17 目覚め
カッツン、コッツン、カツココツン……。
コッツン、カッツン、コツカカツン……。
薄暗いトンネルのような部屋だった。
軽い足音が、ゆっくりとしたタップを踊るような、小気味のいい音を響かせていた。
緊張感をにじませるステップのリズムに合わせ、小さなフラッシュライトの明かりが、時代を感じさせる古いレンガ積みの壁を、興味深そうにあちらこちらと照らし出していた。
足音が進む先には、ワイン樽が置かれていてもおかしくないほど、垂木で組まれたしっかりとした棚が、整然と奥に続いていた。
しかし、しっかりとした棚が設えられているのにもかかわらず、目につくような物は、なにも置かれていなかった。
フラッシュライトの明かりを頼りに、慎重な足音がさらに奥へと進んでいった。
カッツン、コッツン、カツココツン……。
コッツン、カッツン、コツカカツン……。
どのくらい前から積もったほこりなのか、思わず息をするのをためらうほど、ひどいカビの臭いが、鼻腔の奥にイガイガと張りついてくるようだった。
――と、左右に大きく振れていたライトの動きが、1点を照らしたまま、急に止まった。
丸い明かりが照らし出していたのは、いくつかの木箱だった。
ライトの動きに合わせて止まっていた足音が、木箱の1つに近づいてきた。
まぶしい明かりの中に浮かび上がったのは、目だけを覆うマスクで顔を隠した赤っぽい髪の女だった。
体の線をくっきりと浮かび上がらせるコスチュームを身につけた女は、木箱の周囲の壁を確かめるように、ライトの光をぐるりと当てていった。
「――」
と、今時の警備システムが備えつけられている気配は、まったく感じられなかった。
怪盗ブラック・ホームズ――と、巷ではもてはやされいた。しかし、自分が名乗ったわけではなかった。犯行の前に、予告状を警察に送りつけるその行為が、大胆不敵な盗賊を思い起こさせ、フィクションのような怪盗のイメージと重ねられて、定着してしまったネーミングだった。
雪野沙織は、腰の後ろに手をやると、ポケットナイフを取り出し、ためらうことなく、木箱の蓋をバリバリとこじ開けていった。
沙織がいる場所は、大通公園に近い宝石店の地下だった。