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運送業の残業代請求対応

2017-12-27 | 日記

運送業の残業代請求対応

なぜ運送業は残業代請求を受けるリスクが高いのか

 運送業の運転手は,従来,自営業者意識が濃厚な傾向があり,運転手のそういった傾向にたいして,運送業の会社経営は,残業代を支払わなければならないという意識が希薄な傾向にありました。「1日現場に行って来たら1万○○○○円」といった形で給料を定めている会社が多く,このやり方で特に問題なくやってきたわけですから,多額の残業代請求を受けて大きな損失を被らない限り,なかなか制度を変更することはありませんでした。
 他方で,近年では,残業代請求に関するトラック運転手の意識が急速に変わってきています。おそらく,「○○さんは弁護士に依頼して○百万円も残業代を払ってもらったらしい」などと運転手同士で情報交換しているうちに,自分も残業代が欲しくなる運転手が増えてきたものと思われます。
 運送業では,長距離運転があったり,手待時間が長くなったり,労働時間管理が難しいこと等から,労働時間が長くなりがちで,残業代も多額になる傾向にあります。少額の残業代しか取れないのであれば,会社と争っても仕方がないと考え請求しない運転手もいると思いますが,何百万円といった多額の金銭を取得できるのであれば,会社経営者との関係が悪化したとしても残業代を取得できた方がいいと考える運転手が増えるのもやむを得ないところがあります。何しろ,労基法で認められた正当な権利を行使しているだけなのですから,「会社が悪い」と自分を納得させることができ,良心の呵責も大きくはありません。
 運送業で残業代の請求を受けるリスクが特に高い一番の理由は,運送業の会社経営者が残業代を支払わなければならないという意識が希薄な傾向にあるのに対し,運転手は残業代を請求すれば多額の残業代を取得できると知って残業代を請求する意欲が高まっているという,双方のギャップにあると考えます。実体と形式にギャップがある状態は,残業代請求の格好のターゲットとなります。
 運転手は個人事業主に近い実態があるにもかかわらず,形式的には労基法上の労働者に該当することが多いことから,そのギャップを突かれて多額の残業代の支払を余儀なくされているというのが実情に合致していると思います。

運送業を営む会社が残業代を支給する際の注意点

 運送業を営む会社が残業代を支給する場合,次の2点に注意する必要があります。
  ① 残業代の趣旨を有する手当であること
  ② 残業代とそれ以外の賃金とを明確に判別できるようにすること

 まず,①について,当該手当が残業代の趣旨を有していることが明確でない名目となっている場合,当該手当が残業代の支払として認められない可能性が高まります。一見,残業代には見えないような名目の手当を支給しながら,残業代請求を受けたとたんそれは残業代だと主張しても,なかなか認められません。
 「時間外勤務手当」,「休日勤務手当」,「深夜勤務手当」などといった一見して残業代だということが明らかな名目の手当を支給している場合には,それが残業代ではないといった主張がなされることはほとんどありません。問題となるのは,「業務手当」,「配送手当」,「長距離手当」,「特別手当」などといった,残業代とは読み取れない名目の手当を支給している場合です。労働条件通知書や賃金規程で全額が残業代の趣旨を有することを明記してあれば,労働審判等になってもそれなりに戦えますが,そうでない限り,苦しい戦いを余儀なくされることになります。
 「業務手当」,「配送手当」,「長距離手当」,「特別手当」などといった名称の手当を残業代の趣旨で支払う旨の規定があったとしても,裁判では,実質的には残業代の支払として認められないと判断されるリスクが残ることは否めません。「時間外勤務手当」,「休日勤務手当」,「深夜勤務手当」といった名目の手当であれば,実質的にも残業代の趣旨を有していると認めてもらいやすくなりますので,残業代の趣旨で支払う手当は,「時間外勤務手当」,「休日勤務手当」,「深夜勤務手当」などといった一見して残業代だということが明らかな名目で支給すべきと考えます。

 次に,②についてですが,通常の賃金と残業代に当たる賃金を判別できるようにしておかないと,残業代の支払があったとは認めてもらえません。例えば,単に,残業代込の賃金である旨合意しただけでは,残業代の支払があったとは認めてもらえません。「配送手当には40時間分の時間外手当を含む。」といった定めも,通常の賃金と残業代に当たる賃金を判別するためには方程式を使って計算する必要がありますので,残業代とは認められないリスクが高いと考えます。残業代の趣旨を有する手当は,基本給や何らかの手当てに含むという形で支給するのではなく,項目を明確に分けて金額を明示するとともに,給料日には給与明細書に金額を分けて明示して給与を支給すべきと考えます。

 運送業を営む会社が残業代を支給する場合,まずは,残業代に相当する金額が何円なのか,残業代の金額をはっきりさせる必要があります。その上で,当該手当が実質的にも残業代の趣旨を有する手当であることを明確にするために,その金額が何時間分の時間外割増賃金,深夜割増賃金,休日割増賃金なのかを追加で明記するのであれば,より望ましいと考えます。

業務手当,配送手当,長距離手当等は残業代と認められるのか

 運送業を営む会社においては,日当等の基本給のほかに,業務手当,配送手当,長距離手当等の手当が支払われていることがあります。これらの手当の支払は,その日本語の意味を考えた場合,直ちに残業代の趣旨を有していると評価することはできません。これらの手当が残業代の趣旨を有していると評価されるためには,最低限,賃金規程にその旨明記して周知させておくか,労働条件通知書等に明記して就職時に交付しておくなどの対応が必要となります。「口頭で説明した。」では勝負になりません。
 これらの手当が残業代の趣旨を有していることが客観的証拠からは読み取れない場合は,新たに同意書や確認書等を作成したり,賃金規程を変更したりして,これらの手当が残業代の趣旨を有していることを明確にする必要があります。
 もっとも,業務手当,配送手当,長距離手当といった名称の手当を残業代の趣旨で支払う旨の規定があったとしても,裁判では,実質的には残業代の支払として認められないと判断されるリスクが残ることは否めません。時間外勤務手当,休日勤務手当,深夜勤務手当といった名称であれば,実質的にも残業代の趣旨で支払われる手当と認めてもらいやすくなりますので,残業代の趣旨で支払う手当は,できる限り,時間外勤務手当,休日勤務手当,深夜勤務手当といった名称で支給すべきと考えます。

運送業の労働時間管理のポイント

 運送業を営む会社の特徴は,運転手が事業場を離れて運転業務に従事することが多いため,出社時刻と退社時刻の確認を除けば,現認による勤務状況の確認が事実上不可能な点にあります。したがって,出社時刻と退社時刻を日報などに記録させるのは当然ですが,会社経営者の目の届かない取引先や路上での勤務状況,労働時間の把握が重要となってきます。
 特に問題となりやすいのが,休憩時間の把握です。一般的には,運転手本人に日報等に休憩時間を記載させて把握するのが現実的な対応と思われますが,運転手は出社時刻と退社時刻については日報等に記入してくれるものの,休憩時間については日報等への記入を怠る傾向にあります。おそらく,出社時刻と退社時刻さえ明らかにできれば,自分の勤怠,労働時間の始期と終期が分かることから,休憩時間をいちいち書き込むモチベーションが働かないからだと思われます。
 しかし,運転手に必要な休憩を与えることは,使用者の義務であり,所定の休憩を取得できていない場合には,休憩を取得することができるよう配慮しなければなりません。また,一般に,労働時間は,その日の出社時刻と退社時刻から休憩時間を差し引いて計算されますので,休憩時間を的確に把握できなければ労働時間を的確に把握することもできません。残業代請求訴訟においては,休憩時間を取っていたにもかかわらず,「休憩時間はほとんど取ることができなかった」と主張してくることも珍しくありません。会社経営者は,運転手本人が望んでいるかどうかに関わらず,休憩時間を日報等にしっかり記入させ,労働時間を管理していかなければなりません。

 具体的には,
① 日報等に何時から何時までどこで休憩時間を取得したのかを記入する欄を設けた上で,
② 休憩時間をしっかりと記入するよう粘り強く指導していく
ことになります。
 ①は簡単にできることですので,日報等に休憩時間の記載欄がない場合は,すぐにでも日報等のひな形を作り直しましょう。
 ②は,根気の勝負です。会社経営者が注意指導を億劫がっていたのでは,いつの間にか運転手が休憩時間を記入しなくなってしまうことになりかねません。

運転手が長時間働いてお金を稼ぎたいと言ってきた場合の対応

 運転手の中には,休まずにもっと働いてお金を稼ぎたい,働かせてくれなければ退職して他の会社に就職する,などと言って長時間労働を要求してくる運転手がいます。
 たくさん働きたいという意欲は素晴らしいのですが,使用者には,運転手の健康に配慮する義務がありますので,本人が働きたいといっているからといって,恒常的な長時間労働を容認するわけにはいきません。ある程度までであれば,多めに運転させても構いませんが,度を越して働きたいという希望を押し通そうとする運転手については,断固として長時間労働を拒絶する必要があります。長時間労働を拒絶した結果,転職してしまう運転手も出てくるかもしれませんが,やむを得ない選択と腹をくくるべきでしょう。
 時間外割増賃金は,1日8時間を超えて働かせたときだけでなく,週40時間を超えて働かせた場合にも支払う必要があります。つまり,週6日以上働かせた場合には,6日目は朝から時間外労働となり,時間外割増賃金の支払が必要となる可能性があります。また,休日を定めなかった場合であっても,7日続けて働かせた場合には,7日目の日は法定休日となりますので,休日割増賃金を支払う必要があります。残業代請求対策の観点からも,恒常的な長時間労働は制御する必要があります。

給料日まで生活費がもたないからお金を貸してほしいと言ってくる運転手の対応

 運送業を営む会社においては,給料日まで生活費がもたないからお金を貸してほしいと言ってくる運転手は珍しくありません。従来,このような運転手にお金を貸し付けて,給料から天引きして返してもらうということが多かったようですが,労働問題を主に扱っている会社経営者側の弁護士の目から見て,あまりお勧めできません。
 一般論として「友達にお金を貸してはいけない」,「お金の切れ目は縁の切れ目」とよく言われるのには,それなりの理由があるのです。お金を貸したら利害が対立してしまい,良い関係でいるのは難しくなり,残業代請求などの紛争を誘発します。
 そもそも,お金を貸してほしいと言ってくる時点で,お金にだらしなく,金銭面で信用できないことは明らかです。通常であれば,家族にお金の工面をしてもらったり,銀行からキャッシングするなどして対応することができるはずですし,信販会社や消費者金融からキャッシングすることもできるはずです。消費者金融ですらお金を貸さないような運転手に素人である会社がお金を貸したら,どのような結末になるのかは容易に予測することができます。
 お金を貸していた運転手が退職する際に,貸したお金を返してほしいと伝えたところ,借金を踏み倒す目的で残業代請求を受けたというケースは珍しくありません。これでは,残業代請求を誘発するためにお金を貸していたようなものです。
 法律的な話をすると,賃金の給料からの天引きは,賃金控除の労使協定を締結した上で,給料からの天引きによる返済を合意しておく必要があります。賃金控除の労使協定を締結せずに給料から天引きすることは労基法違反ですし,天引きした金額を支払えと請求された場合には,賃金と相殺することもできず,いったんは支払わなければなりません。いったん賃金を支払った後に,貸金を返してほしいと請求したとしても,無資力になっていれば回収することができません。多額の未払残業代の支払わされた場合には,会社からの支払を原資として貸金を返済してもらえることもありますが,このような結末を会社経営者が望んでいるはずはありません。
 やはり,運転手にお金を貸すのはできる限り避けるべきだと思います。お金を貸してくれないなら退職すると言って本当に転職してしまったとしても,お金にだらしない運転手がいなくなってかえって良かったと割り切るくらいの心構えが必要だと思います。
 もし,どうしてもお金がなくて困っているようだから何とかしてあげたいと思うのであれば,給料日前に給料の一部を前倒しで支給することも考えられます。お金を貸すのではなく,給料を前払いするわけです。もちろん上限は1か月分の給料までです。1か月分の給料では足りないと言ってきた場合は,給料の前払いも,お金を貸すことも断るくらいがちょうどいいと思います。

 

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