次の俄は、祭り前に相方と一杯飲んでいて、大まかなあらすじだけ決めて、台本なしでやった俄である。
ちょっと下ネタかかっているので、町内でやった〈辻俄=神社以外でする俄〉だ。やった後に村の子どもが「おっちゃん、今日のが一番おもしろかった」と言ってくれた。
【登場人物】 与兵(男性)・鶴(女性)
与 ああ今日も一日終わったわい。一人さみしくメシでも食て寝るとするかい。
ウラから「ヨヒョウどん。いたはりますか」の声がする
与 だれじゃ、
鶴が女装して出て来る。
与 こんな夕方に。あんたはどなたはんで?
鶴 へい、昼間助けてもろた鶴でございます。
与 ああ、あの時の、しかし、なんでまた?
鶴 助けてもろたお礼にヨヒョウどんのお世話をしたくて参りました。
与 あんたみたいなべっぴんさんがわしのお世話を。そら、ありがたいこっちゃ。ほな、さっそく寝まひょか。
二人、ウラに入る。〔太鼓の音ドンドンドン〕
ヨヒョウ出て来る。
与 ああすっきりしたわい。
鶴 ヨヒョウどん、ヨヒョウどん。
与 またかいな。
二人、ウラに入る。〔太鼓の音〕
与 今日で三日目や。
鶴 ヨヒョウどん、ヨヒョウどん・・・。
与 またかいな。その声、聞いたらたまらんがな。
二人、ウラに入る。〔太鼓の音〕
ヨヒョウが下手から出て来る。
与 今日で半月や。
鶴が下手から出て来る。
鶴 ヨヒョウどん、ヨヒョウどん。
与 またかいな。
二人、ウラに入る。〔太鼓の音〕
ヨヒョウが下手から出て来る。
与 今日で一ケ月や。もう体ぼろぼろやがな。こんなんしてたら体がもたんわい。そや、昔、本で読んだことがある。この本や、助けた鶴が恩返しするというやっちゃ。この本見せたろ!
鶴が下手から出て来る。
鶴 ヨヒョウどん、ヨヒョウどん。
与 おいおい、この本読んでみ。
鶴 (本を読む)へい、よう分かりました。その代わり、隣の部屋で私がしてることを絶対に見んようにお願いします。
与 わかってるわい。
鶴が奥に入る。〔ハタを織る音〕
与 おお、やっとるがな。しかし、見るなと言われれば余計に見たくなる。ちょっとのぞいたろ。こら、何をしくさるねん。こっち出て来い。
背中に大きな風呂敷包みを背負って鶴が出てくる。
鶴 見つかったらしゃあない。
与 お前は、盗人あったんかいな。背中の荷物は皆返せ!
鶴 荷物は返せん! この本だけ、返してさよならじゃい。
与 本だけ返してさよならとは? ハテ?
鶴 ハテ!
与 ハテわかったわい。これがほんまの「ツルの本返し」じゃ!
昔はもっと露骨な俄があった。
同じ俄を二回したが、二回目はオチを「ハテ、ハテ、ハテわかった。鶴やなしにサギ(詐欺)あった」にした。
俄の特徴は〈即興性〉にあるが、その場で思いつきてやってるわけではない。大筋とオチだけは事前に決めている。
それをどう喋って組み立てていくかに〈即興性〉がある。したがって、同じ俄をやれと言われてもできないし、台本をください言われても無理だ。
この〈一回性〉も俄の命なのだから。
この〈即興性〉と〈一回性〉が発揮される〈辻俄〉こそ俄の醍醐味だと思う。
明治時代にこんな俄をすれば、あっという間に警察に引っ張られていただろう。
明治という時代は案外と生きにくい時代だった。