多くの大学には優秀な科学者、研究者の教授がいる。
その優秀な科学者や研究者が教授となるべく働く。
その教授が適当に授業して、それをそこの学生が学ぶ。
しかしながら、多くの教授は、喋り方や話し方がおかしく意味がわからない場合が多い。
しかし、研究や調査に於いて、頭の良さが半端ないから、学生はその教授に教えてもらおうとする。
おおやけに人気があるからね。
しかし、その教授たち、そいつらは意味がわからない。
やたら専門語を使い、自己理解の範囲だけで喋りたくる人が多い。
それが今の大学というところだ。
ところがたいていの場合、そういう教授は研究で成果を上げてるから、良い教育者として世間に名を残す。
「良い教育者として名を為す教授」の授業で学んだということだけで、学生たちは高度な教育を受けた人物だ、と言われ世間に放出される。
結果、卒業して世に送り出された学生の現実はどうか?
そこで学んだ学生は、意味がわからない人格人物になる。
使い物にならない。
張子の虎。
中身は無い。
『学歴』が張り付いてるから、書類上は優秀だが中身が無い。
綺麗な梱包の中にガラクタが入ってる。
詐欺みたいだな。
つまりは、大学とはそういうところだ。
もし教授自身が学生となって、そこで何か学ぼうとしても「意味がわからない」ときっとサジを投げるだろう。
やってみればいい。
だから、学校で教える人は教えるプロになるべく教育をされた人がするべき。
教育現場がオカシイから日本人教育は世界的に見てもダメになってる。
『東大』『京大』?
そのうち後進国のバラックで学んだ子供にも相手されないレベルになるぞ。
口先三寸でなんでもそこに居れば良いという現代社会の薄っぺらな構図がここにも見える。