ちはやぶる神代(かみよ)も聞かず
龍田川(たつたがは)
唐紅(からくれなゐ)に水くくるとは
この歌の作者である在原業平さんは、『伊勢物語』の主人公のモデルと言われています。イケメンで自由な発言が魅力的だったようです。業平さんの「歯に衣着せぬ」物言いが巻き起こした古今和歌集の中の一大事件『古今集_龍田川事件』をお話します。
業平さんの「ちはやぶる神代も聞かず龍田川」の歌は、皇后陛下の持つ龍田川の屏風絵を題材に歌ったものです。
まず素性法師が屏風絵について歌い、その後に業平さんが歌いました。
素性法師の歌の情景描写は簡潔で、現代の我々にも分かりやすく伝わってきます。
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もみじ葉の
流れて止(泊)まる
水門(みなと_港)には
紅(くれなゐ)深き浪や立つらん
紅葉を小舟になぞらえて、港に停泊するというイメージで読んでもいいのですが、「みなと」は、水門=水戸(みと)で水に囲まれた四角い陸地、つまり海峡のように陸がせり出て水の流れが狭くなったところです。その意味を踏まえて、次の歌の「水くくる」という表現があります。
素性法師の歌のすぐ後で、業平さんは、「ちはやぶる神代も聞かず」=「有史以来聞いたことがない」と、その屏風絵が現実にはありえないと歌っています。
水面に落ちた紅葉は、桜の花びらとは違い、すぐに沈んでしまうからです。
忖度しない人なのか、素性法師と仲が悪いのか、他の意図があるのか分かりませんが、業平さんは鋼(はがね)の心臓を持っています。
水面に落ちた紅葉はすぐに沈んでしまう、という業平さんの話が本当であれば、眼の前にいる素性法師の顔は丸つぶれです。
ところが、もっと困ったことがあります。
古今和歌集のこの巻(第五巻秋歌下)において、龍田川に紅葉が流れると言い出したのは読み人知らずの下にあげる歌です。
この歌は誰か特定はしていませんが、帝(みかど)の作られた歌のようなのです。帝の御製(お作りになった歌)にけちをつけるような事になっては、いけません。
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竜田河
もみじ乱れて
流るめり
渡らば錦
中や絶えなむ
【超訳】
龍田川にもみじがはらはらと流れているように見える。
対岸に渡るのはやめておこう。
鮮やかな錦の布を真ん中でばっさり断ち切ってしまうようなことになるのだから。
業平さんの歌に続いていく歌の数々は、この帝(みかど)の歌をいかに守るかという創意工夫にあふれています。
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帝の歌を守るためには、まず業平さんの指摘をよく吟味しなければいけません。
「確かに、淵に浮いた落ち葉が溜まっている光景は見たことがない」
「いや、でも少ない数であれば水に浮いている落ち葉はよく見るぞ」
歌の行間からこんな囁(ささや)きが聞こえてくるような気がします。
業平さんはさながら『裸の王様』に出てくる真実を指摘した少年のようです。
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【藤原敏行さんの解説_古今295】
我が来(き)つる
方も知られず
くらぶ山(暗部山_鞍馬山)
木々(きぎ)の木(こ)の葉の
散るとまがふに
【超訳】
人の通る道、水の通う川、風の通り道、それらを比べてみよう。まず人が通る道。一面の紅葉で、今来た方向すら分からない。
落ちて積もっている紅葉と、まだ木々を彩っている紅葉が交じりあって、目がくらむようだ。
道ですらこうなのだから、ましてやどこが川でどこが風に舞っている落ち葉かなど分かるわけもない。
くらぶ山(鞍馬山)を歌枕(歌の題材_地名が多い)として使っています。「比べ」るという言葉や、目が「眩む」、分かっていないという意味の「暗」いという言葉の掛詞としても使っています。
藤原敏行さんの解説はこういうことです。
眼の前が一面に紅葉一色なんだから、川面(かわも)に紅葉が浮いているのか、川面に着く前に風で舞っている最中なのか、それとも木々にまだ付いていて落ちる前の紅葉なのか分からない。
だから、紅葉が浮かぶかどうかはどうでも良い話だ。
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【壬生 忠岑(みぶ の ただみね)さんの解説 古今296】
神奈備(かんなび)の
三室(みむろ)の山を
秋行けば
錦絶ち切る
心地こそすれ
【超訳】
社(やしろ)を設けず、昔ながら自然のまま神様を貴(たっと)ぶ三室山。
一面の紅葉を横切れば、素晴らしい景色を堪能するどころか、錦の布を絶ち切るようで心苦しくなる。
係助詞「こそ」を使うときは、逆説の節が隠れています。絶ち切るのはマイナスなので、プラスの節が隠れていて、それが逆説(譲歩)で結ばれているはずです。「景色を堪能する(+)、どころか(譲歩の接続詞)、心苦しい(−)」と読みます。
忠岑(ただみね)さんの解釈も一面の紅葉でどこが川でどこが道かなんか分からないのだから、紅葉が浮くかどうかなんかどうでもよい、というものです。
むしろ人が立ち入ることでまばゆい世界を絶ち切り、一変させてしまうという帝(みかど)の表現がいかに素晴らしいか、と称えています。
この三室山は、今の三室山ではなく、三輪(みわ)山、別名三諸(みもろ)山です。今の2つの三室山は大和川(龍田川)に面していますが、川の源流になるような大きな山ではありません。古今集のこの巻に度々出てくる神奈備(かんなび)る山は、大和川の源流として描かれるので、三輪山が三室山です。
三諸は「みむろ」とも読むようです。三輪山の大神(おおみわ)神社の主祭神は大物主神(おおものぬしのかみ)です。大物主神は、蛇の形で現れる神様です。龍と蛇の関係は別途考えなければいけませんが、日本では蛇が龍の代わりに川の神様を表すことがあります。
八岐の大蛇(ヤマタノオロチ)は、砂鉄を採掘するための鉄穴流し(かんなながし)という技術を行う河川を象徴しています。このように、天孫降臨前に人々に崇め恐れられていた川の神様は、蛇として描かれています。大三輪大社は、蛇の象徴する川の神様と考えられるので、龍神と同じように「ちはやぶる神」という言葉を使うことができます。
蛇の神様、大物主神は大国主命の別名かと思っていたのですが、大神神社の主祭神が大物主神で副祭神に大己貴命(大国主命の別名)がいるので別の神様として扱われています。
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【紀貫之(きのつらゆき)さんの解説_古今297】
見る人の 無くて
散りぬる 奥山の
紅葉は夜の 錦なりけり
【超訳】
鮮やかな錦の色は、夜の闇にいる私達に見えないからといって、その色が無いということにはなりません。
奥山に散りゆく一面の紅葉を思い浮かべてください。
そこにあたながいないからといって、その鮮やかな世界がないとは言いませんよね。
川面に散った紅葉は今は沈んで、私達には見えないかもしれません。けれども水の中の錦のような色は確かに存在しているのです。それを歌って何が悪いのでしょう(悪くはありません)。
さすが、仏教に通じた哲学者紀貫之さんです。素朴実在論的な世界観から歌っているのではなく、唯識論を匂わせながら、さらにその先にある世界を歌っています。古代ギリシャでは神によって、インドでは実践によって、日本では歌によって近付ける共通感覚という基盤の上に建つ世界です。
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「散りぬる」「奥山」などという単語が使われています。
大乗仏教、特に龍樹さんの「空」と「縁起」の思想に通じているはずの紀貫之さんが『いろは歌』の原作者の一人ではないかと思ってしまいます。