ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

声優夫婦の甘くない生活

2020-12-15 23:52:55 | さ行

監督はアキ・カウリスマキ作風を参考にしたそうで、

あ、わかる(笑)

 

「声優夫婦の甘くない生活」74点★★★★

 

**************************************

 

1990年、9月。

「鉄のカーテン」が崩壊したソ連からイスラエルへと

多くのロシア系ユダヤ人が移住をしていた。

 

ソ連で暮らしていた

ヴィクトル(ウラジミール・フリードマン)とラヤ(マリア・ベルキン)夫婦も

大勢の移民とともにイスラエルにやってきた。

 

念願の聖地で第二の人生をスタートさせるべく

二人は仕事探しを始める。

 

というのも

二人はソ連で、ハリウッド映画などをロシア語に吹き替えする

スター声優夫婦だったのだ。

 

が、イスラエルでは声優の需要はなく、厳しい現実が待っていた。

 

なんとか生活費を得ようとしたラヤは

ある“バイト”に足を踏み入れるのだが――?!

 

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かなりプッ、と笑った

イスラエル発の逸品です。

 

 

作品全体に、映画への愛がめちゃくちゃ詰まっていて

かつ、社会&政治状況を描いている。

双方をうまく融合させているのがうまいんです。

 

 

1990年、ソ連からイスラエルへと移住したユダヤ人夫婦。

かつて彼らはソ連内で、ハリウッド映画やヨーロッパ映画を

ロシア語に吹き替える仕事をしていて

一応、スター声優だった。

 

で、彼らはイスラエルでも声優の仕事を希望するのですが

そう簡単に、そんな仕事もない。

 

「高収入の声の仕事!」と

新聞を見て妻がいくと

テレフォン○ックスの仕事だったり(笑)

 

ダンナにも仕事がある、と聞いて

すわ!と行くと、緊急避難放送の録音だったり。

 

そうこうするうちに

「所詮、誰かの代理」と感じ、吹き替えという仕事に虚しさを感じていた妻と

逆に俳優になりきることに生きがいを見出していた夫との間に

ズレが生じていく。   

 

それは

新天地で、変化を受け入れて前に進もうとする女性のバイタリティと

過去にしがみついてしまう男性、という

男女のメンタルの差=ズレにも思えて

とても興味深いし

 

二人が、そのズレをどう克服していけるのか?(いや、無理なのか?)という部分が

物語をひっぱっていくんです。

 

随所にクスッとさせるユーモアがあるのもよく

脇役が光る点もいい。

 

海賊版吹き替えビデオを売る店のオーナーと店の男性や

テレフォン○ックス業をするオーナー女性など

出番は少ないけど、

それぞれで映画が作れそうなほどおもしろみがあるんですね。

 

 

主人公夫婦にはモデルがいるの?

トイレの描写が何度もあるのはなぜ?

夫ヴィクトルがつけたり消したりする、アパートのあのスイッチは何?と

観ながら、監督に聞きたいことがいっぱいになってしまった(笑)

 

残念ながら、今回は直接取材が叶わなかったのですが

プレス資料に少しは解答が載っていて

 

1979年生まれのエフゲーニ・ルーマン監督自身が

1990年、11歳のときに

ベラルーシからイスラエルに移住しているそう。

この夫婦の子ども世代にあたるのでしょうね。

 

で、

あのスイッチは、実際に監督が住んだ家にもあって

「おそらくは給湯器のスイッチ」なのだろうけど、

いまだ謎らしい(笑)。

異文化の象徴として、登場させたのかなあとか。

 

今後、インタビュー記事がいろいろ出るかもなので

チェックしようっと。

 

★12/18(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

「声優夫婦の甘くない生活」公式サイト

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この世界に残されて

2020-12-15 23:52:55 | か行

切なくてたまらない。

 

「この世界に残されて」75点★★★★

 

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1948年、第二次大戦後のハンガリー。

 

婦人科で働く医師アルド(カーロイ・ハイデュク)のもとに

16歳のクララ(アビゲール・セーケ)がやってくる。

 

終始、不機嫌で生意気そうなクララは

ホロコーストで家族全員を失い、伯母と暮らしていた。

 

しばらくして病院のアルドを

クララが訪ねてくる。

 

面食らうアルドだったが

クララの聡明さに興味を持ち、次第に打ち解けていく。  

 

実はアルドもまた、ホロコーストの犠牲者であり

家族を失った過去を持っていたのだ――。

 

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「心と体と」(17年)の製作者×1977年生まれ、長編映画2作目となる

トート・バルナバーシュ監督の作品です。

 

戦争描写など一切なしに

ホロコーストの傷を追った人々のその後を静謐に描いていて、

実に好ましいというか

マジで沁みました。

 

1948年のハンガリー。

孤独な婦人科の中年医師アルド(カーロイ・ハイデュク)は

不機嫌な16歳の少女クララ(アビゲール・セーケ)と、診察室で出会う。

 

クララはホロコーストで家族を失い、伯母と暮らしているんですが

いろいろ不満だらけで、不機嫌。

 

でも

なぜか、アルドに親近感を持ち

アルドの一人暮らしのアーパートに押しかけてくるんです。

 

おいおい!と思うし

アルドも面食らうんですが

しかし、クララの聡明さや、利発さに驚き、次第に彼女を受け入れる。

二人は父と娘のように、一緒に暮らし始めるんですね。

 

あ~あったかいわー。

 

さらに物語が進むにつれて

孤独なアルドの背景もわかってくる。

 

そして

互いに孤独を抱え、心を閉ざし、行き場のなかった二人の心は

少しずつ、雪解けていくんです。

 

彼氏を作ったクララに、アルドがやきもきしたり

クララのほうも、アルドが年相応の彼女を連れてくると

すんげー微妙だったり。

 

そんな二人の関係は蜘蛛の糸のように繊細で微妙だけれど

そこに「律する」ものがたしかにある。

それがピーンと張り詰めていて、心地よいんですよね。

 

なにより

この時代のハンガリーは

ソ連の実質支配下におかれていて

社会主義思想に反する人は政府に捕らえられ、粛清さえていた。

 

その社会の不穏が

二人のささやかな幸福に、次第に影を落とし始めるんです。

 

歴史背景は大きな意味を持つけれど

ただ、描かれていることはすごーくエモーショナルというか。

クララとアルドの二人の関係は、男女としてどうこう、ということを超えて

この暗い世界で、互いを見つけたことの

かすかな喜びに満ちていて

観ていて本当にしあわせな心持ちになる。

 

ゆえに、切なさも倍増!なんですけど。

 

「キネマ旬報」12月下旬号で

トート・バルナバーシュ監督にインタビューさせていただいています。

 

トート監督、子役から俳優もしていたというイケメン!(笑)

 

1948年代ハンガリーの歴史的な背景はもちろんですが

年の離れた男女の一線ある「律した」関係、にすごく興味があるそうで

「『レオン』とか、好き」とおっしゃっていました。

加えて、あのタル・ベーラ監督の美術も担当したスゴイ方が、本作に参加していたりもして。

 

実は映画大国なハンガリーの映画事情もたっぷり伺い

けっこう濃いインタビューになっていると思います。

映画と合わせて、ぜひご一読いただければ!

 

★12/18(金)からシネスイッチ銀座ほか全国順次公開。

「この世界に残されて」公式サイト

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