一人だけではなかった、思わぬ怪力を目の当たりにして気圧され、二の足を踏む隊員に飛びかかると、息をつく間に、ジローは周りを取り囲んでいた機動隊員達をことごとく投げ飛ばし、階段の上には、ジロー一人だけが立ち残った。
そこへ、
コツツン……。カツツン……。
と、どこからか白煙を吹き出す催涙弾が打ちこまれた。
ジローはあわてて目を閉じ、息を止めたものの、わずかに吸いこんだ催涙剤に嗚咽を漏らしながら、よろよろと後ろに下がった。
「大丈夫か、沙織――」と、ジローが振り返って声をかけた場所には、いつの間に逃げ出したのか、沙織の姿はどこにも見えなかった。
「女を捜せ」
と、制服警官が口元を押さえつつ、沙織を確保しようと階段の上に躍りこんできた。
「――」
と、ジローは無言のまま制服警官を捕まえると、機動隊員と同様に、次々と制服警官達を階段の下に放り投げてしまった。
白煙を吹き出していた催涙弾はあっという間にガスが切れ、霧が晴れたような宝石店の出入り口の前には、やはりジロー1人だけがその姿を周囲に晒していた。
ここまで、ほんのわずかな時間しか経っていないのにもかかわらず、姿を見せたジローをカメラに捉えようと、周囲のビルぎりぎりまで近づいたマスコミのヘリコプターが、騒ぎを煽るように、翼の音をブルブルとうるさいほど響かせていた。
「あなたが出て行かなくたっていいでしょうが」
と、パトカーの中から様子をうかがっていた警部補の伊達雅美が、満を持して外に出て行こうとしたときだった。
ドアレバーに手を掛けていた伊達はそのまま手を止め、不気味な白いマスクを被った顔で振り返った。
「俺が出て行かなければ、誰があいつを止められるんだ」と、低いながらも腹の底まで響くような太い声で、伊達は言った。
「――あのですね」と、後部座席の伊達の隣に座っているのは、黒いスーツを身につけた、どう見ても、まだ小学生くらいの子供だった。「あなた、もう生きちゃいないでしょうが」
「――」と、ため息をついた伊達は、隣にいる子供に向き直って座り直すと、言った。「おまえが言うように、俺はとっくに命を落としている。だが、このとおり体は頑丈そのものだ。魂さえこの胸の中に収まっていれば、暴漢とだってまだまだやり合える」