな反対条件がある中で結果を出すには、何か特別な魅力か有利な特典が必要である。それが国民の利益になるというのであれば、多少法律の抜け道を利用したとしても許されるであろうし、問い質されれば「自信を持ってはっきりと回答する」ことに何ら躊躇するものではない、というのが職務に忠実な役人の行動である。法律に抵触していないから問題ないという解釈は、その職務の本来のあり様・目的を無視して行動のみを法律という基準で判断するという、いわば担当者を機械の一部のように見ている人の発言であり、それを行っている人間の心の内をとことん侮蔑する行為であり到底許されるものではない、と私は思う。公務員は国民の為に働くべきだというのが当然であり、それが公務員の名前の所以であるからだ。

では学園の教育方針に感銘して講演まで行った昭恵夫人の行為は、首相夫人としてあまりにも軽率な行動だと言えないだろうか。結果として「籠池理事長に利用された」と見る向きもあるだろうが、口利きか問い合わせかする前に「学園の一通りの実体調査」をするのが「首相夫人という己の立場を考えれば当然」といえよう。いくら目的が正しいと言っても、籠池理事長の法律すれすれの手段を選ばない方法については、百歩譲って「間違ってますよ」と意見することはあっても「頑張ってください」と励ますのは言語道断ではないか。

現行の穴だらけの法律には則って居るかも知れないが、立場にふさわしい高潔な人格は昭恵夫人にはまるで感じられ無いのではないか。安倍首相が言った通り、関わっていれば辞めるというのは一見潔い行動の様に見えて、「実は全く反省していない確信犯」の態度である。昭恵夫人が「私は籠池理事長の教育方針に我が意を得たりと感服し、何とか学校を建てさせてあげたいと思い各方面に問い合わせをしました」と国会なり記者会見なりでその事実をはっきりと述べていれば、国民に「誤魔化そうとしている」と批判される現状を招くことはなかったであろう。間違えた時は素直に過ちを認め世の中の批判を甘んじて受ける謙虚な気持ちがなければ、それこそ日本の総理大臣の夫人として相応しい人間とは言えないではないか。

それに引き換え、安倍首相と自民党の過ちまたは醜い自己保身の姿は、今の日本の議会制民主主義の行き詰まった閉塞状況を如実に露わしているようにしか見えない。嘘は泥棒の始まりと言う。悪いことをしてその非を認めないのは、ただの泥棒より余程始末が悪い。籠池夫人が「権力を使うなら死にます」とメールで言って昭恵夫人をなじったが、首相夫人という肩書きそのものが権力であり、国会議員という職業がもはや権力の権化となって多種多様な許認可事業の現場で「結果を左右して」いるのが日本の、また世界の現実である。多くの人は、それを利用して「劣勢をなんとか有利な方に持って行こう」と日々努力しているのだ。稀代の悪党、石川五右衛門もかくや、である。

だから公務員は、公正中立でなければならない、と私は思う。

公務員は愚直にマニュアルにある通りの条件を正しく精査して、何も考えずに結果をストレートに出すことが使命である。だからロボットでいいのだとも言える。人間よりロボットの方が良い仕事が出来る、というのは悲しいことには違いないが、そんな事態を引き起こしたのは、人間の浅はかで限りない「愚かな欲望」である。この犯罪の元を断ち切らなくては、悪事はこの世からなくならないであろう。人間、歳を取れば嫌でも欲望が消え、枯れてくる。全ての事をあるがままに受け入れて、自分の心の中に平安を見出し満足する。そんな歳になるまで待たなければ、問題は解決しないのであろう。安倍首相の進退はどうなるかこれからだが、籠池理事長は腹をくくって大阪府知事と刺し違えるつもりと見えた。巨額の借金を背負い虚偽記載や不正申告で満身創痍の彼は、もう自分の保身は到底無理であると観念した男の「爽やかさ」すら感じられる。悪党ではあるが一生懸命であるのは事実だ。背筋を伸ばしエネルギッシュに答弁している姿を見ていると、安倍首相を始め稲田防衛大臣や麻生財務大臣や自民党の議員のお歴歴が「小さく見えて」来るのは、男ならではの感情に何か訴えるものがあるからだろう。

「私が間違っていました」、この一言で済む話である。

そこで私は安倍昭恵首相夫人のお詫びの言葉を考えてみた。「素晴らしい教育方針にこれからの日本の将来を託す事業だと思って微力ながら応援もし名誉校長などと担ぎあげられもしたが、それがよもや認可や土地売却に利用されるなんて思いもしませんでした。籠池理事長の人となりや学園の資金事情をよく調べもせず、ただ純粋に学園のことを思う気持ちが「理財局や私学審議会の皆さんの忖度を」結果として引き起こしたのであれば、その責任は全て私にあります。愚かだったとは言え、国民の皆様の財産を不当に安く売却させてしまったこと、深く深くお詫び申し上げます。」

とまあ、こんな文面でいかがだろうか。

世の中には悪い事を考えている人もいるんだと知って「すみませんでした」と詫びるなら、世間知らずのお嬢様育ちだから無理もないと国民も納得し許してくれる。失うものはとても大きくて悔しいだろうが、まだ「まともな神経の持主」として己を失わずに済むと言えるだろう。いつの日か波乱万丈人生の番組に出演して、トンデモ失敗談として笑いのネタに使う事だってできるのである。安倍首相だって妻の愚かな行為で首相という役職を放棄せざるを得なかったが、妻を深く愛していたので己の夢を泣く泣く諦めて潔く身を引いたとなれば、国民も彼が首相に返り咲き国民のために今一度身を粉にして働くことを許すのではないだろうか。全ては人間性に尽きる問題である。

安倍首相や昭恵夫人がこれをどうしても言えないとすれば、彼らの人間もまた「小さい」と言わざるを得ない。私はこの一連の事件が決着を見る「前に」、安倍昭恵夫人が国民の前で「己の不徳を詫びる」のを期待する。それが彼女の人生を暗くしない唯一の方法である、と私は考える。人間は、過ちを犯しながら成長して行くものである。彼女がここで深く反省せずになんとか乗り切ろうなどと画策して逆に己の可能性を縮めるようなことがあるとすれば、安倍首相の言う憲法改正もまた「信用出来ない」ものになりはしないだろうか。一連の出来事を静かに見つめて、私はそう危惧して止まないのである。

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