CINECHANが観た映画について

映画ブログ。感想というより記録のようなもの。
基本的にはネタバレに近いものがあります。

24-101「52ヘルツのクジラたち」(日本)

2024年03月30日 00時14分35秒 | 日本映画

家族というものは呪いにもなる

 自分の人生を家族に搾取されて生きてきた女性・三島貴瑚。ある痛みを抱えて東京から海辺の街の一軒家へ引っ越してきた彼女は、そこで母親から「ムシ」と呼ばれて虐待される、声を発することのできない少年と出会う。

 貴瑚は少年との交流を通し、かつて自分の声なきSOSに気づいて救い出してくれたアンさんとの日々を思い起こしていく。(「作品資料」より)

 

 家族に虐げられてきた1人の女性が、手を差し伸べてくれた者によって、新たな人生を生きていく様を描いたヒューマン・ドラマ。

 ある海辺の街に1人の女性、貴瑚が引っ越してくる。

 貴瑚はそこで全身痣だらけで、言葉を発せない少年と出会う。

 その少年は、母親から虐待されているよう。

 貴瑚は少年と交流するうち、かつての自分と手を差し伸べてくれたアンさんのことを思い出す。

 物語は、回想で綴られていく。

 冒頭、アンさんは貴瑚の傍らに現れるが、その時の貴瑚の言葉から、現在のアンさんが推し量られる。

 そして、貴瑚のお腹にある大きな傷跡も気になるところ。

 貴瑚は家族に搾取されて生きてきたが、そこから救い出してくれたのが、アンさん。

 新たな人生を歩み始めた貴瑚は、アンさんに想いを寄せるが、アンさんはそれを受け止めない。

 貴瑚に想いを寄せているはずなのに何故というところで、実は病気を抱えているのではと思ったが、その理由はもっと違う方向であった。

 貴瑚もそうだが、アンさんも少年も皆痛々しさを抱えている。

 観ていて苦しくなる話である。

 アンさんが貴瑚の母親に〝殴りたくて殴ってるんじゃないですよね〟と言う台詞があるが、家族に手を出す気持ちは理解できなかったな。

 果たして、貴瑚とアンさんの運命がどうなっといくのか、そして現在の貴瑚が出会った少年がどうなるのか。

 痛々しさを感じる話であるが、ラストは希望を感じさせるものだったな。

/5

監督:成島出

出演:杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨、桑名桃李、金子大地、西野七瀬、真飛聖、池谷のぶえ、余貴美子、倍賞美津子

於:グランドシネマサンシャイン池袋


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