複数の人間の足跡は、いくつにも重なり合って獣道のような太い線を描いていたが、たどっていくと、いくつかの足跡のつま先が、行き止まりの壁の方を向いていた。
壁の正面に立った沙織は、足下から天井まで、フラッシュライトの光を当てていった。
振り返ってみると、ちょうど垂木で組まれた棚と棚の間の、人が1人通れるほどの隙間に面した場所だった。
なにかを出し入れしようとすれば、通路になる隙間は便利なはずだった。
ただ、通路を通ってきた先が、行き止まりでさえなければ、のことだ。
――ずぶり。
と、行き止まりの壁に伸ばした沙織の手が、壁の奥に抵抗なく吸いこまれていった。
はっとして腕を引っこめたが、引き抜いた腕になんの異状もなかったことから、改めて壁に向かうと、フラッシュライトを持ち替え、利き腕を伸ばして静かに壁を押していった。
――ずぶり。
と、今度もなんの抵抗もなく、伸ばした腕がするすると壁の向こう側に飲みこまれていった。
腕がすっかり壁の中に入りこんでしまった沙織は、それでも動きを止めることなく、大きく足を踏み出して、体ごと壁の中に進んでいった。
――ずぶり、ずぶり。
壁の奥に難なく入りこんだ沙織は、今では背中を向けている壁を意識しつつ、新たに眼前に広がった空間を見渡した。
壁の向こう側にあった地下室が不気味なレンガ造りだったのに比べ、壁のこちら側は、明らかに近代的な倉庫だった。
ホログラムでできたような壁を抜けた先には、手前の地下室以上に大きな空間が広がっていた。
明るい照明に照らされた室内には、スチール製のラックが所狭しと設えられ、明らかになにかを出し入れしたであろう様子がありありとうかがえた。
今でこそ、ラックの上にはなにも置かれていなかったが、地下室にあった木箱と同様に、銃器のような違法なものが保管され、取引されていたのは間違いなかった。
にもかかわらず、予告状に記載された日時までにすっかり場所を移しているということは、これは明らかに、沙織を窮地に陥れるための罠に違いなかった。
沙織はフラッシュライトのスイッチを切ると、これまでよりもさらに慎重に、部屋の奥へと進んでいった。
誰か人がいるような気配はなかった。足を進めていくと、ラックがひしめいていた場所が終わり、あたかもラボか研究施設のような、後付けの仕切りで区切られた区画に様変わりした。