上村悦子の暮らしのつづり

日々の生活のあれやこれやを思いつくままに。

1月 いいとこ取り

2020-01-09 09:46:11 | エッセイ
 
無意識のなかに、いつも「ちょっとひと休み」したい自分がいる。
朝の家事にしても、ベランダに洗濯物を干し、20鉢ほどのお花に水をやったところで、さて、ひと休み。
決して広いとはいえない3LDKの住まいにざーっと掃除機をかけ終えると、またひと休み。
さあ、仕事にかかるぞと机にすわっても、ひと休み気分で見残しのメールを確認し、
数日前に取材したテープ起こしにかかるのは数十分後。
聞き取りにくい部分を数回聞き直しているうちにやる気が失せて、ほんの数行しか書けていないのに、また、ひと休みの伸びをする。
「2杯目のコーヒーでも飲もうかなあ」と考えながら、
「あ~あ、同じ姉妹でも、どうしてこう違うんだろう」と、朝からバタバタっと精力的に掃除や家事をこなす姉のことを思い浮かべた。

母はもっと働き者だった。
休日なんて、1年のうちで元旦だけだったのではないだろうか。もちろん、おせちやお雑煮など諸々の準備をしたうえでのこと。
「元旦まで働くと、あわただしい1年になってしまうから」と、その日だけ洗濯と掃除を休むというささやかな休日だった。

岡山県の田舎町で建具店を営んでいたわが家は、店と住まいの間に7~8人の職人さんが建具を作る職場があって、
私が幼い頃には住み込みの職人さんが3人いた。
毎日、職場から出る材木の切れ端やおがくずを処分するために、お風呂は焚きかま式。
台所のかまども、ガスコンロが普及した後々まで残して使っていた。

当時の母の一日の仕事は、そのかまどに火をつけることから始まった。
まだ暗いうちから起きて着物に着替え、かっぽう着をつけるとスタート。
羽釜でご飯を炊き、みそ汁を作り、漬け物樽から白菜や沢庵を出して食卓に添えた。
焼きもの用に七輪に火を起こすのも朝の仕事。
私が子どもの頃は、「ア~サリ、ア~サリ」と、アサリ売りがやって来ていて、
母はボールを片手に「おじさん、ちょっと待って!」とアサリを買いに走ったりもしていた。

それから、庭や通路の掃き掃除、朝食後は各部屋の掃除が待っていた。
もちろん電気掃除機が出回る前の話だが、母は手ぬぐいを姉さんかぶりにすると、
ガラス戸や障子にはたきをかけてほこりを落とし、ほうきで掃き、バケツに水を汲んでの雑巾がけが日課だった。
祖父母に4人の子どもたち、住み込みの職人さんの世話から店番まで、母の一日はどんなにあわただしかったことだろう。
それでも暑い夏の日など、蚊屋の中で幼い私たちをウチワでゆったりあおぎながら寝かせてくれていた記憶がある。
もう脱帽するしかない母親だった。

それに比べて今の私はどうだろう。「仕事が忙しいから」「ほこりで死にゃしないわよ」を言い訳に、掃除機をかけるのは週に1~2回、
ふき掃除はあまりにほこりが目立ち始めた頃か、来客がある時くらいというていたらく。
日課にしているのは家族のご飯作りと洗濯、ベランダの花の水やりに最近飼い始めたメダカのエサやりぐらい。
でも、元旦になると、きょうは家事をしちゃあいけない日と母の言葉を神妙に思い出す。
極端にいえば、仕事の切りがついた時点でいつでも正月気分。いいとこ取りそのものの怠け者人生である。

キャリア指向で「きっと30歳くらいまで結婚しないよ」と言い張っていた長女が、突然彼を連れてきて、結婚宣言をしたのが23歳の時。
大した料理もできないまま式を挙げたものの、親の予想以上に家事をこなし、
食通という彼をまずまずと言わせる料理を作り始めたかと思うと、あっという間に母の上手をいく新作を作るようになっていた。

その長女からさり気なく「見本はお母さんしかないやん」と言われた時、
やわらかい桃を口に含んだ瞬間にジワッーとしみ出す甘みのような喜びをしみじみと感じた。
信頼する友人の「子どもは自分の親の姿を見て育ってるから心配ないよ」という言葉を思い出したからだ。

その長女が思春期の頃、その反抗ぶりといえば、手に負えないものだった。
たわいもない事でぶつかり、それだけで親が想像もしないふてぶてしい態度に出るのである。
そんなわが子にあわてふためき、怒りもがき、落ち込んだ。そういう時にも、友人はひと言だけ助言してくれた。
「あなたの生き方を見てる子だから信頼しなさい」と。

今では彼女も一男一女の母。思いもかけない資格を取得し、家庭と仕事と両立している。
次女も見習いからスタートした一つの仕事をやり通している。
悲しければ少女のようにさめざめと泣き、切羽詰まると動揺しまくり、仕事がはかどらないと家族に当り散らす母親でも、
広い野原に1輪しか咲かない花を見つけるかのように、何かしらの手本になることを探しあて、育ってきてくれたのだろうか。
となれば、すごい確率でいいとこ取りをしてくれているのである。
コメント
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