明日香の細い道を尋ねて

生きて行くと言うことは考える事である。何をして何を食べて何に笑い何を求めるか、全ては考える事から始まるのだ。

佐川元国税庁長官の証人喚問

2018-03-26 15:00:00 | ニュース
明日の佐川元国税庁長官の証人喚問に期待することは余り無い。強いてあげるなら、公務員のあり方はどうあるべきかを問うてみたい。彼が関わって引き起こした政局の渦の只中で、「国税庁長官」というエリートコースから転落してしまった人生を振り返り、今、心の中に去来することどもを縷縷話して貰えたら、ということである。野党の思惑で昭恵夫人につながる何らかの証拠を引き出すという計算は、佐川さんの自己防衛を一層強固にするだけで何も出てこないだろう。それよりも彼の中で「子供の時から目指していた官僚」という理想の姿と、現在の彼の姿が「何処でどう狂ってしまった」のか、を私は聞いてみたい。

佐川さんは本心では、今でも「公文書の改竄」などということは許されないと思っているに違いない。いままで明らかになっている事実を「一つ一つ彼の官僚の理想と照らし合わせて」善悪を答えていけば、自ずと彼の自尊心は崩壊し、罪の大きさに泣き崩れるのではないだろうか。

例えば
問1 ゴミを過剰に見積もって価格を値引きするという誤魔化しは良いことですか、それとも悪いことですか?
答1 許されないことです
問2 公務員として、公文書を改竄することは良いことですか、それとも悪いことですか?
答2 許されないことです
問3 国会でウソの答弁をして国民を騙したことについては良いことですか、それとも悪いことですか?
答3 許されないことです
という風に「一般論として」あるべき官僚の姿を問いかけていけば、こちらが何も言わなくても「己の罪を自ら断罪する」事になりはしないだろうか。

言わばテレビの2時間サスペンスドラマで「犯人が断崖絶壁に追い詰められ、自らの罪を認めてその罪の大きさに涙してしまう」シーンを思い出すではないか。まあテレビだから最後はお涙頂戴のドラマで大団円になるのだが、日本人の心の何処かには「犯人は本当は良心の呵責に耐えられない筈だ」という願いがあるのだと思うのである。これが海外のドラマだと「悪役は悪役のまま、決して懺悔や言い訳をせず」最後まで悪を演じ続けて「警察官と銃撃戦の末に自爆」するのである。これはキリスト教の中にある「悪魔」の考えが影響しているのであろう。日本では六道輪廻でぐるぐる回って最後は仏になれる、と信じているわけだから、本当の意味で「悪人はいない」のである。だから佐川さんも色々あったけど、全てを告白し事実を詳らかにすることで「許しを乞う」、というのが国民の望む解決ではないだろうか。なにも佐川さんの悪事を白日のもとに晒して、彼をとことん罰することが目的では無いはずである。私は文書改竄と森友学園土地疑惑の幕引きは、佐川さんが罪を認め「泣いて詫びることで目出度し目出度し」となる、そんなドラマが見れたらな、と心の中では密かに思っている。

ついでに昭恵夫人の関与だが、事実としては「形に現れる関与はなかった」と思う。森友学園と籠池理事長夫妻を「応援する気持ち」は当然あったし、それが「世界の恵まれない子供達に教育を」という趣旨の学校であれば、何も恥じることのない美談でもある。要は「右翼の思想にかぶれた時代錯誤の子供教育」に有頂天でのめり込んだという、首相夫人には相応しくない「危険な女」だというだけである。それを周りの官僚が忖度し、その忖度を籠池理事長が最大限利用したに過ぎないのだ。だから国会に証人喚問しても、昭恵夫人は「思う所の理想の学校論」を存分にぶち上げればいいのではないだろうか。関与を疑われた官僚とウソつき籠池理事長は綺麗さっぱり刑務所にぶち込んで、安倍首相と昭恵夫人は「素晴らしい瑞穂の国」ともども「バカな右翼」として「記憶の彼方」へと忘れ去ってしまえば解決である。

皆さんこんな結末でどうでしょうか。私はバカな官僚達が人生を棒に振った「こんな大人にはなるな!」事件という「教訓」を得ただけでも我々には有意義だったと思いたい。

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