目が覚めた。。涙が出る。。
スポーツ新聞を見た。。やっぱり現実だよね。。
10/7 古田敦也 引退試合
今でもまだ信じられない。
「永遠」であるわけがない・・でも・・この日が来るなんて考えてもみませんでした。
大きな眼鏡のキャッチャー。
ご本人が後々「当時は流行っていたんです!」と話しているように・・
トレンディードラマで浅野ゆう子さんや石田純一さんが大きな黒縁の眼鏡をしていたような・・気がします。
野村監督と並んで入団会見をする姿を見て、ものすごく気になる存在になりました。
眼鏡をしているという事で悔しい思いをした・・。
それを覆すには結果を出すしかない!!
そんな古田さんの強い気持ちに惹かれ、応援するようになりました。
プレマネであるがゆえ、後進育成の大きな責任も果たさなければならない。
そのため出場回数の激減というのはやむを得ないのか・・。
それでもひたすら「キャッチャー古田」を待ち望んでいました。
右肩の故障。。それを知っても・・
膝の故障の時も特性パッドで試合に出ていたよね!
きっと元気に試合に出てくれるはず!!
そんな期待を胸にずっと応燕をしていました。
その右肩が・・思うように回復していなかったなんて・・
本当に辛かっただろうなと思うと・・期待ばかりしていた自分が情けなくなります。
いつものように、帽子をとり手を振りながら古田さんが球場入り。
ストレッチ!
ストレッチ?!
なにやら楽しそうな風景に遭遇。
何気ないこんな場面にも、涙が出そうになります。
刻一刻と試合開始が近づいてきます。
5番 キャッチャー古田!!!
試合が始まれば、もう何がなんだかわからないうちにどんどん進んでいきました。
とにかく古田さんを見なくちゃっ!!!応燕しなくちゃ!!!
ただただその思いだけでした。
球場を好きな色で染めたい。
当日来場者全員に配られた緑のメッセージボード。
古田さんが登場する時にいっせいに掲げます。
緑でいっぱいになった神宮球場!!!!!
本当に綺麗で素晴らしい光景でした。
最後の最後に古田さんの夢が叶った・・・嬉しいけど・・皮肉な結果です。。
古田コールに懐かしの応援歌に現在の応援歌に・・・
球場中が一体となっての応援でした。
黄金バッテリーも健在!!
石井カズ投手&古田さん
高津投手&古田さん
そしてむかえた古田さん最後の打席。
広島のピッチャー交代・・・佐々岡投手の登板です。
ドラフト同期の対決!!!
その佐々岡投手もまた・・今年引退を決断しました。
ものすごい佐々岡コールとものすごい古田コール!!
必死で見ました。必死に古田コールしてました。
ヒットにはならなかったけど、この2人の野球人同士の絆をすごく感じました。
ありがとう!佐々岡さん!古田さん!!
いろいろな事が起こりすぎて、あっという間に時間が過ぎていきました。
夢の中にいる感じから抜け出せないまま、引退セレモニーは始まります。
オーロラビジョンに映し出される映像に涙をもうこらえる事はできませんでした。
やっぱり引退なの?やめないでーーーー!!!
そう叫びたくもなりました。
古田さんの挨拶が始まっても涙は止まりません。
何度も心が折れそうになったり、弱気になったりいろんな事があったんですけど
本当に皆さんの声に支えられました。本当にありがとうございます。
そう言って、言葉に詰まった古田さん。
私も古田さんの野球に対する姿勢を見て頑張る力をもらったし
ファンを一番大切に思ってくれているっていう事を実感する幸せをもらった!!
どんなにありがとうって言っても伝えきれない感謝の気持ちがあります!
選手としてはもうお別れなのか・・そう思いたくないけど・・
選手達に促され、ホームベース上へ歩く古田さん。
ホームベース上で胴上げです。
そうだよね。
マウンド上じゃなくホームベース上。。
ずっとその場所を守ってきて、嬉しい時も苦しい時もどんな時もその場所で頑張ってきたんですよね。
もうダメダメです。。。(号泣)
2001年の優勝の時を思い出しました。
あの時もライトフェンスに上ってファンと一緒に喜びを爆発させてましたね。
私は札幌の東急デパート特設開場前でその瞬間をむかえました。
『祝いヤクルト』が振舞われ、一気飲みで祝杯をあげたのを覚えてます!
いつもファンと一緒に歩んでくれましたね。
近鉄というチームの存続をかけて、2リーグ制の存続をかけて選手会会長としても闘っていました。
1球団減って1リーグ制になれば、おのずともう1球団減って10球団へ・・
更に8球団へ・・という動きがあった。(報道ステーション出演時の古田さんのコメントより)
そこでプレーしている選手達、そこにいるファン、今までのその球団の歴史を何のためらいもなく消去してしまう流れ。
確実にプロ野球は衰退の一途をたどる道を進もうとしていました。
最終決断・・プロ野球史上初のストライキ決行!。
これは選手会にとって苦渋の決断だったと思います。
古田さんの涙が物語っていました。
いつもファンの思いを一番に考えてくれました。
その熱い気持ちはプロ野球ファン全体の気持ちを動かしました。
ストを支持し、矢面に立って奮闘する古田さんを応援!!
いろいろな球場から巻き起こる「古田コール」に、古田さんの偉大さをひしひしと感じてました。
その結果誕生した東北楽天 ゴールデンイーグルス
今や地元から愛される素晴らしい球団になっています。
この記事を書きながらも涙が出る自分にとって
この日の出来事はまだ思い出という形にはなっていません。
でも、神宮球場を緑に染め、大きな大きな声援を送った中の一人が自分であった事は本当に幸せな事だと思います。
キャッチャー 古田敦也・・
いつまでも忘れません!!!!!
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スポーツ新聞を見た。。やっぱり現実だよね。。
10/7 古田敦也 引退試合
今でもまだ信じられない。
「永遠」であるわけがない・・でも・・この日が来るなんて考えてもみませんでした。
大きな眼鏡のキャッチャー。
ご本人が後々「当時は流行っていたんです!」と話しているように・・
トレンディードラマで浅野ゆう子さんや石田純一さんが大きな黒縁の眼鏡をしていたような・・気がします。
野村監督と並んで入団会見をする姿を見て、ものすごく気になる存在になりました。
眼鏡をしているという事で悔しい思いをした・・。
それを覆すには結果を出すしかない!!
そんな古田さんの強い気持ちに惹かれ、応援するようになりました。
プレマネであるがゆえ、後進育成の大きな責任も果たさなければならない。
そのため出場回数の激減というのはやむを得ないのか・・。
それでもひたすら「キャッチャー古田」を待ち望んでいました。
右肩の故障。。それを知っても・・
膝の故障の時も特性パッドで試合に出ていたよね!
きっと元気に試合に出てくれるはず!!
そんな期待を胸にずっと応燕をしていました。
その右肩が・・思うように回復していなかったなんて・・
本当に辛かっただろうなと思うと・・期待ばかりしていた自分が情けなくなります。
いつものように、帽子をとり手を振りながら古田さんが球場入り。
ストレッチ!
ストレッチ?!
なにやら楽しそうな風景に遭遇。
何気ないこんな場面にも、涙が出そうになります。
刻一刻と試合開始が近づいてきます。
5番 キャッチャー古田!!!
試合が始まれば、もう何がなんだかわからないうちにどんどん進んでいきました。
とにかく古田さんを見なくちゃっ!!!応燕しなくちゃ!!!
ただただその思いだけでした。
球場を好きな色で染めたい。
当日来場者全員に配られた緑のメッセージボード。
古田さんが登場する時にいっせいに掲げます。
緑でいっぱいになった神宮球場!!!!!
本当に綺麗で素晴らしい光景でした。
最後の最後に古田さんの夢が叶った・・・嬉しいけど・・皮肉な結果です。。
古田コールに懐かしの応援歌に現在の応援歌に・・・
球場中が一体となっての応援でした。
黄金バッテリーも健在!!
石井カズ投手&古田さん
高津投手&古田さん
そしてむかえた古田さん最後の打席。
広島のピッチャー交代・・・佐々岡投手の登板です。
ドラフト同期の対決!!!
その佐々岡投手もまた・・今年引退を決断しました。
ものすごい佐々岡コールとものすごい古田コール!!
必死で見ました。必死に古田コールしてました。
ヒットにはならなかったけど、この2人の野球人同士の絆をすごく感じました。
ありがとう!佐々岡さん!古田さん!!
いろいろな事が起こりすぎて、あっという間に時間が過ぎていきました。
夢の中にいる感じから抜け出せないまま、引退セレモニーは始まります。
オーロラビジョンに映し出される映像に涙をもうこらえる事はできませんでした。
やっぱり引退なの?やめないでーーーー!!!
そう叫びたくもなりました。
古田さんの挨拶が始まっても涙は止まりません。
何度も心が折れそうになったり、弱気になったりいろんな事があったんですけど
本当に皆さんの声に支えられました。本当にありがとうございます。
そう言って、言葉に詰まった古田さん。
私も古田さんの野球に対する姿勢を見て頑張る力をもらったし
ファンを一番大切に思ってくれているっていう事を実感する幸せをもらった!!
どんなにありがとうって言っても伝えきれない感謝の気持ちがあります!
選手としてはもうお別れなのか・・そう思いたくないけど・・
選手達に促され、ホームベース上へ歩く古田さん。
ホームベース上で胴上げです。
そうだよね。
マウンド上じゃなくホームベース上。。
ずっとその場所を守ってきて、嬉しい時も苦しい時もどんな時もその場所で頑張ってきたんですよね。
もうダメダメです。。。(号泣)
2001年の優勝の時を思い出しました。
あの時もライトフェンスに上ってファンと一緒に喜びを爆発させてましたね。
私は札幌の東急デパート特設開場前でその瞬間をむかえました。
『祝いヤクルト』が振舞われ、一気飲みで祝杯をあげたのを覚えてます!
いつもファンと一緒に歩んでくれましたね。
近鉄というチームの存続をかけて、2リーグ制の存続をかけて選手会会長としても闘っていました。
1球団減って1リーグ制になれば、おのずともう1球団減って10球団へ・・
更に8球団へ・・という動きがあった。(報道ステーション出演時の古田さんのコメントより)
そこでプレーしている選手達、そこにいるファン、今までのその球団の歴史を何のためらいもなく消去してしまう流れ。
確実にプロ野球は衰退の一途をたどる道を進もうとしていました。
最終決断・・プロ野球史上初のストライキ決行!。
これは選手会にとって苦渋の決断だったと思います。
古田さんの涙が物語っていました。
いつもファンの思いを一番に考えてくれました。
その熱い気持ちはプロ野球ファン全体の気持ちを動かしました。
ストを支持し、矢面に立って奮闘する古田さんを応援!!
いろいろな球場から巻き起こる「古田コール」に、古田さんの偉大さをひしひしと感じてました。
その結果誕生した東北楽天 ゴールデンイーグルス
今や地元から愛される素晴らしい球団になっています。
この記事を書きながらも涙が出る自分にとって
この日の出来事はまだ思い出という形にはなっていません。
でも、神宮球場を緑に染め、大きな大きな声援を送った中の一人が自分であった事は本当に幸せな事だと思います。
キャッチャー 古田敦也・・
いつまでも忘れません!!!!!
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