おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

ニュー・シネマ・パラダイス

2019-12-12 09:24:52 | 映画
「ニュー・シネマ・パラダイス」 1989年 イタリア / フランス


監督 ジュゼッペ・トルナトーレ
出演 フィリップ・ノワレ
   ジャック・ペラン
   サルヴァトーレ・カシオ
   マルコ・レオナルディ
   アニェーゼ・ナーノ
   プペラ・マッジオ
   レオポルド・トリエステ
   アントネラ・アッティーリ
   エンツォ・カナヴァレ

ストーリー
現在のローマ。夜遅く帰宅した映画監督のサルヴァトーレ・ディ・ヴィータは、留守中に母からアルフレードが死んだという電話がかかっていたことを知らされる。
その名を耳にした途端、サルヴァトーレの脳裏には、シチリアのジャンカルド村での少年時代の思い出が甦るのだった・・・。
当時、母マリアと妹の三人暮らしだったサルヴァトーレはトトと呼ばれ、大の映画好きだった。
そんなトトを魅了していたのは映画館パラダイス座の映写室であり、また映写技師のアルフレードだった。
司祭の検閲があり、そのせいで村の人々はこれまで映画のキス・シーンを見たことがなかった。
トトはいつも映写室に入り込む機会をうかがっていて、アルフレードは彼を追い返そうとするが、そのうち2人の間には不思議な友情の絆が結ばれてゆき、トトは映写室でカットされたフィルムを宝物にして集めるのだった。
しかしある日、フィルムに火がつき、パラダイス座は瞬く間に燃え尽きてしまう。
そしてトトの懸命の救出にもかかわらず、アルフレードは火傷が原因で失明してしまうのだった。
やがてパラダイス座は再建され、アルフレードに代わってトトが映写技師になった。
もはや検閲もなく、フィルムも不燃性になっていた。
青年に成長したトトは、銀行家の娘エレナに恋をし、やがて愛を成就させ幸せなひと夏を過ごすが、彼女の父親は2人の恋愛を認めようとせずパレルモに引っ越しし、トトは兵役についた。
除隊後村に戻ってきたトトの前にエレナが2度と姿を現わすことはなかった。
アルフレードに勧められ、トトが故郷の町を離れて30年の月日が経っていた。
葬儀に出席するためにジャンカルド村に戻ってきたトトは、荒れ果てたパラダイス座で物思いに耽るのだった。


寸評
映画を愛した人々の、映画を愛する人々へのビッグ・プレゼントだ。
無学な映写技師と映画好きの少年の自然な名演に笑いが絶えないが、これを安っぽい喜劇映画と感じる人には、どこが面白いのかという作品に感じられるだろう。
しかし僕には思い入れの深い作品である。
なつかしい往年の名画の数々が断片的に登場するのが郷愁をそそるのである。
そしてかつて僕が経験したなつかしい出来事も描かれることが一番大きな要因である。
例えば、映画館の焼失の原因となる映写室の火事もそのひとつだ。
大学の学生会館には大ホールがあって映写室が備わっていた。
僕はその映写室で作業した事があったので、あの暑くてむさくるしいけれど、カタカタと回る映写機の心地よい音と、チェンジマークと共にフィルムが切り替わる快感を思い出す。
映画でも紹介されていたが、フィルムはすでに不燃性のものに変わっていた。
それでも往々にして、前の館で切れて接続された部分が、再び引っかかってフィルムの送りがストップし、ブニュブニュと溶けるのがスクリーンに映し出されたりした。
その部分をハサミでカットして接着剤でつないでフィルムを返却する。
そうするとまた前述のような事が起きたりすることがあって、場末の映画館に回った頃には、あるシーンがなくなってたりしたものだ。
アルフレードがつめかけた人々のために、映写室から広場の向かいの家の白壁をスクリーンにして映画を映すシーンの幻想的な美しさは別格で、映画の魅力を一瞬にして物語っている。
僕達の世代のものは小さい頃によく似た出来事を経験していると思う。
村のお宮さんなんかの広場に特設スクリーンが張られて移動映画館となり、夜、暗くなると映写が始まるのだ。
満天の星の下で催される映画会は、さしずめドライブイン・シアターの原型だったと思う。
蛾なんかを代表とする昆虫達が明かりに誘われて集まってきて、スクリーンを飛び交ったりしたものだが、そんなことも気にせずワイワイガヤと見入ったものだった。
作品内容にかかわらず、よかったなぁ! あの頃の映画。
映画を見に来ている人達すべてが友達だった・・・。

青年期におけるトトの恋にも感情移入できる。
恋こがれる人を前にすると何も言えなくなり、やっと出た言葉はつまらないことだったりするのはよくわかる。
ラストの感動は何回見てもジーンとくる。
冒頭で、入り浸ってカットしたフィルムを欲しがるトトに、「カットしたフィルムはお前にあげる。預かっといてあげるからもう来るな」という会話がかわされているので、その約束をアルフレードは守ったのだろう。
再見すると、やはりそのシーンでは鳥肌がたつ。
宗教上だか、道徳上だかのためにカットされたそれらのシーンをまとめた1巻は、すべての映画ファンへの、世界語を有するすべての人々への、映画界の裏方の一人である映写技師からの素敵な素敵な贈り物だったのだ。
僕の青春時代の思い出が重なって、内幕物としての面白さが増長されるので、必要以上に思い入れが生じてしまう作品で、映画に係わる現場を描いた作品としてはこの一本が先ず思い浮かぶのである。