BELOVED

好きな漫画やBL小説の二次小説を書いています。
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About:注意事項(必読)

2056年06月07日 | About:注意事項
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※追記(2009.5.30)

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小説目次について

2010.5.5 追記

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Map:小説のご案内

2056年06月06日 | Map:小説のご案内
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淡雪の如く 第二章

2024年05月15日 | 薄桜鬼 和風腐向け転生昼ドラファンタジー二次創作小説「淡雪の如く」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。

歳三と“町”を歩いていると、四方八方から人々の冷たい視線が突き刺さった。

(何だ?)

「あの、何処まで・・」
「あと少しで着く。」

歳三が足を止めたのは、立派な武家屋敷の前だった。

「おや、あなた様は・・」
「奥方様にお目通り願いたい。」
「は、はぃぃ!」

庭を掃いていた男は、歳三の姿を見るなり手に持っていた箒を放り出し、屋敷の中へと消えていった。

「やはり京の着物はいいのう。打掛は西陣のものに限る。」
「奥方様、奥方様~!」
「何じゃ、騒がしい。」
「あの方が・・歳三様がこちらに・・」
「何、それはまことか!?」
「はい・・歳三様は、人間の男を連れておりまする!」
「そうか。そなた達は下がれ。」
「ははっ!」

(半妖め、妾に会いに山から下りて来たか。丁度良い、忌々しいあの雪女達共々葬ってくれようぞ!)

「あの、ここは一体・・」
「ここは、俺の実家だ・・父方のな。」
「どうして・・」
「ここへお前ぇと連れて来たかって?それはだな・・」
「久しいな、歳三。人を嫌うそなたが、自ら山を下り妾に会いに来るなど珍しい。」

バサリと、豪快な鳥が羽ばたくような音がして、歳三と勇の前に、一人の美しい女人が現れた。

艶やかな黒髪を垂らし髪にし、緋色の地に牡丹の柄の打掛を纏ったその女人は、苛烈さを閉じ込めたかのような緋色の瞳で歳三を睨みつけた。

「お久しぶりでございます・・伯母上。」
「そなたからそう呼ばれるのも悪くはない。して、ここには何用で参った?」
「里の者達を・・あなた様が捕えし我が同胞達を、解放して下さいますよう・・」
「ならぬ、あれは人に仇なす者ぞ。」

女人―月の方はそう言うと、歳三を睨みつけた。

「その者は?」
「この者は、わたくしの・・背の君様にございます。」
「それはまことか?そなた、名を何と申す?」
「近藤・・勇と申します。」
「妾に二人共ついて参れ。」
「奥方様、良いのですか?あの者を入れては・・」
「爺、客人を存分にもてなせと皆に伝えよ。」
「ははっ!」

庭に居た男はそう言った後、慌しく何処かへと去っていった。

「大変だぁ~、大変だぁ~!」
「何だい、うるさいねぇ。」
「一体何を騒いでいるんだい?」
「歳三様が、背の君様を連れて来られた!」
「まぁっ!」
「それは本当なのか?」
「あぁ、しかとこの目で見たとも。人間の若い男だった。」
「まぁ、それはそれは・・」
「お前達、何を油を売っているのだい!客人の膳を運びな!」
「は~い!」

歳三は月の方の侍女達に連れられ、湯殿へと向かった。

「何で湯殿なんかに・・」
「さぁ歳三様、ゆっくりと旅の疲れを取りなされ。」
「垢も取りませんと。」
「やめろ、やめろ!」

湯殿で歳三は侍女達にもみくちゃにされた挙句、折角丸髷に結っていた髪を解かれ、花嫁の髪型である文金高島田に結われてしまった。

「まぁ、お似合いですこと。」
「簪はどう致しましょう?」
「鼈甲のものに致しましょう!」
「なぁ、俺ぁそろそろ部屋で休みたいんだが・・」
「いけませんわ、初夜までまだ時間がございます。」
「は?」

いまいち状況がわからず、歳三は侍女達によって衣裳部屋で白無垢に着替えさせられた。

「“馬子にも衣装”とはよう言うたものよな?」
「伯母上・・」
「よもやそなたの花嫁姿が見られるとは嬉しいぞ。どれ、妾が“高砂や”を謡うてやろうぞ。」

こうして、急遽歳三と勇の祝言が挙げられる事になった。

「ほんに美しい・・」
「めでたいのう・・」

月の方は歳三が支度している間に親戚縁者を集めたらしく、大広間には既に酒を酌み交わしている者達が居た。

「全く、何でこんな事に・・」
「まぁ、良いではありませんか?」

勇はそう言うと、頬を赤らめながら花嫁姿の歳三を見た。

「歳三様、お召し替えの時間です。」
「あぁ、わかった。」

歳三がお色直しの為に席を外した途端、女性達が一斉に勇の方へと集まって来た。

「あなたが、歳三様の背の君様?」
「良い男ねぇ!」
「歳三様とはどのようにお知り合いに?」
「あのぅ、えぇと・・」

女性達から解放されたのも束の間、今度は男性達から酒をしこたま飲まされてしまい、酔い潰れてしまった。

「立てよ、こら!」
「ったく、あれ位で酔っぱらうとは、情けねぇなぁ!」
「人間の男はこれだからよぉ~!」
「てめぇらぁ~!」
「ひぃっ!」
「鬼っ娘だ、逃げろ!」

樽の中に顔を突っ込んでゲェゲェえずいている勇を男性達が囃し立てていると、そこへ鬼のような形相で彼らの元へ歳三がやって来た。

「客人をこんなにするまで飲ませやがって・・」
「俺ぁ悪くねぇ、こいつが先に・・」
「何言うだ、お前ぇが・・」
「こいつに酒飲ませてみっぺって言いだしたのは、お前ぇでねぇか!」
「てめぇら、黙りやがれ!今から全員、俺の部屋へ来い!」
「ひ、ひぃぃ!」
「あんた達、自業自得だよ!」
「助けてくれよ~!」
「やだよ~、そんな事したらあたしらの首が飛んぢまうもの!」
「後生だ、助けてくれたら、おめぇが欲しがっていた黄楊の櫛さやるから・・」
「何していやがる、さっさと来ねぇか!」
「ひぃぃ~!」
「あ~あ、やっちまったなぁ。」
「うんだ、トシ様の“仕置き”はおっかねぇんだもの。」

女中達がそんな事を言いながら洗い物をしていると、歳三の部屋から男達の悲鳴が聞こえた。

「ん・・」
「あれぇ、気づきなすったのねぇ。」

勇が目を開けると、そこには一人の婀娜な女が彼の前に座っていた。

白粉を塗りたくったような、病的なほどに蒼褪めた彼女の生気を失いつつある目元には、深い皺が刻み込まれていた。

「ねぇあんた、あんなじゃじゃ馬なんかと所帯を持つのをやめて、あたしと一緒にならないかい?」
「い、いえ、俺は・・」
「うふふ、可愛いねぇ。」

女はそう言った後、蛇のように長い舌で勇の頬を舐めた。

「さぁ、あたしのものにおなりよ。そうしたら・・」
「失せろ!」
「ぎゃぁ~!」

女が突然両手で顔を覆って叫んだので、勇が振り向くと、そこには塩が入った壺を抱えた歳三が部屋の入り口に立っていた。

「またてめぇか、蛇妃!」
「おのれぇ・・」
「歳三、どうした!?」
「蛇がこの部屋に紛れ込んだ!」
「御免!」

小気味の良い音がして襖が開いた後、月の方が呪を唱えると、蛇妃は悲鳴を上げながら霧散した。

「殺ったか?」
「あぁ。あいつは恐らく、あの洞穴の中に居たのと同じやつだ。」
「そうか。それよりも、とんだ新婚初夜となってしまったなぁ。」
「あぁ・・」
「今夜は遅い故、ゆっくりと休むといい。」
「わかった。」

月の方はちらりと勇の方を見て笑うと、部屋から出て行った。

「あ、あの・・」
「何だ?」
「初夜という事は・・つまり、あなたと、“そういう事”をするんですよね?」
「あ、あぁ・・おい、一応あいつらの手前、俺達が“夫婦”だと、色々面倒な事がなくていいだろう?」
「ま、まぁ、そうだが・・」
「明日は早いから、もう寝るぞ!」
「はい・・お休みなさい。」

 その日の深夜、月の方はある場所へと向かっていた。

「元気そうじゃ。」
「兄様は・・歳三兄様は無事なのですか!?」
「安心しろ、あの者は人間の男を連れて妾に挨拶をしに来た。」
「いつになったら、わたしをここから出してくれるのですか!?」
「そなたらは人に仇なす妖、生かしてはおけぬ。」
「そんな・・」
「その涙じゃ、妾が見たかったものは。」

月の方は、千鶴の頬に伝う涙を見て嬉しそうに笑った。

その涙は、美しい金剛石と化した。
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淡雪の如く 第一章

2024年05月15日 | 薄桜鬼 和風腐向け転生昼ドラファンタジー二次創作小説「淡雪の如く」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。

しんしんと雪が降り積もる中、一人の青年が黙々と山中を歩いていた。

彼の名は近藤勇、薄桜大学山岳部に所属する学生である。
彼は来月開催予定の山岳合宿の下見の為、一人でこの幼少の頃から慣れ親しんだ山へ来ていた。
だが、好天だった午前中から一転し、午後から山の天気が急に荒れて来た。
吹雪の中、勇はなるべく体力を温存しようと、パーカーのポケットに入れてあるチョコレートバーを取り出して食べた。
風雪を避ける為、勇は近くにあった洞穴の中でザックの中に入れていたスマートフォンを見ると、“圏外”になっていた。

(参ったな・・)

ザックの中には三日分の食糧しか入っていない。
外部への連絡手段もなく、まさに八方塞がりだ。

(これから、どうしようか・・)

せめて、この吹雪が止んでくれれば良いのに――勇はそう思いながら、ザックの中から寝袋を取り出し、それに包まって眠った。

ボウっと、青い炎が洞穴の中を照らした。

「人の子か・・若くて美味そうじゃ。」
ギギギ・・と不気味な音と共に、勇の姿を舌なめずりをしながら見つめている女、もとい妖怪が居た。
女怪の名は、“蛇妃”――若い男の血肉を好み喰らう。
「いい匂いじゃ・・」
蛇妃は長い舌で、勇の顔をベロリと舐めた。
「さぁて、どこから喰ってやろうか?」
「そいつから手を離せ。」
「何じゃ、貴様!」
「大人しく死ね、蛇!」
蛇妃は、突然青い炎に包まれながら絶命した。
「歳三様、この者まだ息がありますぞ!」
「そうか。」
すぅっと滑るように勇の前に現れたのは、紫の着物を着た一人の、“女”だった。
「俺の家へ運べ。」
「はい・・」
歳三の式神・善一が勇のパーカーを咥えて彼の身体を引き摺ると、軽い音がして彼が首に提げていたネックレスが落ちた。
「歳三様、美しい装身具です!これを街へ行って売れば・・」
「止せ。」
「ですが・・」
「人間の物を盗んで売る程、俺達は落ちぶれちゃいねぇ。行くぞ。」
「は、はい!」
歳三は音が落としたネックレスの蓋を開けると、そこには精緻な絵画のように描かれた、一組の男女の絵が入っていた。
男の隣に居る女は、自分と瓜二つの顔をしていた。
「う・・」
「おい、あそこだ!」
「ちっ、見つかっちまったか。」
“女”―歳三はそう言って舌打ちすると、自分を殺そうとしている兵達に向かって吹雪を放った。
「うわぁ~!」
「畜生、目が~!」

吹雪が止んだ後、白く染まった冬山に、数体の兵達の氷像が出来上がっていた。

「何、あやつを取り逃がしたとな!?」
「はい・・」
「この痴れ者が!」

苛立った男はそう叫ぶと、持っていた扇子を鎧姿の男に向かって投げつけた。

「全く、女一人も捕らえられぬとは、情けない!」
「申し訳ございませぬ。」

パチパチと、何処かで火が爆ぜるような音がして、勇が目を覚ますと、彼は布団の中に居た。

「気が付いたか?」
「あなたは・・」
「お前ぇは、あの洞穴の中で蛇妃に喰われそうになった所を俺が助けたんだ、覚えてねぇか?」
「いや、覚えていなんだ・・すまない。」
「それは当然だ、あんたあの時、死にかけていたんだからな。」
「そ、そうか・・」
「まぁ、ここには俺と、善一しか居ねぇ。」
「善一?」
「俺の式神だ。元は、妖狐の子だったんだが、親を殺されて俺が引き取ったんだ。」
「そ、そうなのか・・」
「まぁ、俺もあいつも似たような境遇だから、ちょっとな・・」
「助けてくれてありがとう。俺は、近藤勇だ。」
「土方歳三だ。」
「トシさ~ん!」
戸を激しく叩く音がして、歳三は軽く舌打ちして。
「暫く奥の部屋に居ろ。俺が良いと言うまでそこから出て来るな、いいな?」
「わかった・・」
「トシさん、居るのかい!?」
「あぁ、そんなに怒鳴らなくても聞こえてらぁ。」
歳三は眉間に皺を寄せながら戸を開けると、そこには少し癖のある薄茶の髪をした青年が立っていた。
「トシさん、どうして出て来てくれないの?」
「お前ぇに会いたくねぇからに決まっているからだろ。」
「酷い~!」
そう言って子供のように拗ねて頬を膨らませている青年の名は、伊庭八郎。
人間――高貴な身分の子でありながら、歳三にしつこく求婚してくる。
「じゃぁね、トシさん!」
「もうここには来るなよ。」
八郎が去った後、歳三は溜息を吐きながら奥の部屋の襖を静かに開けた。
するとそこには、大きな身体をまるで猫のように丸めて眠っている勇の姿があった。
「ったく、風邪ひくぞ。」
歳三はそう言いながら、そっと自分が着ていた綿入れの羽織を勇にかけた。
「歳三様、大変です!」
「土方さん、居るか!?」
「どうした喜一、左之!?」
「人間達が、里を襲ってる!」
「何だと!?」
「さぁ、俺が案内する!」
「わかった!」

烏天狗の左之助と共に、歳三は久方振りに自分の里―“雪村の里”へと向かった。

歳三が生まれた時、里の者は皆恐怖に震えた。

――何と不吉な・・
――凶兆じゃ、この里に黒髪の子が生まれるなど・・

村の長老達は、雪女の里に生まれた黒髪紫眼の子供の扱いをどうしようかと考えあぐねていた。
その時、里の長・雪村綱道の鶴の一声で、歳三の運命は決まった。
「この子が十になったら、村はずれの家へ住まわせるが良い。それまで、我が家で面倒を見よう。」
こうして、歳三は十の誕生日を迎えるまで雪村家で育てられる事になった。
雪村家には、千鶴と薫という双子の兄妹が居り、兄の薫は歳三を嫌って避けていたが、妹の千鶴の方は歳三を実の兄のように慕い、懐いていた。
歳三も、千鶴の事を実の妹のように可愛がっていた。
だが、千鶴と過ごした穏やかな時間は瞬く間に過ぎ、歳三が里を離れる日が来た。
「兄様、わたしも行きます!」
「なりません、千鶴。」
「母上、どうして兄上と共に暮らせないのですか!?」
「それが、あの子の定めなのです。」
歳三は、それから一度も里には戻っていなかた。
「土方さん、あそこだ!」
「あぁ・・」
左之助は上空から歳三の故郷を見下ろすと、そこには紅蓮の炎に包まれていた。
「これは・・」
「千鶴、何処だ!?」
歳三が左之助と共に炎に包まれている里の中に入ると、そこには女子供容赦なく殺された“同胞”達の遺体が転がっていた。
「何と惨い・・」
「居たぞ、あそこだ!」
「殺せ!」
「・・こいつらを殺したのは、てめぇらか?」
「それがどうした?こやつらは妖、我らに淘汰されるべき存在なのだ!」
「・・せねぇ。」
「あ、何だと?」
「てめぇらを絶対、許しはしねぇ!」

歳三がそう叫んだ瞬間、人間達に突風が襲い掛かった。

「な、なんだあれは?」

彼らが上空を見上げると、そこには白い狩衣姿の歳三が浮かんでいた。
彼は腰に帯びていた刀の鯉口を切り、人間達に向かってそれをひと振りした。
すると、無数の氷の毒針が、彼らの全身を貫いた。

「ぎゃぁぁ~!」
「怯むな、矢を放て!」
歳三は氷の膜で己を包むと、人間達の攻撃から己の身を守った。
「な、なんだあれは!?」
兵士の一人がそう言って上空を指すと、そこには大きな白虎の姿があった。
「殺れ。」
歳三の声に応えるかのように白虎はひと声吼えると、氷の嵐を巻き起こした。
「うわぁ~!」
人間達はその嵐をまともに喰らい、皆雪像と化した。
「おいおい、いくら何でもあれはやり過ぎじゃねぇのか?」
「こいつらにした事と比べればマシだろうが。」
歳三はそう言うと、跡形もなく破壊された里を後にした。
「土方さん・・」
「あいつは、死んじゃいねぇ。きっと、何処かで生きてる・・」
「あぁ、俺もそう信じているよ。」
左之助と共に帰宅した歳三が家の戸を開けると、台所には美味そうな匂いが漂っていた。
「これは・・」
「おう、お帰り。」
「あれ、土方さん、そいつ誰だ?」
「はじめまして、近藤勇と申します。」
「お前、何をしている?」
「夜食を作っている。ここに置いてある食材で作ってみたんだが、口に合うかどうか・・」
そう言いながら食卓の上に広げられた料理は、美味しそうだった。
「頂くぜ・・うぉ、すげぇ美味い!」
左之助がそっと一口勇が作ったフライドポテトをつまむと、彼は余りの美味さに感動してしまった。
「そ、そうですか?」
「何だこの、面妖な物は?」
「確かに、今まで一度も見た事がねぇものばかりだな?」
「ハンバーガーと、フライドポテトです。」
「俺ぁ、こんな物は好きじゃねぇ。」
「まぁまぁ土方さん、一口位食べてもいいんじゃねぇのか?」
「そうだな・・」
左之助に勧められ、歳三は生まれて初めて“ハンバーガー”を食べた。
「悪くはねぇな。」
「だろう?」
「だが、俺は和食が好きだ。」
「そうか。じゃぁ、これから頑張る!」
「あぁ、そうしろ・・」
さり気なく嫌味を言ったつもりだったのだが、それを全く気にしていない勇を見た歳三は少し落ち込んだ。
それを見た左之助は少し笑った。
「・・風呂に入って来る。」
歳三がそう言って浴室へと消えた後、左之助は勇の隣にどかりと腰を下ろした。
「なぁ、土方さんとは何処で会ったんだ?」
「登山中に遭難して、気づいたらここに居たんです。」
「そうか。しかし珍しいな、人間嫌いな土方さんがあんたを助けるなんて。」
「え、そうなんですか?」
「あの人、雪女一族の中で唯一、半妖として生まれたんだよ。人間の父親の血を濃く受け継いで生まれたから、同胞達や人間達から色々と迫害されてな。その所為で人間嫌いになっちまったんだ。だから、こんな山奥の家にひっそりと暮らしているんだ。」
「そうか。でも、寂しくはないのか?」
「う~ん、それはどうかな。あの人、余り感情を表に出さねぇから。」
「あの、原田さんは土方さんが好きな食べ物をご存知ですか?」
「あの人は、自分でも言っていたけれど、和食が好きかな。特に、沢庵が一番好きなんだ。」
「そうなんですか・・」
「あんたが家事出来るなんて驚いたぜ。」
「今は性別関係なく、家事が出来る人がやればいいんです。」
「へぇ、そうか。」
「あの、土方さん中々お風呂から戻って来ませんね。」
「あぁ、放っておけばいいさ。あの人、少し“力”を使い過ぎちまったからな。暫く風呂から出てこねぇよ。」
「そうなんですか・・」
「まぁ、今日はもう日が暮れたから、今夜は山から下りない方がいいぜ。」
「わかりました。」
「山には、得体の知れない奴らが潜んでいるからな。」
「えぇ。」
山岳部の先輩達から色々と山にまつわる怖い話を聞いた事があったので、勇はさほど驚かなかった。
左之助と勇が母屋で寝床の準備をしていると、浴室から歳三が戻って来た。
その顔は、病的なほど蒼褪めていた。
「土方さん、どうしたんだ?」
「あぁ、ちょっとな・・」
歳三はそう言うと、布団の上に倒れこんだ。
「病院へ連れて行かないと!」
「いや、今から山から下りたら、土方さんの命を狙う奴らが襲って来るし、それに“びょういん”なんてものはねぇよ。」
「そんな・・」
「左之、あれをくれ。」
「はいよ。」

そう言った左之助が懐から取り出した物は、紅い丸薬だった。

「それは?」
「気休めだが、土方さんの“力”を抑える役目があってな。」
「そうなのか・・」
「これを飲んだら、少しはマシになると思うぜ、土方さん。」
「あぁ・・」
紅い丸薬を飲んだ歳三は、そのまま布団に横たわった。
「じゃぁ、俺は一体何をすれば?」
「何もしなくていい・・」
「あ、はい・・」
こうして、静かに夜は更けていった。
「何だと、またあやつを取り逃がしたとな!」
「殿、あやつは半妖、我らがどう策を練ろうとも、容易く捕える事など出来ませぬ。」
そう言って夫をなだめたのは、彼の正室である月の方だった。
「そなた、何か策があるのか?」
「えぇ、あやつをここまで誘き出すのです。」
「どのように?」
「それは、秘密です。」
月の方はそう言うと、口端を上げて笑った。
「お方様。」
「あの者達の様子は?」
「それが・・」
月の方が寝殿から少し離れた西の対屋へと向かうと、女中達が何処か慌てた様子で彼女の元へと駆け寄って来た。
「ここから出して!」
「お願い、誰か助けて!」
西の対屋に結界を張られ閉じ込められた雪女達が口々にそう叫ぶと、そこへ月の方がやって来た。
「黙れ。」
月の方が持っていた扇子を一振りすると、雪女達の顔は苦痛に歪んだ。
「まだまだそなたらには躾が足りないようだな?」
「嫌ぁ、母様!」
「この娘を廓へ連れて行け。母親の方は薹(とう)が立っておるが、娘の方はまだまだ仕込み甲斐があろう。」
「はい。」
「娘はまだ十にもなりませぬ!どうか、廓へはわたくしを・・」
「妾に逆らうな。」
月の方はそう言って雪女の母親の方を睨みつけると、母親は胸を押さえて蹲った。
「母様~!」
「哀れな者共よ。」
月の方は雪女達から背を向け、西の対屋から出た。
「お方様、あの娘は何も手をつけておりませぬ。」
「強情じゃな。どれ、妾がその者を躾けてやろうぞ。」
月の方は、口元に嗜虐的な笑みを浮かべた。
小鳥のさえずりで、勇は目を覚ました。
隣で眠っている歳三を起こさぬよう、彼は厨へと向かい、朝食を作り始めた。
「うん・・」
「土方さん、もう大丈夫そうだな?」
「あぁ。あいつは?」
「近藤さんなら、さっき厨へ・・」
「おはよう、二人とも!」
歳三と左之助の前に、朝食を載せた膳を運んで来た勇が現れた。
「お前ぇ、まだここに居たのか?」
「あぁ。今朝は和食に挑戦してみました!」
「ほぉ・・」
膳には、一汁三菜の和定食が載せられていた。
「あ、お気に召さなかったら、下げますね。」
「べ、別に食べないとは言ってねぇ。」
歳三は顔を赤く染めながら、焼いたししゃもに箸を伸ばした。
「お茶、淹れて来ますね!」
「素直じゃねぇなぁ、土方さん。」
「う、うるせぇっ!」
(ったく、雪女の癖に天邪鬼なんだから・・)
厨で茶を淹れながら、勇はダウンジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。
それは、“圏外”のままとなっていた。
(ここは、一体何処なんだ?)
スマートフォンも繋がらない、それ以前に電気が通じない。
外部との連絡手段が絶たれた今、勇はどうやって元の世界で自分が無事である事を友人や家族に伝える術がわからず、途方に暮れていた。
「おい、今いいか?」
「はい。」
「町に買い出しに行くんだが、あんたその格好だと目立つから、この着物に着替えてくれって、土方さんが・・」
「土方さんが?」
「あぁ。あんたの為に土方さんが昨夜仕立てたんだと。」
「そうですか・・」
左之助から受け取った着物に勇が奥の部屋で着替えて出て来ると、丁度歳三も自室から出て来た。
彼は、いつも着ている白の小袖ではなく、藤色の訪問着姿に、金の帯を締めており、いつも下ろしている黒髪は丸髷に結われていた。

「あの、その格好は?」
「今日、人に会う事になっているからな。少しは着飾らないとな。」
「は、はぁ・・」
「それじゃぁ、行こうか。」

歳三と共に、勇は初めて山から下りて“町”へと向かった。

―あれは・・
―山に棲む妖・・
コメント

鈴蘭が咲く丘で 第1話

2024年05月15日 | 薄桜鬼 ヒストリカルファンタジーパラレル二次創作小説「鈴蘭が咲く丘で」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。

「ねぇ、こんな所に本当に居るの?」
「だから、確かめに行くんじゃない!」
スマートフォンと小型カメラをそれぞれ片手に持ちながら、グレースとアリシアはロンドン郊外にある廃墟へと向かった。
そこはかつて貴族のお屋敷だったとも、精神病院だったとも言われている、“いわくつき”の廃墟だ。
廃墟探索ユーチューバーとしてそこそこ人気がある二人は、その廃墟へ向かった。
そこには蔦が絡んで、いかにも廃墟といった寂れた雰囲気を醸し出していた。
「うわぁ、“何だか出そう”ね。」
「もう、やめてよ。」
そんな事を言いながら二人が廃墟の中へと入っていくと、奥の方から物音がした。
「ねぇ、何か音がしなかった?」
「気の所為じゃない?」
二人が物音のする奥の方へと向かうと、そこは子供部屋だったようで、朽ちた乳母車が転がっていた。
「さっきの音は、この音だったのね。」
「なぁんだ、びっくりしたぁ。」
二人がそう言って笑いながら他の部屋を探索していると、再び何処からか物音がした。
「さっきより寒くなって来たわね。」
「そうね、もう帰ろう。」
二人が子供部屋全体をカメラとスマートフォンで撮影した後、彼女達は“何か”が自分達に近づいて来ている事に気づいた。
「早く帰ろう・・」
「うん・・」
二人がドアを開けて外から出て行こうとした時、彼女達の前に謎の黒い影が現れた。
「きゃぁぁ~!」
「いや~!」
彼女達の消息は、そこで途絶えた。
この動画がユーチューブにアップされた数日後、グレースとアリシアの遺体が子供部屋で発見された。
彼女達の死因は、失血死だった。
何故、彼女達が殺害されたのかは、事件発生から6年経っても解明されていない。
廃墟は維持費の問題で取り壊す事が決まったのだが、工事の度に怪我人や死人が続出し、工事を請け負っていた建設会社が倒産し、更に工事を推し進めていた自治体が経営破綻し、住民達は寂れた町を捨て、かつて“鉄の町”として栄えた町は、廃墟と化した。
「もう、すっかり変わっちまったな。」
朽ち果てた町を車窓から眺めながら、男は溜息を吐いた。
高台の上に建っている廃墟と化した屋敷は、かつては色とりどりの美しい薔薇が咲き誇った中庭があり、いつも笑顔と笑い声が絶えない屋敷だった。
そっと中庭へと入った男は、そこで美しい鈴蘭が一輪、咲いている事に気づいて、思わず笑みを浮かべた。
「まだ、残っていたのか・・」
男はそっと鈴蘭の花を一輪摘むと、屋敷の中へと入った。
150年以上経っているから、屋敷の中はかなり荒れ果てていた。
軋む階段を恐る恐る上がった男は、廊下の奥にある寝室の中へと入った。
そこには、かつて家族が共にこの屋敷で過ごした写真が壁に飾られていた。
男は、そっと寝台の近くにある引き出しを開け、一冊のノートを取り出した。
それは、屋敷の主人が遺した日記だった。
 ノートを開くと、そこには一組の夫婦の写真があった。
「会いに来たよ・・父さん、母さん。」
ノートに書かれた字を男がなぞると、朽ち果てた部屋がまるで魔法にかけられたかのようにかつての美しい姿へと戻った。
(ここは・・?)
「まぁ、そんな所に居たのね。もうすぐ夕飯の時間だから、下りてきなさい。」
寝室のドアが開き、レースのエプロンと黒いモスリンのワンピース姿のハウスメイドが中に入って来た。
男は、ハウスメイドの後について一階へ降り、ダイニングルームに入ろうとすると、彼女が慌てて止めた。
「あんたが入るのは、こっち!」
ハウスメイドに連れられて男が入ったのは、使用人専用のダイニングルームだった。
「今日は大した物がないね。」
「それは嫌味かい?こっちは朝からパーティーの準備で忙しいっていうのに。」
料理番・エイミーは、そう言って顔を顰めた。
「そんな顔をしないでおくれ。」
「あの、ここは何処なんですか?」
「あんた、若いのにもうボケちゃったのかい?ここはハノーヴァー伯爵様のお屋敷だよ!」
自分をこの場所へ連れて来たハウスメイド―レイチェルはそう言って大声で笑った。
「トシ、奥様がお呼びだよ!」
「はい・・」
レイチェルによると、自分はこのお屋敷で従僕見習いとして働いているという。
「遅かったわね。」
「申し訳ありません。」
二階の子供部屋へと男―トシが向かうと、そこには顰め面をしている女性が立っていた。
「まぁいいわ。これから、坊やのおむつを縫って頂戴。」
「はい、わかりました。」
「わたくしが居ない間、坊やをちゃんと見ておいてね。」
「はい・・」
(一体何がどうなっていやがる?)
そんな事を考えながら、トシはハノーヴァー伯爵家の嫡子・アーサーのおむつを縫っていた。
するとそこへ、一人の少年が子供部屋に入って来た。
「トシさぁ~ん!」
焦げ茶の、少し癖のある髪を揺らし、美しい翠の瞳を煌めかせたその少年は、トシに抱き着いた。
「誰だ、てめぇは?」
「トシさん、もしかして僕の事忘れたの?」
少年は、涙で翠の瞳を潤ませた。
(こいつ・・)
「まぁ八郎様、こちらにいらっしゃったのですね!さぁ、旦那様がお呼びですよ!」
「嫌だぁ~、トシさぁん!」
謎の少年は、レイチェルに首根っこを掴まれ、子供部屋から連れ出された。
「ごめんなさいねぇ、あの子が何か迷惑な事をしなかったかしら?」
少年とレイチェルと入れ違いに入って来た貴婦人は、そう言った後花が綻ぶかのような笑みを浮かべた。
「はい、これ。」
「あの、これは・・」
「お菓子よ。後でこっそりお食べなさい。」
「ありがとう、ございます・・」
「また、会いましょうね。」
彼女は、そっとトシの頭を撫でると、子供部屋から出て行った。
(素敵な人だったな・・)
その日の夜、トシは貴婦人から貰った焼き菓子の袋を開き、それを一つ食べた。
トシが菓子を頬張っていると、裏庭の方から大きな物音がした。
(何だ?)
トシが裏庭へと向かうと、そこにはこの屋敷でキッチンメイド見習いとして働いていたエリーの姿があった。
彼女の首には、刺し傷があった。
「どうした、坊主?」
「人が、死んでいるんです。」
「何だって!?」
庭師のジョーが警察を呼ぶと、ハノーヴァー伯爵邸は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「エリー、どうしてこんな姿に!」
「トシ、犯人の姿を見たの?」
「いいえ。俺が駆け付けた時には・・」
「そう。疲れたでしょう、部屋へ行って休んでいなさい。」
「はい。」
トシが使用人専用の寝室へと向かおうとした時、彼は誰かが言い争っている声を聞いた。
「エリーを殺したのは、あなたなの!?」
「俺じゃない、信じてくれ!」
「あなたの事は、信じられないわ!」
声は、若い男女のものだった。
顔は見えなかったが、女の方は髪に青い蝶の髪留めをしていた。
(あいつら、誰だったんだ?)
そんな事を思いながら、トシは深い眠りの底へと落ちていった。
翌朝、トシが眠い目を擦り寝室から出ようとした時、窓に鮮やかな青い蝶の髪留めをした女が映ったので慌てて彼は彼女の後を追った。
(何処だ?)
トシが女の後を追っていると、急に彼は険しい崖が目の前に現れたので、慌てて立ち止まった。
屋敷へと戻ろうとする彼の背を追い掛けるかのように、不気味な女の笑い声が響いていた。
「トシ、あんたこんな朝早くに何処に行っていたんだい?」
「エイミーさん、実は・・」
トシは、エイミーに青い蝶の髪留めをした女の話をした。
「あぁ、その女は、“死神”さ!」
「“死神”?」
「あんたは、まだここに来て日が浅いから知らないんだね。」
エイミーによると、その昔この屋敷に住んでいた貴婦人が居て、彼女はいつも恋人からの贈り物であった青い蝶の髪留めをよくしていたという。
「彼女は、只管愛する男の帰りを待った・・裏切られている事にも気づかずにね。」
「それは、一体・・」
「彼女の恋人は、戦地で病に罹って、向こうに住む女と夫婦になったのさ。」
「それで?」
「あの女は、崖から飛び降りて死んじまった。でも夜な夜な崖まで男を誘き出して殺すようになったのさ。」
だから、青い蝶の髪留めをした女を見かけても、決して追い掛けてはいけないよーエイミーはそうトシに釘を刺すと厨房へと消えていった。
「トシ、奥様がお呼びだよ!」
「は、はい!」
トシは今日もアーサー坊ちゃまのおむつを縫い、奥様の愚痴を聞いた。
「トシ、はいこれ。」
奥様はそう言うと、トシに小遣いをくれた。
「これで好きな物でも買いなさい。」
「はい。」
トシはエイミーの夕飯の買い出しに付き合うついでに、初めてお屋敷の外から出た。
町は、活気に溢れていた。
「あたしはパン屋に行くから、あんたは本屋にでも行っておいで。」
「はい。」
トシはエイミーとパン屋の前で別れ、本屋へと向かった。
本屋は、少し町の外れにあった。
「いらっしゃい。」
店主は、眼鏡を掛けた優しそうな老人だった。
「あの、今日は・・」
「今日は、君が読みたい本が入って来たよ。」
「ありがとうございます。」
トシは、奥様から頂いた小遣いで本代を払った。
「気を付けて帰るんだよ。」
「はい。」
本屋から出たトシは、パン屋の前でエイミーと待ち合わせして、お屋敷へと戻った。
「今夜はゆっくり出来そうですね。」
「そうだね。夏の社交期はまだ先だし、暫くゆっくり出来そうだよ。」
エイミーがそう言いながらジャガイモの皮を包丁で剥いていると、レイチェルが何処か慌てた様子で厨房に入って来た。
「どうしたんだい、レイチェル?そんな顔をして?」
「うちの人が・・」
レイチェルの夫で町の教師だったトムが、海辺で遺体となって発見された。
「どうして、こんな・・」
「可哀想に・・」
トムの遺体の首には、エリート同じ刺し傷があった。
「魔物の仕業よ。」
「エイミーさん、あれは?」
トムの葬儀に参列していたトシが、突然葬儀の最中に意味不明な言葉を喚き散らしている老婆を見た。
「あぁ、あの人は海辺の家に住んでいるマリー婆さんさ。頭がちょっとね・・」
エイミーは、そう言うと己のこめかみを人差し指でさした。
「そうですか・・」
「エリーに続いてトムまで・・何で、良い人ばかり・・」
トシがレイチェルの自宅へと向かうと、そこには彼女の親族達が集まり食事の支度をしていた。
「レイチェル、何か食べないと。」
「何も食べたくないの。寝室で休んでいるわ。」
レイチェルはそう言うと、そのままダイニングルームから出て行った。
「トムさんは、どんな人だったんですか?」
「優しい人だったよ。子供達からも慕われていたよ。」
エイミーは、そう言いながら汚れた食器を洗った。
「トシは働き者だね。それに、手先が器用だし。」
「そうですか?」
「奥様が、何であんたに坊ちゃまの世話を任せたと思う?」
「俺が、子供だからですか?」
「あんたを信頼しているからだよ。」
「そうですか・・」
「まぁ、あんたはまだここへ来て日が浅いから、色々と教え甲斐がありそうだよ。」
「はぁ・・」
「そうだ、このお茶をダイニングに持って行っておくれ。」
「はい。」
トシが茶と茶菓子を載せたワゴンをダイニングルームへとひいていくと、中から女達の声が聞こえて来た。
「レイチェルも可哀想に。あの年で未亡人なんて・・」
「子供が居ないから、気楽で良いんじゃない?」
「まぁ、ね・・」
「それにしても、ねぇ・・ハノーヴァー伯爵家は呪われているのかしら?」
「きっと、あの髪留め女の呪いよ!」
「ねぇ、レイチェル戻って来るのが遅くない?」
「そうねぇ。」
「失礼致します、お茶とお茶菓子をお持ち致しました。」
「あら、可愛い子ね。」
「見ない顔ねぇ。坊や、お名前は?」
女性達はトシの顔を物珍しそうに見た後、彼を質問責めにした。
「ねぇ坊や、お茶とお茶菓子はわたし達が頂くから、レイチェルの様子を見て来てくれないかしら?」
「はい、わかりました。」
トシがレイチェルの寝室へと向かい、ドアをノックしようとすると、中からレイチェルの悲鳴が聞こえた。
「やめて、お願い・・」
「レイチェルさん!?」
トシが寝室の中に入ると、レイチェルはベッドの上に仰向けになって倒れていた。
「レイチェルさん・・」
彼女も、首を刺されて失血死していた。
「誰か、誰か来て下さい!」
「レイチェル!」
「誰か、お医者様を!」
奇妙な連続殺人事件は、結局犯人が見つからないまま事件の捜査は打ち切られた。
季節は夏を迎え、ロンドンは社交期を迎えた。
トシ達は奥様達と共に、ロンドンへと向かった。
初めて見るキング=クロス駅は、この前行った町よりも活気に溢れ、混沌としていた。
「さ、早くしな!」
「はい・・」
「モタモタするんじゃないよ、遅れちゃうよ!」
エイミーはトシの手をしっかり握ると、キング=クロス駅から出た。
「これ位で騒いでいたら、ロンドン暮らしは勤まらないよ!」
「わかりました。」
「まぁ、ロンドンでまた変な事件に遭わなきゃいいけど。」
辻馬車に揺られながら、エイミー達はハノーヴァー伯爵家のタウンハウスへと辿り着いたのは、昼前の事だった。
「みんな、奥様が今日はゆっくり休むようにってさ!」
「良かった!」
「移動距離が長かったからねぇ。」
「そうだねぇ。」
「俺、部屋に荷物置いてきますね。」

トシはそう言うと、使用人用の寝室に入って荷物を置いた後、そのままベッドの上で眠ってしまった。

気が付いたら、もう夜になっていた。
コメント

天津風

2024年05月15日 | FLESH&BLOOD 千と千尋の神隠しパラレル二次創作小説「天津風」
「FLESH&BLOOD」の二次小説です。

作者様・出版社様は一切関係ありません。

何で、こんな事になったんだろう。
東郷海斗は、車の後部座席で退屈そうに次々と流れていく風景を見ながら、何度目かの溜息を吐いた。
「海斗、溜息を吐いたら幸せが逃げるわよ。」
「わかっているよ・・」
「ねぇママ、ロンドンに帰りたいよ。」
「しょうがないでしょう、パパのお仕事の都合で、こっちの支社に転勤になったんだから。」
海斗の父親・東郷洋介に三舛商事ロンドン支社勤務から、日本のある地方支社への転勤が決まったのは、コロナ禍で業績が悪化した所為だった。
それまで英国で育ち、その首都ロンドンで長年暮らして来た洋明にとって、海と山しかないド田舎に住むなんて、まるでサハラ砂漠のど真ん中で置き去りにされるに等しいものだった。
文句を言いながらロンドンのヒースロー空港で購入したスナック菓子に片手を突っ込み、絶え間なく口を動かしながらその中身を食べる次男を車の助手席から窘めていた友恵も、彼と同じ気持ちらしい。
(今更日本で暮らせって言われてもな・・まるで浦島太郎になった気分だよ。)
小学校入学前からイングランドで暮らして来た海斗にとって、祖国である日本は「異国」そのものだった。
せめて東京か大阪などの大都市に住むのだったらいいのだが、名前も知らない地方の町に住むなんて、最初から詰んでいるとしか思えない。
「海斗、これから通う高校は電車で片道二時間くらいかかるけれど、大丈夫?」
「まぁ、なんとかね・・」
それまで全寮制の寄宿学校に籍を置いてた海斗だったが、これからは電車で片道二時間もかかる距離にある公立高校へ通う事になっている。
自分だけでもイングランドで暮らせないかと海斗は一度、洋介に交渉したが、彼は海斗の言葉に首を横に振り、こう言っただけだった。
「これはもう決まった事なんだ。それにお前はまだ未成年だ。」
早く大人になりたい―親の庇護下・管理下で己の全てを決められる人生から、海斗は早く抜け出したくて堪らなかった。
そんな彼の思いが天に通じたのかどうかわからないが、東郷一家は引っ越し先の家―高台で町を一望できる家がある高級住宅地へと入る道を洋介が間違え、見知らぬ廃神社らしき前へと来てしまった。
「ねぇママ、あれ何?」
「祠、神様のお家よ。それにしても、不気味な所ねぇ。」
「お腹空いたよ、ママぁ。」
「そうだな、早く何処か店で食べよう。」
洋介がそう言って車のエンジンを掛けようとしたが、車はうんともすんとも言わなかった。
どうやらエンストしたらしい。
洋介はすぐさま持っていたスマートフォンで自動車修理サービスの番号へと掛けようとしたが、その画面に表示されているのは「圏外」という絶望の代名詞そのものだった。
「ねぇママ、あそこにトンネルがあるよ。」
「あらぁ、そうね。」
「ここでじっとしても仕方が無いから、行ってみるか。」
海斗達は車から降りて、廃神社の祠の向こう―朱色のトンネルの中へと入った。
トンネルを抜けると、爽やかな風が吹いていて、サワサワと時折夏草が揺れていた。
「気持ち良いわね。」
彼らが草原を抜けると、そこにはカラフルな建物が建ち並んだ小さな町があった。
「ここは恐らく、バブル期に作られたテーマパークか何かの廃墟だろう。おい洋明、何処へ行くんだ!?」
「パパ、ママ、ここに食べ物があるよ!」
洋明が爛々と目を輝かせながら向かった先には、彼が好きそうなハンバーガーやピザ、フライドポテトが軒先に並んでいる一軒のレストランがあった。
「美味しい、生き返るわねぇ!」
普段ジャンクフードを嫌い、食べる事はおろか、テレビで大手ファストフードチェーン店のCMを観るのも嫌がっていた友恵は空腹には勝てなかったのが、恥も外聞もなくピザに勢いよくかぶりついた。
「勝手に食べていいの?」
「いいのよ、カード持っているんだから。海斗も食べなさいよ。」
「いや、俺はいい。」
これまで隣でスナック菓子を豚のように貪り食っている弟の姿を見て来た海斗は食欲が全く湧かず、レストランに三人を残して周囲を散策する事にした。
まるで時代劇のセットのような朱色の橋を渡った先には、昔時代劇で観た吉原遊郭の街並みが一体化したような建物があった。
(何だ、ここ?)
そう思いながら海斗が暖簾の中を覗き込もうとした時、彼は突然何者かによって腕を強く掴まれた。
痛さに顔を顰めながら海斗が背後を振り向くと、そこには水干姿の一人の少年が立っていた。
艶やかな漆黒の髪をポニーテールにした彼は、美しい翠の瞳をカッと見開いた後、海斗にむかってこう叫んだ。
「ここへ来てはいけない!」
「え?」
「まだ間に合う、日没までにここへ来る前の場所まで戻れ!」

(何だ、あいつ!)

初対面だというのに少年は居丈高な口調でそう叫んで海斗の背を乱暴に押した。
海斗がむかむかしながら両親と弟が居る店へと戻ると、そこに彼らの姿はなく、居たのは彼らの服を着た醜い豚だった。
「お父さん、お母さん、洋明、早くここから逃げないと!」
海斗が家族と思しき豚の背中を揺すると、彼らは海斗に向かってぶぅと鳴き、鼻先でフライドポテトの残りを突いていた。
すると、ハエたたきのようなものが店の奥から出て来ると、豚達を何者かが打ち据えた。
海斗が目を凝らして奥の方を見ると、そこには黒い影のようなものがあった。
海斗は悲鳴を上げて、店から飛び出していった。
すると、店の周辺から黒い影が次々と出て来た。

“おいで”
“おいでよ~”

夢中になって海斗が草原へと向かったが、そこには来た時にはなかった川があった。
そして、向こうから船が徐々にこちらへとやって来るのが見えた。
船から降りて来たのは、様々な姿形をした者達が出て来た。

(これは夢だ・・)

目を閉じてそう自分に言い聞かせた海斗だったが、彼は間もなく己の身体に起きている異変に気づいた。
「透けている!?」
自分の全身が、まるで幽霊のように透けてしまっている。
パニックになった海斗が叫んでいると、誰かが彼の肩を優しく叩いた。
「大丈夫、これをお飲み。」
海斗が振り向くと、そこには先程変な建物の前で自分に怒鳴って来た謎の少年が立っていた。
彼は、丸い飴のような物を海斗に差し出した。
「毒は入っていないよ、お飲み。」
飴のような物を少年から受け取り、飲み込んだ海斗は、自分の身体が透けていない事に気づいた。
「あ・・」
「身を屈めて!」
少年はそう言うと、海斗の身体に覆い被さった。
海斗が上空を見ると、そこには顔がついた烏のようなものが飛んでいた。
「あれは?」
「ラウルの手先だ。君を捜しているんだ。」
少年はおもむろに海斗の手を掴むと、風のように何処かへと駆けていった。
辿り着いたのは、あの変な建物の前だった。
橋の両端には、白拍子のような恰好をした女達が、船から降りて来た者達を笑顔で出迎えていた。
「この橋を渡り終えるまで、息をしてはいけないよ。息をしたら、彼らに人間だと気づかれてしまう。」
海斗は少年の言う通りにしようとしたが、橋をもうすぐ渡り終えようとした時、二人の前に一匹の蛙が飛んで来た。
「翠様、何処に行っておった~!」
蛙が甲高い声で喋り出したので、海斗は思わず噴き出してしまった。
「人間だ!」
「人間がいるぞ!」
周囲が騒ぐ声を聞いた少年は舌打ちすると、海斗を喧騒の中から連れ出した。
「ねぇ、これから俺はどうすればいいの?」
「この階段の一番下に、ボイラー室がある。そこにルーファスが居るから、彼にラウルの元へ連れて行ってくれと頼むんだ。いいかい、ラウルの元へ行ったら、ここで働かせてくれとだけしか言ってはいけないよ、いいね?」
海斗が頷くと、少年は彼に優しく微笑んだ。
「良い子だ。」
「あの、あなたの名前は?」
「わたしの名は翠(あきら)だ。カイト、健闘を祈っているよ。」
(何であいつ、俺の名前を知ってるの?)
海斗は少年と別れ、ボイラー室へと向かった。
「てめぇら、サボってんじゃねぇぞ、今日は忙しいんだ、さっさと働け!」
ボイラー室の扉を開けて海斗が中へと入ると、そこには大男が濁声で石炭を運ぶ小さい黒い者達に向かって怒鳴っていた。
「あのう・・」
「あぁ、何だ坊主?人手なら足りてるぜ、他を当たんな!」
「ラウルの元へは、どうすれば行けますか?」
「タダで教えてやれる程、俺達は暇じゃねぇんだ!」
「じゃぁ、どうすれば・・」
「そこの石炭をボイラーに放り込め、話しはそれからだ!」
ルーファスの濁声に怯えた海斗は、足元に転がっていた石炭をボイラーの中に放り投げた。
すると、彼の足元に蠢いていた黒い塊が、自分達が運んでいた石炭を海斗の足元に次々と持って来た。
「こらあ、サボるんじゃねえ!お前も、人の仕事を取るんじゃねぇ!」
ルーファスからそう責められ、海斗が涙ぐんでいると、ボイラー室の壁が突然開いて一人の青年がやって来た。
「ルーファス、どうした?」
「おかしらぁ、聞いてくだせぇ、このガキが・・」
「あぁ、こいつは上でさっき騒いでいた子か、人間の子が来たって。」
青年は美しく澄んだ蒼い瞳で海斗を見ると、悪戯っぽい笑みを口元に浮かべた。
「ルーファス、こいつは俺に任せて、仕事に戻れ。」
「いいんですかい?」
「いいも何も、俺は丁度こいつを捜していたんだ。お前、名前は?俺はジェフ。」
「俺は海斗。」
「じゃぁカイト、俺について来い。ラウルの元へ案内してやる。」
謎の青年に連れられ、海斗はラウルの元へと向かった。
「ラウルって、何者なの?」
「この湯屋を取り仕切っている奴だ。会えばわかるさ。」
ラウルの部屋へと向かうエレベーターの前で青年と別れ、海斗はラウルの部屋の前に立った。
ドアノッカーをよく見ると、それは蛇の形をしていた。
ノッカーでドアを叩くと、ドアは静かに開いた。
「さぁ、おいで。」
奥から声が聞こえたかと思うと、海斗は急に何者かに引き寄せられるかのように闇の中へと吸い込まれていった。
「うわあ!」
「うるさいね、大きな声を出すんじゃないよ。」
パチパチと薪が燃える暖炉の前へと放り出された海斗は、机の前に座っている一人の女と目が合った。
女は華奢な身体を漆黒のドレスに身を包み、淡褐色の瞳で海斗を見ると、細い指先を彼の唇へと向けた。
すると、海斗は急に喋れなくなった。
「まったく、お前の家族はとんでもないことをしてくれたねぇ。お客様にお出しする料理を豚のように貪り食って!まぁ、今から太らせておいた方がいいね。」
女は冷たく海斗を見下ろすと、彼の口に掛けていた魔法を解いた。
「さぁ、教えておくれ。お前をここまで連れて来たのは誰だ?」
「ここで働かせて下さい!」
「お黙り!」
「ここで働きたいんです!」
「黙れ!」
女―ラウルの結っていた淡褐色の髪がバラバラと解けたかと思うと、それはまるで蛇のように海斗の身体に巻き付いた。
「お前は、家族よりも頭が良いと思っていたけれど・・わたしが思っていたよりもずぅっと頭が悪いようだねぇ?まぁいい、お前には一生きつくて辛い仕事をさせてやろうかねぇ?」
海斗が泣きそうになっていた時、部屋の向こうから大きな音が聞こえて来た。
その直後、2メートル程ある大男が部屋に現れた。
「へ、変態だ~!」
海斗は、大男が“坊”とだけ書かれた赤い布一枚しか着ていない事に気づき、思わずそう叫んでしまった。
「うるさい、騒ぐんじゃないよ。ヤン、一体どうしたんだい?」
「寒い・・」
「後で部屋に暖房を入れてあげるから、出ておゆき。あ~あ、調子が狂って困るよ。」
ラウルは机の引き出しから一枚の契約書を取り出すと、それを海斗の前に放った。
「そこに名前をお書き。」
海斗が慌てて自分の名を書くと、ラウルはその契約書を自分の手元へと引き寄せた。
「ふぅん、海斗というのかい?贅沢な名だねぇ・・今日からお前の名は海だ!わかったら返事をおし、海!」
「はい・・」
ラウルは既に海斗に興味をなくしたようで、机の傍にあった呼び鈴を鳴らした。
すると、あの少年が部屋に入って来た。
「お呼びでしょうか?」
「その子を連れてお行き。」
エレベーターの中で、海斗は少年を見た。
やっぱり、彼はあの時自分を助けてくれた少年だ、間違いない。
「翠・・」
「気安くわたしの名を呼ぶな。これからはわたしの事は、“翠様”と呼べ。」
「嫌だよ、人間なんて。」
「臭いったらありゃしない。」
「ここの物を七日食べたら、臭いは消えるだろう。」
翠はそう言うと、ジェフに海斗を託すと、何処かへ行ってしまった。
「大丈夫か?顔真っ青だぜ?」
「お腹、空いた・・」
様々な事が一気に起こり過ぎてパニックを起こしていた海斗だったが、自分の身の安全が保障された今、急に腹が減って来た。
それもそうだ、最後に食事を取ったのは、英国から日本へ帰る飛行機の中で食べた機内食だけだったからだ。
「来な。」
ジェフは長い金髪を靡かせると、従業員部屋へと海斗を連れて行った。
「ぴったりだな。さてと、制服は見つかったし、後は食い物か・・」
彼は溜息を吐くと、着ていた服の懐から何かを取り出した。
それは、海斗が好きなクッキーだった。
「これは、さっきお客様のお座敷から少しくすねてきたんだ。」
「ありがとうございます。」
「明日朝早いからさっさと寝た方がいいぜ。」
そう言われても、海斗は目が冴えて暫く眠れなかったが、次第に眠りの底へと落ちていった。
「カイト。」
そっと、誰かが自分の肩を優しく揺さぶる感覚がして、海斗は薄目を開けて周囲を見渡すと、自分の前には翠が居た。
「おいで。」
彼に連れて行かれたのは、湯屋の近くにある豚小屋だった。
「お父さん、お母さん、洋明!」
豚小屋の隅で固まって眠っている豚となってしまった家族に声を掛けた海斗だったが、彼らは海斗の声に何の反応もしなかった。
「食べられちゃうの?」
「大丈夫だ、わたしがそんな事をさせない。」
翠はそう言うと、竹の紙で包んだサンドイッチを海斗に手渡した。
「お食べ、お前の為に、わたしが心を込めて作ったんだ。」
「頂きます・・」
海斗はサンドイッチを一口齧ると、堪えていた涙が一気に溢れ出した。
「今まで良く我慢したね。」
海斗は時を忘れて、翠に背中を擦られながらも大きな声で泣いた。
「また、会える?」
「お前が、そう望むのなら。」
湯屋での仕事は、海斗にとってはかなりきついものだった。
「まぁ、最初はこんなもんさ。慣れりゃ楽になるさ。」
「うん・・」
海斗がふと外の廊下を歩いていると、空に一頭の龍が美しく舞っている姿を見た。
「あれは・・」
その龍の姿を見た時、海斗の脳裏にある映像が浮かんでは消えていった。
「おい、どうした?」
「ううん、何でもない。」
昼を迎える前に、空は急に曇り始め、激しい雨が降り出した。
「あっちゃぁ、これじゃぁ客は来ねぇな。」
「商売上がったりだねぇ。」
そんな事を女達が話していると、入口の方から凄まじい悪臭が漂って来た。
「何、この臭い!」
「ひぃ、オクサレ様だぁ!」
「一体何を騒いでいるんだい?」
ラウルがそう言って従業員達をねめつけると、彼らは一斉にラウルの方へと振り向いた。
「・・海とジェフを呼んでおいで。」
「いらっしゃいませぇ・・」
海斗は全身から凄まじい悪臭を漂わせる“オクサレ様”を湯舟に案内した。
「さてと、これからどうするつもりかねぇ?」
ラウルがそう言って他の従業員達と海斗の様子を見ていると、彼は一番高価な薬湯の札を引っ張った。
「あいつ、一番高い湯を・・」
「お黙り。」
“オクサレ様”は、薬湯に頭から浸かった。
その拍子に、湯舟からコンビニのレジ袋やペットボトルなどのゴミが溢れ出て来た。
「一体どういう事だ、これは・・」
「海、このロープを使いな!」
「え?」
「この方は、“オクサレ様”ではないぞ!」
ラウルから渡されたロープを使った海斗は、それを“オクサレ様”の身体に刺さった棘のようなものに巻き付けた。
「お前達、何をしている、さっさと引っ張れ!」

従業員達が海斗達と共にロープを引っ張ると、自転車が次から次へと出て来た。

湯舟の中から、翁面のような顔がぼうっと浮かび上がって来た。

『良きかな。』

本来の姿を取り戻した川の神は、大量の砂金を空から降らしながら去って行った。

「海、良くやったね。あの方は名のある川の神だ。お前達にも褒美をやろうね。」

その日は、ラウルの大盤振る舞いで海斗達は大いに飲み食いをして楽しんだ。

(翠、何処に行っちゃったのかなぁ?)

海斗は暮れなずむ空を見つめて翠の事を想いながら、川の神から貰った団子を一口齧った。

苦い味が広がり、海斗は慌てて吐き出した。

海斗が湯屋に来てから、一月が過ぎた。
その間、彼は一度も翠の姿を見ていなかった。

「どうした、カイ?」
「翠、どうしちゃったのかな?」
「あいつは、ラウルに頼まれて出掛けているとか聞いたぜ。」
「ふぅん・・」
仕事が終わり、海斗が廊下から空を眺めていると、何か白い物がこちらへ向かっている事に気づいた。
(あれは・・)
海斗が目を凝らしてその白い物をよく見ると、それは間違いなくあの白い龍だった。
そしてその龍に、何かがまとわりついていた。
(鳥じゃない・・)
やがて龍はこちらへとやって来た。
その全身は傷だらけで、鳥のように見えたものは、白い人型の紙だった。
「翠・・」
海斗の声に反応して、龍は苦しそうに息を吐いた、
その口から、鮮血が滴った。
「大丈夫、怪我しているの?ねぇ・・」
龍はピンと耳を立てた後、ラウルの部屋へと向かっていった。
(どうしよう・・)
海斗は外の排水管を辿り、ラウルの部屋らしき所へと入った。
すると、そこは子供のおもちゃ等が雑然と並んでいる子供部屋だった。
「まったく、とんだ事をしてくれたよ。お前達、そいつを捨てておいで。」
ラウルの声が聞こえて来る事に気づいた海斗は、慌ててクッションの中へと潜った。
「こんな所に居たのかい、ヤン。」
「俺はいつになったらまともな服を着られるようになるんだ?」
「後少しだよ、我慢おし。」
ラウルはそう言ってヤンに口づけると、子供部屋から出て行った。
(行ったか・・)
「おい坊主、俺とお遊びしろ。」
「いやいやいや、そんな格好で言われても・・」
「俺は好きでこんな恰好をしているんじゃない。ラウルが嫌がらせで着せているだけだ。」
ヤンはそう言うと、尻を掻いた。
「翠!」
暖炉の前に、血塗れの龍は倒れていた。
「俺だよ、海斗だよ、わかる?」
そう必死に龍に呼び掛ける海斗の背後に、金色の蛇が忍び寄った。
蛇はとぐろを巻いたかと思うと、その鋭い牙を剥いて海斗に襲い掛かって来た。
「来るな、来るな~!」
龍は微かに呻き、静かに暖炉の中へと落ちていった。
「翠、駄目・・」
海斗は、龍と共に奈落の底へと落ちていった。
その頃、湯屋には黒い異形の化け物が現れ、大量の砂金を従業員達にばら撒いていた。
「いらっしゃいませ、お客様。」
「海だ、海を呼べ!」
コメント

美しい城に棲むのは・・ Ⅰ

2024年05月15日 | 薄桜鬼 美女と野獣風ファンタジーパラレル二次創作小説「美しい城に棲むのは・・」
「薄桜鬼」の二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。

―いいかい、“あのお城”には決して行ってはいけないよ。
―どうして?
―あそこには、恐ろしい化物が棲んでいるんだよ。化物に見つかったら、取って食われてしまうよ、だから・・

また、懐かしい夢を見た。

この村に古くから伝わる、“あの城”に纏わる伝説。

“森の奥にある美しい城に棲むのは、恐ろしい化物だ。”

(あの伝説は、本当なのかしら?)

「千鶴、いつまで寝てるんだい、さっさと起きな!」
階下から奥様の怒声が聞こえて来て、雪村千鶴はモゾモゾとシーツの中から出て、溜息を吐きながら“制服”に着替えた。

「今日はお寝坊さんだね?」
「すいません。」
「さっさと厨房の手伝いをしな。」
「はい。」
千鶴がこのホテルでメイドとして働き始めてから、もう半年となる。
彼女が生まれ故郷であるこの村にやって来たのは、父・綱道の看病と介護の為だった。
幼い頃に母を病で亡くした千鶴にとって、綱道は唯一人の肉親だった。
「千鶴・・お前に伝えたい事がある・・」
「なに、父様?」
「お前は・・わたしの子ではない。お前は15年前、さる高貴な御方からお預かりした・・」
「じゃぁ、わたしには本当の父様と母様が居るの?」
「あぁ・・そうだ。千鶴、これを・・」
死に間際、綱道は千鶴にある物を渡した。
それは、美しいピンク・サファイアのネックレスだった。
「このネックレスが、お前を必ず本当の両親の元へと導いてくれる・・」
「父様、嫌よ目を開けて、父様ぁ~!」
 父亡き後、一人になった千鶴は、このホテルで住み込みのメイドとして働き始めた。
 メイドの仕事はきついし、オーナー夫婦は厳しいが、他に行く所がないので、耐えるしかなかった。
「今夜は大きなパーティーがあるんだってさ!」
「へぇ。でもあたしらには、一生縁のない世界さ。」
「まぁ、暫くはあのケチ夫婦の機嫌が良くなりゃいいさ。」
「給料も弾んで貰えるし・・」
「さてと、今日もしっかりと働こうかね。」
同僚達の話を聞きながら、千鶴は黙々と働いていた。
休憩時間、千鶴が同僚達と軽い昼食を取っていると、そこへ支配人のマリウスがやって来た。
「チヅル、君宛の手紙が届いていたよ。」
「ありがとうございます。」
マリウスから手紙を受け取った千鶴は、差出人の名前が書いていない事に気づいた。
「恋文かい?」
「さぁ・・」
千鶴がそう言いながら便箋の封を開けると、その中からダイヤモンドを鏤めた美しい鍵が出て来た。

“これが、あなたが求める真実への鍵です。”

(何なのかしら、この鍵?)

「千鶴、ちょっと林檎を買って来て。」
「はい。」
ホテルの裏口から出た千鶴を、建物の陰からフードを被った男が見ていた。
「毎度あり~!」
雪が舞い散る中、千鶴は林檎が詰まった紙袋を手に、青果店からホテルへと戻っていく途中、誰かが自分の名を呼んでいる事に気づいた。

(気の所為かしら?)

「・・見つけたぞ。」

男はそう呟くと、雪の中へと消えた。
パーティーは、盛況だった。
新聞でよく見かける著名人や都会の貴族達が集まり、招待客たちの合間を縫うようにして彼らに給仕をしていた。

「きゃぁっ!」

千鶴が忙しく招待客達にワインを注いでいると、彼女はバランスを崩し、招待客のスーツにワインを掛けてしまった。

「も、申し訳ありません!」
「・・ここは、わたしに任せておきなさい。」

そう言った男は、丸眼鏡越しに千鶴に向かって微笑んだ。

「山南様、どうかなさいましたか?」
「いいえ、少しはしゃいでしまって、ワインをこぼしてしまいました。」
「まぁ、それは大変ですね!さぁ、こちらへどうぞ。」
「すいません。」

(あの人、助けてくれたのかしら?)

「はぁ~、疲れた!」
「明日も早いから、さっさと寝るか!」
「お休み~!」

千鶴は疲れた身体を引き摺りながら、使用人部屋へと向かった。
すると、彼女のベッドの上には、美しい薔薇の花が一輪、置かれていた。

―午前0時、森の奥の城でお待ちしております。 T―

「本当に、よろしかったのですか?」
「何の話だ?」
「どうやら、もうすぐあなたにかけられた“呪い”が解ける日が来たようですね。」
「・・うるさい。」
「もう夕食の用意は整いました。」
「わかった。」

美しい顔をした主の後ろに付き従いながら、あの丸眼鏡の男―山南敬助は溜息を吐いた。
この城で彼が暮らし始めてから、200年以上の歳月が経っていた。

「トシさん、遅かったね。」
「あぁ・・」

この城の主・土方歳三はそう言うとワインを飲みながら、“あの日”の事を思い出していた。

“あの日”―歳三は30歳の誕生日を貴族達に盛大に祝って貰っていた。

しかし、彼は何とか自分に取り入ろうとする貴族達の下心に気づいていたので、大道芸人達や道化師の芸を見てもつまらなそうな顔をしていた。
「殿下、どうなさったのです?」
「少し疲れた。」
「まぁ、それはいけませんわ。少しお部屋でお休みになった方がよろしいのでは?」
「あぁ、そうする・・」
歳三は乳母にそう言われて、少し自室で休む事にした。
暫く経った頃、歳三が大広間に戻ると、そこには誰も―道化師達や自分に媚を売る貴族達、そして国王夫妻を含め一人残らず突然まるで魔法にかかったかのように姿を消していた。
「これは、一体・・」
「お前が望んでいた事を、わたしがしてやっただけだ。」
カツン、という靴音が大理石の床に高らかに響いた後、一人の老婆が歳三の前に現れた。
「何だ、貴様!?」
「お前は一人になりたいのだろう?お前はいつもつまらなさそうな顔をしている。」
「それは・・」
「一夜の宿をわたしにお貸し頂けないでしょうか?」
「てめぇ、ふざけるな!」
「お前は美しいが、傲慢だね。」
老婆はそう言うと、己の頭上で杖を一振りさせた。
すると、皺がれた彼女の顔は、絶世の美女のそれへと変身した。
「ほぉ、悪くねぇ・・」
「卑しくて傲慢なお前を改心させる為には、お前をこの城に閉じ込めておいてやろう。」
「何だと、てめぇ・・」
「せいぜい、一人になって己の傲慢さを思い知るがいい!」
魔女はそう叫ぶと、煙のように掻き消えた。
「畜生!」
雪と氷に閉ざされた美しい城に、歳三は独り取り残された。
最初は独り気楽でいいと呑気に構えていたが、やがて独りで居る事に歳三は耐えられなくなった。
そんな中、城に二人の男がやって来た。
二人は山南敬助、井上源三郎とそれぞれ名乗った。
「二人共、どうしてここへ?」
「噂を聞いてやって来ました。」
「噂?」
「“この城には恐ろしい化物が居る”というものです。」
山南の言葉を聞いて、歳三はそれを鼻で笑った。
「それで?お前達、噂を確めに来ただけではねぇだろう?」
「えぇ。実は私たちは、ヴァチカンから派遣された神父なのです。」
「神父様がこの俺に何の用だ?告解なんてする気はねぇぜ。」
「エクソシストー悪魔祓いをご存知ですか?」
「俺には聖水も銀の銃弾も効かねぇぜ。」
「それは試してみなければわからないでしょう?」
山南はそう言って笑うと、いきなり発砲した。
「馬鹿野郎、急に攻撃してくる奴が居るかぁ!」
「ここに居ますよ。」
「ふん、面白ぇ。相手になってやらぁっ!」
山南の銃撃をかわした歳三は、そう叫んで嗤うと腰に帯びている愛刀の鯉口を切った。
「わたしの銃に剣で勝てると思いますか!?」
「やってみなきゃ、わかんねぇだろうが!」
「いいでしょう・・その勝負、受けて立ちましょう!」
山南はそう言って笑うと、歳三を見た。
歳三は自分の近くに立っていた大理石の像が、粉々に砕け散ったのを見た。
 歳三は巧みに山南の銃弾をかわしながら、反撃する機会を狙っていた。
「おや、どうしました?もう終わりですか?」
「ぬかせ!」
歳三はそう叫ぶと、山南に刃を向けた。
山南は拳銃の引き金を引いたが、弾切れだった。
「もしかして、逃げ回っていたのは弾切れになるのを待って・・」
「俺が、闇雲に逃げ回っていたと思うか?」
「そうですか。ならば、もうこれ以上あなたと戦う必要はありませんね。」
山南はそう言って拳銃を下ろし、歳三の前に恭しい仕草で跪いた。
「どうか、わたしをあなた様の下僕にして下さいませ。」
「騙すのなら、わざとらしい事をするな。」
歳三がそう言って冷たい視線を山南の方へと投げると、彼は歳三の手の甲に接吻した。
「お一人だと、城の管理が大変でしょう。それに、家事も。」
「坊さんが家事なんかするのか?」
「わたし達は神に仕え、己の身を清めるのが務めです。源さんは、料理ができますから、暫くあなたはひもじい思いをしなくて済みますよ。」
「これから、よろしくお願いいたします。」
「あぁ、頼む。」
こうして、神父二人と永遠の命の呪いを掛けられた王子との、奇妙な同居生活が始まったのである。
午前0時、千鶴は降りしきる雪の中、静かに街を歩いていた。
首には、あのダイヤモンドの鍵を提げて。
ベッドの上に置かれた一輪の薔薇と手紙の意味を知りたくて、彼女はあの城へと向かっていた。
城へと近づくにつれ、彼女の脳裏にある光景が甦った。
それはまだ千鶴が幼い頃、両親に連れられて初めてこの村へとやって来た夏の日の事だった。
その日、千鶴は村の子供達と共に、あの城へと肝試しに行ったのだった。

“幽霊なんて居るの?”
“まさかぁ。”

そんな事を話しながら、彼女達は城の柵を乗り越え、荒れた庭園へと入ったのだった。

(あぁ、ここだわ。)

千鶴は、固く閉ざされた城門の鍵穴にあの鍵を挿し込むと、門は音もなく開いた。

「すいませ~ん、誰か居ませんか?」

あの時、美しい緑の芝生に覆われていた芝生は、雪で白く染まっていた。

―君、誰?

美しい薔薇に囲まれ、一人の少女がそう言いながら千鶴を紫の瞳で見た。

―あなたは、一体・・

千鶴が“あの日”の事を思い出していると、前方から足音が聞こえて来た。

(誰か来る・・)

千鶴は、そっと近くの茂みに身を隠した。
すると、二人分の足音が聞こえて来たかと思うと、庭に二人の男達がやって来た。
一人は肩先まで切り揃えられた黒髪に、薄茶の瞳をした男。
そしてもう一人は、艶やかな黒髪に、美しい紫の瞳をした男。

(あの人、まさか・・)

「そこに、誰か居るのか?」


「あ・・」
「てめぇ、何者だ?」
黒髪の男はそう言うと、恐怖に震える千鶴を睨みつけた。
「ご主人様、そのようなお顔をご婦人の前でなさってはいけませんよ。」
「あぁ!?」
「あ、あなたは・・」
「また会えましたね、お嬢さん。」
山南はそう言うと、千鶴に優しく微笑んだ。
「さぁ、こんな所で立ち話をするのも何ですから、中でお茶でも如何ですか?」
「は、はい・・」
「山南さん!」
「彼の事はお気になさらず、どうぞ。」
千鶴は少し気後れしながらも、山南と共に城の中へと入った。
“待って、お兄様!”
“あらあら、そんなに走ったら転んでしまうわよ。”
“本当に、・・・様は殿下がお好きなんですね。”
“えぇ、本当に。”
千鶴が城の中に入ると、彼女の前に自分と良く似た少女を遠くから眺めている女性と、彼女の侍女と思しき若い女性の幻を見た。
「どうか、されましたか?」
「いいえ。」
「さぁ、どうぞ。」
「あの、さっきの方は・・」
「ご主人様なら、先程拗ねてお部屋に引き籠もってしまいました。」
「え・・」
「いつもの事です。」
山南はニコニコとそう言って笑いながら、千鶴の前に淹れ立ての紅茶と、焼き立てのレイヤー・ケーキを置いた。
「うわぁ、美味しそう!」
「久しぶりに作ったので、味は保証できませんが。」
「頂きます。」
山南が切り分けてくれたレイヤー・ケーキを千鶴が一口食べると、口の中に程良い甘さが広がった。
「如何です?」
「甘くて、美味しいです!」
「まぁ、それは良かった。」
「トシさん、いい加減機嫌を直してくれよ。」
「うるせぇ。」
山南と千鶴が楽しそうにお茶を飲んでいる頃、歳三は自室に引き籠もっていた。
幼少の頃から、何か気に喰わない事があると拗ねて自室から暫く出ないという癖がついてしまった。
(困ったねぇ・・)
あの魔女から呪いを掛けられる前、歳三は曲がりなりにも一国の王子として多くの者に傅かれ、わがまま放題に育って来たので、傲慢な性格は中々直らないだろうと、井上は溜息を吐きながら主の部屋の前から去った。
「あの、このお城にいらっしゃるのは・・」
「わたしとあの方、そしてわたしの同僚の源さんの三人しか住んでいませんよ。」
「それはどうして・・」
「今からおよそ約200年前・・この城には、国王一家・・国王と王妃、そして見目麗しい王子、そして沢山の使用人が住んでいました。王子は賢く美しかったのですが、その美しさ故に傲慢でわがままな性格でした。それを見かねた魔女が、王子にある呪いを掛けたのです。」
「その、呪いは・・」
「独りになりたいちいう王子の願いを叶える為、魔女はこの広い城内に居た全ての人間を魔法で消してしまったのです。」
山南の話は、この地で古くから伝わるあの言い伝えの内容と同じものだった。
「あなたも、この城に纏わる伝説を聞いたことがあるでしょう?」
「はい。この城には恐ろしい化け物が棲んでいると・・でも、棲んでいるのは、あなた方だったのですね。」
「えぇ。それにしても、自分であなたをここへ招いておいて、いつまで経っても部屋から出て来ないつもりですかねぇ?」
「え?」
「今あなたが首に提げているダイヤモンドの鍵は、ご主人様があなたに贈った物なんですよ。」
「どうして・・」
「さぁね・・さてと、今夜は遅いのでこちらに泊まっていきなさい。」
「あの、いいんですか?」
「構いませんよ。」
とても楽しいお茶会の後、千鶴は山南に案内されある部屋へと入った。
そこは、ピンクを基調とした落ち着いた雰囲気がする部屋だった。
「ここは、どなたのお部屋なのですか?」
「国王陛下のお部屋ですよ。陛下はピンクが一番好きな色だったそうですよ。」
「そうなのですか。」
「ちなみに、ご主人様が一番好きな色は赤です。」
では、おやすみなさい、と山南は千鶴にそう言うと部屋の扉を閉めた。
「失礼いたします。」
「おい、勝手に入って来るな!」
「“お薬”の時間ですよ。」
「そこに置いておけ。」
(まだ、拗ねていらっしゃるようですね。)
山南が溜息を吐きながら寝台の近くのテーブルの上に薬と水が入ったゴブレットを載せた盆を置いて部屋から出て行こうとした時、天蓋の向こう側から呻き声が聞こえた。
「ご主人様?」
「薬・・薬を・・」
「さぁ、飲んで下さい!」
山南は慌てて天蓋を開けると、苦しそうに胸を掻き毟る歳三に薬を飲ませた。
「済まねぇな、山南さん・・」
「いいんですよ。ゆっくり休んで下さい。」
「あぁ・・」
「では、失礼致します。」
山南が歳三の寝室から出ると、源さんがやって来た。
「また、“あれ”か?」
「はい。」
魔女から呪いを掛けられてから、歳三はよく体調を崩すようになった。
200年間、自分達は体調を崩す事はなかったのだが、歳三はここ最近心臓の具合が悪いようで、今日みたいに気圧の変化が激しい日は、体調に波があった。
そればかりではなく、精神の浮き沈みが激しく、体調の悪さと精神の落ち込みが重なると、歳三は一日中寝室に引き籠もってしまう事が良くあった。
「こればかりは、どうもね。」
「そうですね。それよりも、ご主人様に呪いを掛けた魔女の消息は、まだわからないのですか?」
「あぁ。呪いを解くヒントが、何か見つかればいいんだが・・」
「わたし達も、休みましょう。」
「そうだね。」

山南と源さんが窓の外を見ると、白い霧がこの城を包もうとしていた。

「はぁ、はぁっ・・」

白い霧に包まれた森の中を、一人の男が息を切らしながら走っていた。

遠くから、狼のような唸り声が聞こえて来た。

(まだ、死にたくない!)

男が森の中を走っていると、そこへ何処からともなく数頭の猟犬が彼の前に現れた。

男の悲鳴が、森にこだました。

―ねぇ、森で人が殺されたってさ!
―何でも、遺体の損傷が激しくて、身元が判らないんだってさ・・
―それよりもあの子、何処に行っちまったんだろうねぇ?

村人達は、森の奥で殺された男の事と、四日前に姿を消した千鶴の事を色々と噂をしていた。
そんな事も知らず、千鶴は城で源さんと家事に勤しんでいた。
「いやぁ、助かるよ。今まで山南さんと二人だけで城の掃除をしたりしていたからね。」
「そうなのですか・・あの人、土方さんは今どちらに?」
「トシさんは、少し身体の具合が悪いみたいでね・・」
「えっ、それは・・」
「大丈夫だよ。“いつもの事”だから。」
「“いつもの事”?」
「昨夜山南さんから聞いたと思うけれど、トシさんは魔女に“孤独の呪い”をかけられてから、体調を崩すようになってね。」
「その呪いを解く方法はあるのですか?」
「今の所、ないね。わたしと山南さんが必死に呪いを解くヒントを探しているんだが・・」
源さんはそう言うと、溜息を吐いた。
「それにしても君、村には戻らなくてもいいのかい?」
「あの、帰り道がわからないんです・・」
「そうなのか。この山道には狼が多いから、気を付けないとね。」
「暫く、こちらに置いて頂けないでしょうか?ご迷惑はお掛けしませんから・・」
「勿論だよ。トシさんにはわたしから言っておくよ。」
「ありがとうございます!」
こうして、千鶴は暫く城に滞在する事になった。
「何だって、あの娘をここに住まわせるだって!?」
「まぁまぁトシさん、彼女が居てくれた方が何かと助かるし、“あいつら”に見つかるよりは良いだろう?」
「勝手にしろ!」
歳三はそう言うと、頭からシーツを被って不貞寝してしまった。
「雪村千鶴と申します。改めてよろしくお願い致します!」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。」
山南と源さんは二人共千鶴を歓迎してその日の夜にご馳走を作ってくれたが、その席には歳三の姿はなかった。
「トシさんの事はわたし達に任せて、君は早く休みなさい。」
「はい、わかりました・・」
モヤモヤとした気持ちを抱えながら、千鶴は部屋に戻って休んだ。
「ご主人様、“お薬”の時間ですよ。」
「わかった・・」
歳三は少し気怠そうな様子でベッドから起き上がった。
「今日は辛そうですね。」
「あぁ・・」
そう言った歳三の顔は、病的な程蒼褪めていた。
心臓の具合は一進一退の状態だが、歳三が抱えているものはもっと深刻な“別のもの”だった。
それは―
「山南さん・・」
「わかりました。」
山南はそう言うと、己の首筋を歳三の前に晒した。
「済まねぇ・・」
「いえ、いいんですよ。」
歳三は、山南の白い首筋に歯を立てた。
心臓の病の他に、歳三は吸血衝動を抱えていた。
「森の奥で、一人の男が殺されていましたよ。」
「そいつは・・」
「彼は、“あの者達”の仲間ではありません。」
「そうか・・」
「あなたに呪いを掛けた魔女が、もう見つかりそうですよ。」
「それは本当か?」
「えぇ。」
「そうか・・」
歳三はそう言うと、ベッドに横たわった。
「最近、ますます体調が悪くなっているようですが・・」
「そうか。どうもこの季節になると、体調が優れなくてな・・」
「原因は、わかっているのですか?」
「まぁな・・」
歳三は、首に提げているロケットの蓋を開け、今は亡き両親の肖像画を眺めた。
「これは、お前達には言っていなかったんだが・・」
歳三は、山南に自分が抱えている秘密を話した。
自分は、この王国を治めていた吸血鬼の王族であり、“運命の伴侶”を見つけなければその命が消えてしまうことを。
「そうでしたか・・あなた様と初めて会った時、そんな気がしましたよ。」
「気づいていたのか・・」
「わたしはこれでも、神父ですよ?」
「あぁ、そうだったな。」
「ご主人様、もしかしたら彼女があなたの“運命の伴侶”になるかもしれませんよ?」
「はぁ、何言っていやがる!?」
「おや、図星ですか?」
「うるせぇ!」
そう言った歳三の顔は、耳まで赤く染まっていた。
「うわぁ、今日のパイも美味しそうですね!」
「あぁ、実はこのアップルパイはご主人様が作られたのですよ。」
「え、あの人が?」
「意外だと、思ったでしょう?あの人、結構家事が得意なんですよ。」
「そうなのですか?」
「ほら、あそこの壁に掛けられてある刺繍布、あれはご主人様が作られたそうですよ。」
「凄~い!わたしも仕事でよく縫い物をしますが、こんなに大きい物は作った事がないです!」
「ふふ、そうでしょう?わたし達も針仕事をしたりしますが、こんなに見事な物は作った事がありませんねぇ。」
「なんだか、あの人は怖そうだと思ったのですが、違うんですよね・・」
「人は、第一印象が大事ですからねぇ。ご主人様は、黙っていれば綺麗なのですが口が悪くてね・・」
「へっくしょい!」
「トシさん、風邪かい?」
「いや、大方山南さんが色々とあいつに変な事吹き込んでいるんだろ・・」
「あの子、きっと今頃トシさんが作ったパイを喜んで食べていると思うよ。」
「ほっとけ!」
(本当に、素直じゃないんだから・・)
「お茶のおわかり、どうだい?」
城がある山村から、遠く離れたヴァチカンにある“部屋”には、四人の男達が向かい合う形で座っていた。
「それで?」
「あの“化物”は、まだ生きているそうだ。」
「あぁ。“彼”なら、城がある村に潜伏して貰っている。」
「相手は200年も生きている奴だ、くれぐれも油断するなと“彼”に伝えておけ。」
「承知。」
千鶴が働いていたホテルに、“彼”は、宿泊客として潜伏していた。
―あの子、一体何処に消えたのかしら?
―あぁ、千鶴ちゃん?
―もしかして、城の“化物”に喰われたんじゃ・・

新聞を読む振りをしながら、“彼”はホテルのカフェに居た。

「すいません、その“お話”、ちょっと聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

そう言った“彼”は、新聞の上から翡翠の瞳を覗かせた。

“彼”の名は、伊庭八郎―ヴァチカンの神父だった。
コメント

白銀の夜明け 第1話

2024年05月15日 | F&B 吸血鬼ハーレクイン転生パラレル二次創作小説「白銀の夜明け」
「FLESH&BLOOD」二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

1880年、ウィーン。

「ちょっと、あたしの衣装は何処なの?」
「もう、こんな時に髪型が決まらないなんて、最悪!」
ウィーン中心部にあるオペラ座では、夜の公演が控えているバレリーナ達が忙しく動き回っていた。
「ねぇ、あの子は?」
「あの子って、どの子よ?」
「ほら、赤毛の・・」
「知らないわよ!」
地上で忙しくしているバレリーナ達は、地下で歌のレッスンに励んでいる赤毛の少女―海斗の存在など忘れて公演の準備に追われていた。
「カイト、そこはもっと優しく。」
「はい・・」
海斗がピアノの伴奏に合わせて歌うと、空気が微かに振動した。
「そうだ、その声だ。」
ピアノの前に座っていた男はそっと椅子から立ち上がると、愛おしそうに海斗の髪を一房手に取り、それに口づけた。
「ねぇ、あなたは俺を知っているの?」
「あぁ。お前の事なら、お前が生まれる前から知っている。」
男は灰青色の瞳で海斗を見つめた。
(何だろう、この人に見つめられると頭がおかしくなりそう。)
「どうした、何を考えている?」
「いいえ・・」
「さぁカイト、歌え。」
「はい・・」
地下で美しい声で歌う海斗の姿を楽譜越しに見ながら、“怪人”ことナイジェルは、初めて彼女と出会った時の事を思い出していた。
今から遡る事300年前、海斗とナイジェルは、ロンドンの宮廷で出会った。
「ナイジェル、あれがカイト様だ。」
養父に連れられ、初めて足を踏み入れた王宮で、美しい炎のような髪を持った少女を一目見たナイジェルは、彼女に心を奪われてしまった。
ナイジェルの視線に気づいたのか、少女は彼に優しく微笑んでくれた。
「何をしている、早く来い!」
「は、はい!」
「ねぇ、さっきここを通りかかったのは誰?」
「あぁ、あの子は道化師見習いですわ。」
「道化師見習い?」
初めて宮廷に上がった海斗だったが、宮廷に上がる前、養父から宮廷には女王に仕える道化師が居ると聞いた事があった。
「じゃぁ、あの子と毎日宮廷で会えるの?」
「ええ、いずれそうなるかもしれませんわ。」
「楽しみだわ。」
海斗が侍女達とそんな話をしている頃、ナイジェルは親方である養父から鞭打たれていた。
ここ数日、ナイジェルは何も食べておらず、空腹と疲労の所為で何度も芸を失敗していた。
「てめぇ、いい加減にしやがれ!」
養父はそうナイジェルに怒鳴ると、容赦なく彼を鞭打った。
ナイジェルは寒さに震えながら歩いていると、彼はあの赤毛の少女とぶつかってしまった。
「ごめんなさい、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫・・」
ナイジェルはそう言うと、気を失った。
「ヘンリエッタ、この子は助かるの?」
「ええ。この子は、ただお腹が空いているだけですわ。それに、疲れているようなので、ゆっくり休ませた方が良さそうですわ。」
ナイジェルが目を覚ますと、そこはいつも寝ているチクチクとした干し草のベッドの中ではなく、フワフワとした寝心地の良い清潔なシーツの中だった。
「ここは、天国か?」
「面白いことをおっしゃるのね。ここは、わたくしの部屋よ。あなた、うちの中庭で倒れていたから、あなたをここまで運んだの。」
「君が?」
「いいえ、うちの下男のジョンよ。」
「そうか。」
「まだ起きては駄目よ。あなたに必要なのは、栄養たっぷりの食事と、休息よ。」
「わかった。」
「お嬢様、大丈夫なのですか?勝手にあの子を・・」
「お義父様には、わたしから話しておくわ。」
海斗はそう言ってヘンリエッタを安心させた後、養父・ジョゼフが居る書斎のドアをノックした。
「お義父様、入ってもよろしいかしら?」
「あぁ、入ってくれ。」
「失礼致します。」
海斗が書斎に入ると、ジョゼフは執務机の前で、気難しそうな顔をしていた。
「どうなさったの、お義父様?何か問題でも・・」
「カイト、お前が中庭で保護した少年だが、どうやら厄介な事になったらしい。」
「もしかして、あの乱暴者がナイジェルを返せと、お義父様に文句を言いに来たの?」
「いや、わたしに文句を言いに来たのは、ナイジェルの実父だ。」
「あの子の実の父親?」
「あぁ・・グラハム卿だ。」
その名を養父から聞いた時、海斗は恐怖の余りその華奢な身体を震わせた。
グラハム卿―ウィリアム=アーサー=グラハムは、エリザベス女王のお気に入りの廷臣の一人で、政敵を葬り去る事に対して情け容赦がない事で知られている。
そんな冷酷非道な男と、養父がどのような関係にあるのか、海斗にはわからなかった。
「カイト、先程わたし宛に届いた手紙には、グラハム卿は明日我が家に来るそうだ。」
「急な話ですね。」
「あぁ。だから、失礼のないようにグラハム卿をもてなさなければな。」
「わたしにお任せください、お義父様。」
「頼んだぞ。」
ジョゼフからそう言われたものの、これまでどう客をもてなおしたらいいのかわからない海斗は、養母・アゼリアが生前使っていた部屋へと向かった。
海斗の養母・アゼリアは几帳面な性格で、領地の管理や家計管理、そして客人のもてなし方などを一冊の本に纏めていた。
「あった、このページだわ!」
海斗がそう言いながらそのページを捲ると、そこにはアゼリアの美しい文章と絵で事細かに客人をどうもてなすのかが書かれていた。
こうして海斗は、半日という限られた時間の中でグラハム卿を完璧にもてなす為の準備を終えた。
「ナイジェルの様子はどう?」
「あの方は、中庭でリュートの練習をしておりますよ。」
「ありがとう。」
ヘンリエッタに礼を言うと、海斗はナイジェルが居る中庭へと向かった。
ナイジェルが爪弾くリュートの音色に合わせ、海斗はいつの間にか歌っていた。
「ごめんなさい、つい・・」
「君は、綺麗な歌声をしているな。」
「ありがとう。歌は本格的に習った事は無いけれど、昔ここに来ていたロマの人達に歌と踊りを習ったわ。」
「ロマ?」
放浪の部族と呼ばれたロマは、黒い髪と瞳を持った者達だ。
彼らはこの時代の欧州に於いて、差別や迫害の対象となっていた。
「実は、わたしはこの家の養女なの。実の親が誰なのかわからないの。でも、わたしには大好きなお義父様がいらっしゃるから、寂しくないわ。」
「そうか。俺は、物心ついた頃から今の親方と暮らしていた。その前は、俺と母は小さな修道院で暮らしていた。母は、俺が三歳の時に肺炎で死んだ。母は俺を育てる為に、身を粉にして働いていた。」
「お父様を捜そうとは思わなかったの?」
「あぁ。私生児を産んだ母を屋敷からその身ひとつで追い出した男を、俺は父と呼べないし、これからも呼ぶつもりはない。」
そう言ったナイジェルの瞳は、何処か悲しみを宿していた。
「ねぇ、もう暗くなるから、屋敷の中へ戻りましょう。」
「あぁ。」
ナイジェルが海斗と共に中庭から去ろうとした時、急に背後から強い視線を感じて振り返ったが、そこには誰も居なかった。
「どうかしたの?」
「いいえ・・」
(今、誰かに見られていたような・・)
ナイジェル達が去った後、茂みの中から一人の男が出て来た。
その髪は、美しい銀色だった。
「見つけた、我が花嫁・・」
男はそう呟くと、闇の中へと消えていった。
冷たい夜風が、木々を揺らした。
「ねぇ、おかしくないかしら?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
グラハム卿をもてなす為、海斗は自分が持っている物で一番上等な深緑色のドレスを着ていた。
そのドレスは、アゼリアが海斗の為に仕立ててくれたものだった。
「お見えになられましたよ!」
グラハム卿一行が海斗達の元を訪れたのは、彼の手紙がジョゼフの元へと来てから数日後の事だった。
グラハム卿は、金髪碧眼のいかつい顔をした男だった。
どうやらナイジェルは、美人の母親に似たらしい。
「グラハム卿、ようこそいらっしゃいました。こちらが、わたしの娘のカイトです。」
「はじめまして。」
「素敵なお嬢さんですね。わたしの息子の結婚相手にいいかもしれん。」
グラハム卿はそう言ってあごひげを弄った後、自分の背後に立っている少年を自分の元へと呼び寄せた。
グラハム卿と瓜二つの顔をした少年は、海斗と目が合った途端、何処かへと行ってしまった。
「済まないな、息子は人見知りでね。」
グラハム卿とその息子を囲んだ夕食は、賑やかなものとなった。
「このパイは美味しそうですね。」
「我が家で獲れた苺を使った物なのですよ。」
グラハム卿は海斗お手製のパイに舌鼓を打った後、ジョゼフとある話をしに、彼と書斎へと入って行った。
海斗はナイジェルを捜しに、彼が滞在している離れへと向かった。
だが、そこには彼の姿はなかった。
(何処へ行ったのかしら?)
ナイジェルは、屋敷から少し離れた森の中にある小屋に居た。
そこには、産まれたばかりの狼の子供達が居た。
母親の狼は、数匹の子供達を遺して漁師に撃たれ、亡くなった。
ナイジェルは乳離れしたばかりの子供達の世話をしていた。
そこへ、ナイジェルの異母弟がやって来た。
「こいつらがお前の新しい家族か、ナイジェル?」
ナイジェルの異母弟・ジークは、そう言うと彼をまるで脅すかのように、手に持っていた松明を掲げた。
だがナイジェルは、このあばた面の異母弟が臆病者だという事を知っている。
だからナイジェルは、少し彼を脅す事にした。
「あぁ、お前を殺す日までに、こいつらと仲良くしようと思ってな。」
「う、嘘だ!」
「じゃぁ、今から確めてみるか?」
ナイジェルがそう言って一匹の狼をジークに向かってけしかけると、狼は彼に牙を剥いて威嚇した。
「ふん、こいつはまだガキの狼だ、僕を襲える訳がない!」
「どうした、ガキの狼相手に怯えているのか?」
「うるさい!」
苛立ったジークは、持っていた松明をナイジェルの顔に近づけた。
「お前の生意気な顔を焼いてやる!」
「その前にあなたの首が飛ぶわよ。」
炎のような髪をなびかせ、海斗はそう言うとジークの首筋に短剣を押し当てた。
「貴様、僕を誰だと・・」
「あなたが誰なのか、よく存じ上げているわ。親の威を借りた臆病者、グラハム家の恥さらし。」
「黙れ、赤毛の魔女め!」
海斗の言葉に、激昂したナイジェルは彼女を殴ろうとしたが、その前に海斗から強烈な膝蹴りを股間に喰らい、悲鳴を上げて地面に転がった。
「畜生!」
「今度わたしを侮辱したら、お前の食べ物に強烈な下剤を仕込んでやる!」
ジークが森から去った後、海斗はナイジェルの方へと向き直った。
「怪我は無い?」
「ああ。それよりも、君は強いな。」
「わたし、刺繍も剣術も好きなの。」
「そうか。」
海斗のような貴族の令嬢が剣術や馬術を習う事は珍しい。
戦場に出るのは男の仕事で、その帰りを待つのが彼らの妻や娘の仕事だからだ。
「この子達、可愛いわね。本当に狼なの?」
「まだ小さいが、立派な牙が生えているぞ。」
「まぁ!」
ナイジェルは、海斗と過ごしている時と、狼達と戯れている時だけが、心が安らいだ。
このままずっと、心安らかな時が続いたらいいのに―ナイジェルがそんな事を思い始めた時、悲劇が起きた。
海斗の養父・ジョゼフが狩猟中の事故で亡くなり、孤児となった彼女は修道院へ送られる事になった。
「ナイジェル、起きている?」
海斗が修道院へ送られる日の前夜、彼女はナイジェルの元へとやって来た。
「カイト、その髪は・・」
海斗の腰下まであった長い髪は、首の後ろに届くか届かないかの長さになっていた。
「ナイジェル、あなたこれから、親方とロンドンへ行くのでしょう?」
「あぁ。」
「わたしも連れて行って!わたし、修道院なんかには行きたくないの!」
「カイト・・」
「お願い、わたしを助けて!」
「わかった。親方には事情を話しておく。」
「ありがとう!」
こうして海斗は、ナイジェルと共に道化師見習いとして一路ロンドンへ旅立つ事になった。
「あの娘が逃げただと!?」
「はい、わたしが目を離した隙に・・申し訳ございません!」
「あの娘を見つけ出して、殺せ!」
「は?お嬢様と一緒に旅をするだと?ふざけるのもいい加減にしやがれ!」
ナイジェルの親方・フランクはナイジェルにそう怒鳴ると、彼に向かって鞭を振り上げようとした。
しかし、彼の前に海斗が現れると、フランクは鞭を下ろした。
「お嬢様、その髪は・・」
「わたしは殺されたくないのです。」
「わかりました。」
フランクは深い溜息を吐くと、海斗を道化師見習いとして連れて行く事にした。
「お嬢様、これからはあなた様を特別扱いしませんよ。かといって、優しくもしません。」
「わかっています。」
「道化師見習いとなるからには、何か芸を披露して頂かないと・・」
「わかりました、では・・」
海斗は深呼吸した後、幼い頃乳母がよく歌っていた子守唄を歌った。
その歌声は、美しく澄んだものだった。
「これでいかが?」
「いいでしょう。お嬢様、これからよろしくお願い致しますよ。」
「こちらこそ。親方、これからは俺の事をカイトと呼んでくだせぇ。」
海斗はそう言うと、笑った。
「ナイジェル、決して間違いを犯すんじゃねぇぞ、わかったな?」
「間違いって?」
「わざわざ俺が言わなくてもわかるだろう、鈍い奴だな!」
フランクはナイジェルの背を強く叩いた。
「安心して下さい、親方。」
「そうか。」
フランク達がロンドンへ向かっている頃、海斗の命を狙っている一人の貴婦人が、グラハム卿の元を訪れていた。
「ラウル様、お忙しいのにわざわざ来て下さり、ありがとうございます。」
「いいえ、こちらこそ色々とご子息の事で立て込んでいるのではなくて?」
「あいつの事は、諦めております。」
「まぁ、そうなの。」
貴婦人―ラウルは、淡褐色の瞳でグラハム卿を見た。
「確か下の息子さんは、ジークとおっしゃったかしら?今はどちらへいらっしゃるの?」
「ジークは風邪をひいてしまってね、中々治らないのですよ。」
「丁度良いわ、昨日風邪に効くハーブを摘んだのですよ。後で差し上げますわ。」
「そのお気持ちだけで充分です。」
「あら、残念。」
ラウルは口元を扇子で覆った後、客間から出て行った。
(魔女め!)
「奥様、お茶が入りました。」
「そう。」
「あのう・・」
「あの男、どうせわたしの事を魔女だの何だのと言っているのでしょう。放っておきなさい。」
「は、はい・・」
(何度でも言うがいい。最後に勝つのはこのわたし!)
「ラウル様、グラハム卿がお帰りになられました。」
「そう・・さてと、身支度を手伝って。王宮へ行かなければね。」
「王宮へ、ございますか?」
「ええ。」
ラウルは櫛で髪を梳き始めながら、グラハム卿と初めて会った日の事を思い出していた。
それは、王宮で開かれた宴の事だった。
皆酒を飲み、浮かれていた。
ラウルも、その一人であった。
「いや、離して!」
「へへ、お前もその気なんだろう?」
泥酔した男に迫られ、ラウルは必死に抵抗した。
気が付けば、彼女は血に塗れた短剣を握っていた。
そこへ、グラハム卿がやって来た。
彼はラウルと横たわっていた男を見ると、男の遺体を処理した。
「この事は、我ら二人の秘密に致しましょう。」
「はい。」
(まさか、こんなにグラハム卿との関係が続くとは思ってみなかったわね。)
エリザベス女王の廷臣である彼を利用しなくては、トレド家のような没落貴族は女王に見向きもされない。
生きる為には、嫌な相手に媚を売らなければならないのだ。
「奥様、本日の宝石はいかが致しましょう?」
「そうね。このエメラルドのネックレスがいいわ。」
「かしこまりました。」
侍女から手渡されたエメラルドのネックレスは、かつて結婚の約束をしていた相手からの贈り物だった。
「まぁラウル、そんなに着飾って何処へ行くのかしら?」
ラウルが廊下を歩いていると、そこへ兄嫁・イザベラがやって来た。
「王宮ですわ。」
「婿捜しをするにしては、地味なドレスね?」
「ただ派手に着飾ればいいのではありませんわ、お義姉様。」
ラウルは、これ以上イザベラと話したくなくて、そのまま彼女の横を通り過ぎた。
「相変わらず、気味が悪い子ね!」
(うるさい女よりは良いわ。)
王宮へと向かう馬車に揺られながら、ラウルは亡き恋人の顔を思い出していた。
もし彼が生きていたら、今頃自分はどうなっていただろうか―そんな事をラウルが思っていると、突然馬車が揺れて停まった。
「どうしたの?」
「申し訳ありません、馬車の前に突然人が飛び出してしまって・・」
ラウルが馬車の窓から顔を出すと、道に長身の男が倒れているのを見た。
「早くその男を退かしなさい。」
「はい・・」
御者のパトリックは馬車の進路を妨げている男を退かそうとしたが、その身体はビクともしなかった。
「どうしたの?」
「男が・・」
ラウルは舌打ちすると、馬車から降りた。
男の方を見ると、彼は時折唸っているが一向に起きようとはしない。
そっと爪先で男の腰辺りを蹴ると、漸く男は静かに目を開けた。
「やっと起きたのね。さっさとここから立ち去って頂戴。」
「わかった・・」
男はそう言って立ち上がり、ふらふらとした足取りで雑踏の中へと消えていった。
「王宮へ急いで。」
「はい。」
ラウルを乗せた馬車が静かに動き出した頃、海斗達は近くの町で芸を披露していた。
ナイジェルが奏でるリュートの音色に合わせて歌い踊る海斗と狼の芸は人気を博し、行く先々で彼らは温かい毛布と食事にありつけた。
「お前ぇのおかげだぜ、カイト!こんなに儲かったのは、はじめてだ!」
フランクはそう言うと、美味そうにエールを飲んだ。
「親方、おいらちょっと買い物に行って来ます。」
「気を付けて行けよ、最近物騒だからな!」
「はい!」
海斗は宿屋から出て、買い物をする為町を歩いていた。
すると、背後からじぶんをつけてくる気配がしたので、海斗は人気のない場所へ移動すると、木陰に身を隠し尾行者の喉元に短剣を突きつけた。
「ひぃ!」
「あなた、さっきから俺の後をつけていましたよね?」
「誰が言ったの?」
「それは・・」
尾行者が次の言葉を継ごうとした時、空気が唸る音が聞こえ、彼の胸に矢が深く突き刺さっていた。
(この矢は、一体何処から・・)
姿勢を低くしたまま、海斗が周囲を見渡すと、銀色の髪をなびかせた男が自分の方へとやって来ている事に気づいた。
海斗は静かに、その場から立ち去り、宿屋へと戻っていった。
「カイト、どうした?顔色が悪いぞ?」
「ナイジェル、実は・・」
海斗はナイジェルに、何者かに命を狙われている事を話した。
「そうか。親方に話して、すぐにこの町から離れるように頼んでみる。」
「ありがとう、ナイジェル。」
買い物をした後、ナイジェルはフランクの部屋へと向かった。
「親方、居ますか?」
「どうした、そんな深刻そうな顔をして?」
「実は・・」
ナイジェルは、フランクに海斗の命が何者かに狙われている事を話した。
「今から移動したら、次の町に着く前に暗くなっちまう。明日の朝、ここを出るぞ。」
「はい。」
「カイト、風呂の用意が出来たぞ。」
「ありがとう。」
海斗が台所へと向かうと、そこには風呂桶が暖炉の近くに置かれていた。
三日ぶりの風呂を満喫した後、海斗は台所の窓から外を見ると、闇の中で揺らめく白銀の髪のようなものが見えた。
(気の所為かな?)
その日の夜、海斗が部屋で眠っていると、突然狼のガブリエルが激しく吠え始めた。
「どうしたの、ガブリエル?」
眠い目を擦りながら、海斗が窓の方を見ると、外にはあの男の姿があった。
「ひっ!」
「カイト、どうした?」
「ナイジェル、今外に・・」
海斗がそう言って部屋から出ようとした時、男が窓を突き破って部屋に入って来た。
「動くな。少しでもおかしな真似をしたら殺す。」
銀髪の男は、海斗の首にナイフを押し当てながらそう言うと、真紅の瞳で彼女を睨んだ。
「俺を、どうするつもり?」
「一緒にわたしと来て貰おう。話はそれからだ。」
「わかった。」
海斗は男と共に、ある場所へと向かった。
そこは、あのストーン・ヘンジを思わせるかのような古代の神殿のような所だった。
「ここは?」
「我々の聖地だ。かつて、ここは我々の一族が治めていた。しかし、ここは“敵”に滅ぼされた。」
「“敵”?」
「人間だ。お前は、わたしの花嫁。」
「何を、言っているの?」
「自分でも身に覚えがあるのだろう?どんな大怪我でも一時間経てば治る。よく、謎の渇きに襲われる・・」
「そんなの、良くある事でしょ?」
「お前は、人間ではない。」
「そんな・・」
「いつまで、人間と共に居るつもりだ?彼らはお前より早く死ぬ。」
「俺に、どうしろっていうの?」
「わたしと共に生きてくれ。」
「カイトから離れろ!」
「ナイジェル・・」
「人間風情が、わたしの邪魔をするな。」
男はそう言うと、ナイジェルを突き飛ばした。
男に突き飛ばされたナイジェルは、石柱に頭をぶつけて気絶した。
「俺に近づくな!」
「これでわたしを刺すつもりか?」
海斗は男を短剣で刺そうとしたが、その刃は海斗の胸に深々と突き刺さった。
「カイト、しっかりしろ!」
「無駄だ。」
「貴様ぁ!」
激情にかられたナイジェルが男を睨みつけると、彼はナイジェルに短剣を投げて寄越した。
「この者は、少し眠っているだけだ。じきに目を覚ます。」
「お前、何者だ?」
「闇の眷族・・古の時代、“神”と呼ばれた者だ。」
男は海斗の髪に優しく触れた後、そのまま闇の中へと消えていった。
「カイト、大丈夫か!?」
「ナイジェル・・」
ナイジェルが海斗の胸の傷を見ると、傷口は完全に塞がっていた。
「ナイジェル・・」
「早く戻ろう、親方が心配している。」
「うん・・」
(知られてしまった・・ナイジェルに、俺の秘密を。)
「どうした、カイト?」
「何でもありません、親方。」
ロンドンに着いた海斗は、ナイジェルが急に自分に対して時折避けている事に気づいた。
「ナイジェルはどうした?」
「さぁ・・」
「パンを買いに行くと言って、全然戻って来ねぇんだ。少し様子を見て来てくれねぇか?」
「はい。」
海斗がパン屋へと向かうと、そこにナイジェルの姿はなかった。
(ナイジェル、一体何処へ・・)
雑踏の中で必死に海斗がナイジェルを捜していると、ガブリエルが海斗の元に駆けて来た。
「ガブリエル、これはナイジェルの・・」
海斗は、ガブリエルが咥えているナイジェルのハンカチを見て、嫌な予感がした。
「ガブリエル、俺をナイジェルの所へ連れて行って!」
ガブリエルに導かれる様にして、海斗はナイジェルの元へと向かった。
そこは、ある貴族の地下牢だった。
(ナイジェル、何処に居るの?)
ナイジェルは、地下牢の一番奥に居た。
「ナイジェル、ナイジェル!」
「カイト、か?」
そう言って海斗を見つめたナイジェルの身体は、傷だらけだった。
特に酷かったのは、右目の傷だった。
「一体、ここで何があったの?」
「逃げろ、カイト!」
海斗は何者かに後頭部を殴られ、気絶した。
「この子が、お前の恋人かい?」
ラウルはそう言うと、ナイジェルを見た。
「あんたは、一体何が目的なんだ?」
「グラハム卿に、私生児が居るなんて知らなかったわ。」
ラウルは、ナイジェルの血だらけの右目に包帯を巻いた。
「俺には、父親など居ない!」
「自分があの役立たずな息子よりも身分が低いのは、我慢ならないだろうね。」
「何が言いたい?」
「お前は、一生日蔭の身で居るつもり?お前のような聡明な子は、父親よりも高い地位の人間になる事だって出来る。わたしに仕えれば、の話だけれど。」
ナイジェルは悪魔に魂を奪われぬよう、彼女と目を合わせないようにした。
「強情な子だね。まぁいい、わたしにも考えがある。」
「待て!」
地下牢から出たラウルは、女中に“ある物”を持って来るよう命じた。
「ん・・」
「気が付いた?あなたは屋敷の前で倒れていたのよ。」
海斗は、目が覚めると天蓋で覆われた寝台の中に居た。
「あなたは・・」
「わたしは、ラウル=デ=トレド。さぁ、このワインをお飲みなさい。元気になるわ。」
「はい・・」
海斗はラウルに言われるがままに、“ワイン”を飲んだ。
「さぁ、ゆっくりと休みなさい。」
“ワイン”を飲んだ後、海斗はゆっくりと眠りの底へと落ちていった。
「ラウル様・・」
「どうしたの?」
「久しいな、ラウル。」
「あら、こちらにあなたがいらっしゃるなんて、珍しい事。」
ラウルは、銀髪の男―ルシフェルを見てそう言った後、笑った。
「わたしの花嫁を、どうするつもりだ?」
「まだあなたの花嫁と決まった訳ではないでしょう?」
「地下牢の人間を、どうするもりだ?」
「それは秘密。」
ルシフェルは、ラウルの胸元に輝くエメラルドのネックレスを見た。
「まだ、あの男に未練があるのか?」
「まぁね。」
「あの人間を、殺すのか?」
「いいえ。殺すのは間違いないけれど、あんなに綺麗な子を、放っておく訳ないわ。」
「そうか。」
ルシフェルは、そう言うと笑った。
「ナイジェル、元気なんですか?」
「ええ。」
ラウルに案内されたのは、トレド家のワインセラーだった。
ナイジェルは、樽に縛り付けられていた。
そして、彼の手首から真紅の血が流れ、それはグラスに注がれていた。
「そんな・・」
「この子は、もう死んでいるわ。」
ナイジェルの遺体に抱き着いて泣き喚く海斗の頬を、ラウルは優しく撫でた。
「彼を救う為には、あなたの血が必要よ。」
ラウルは、海斗に短剣を手渡した。
「やり方は、わかっているわね?」
海斗は短剣で己の手首を傷つけると、その血をナイジェルに飲ませた。
こうして、ナイジェルは吸血鬼となった。
「カイト、どうした?」
「少し、昔の事を思い出していただけ。」
「そうか。」
オペラ座の地下でのレッスンを終えた海斗の様子が少しおかしい事に気づいたナイジェルは、彼女をカフェへと連れ出した。
「俺の所為で、あなたが・・」
「あの時、お前に助けて貰わなければ、俺は死んでいた。」
「でも・・」
ナイジェルは、そっと海斗の手を握った。
「あの時の事を今悔やんでも仕方ない。過去を見つめるよりも、未来を見つめる方が大事だ。」
「うん・・」
二人がカフェを出てオペラ座へと戻ると、バレリーナのエリスが何やら慌てた様子で彼らの元へとやって来た。
「カイト、大変なの!アンジェリカの声が出なくなっちゃった!」
「そんな・・今日は、皇太子様がいらっしゃるのに。」
「カイト、あなたが、アンジェリカの代役をして!」
「え!?」
「もう時間が無いわ!」
エリスに支度部屋へと連れて行かれた海斗は、楽譜を渡された。
「ナイジェル、俺に出来るかな?」
「大丈夫だ、自分を信じろ。」
ナイジェルに励まされ、海斗は生まれて初めてオペラ座の舞台で歌った。
「カイト、素晴らしかったわ!」
「そうかな?」
「そうよ。」
「オペラ座の新たなプリマドンナの誕生ね!」
美しい歌声を持った赤毛の歌姫を、ウィーンのマスコミは称賛した。
「“ウィーンの新星誕生”・・」
「奥様、どうかなさったのですか?」
「いいえ、何でもないわ。」
下着姿の貴婦人は、そう言うと新聞を閉じた。
「今日のドレスは、この紫のドレスがいいわね。」
「かしこまりました。」
「宝石は、エメラルドのネックレスがいいわ。」
ホーフブルク宮で開かれた皇帝主催の舞踏会には、社交界デビューを迎えた貴族の令嬢達の姿があった。
「ねぇ、今夜は皇太子様にお会いできるかしら?」
「一度だけでもいいから、お会いしたいわ!」
令嬢達がそんな話をしていると、一組の男女が大広間に入って来た。
美しい赤毛をシニョンに纏め、緑のドレスを着た海斗は、隣に立っているナイジェルを見た。
「ナイジェル、俺おかしくない?」
「大丈夫だ。」
「そう、良かった。」
海斗の胸元には、ナイジェルから贈られたトパーズのネックレスが輝いていた。
「ネックレス、ありがとう。大切にする。」
「あらぁ、久し振りね。まさか、こんな所で会えるなんて。」
背後から美しい声が聞こえ、海斗とナイジェルが振り向くと、そこには華やかなドレスで着飾った宿敵の姿があった。
「どうして、あなたが・・」
「招待されたのよ。あなたの歌声、聞きたかったわ。」
ラウルはそう言うと、そのまま去っていった。
「大丈夫か?」
「ええ・・」
帰りの馬車の中で、ラウルは口端を歪めて笑った。
「お帰りなさいませ、奥様。」
「お帰りなさいませ。」
「暫く部屋で一人にして。」
「はい・・」
ラウルは自室に入ると、結っていた髪を解き、櫛で梳き始めた。
(これから面白くなって来た・・)
「ラウル、こんな所に居たのか?」
「あらあなた、お早いお帰りね。ブタペストで羽を伸ばしていらしたのではなくて?」
「君に会いたくてね。」
「まぁ、嬉しい。」
ラウルは愛想笑いを夫に浮かべながら、彼に抱き着いた。
「週末、フロイデナウ競馬場へ行かないか?」
「わかったわ。」
週末、ウィーン郊外のフロイデナウ競馬場で、ラウルは海斗とナイジェルを見かけた。
「ラウル、どうしたんだい?」
「いいえ、古い“知り合い”を見かけたのよ。」
「そうか。」
(わたしを、お前達は殺せない。お前達の断末魔の悲鳴を聞くのが、今から楽しみだわ。)
コメント

愛の宝石☨1☨

2024年05月07日 | FLESH&BLOOD 人魚ハーレクインパラレル二次創作小説「愛の宝石」
「FLESH&BLOOD」の二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

海斗が両性具有です、苦手な方はご注意ください。

その日は、嵐だった。

「クソ!」

こんな日に船を出すんじゃなかった―ジェフリー=ロックフォードはそう思いながらも今にも沈みそうになる舟を漕いでいた。
きっかけは、ジェフリーと彼の継父が口論した事だった。
ジェフリーの継父、ジェイクが、この海底にレアメタルが眠るという噂話を信じ、自分が所有する土地の権利書を開発業者に渡そうとした事をジェフリーが知り、“私利私欲で自然を破壊するなんておかしい”と罵られ、ジェフリーにこう言い放った事だった。
「出て行け、お前なんて俺の息子じゃない!」
「出て行くさ、もうこんな家には居られるか!」
嵐の中を小舟で漕いでいくなんて、我ながら無謀だと思った。
だが、その時ジェフリーは頭に血が上っていた。
急いで岸に戻ろうとしたが、後少しという所で、転覆してしまった。
このまま死んで堪るか―ジェフリーは、荒れ狂う波の中を必死に泳いだ。
しかし、彼は岸に辿り着く前に力尽きてしまった。
(畜生、このまま死ぬのか・・)
そう思いながらジェフリーが目を閉じると、誰かが自分を抱く感触がした。
「ん・・」
ジェフリーが目を開けると、そこは岸だった。
誰かが、自分を岸まで運んで来てくれたのだった。
ジェフリーは、岸まで自分を運んで来てくれた者に礼を言おうとしたが、誰も居なかった。
ただ、薄れゆく意識の端で、ジェフリーは海の中で光る“何か”を見つめた。
(はぁ、良かった・・見つからなかった。)
ジェフリーを助けた人魚―海斗は、そう思いながら海の底へと―自分の棲家へと戻っていった。
「海斗、何処へ行っていたの?」
「ちょっと、人助け・・」
「もしかして、また人間を助けたの?」
親友・和哉に追及され、海斗は思わず目を伏せた。
海斗達人魚は、人間に関わってはいけないという掟がある。
しかし海斗は、海に溺れた人間を助けたりして、人魚の長から度々注意されたが、その行動を改めようとしなかった。
「人助けして何が悪いんだよ!それに、人間に姿を見られていないし・・」
「油断しちゃだめだよ、海斗。」
「わかったよ・・」
(あ~、最悪!)
海斗は溜息を吐きながら、“お気に入りの場所”へと向かった。
そこは、王国から少し離れた洞窟の中だった。
中には、この近辺で沈没した船に積まれていた宝物があった。
金のカップ、エメラルドのネックレス、サファイアのブローチ―海斗は毎日それらの財宝を眺めては、人間の生活に想いを馳せていた。
(そういえば、助けた人の瞳も、こんな色をしていたな・・)
海斗はそう思いながら、美しいサファイアの指輪を見た。
(そろそろ戻らないと・・)
海斗は洞窟を出て王国へと戻ろうとした時、途中で不気味な洞窟を見つけた。
好奇心旺盛な海斗がその中を覗いてみると、中は漆黒の闇に包まれていた。
「おい、そこで何をしている?」
背後から急に声を掛けられ、海斗が振り向くと、そこには長身の逞しい人魚の姿があった。
「あの・・」
「ここには近づくな。魂を奪われるぞ。」
「はい・・」
長身の人魚―ヤンは、海斗が洞窟の中から出ていき、王国へと戻っていく姿を見送ると、洞窟の中へと入った。
ヤンが奥へと進むと、一匹の人魚が金色の瞳で彼を見つめた。
「遅かったね、ヤン。」
「さっき、この中に入ろうとしていた若い人魚を止めた。」
「赤毛の子かい?彼を、こちら側に引き込もうと思っていたのに・・」
金色の瞳の人魚―ラウルは、そう言うと笑った。
彼は、王国を追放された人魚だった。
その理由は、彼が黒魔術を使ったからだった。
ラウルは王国から追放され、この洞窟に住むようになった。
そして彼は、“商売”を始めた。
その“商売”は、ラウルの魔力を頼りに来た人魚の望みを叶える、というものだった。
「あの・・」
「おやおや、貴族のお嬢様がわたしに会いに来てくれるなんて、何かお困りのようだね?」
「憎い相手を、呪い殺して欲しいの。」
そう言った黒髪の人魚は、昏い瞳でラウルを見た。
「そう。ではここに、お前の憎い相手の名をお書き。」
「でもインクがありません。」
「インクなら、お前の中に流れる血で充分さ。」
「はい・・」
黒髪の人魚は、ラウルに言われるがままに、自分の血をインク代わりにして、“死の契約書”にサインした。
「これで、お前をいじめている相手は三日後に死ぬよ。」
「ありがとう!」
三日後、黒髪の人魚をいじめていたブロンドの人魚は、悲惨な事故に遭って死んだ。
「あなたのお蔭よ、ありがとう!」
「礼など要らないよ。もうその呪いの“代価”は頂いているからね。」
「え?」
黒髪の人魚は、突然血を吐いた。
「どうして・・」
「呪いの代価は、“命”。それがこの世の掟だよ。」
「またやったのか、懲りないな、あんた。」
「わたしを訪ねて来る者は、心に闇を持つ者さ。」
「お前のような、か?」
「さぁね。わたしは人を愛する事などとうの昔に忘れてしまったよ。」
ラウルはそう言うと、笑った。
「そいつは、人魚だったのか?」
「いや、人間さ。馬鹿な事をしたものだよ、人間に恋をするなんて。」
人間と人魚は、互いに相容れない存在だった。
人間は金の為に海を荒らす。
そして不老不死の妙薬である人魚の肉欲しさに、その命を奪うのだ。
だが、ラウルは愚かに敵である人間に恋をした。
漁師の網に引っかかった彼を救ってくれた人間は、ラウルに優しくしてくれた。
互いに惹かれ合い、口づけを交わしたが、それ以上の関係には進まなかった。
ただ、一緒に居られるだけで良かった。
しかし、二人の恋は、人間の死で終わりを告げた。
それ以来、ラウルは誰も愛さなくなった。
その代わりに、黒魔術に傾倒していったラウルは、国王が溺愛していた王子に呪いをかけ殺した。
その王子が、ラウルの恋人を殺した人魚だった。
復讐を果たしたラウルは、王国から追放された。
だが、彼の魔力は王国内で噂となり、時折洞窟を訪れる貴族達のお蔭で、ラウルの生活は潤っていた。
そんな中、ヤンが追い払ったあの人魚―海斗が、再び洞窟を訪れた。
「おや珍しい、君のような子がこんな所に来るなんて珍しいねぇ。」
「あんたに、頼みたい事があるんだ。」
「もしかして、人間になりたいから、力を貸してくれとか?いいけれど、その“代価”はちゃんと頂くよ。」
ラウルはそう言うと、海斗に短剣を渡した。
「さぁ、お前の血のインクでこの契約書にサインを。」
「わかった・・」
海斗は震える手で契約書にサインした。
「この薬を飲んだら、人間になれるよ。」
「ありがとう。」
(これで、ジェフリーに会える!)
「おい、あの坊やにあの薬を渡したのか?」
「だとしたら、何?わたしにはもうあの薬は必要ないから、あの坊やにあげただけさ。」
(馬鹿な子、人間に恋をしても、結ばれないというのに!)
海斗はラウルから渡された薬を飲むと、全身に焼けつくような痛みが走った。
彼は慌てて岸まで泳ぐと、そこで意識を失った。
ジェフリーは、日課のウォーキングを海岸沿いでしていると、岸辺に一人の少年が倒れている事に気づいた。

彼の髪は、鮮やかな赤毛だった。

「おい、しっかりしろ!」
「ん・・」

少年は低く呻くと、黒真珠の瞳でジェフリーを見た。

「ジェフリー、やっと会えた・・」

ジェフリーの蒼い瞳に見つめられた海斗は、再び気を失った。

「畜生、困ったな・・」
「ジェフリー、こんな所で何をしているんだ?」
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翠の騎士 炎の姫君1

2024年05月06日 | FLESH&BLOOD 異世界転生パラレル二次創作小説「翠の騎士炎の姫君」
「FLESH&BLOOD」二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

海斗が両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

「はぁ・・」

海斗は、何度目かの溜息を吐くと、山のように流しに溜まっている食器を洗い始めた。
リビングの方からは、夫が缶ビール片手に下らないバラエティー番組を観ている音が聞こえて来た。
こっちは朝から晩まで忙しく働いているのに、夫は家事を手伝ってくれない。
『え~、家事はお前の仕事だろ?』
一度、家事の分担を夫と話し合ったら、彼は笑って海斗の提案を一蹴した。
『海斗は外国育ちだから、わからないんだろうけどさぁ、ここは日本だよ?日本では昔から、男は外で稼ぎ、女は家事・育児・介護するのが普通なの!俺がちゃんと稼いでやっているんだからさ、海斗も上手くやっていてくれよな!』
夫とは、大学時代に所属していたサークル仲間の紹介で知り合った。
初めて会った時、夫は頼りになる人だと思った。
だが結婚した途端、夫は海斗にぞんざいな態度を取るようになった。
「あ、俺もう寝るわ。」
夫はテレビを消すと、そのまま寝室に入っていった。
海斗がキッチンからリビングに戻ると、そこには夫が飲み食いしていた缶ビールやポテトチップスの袋が散乱していた。
いつまで、こんな状態が続くのだろう―海斗がそんな事を思いながら自宅マンションの部屋を出て通勤路を自転車で漕いでいると、突然脇道から一台の軽乗用車が猛スピードで彼女の方に突っ込んで来た。
海斗は自転車ごと宙に舞い、アスファルトの地面に叩きつけられた。
「誰か、救急車っ!」
人々の悲鳴や怒号、そしてパトカーや救急車のサイレンも、徐々に遠ざかってゆくのを海斗は感じた。
「ん・・」
「お目覚めになられたぞ!」
「早く、医者を!」
海斗が恐る恐る目を開けると、そこは深い翠に囲まれた森だった。
「皇女様、大丈夫ですか?」
「ここは、一体・・」
「あなたはあの木から落ちたのですよ。さぁ、起き上がれますか?」
そう言って美しい翠の瞳で自分を覗き込んでいるのは、黒の衣装にその身を包んだ男だった。
「吐きそう・・」
突然起き上がった所為で、海斗は酷い偏頭痛と吐き気に襲われた。
「皇女様、ご無事でしたか!?」
男の背後から姿を現したのは、世界名作劇場に出て来るような、古めかしい服装をした男だった。
「どうやら、皇女様は木から落ちた際、頭を強く打たれたようです。わたしが、この方を城までお連れ致します。」
「そ、そうですか・・」
黒衣の男に横抱きにされ、海斗は訳がわからないまま馬に乗せられた。
「少し揺れますので、しっかりつかまって下さい。」
「うん・・」
馬に揺られながら、海斗はいつの間にか眠ってしまった。
“残念ですが、奥様はもう・・”
“・・君、あなたの所為よ~!”
ヒステリックな母の金切り声。
“まだ若いのに、可哀想ねぇ・・”
“あの人、婿養子でしょ?今住んでいるマンションの部屋、追い出されるんじゃないの?”
読経の声や、周囲の夫への心無い声は、もはや自分には関係の無い事だった。

(どうやら、眠ってしまわれたようだ・・)

黒衣の男―ビセンテは、そう思いながら海斗の髪をついていた木の葉をそっと払った。

(わたしが、生涯をかけてあなた様を全力でお守り致します、カイト様。)

やがて、ビセンテ達は森を抜け、白亜の城へと辿り着いた。

「カイト、一体何処へ行ってしまったのやら・・」
「皇妃様・・」
「カイト様はすぐに戻られますわ。」
白亜の城の中では、エステア皇国皇妃・アシュリーが海斗の身を案じていた。
「皇妃様、カイト様が戻られました!」
女官の言葉を聞いたアシュリーは、部屋を飛び出し、ビセンテ達を王宮の中庭で出迎えた。
「カイト!」
「お母様、心配をお掛けしてしまって申し訳ありません!」
「お前が無事で良かったわ。ビセンテ、カイトを見つけてくれてありがとう。」
「いいえ・・」
「お部屋で休んで参りますわ、お母様。」
海斗はアシュリーに一礼すると、王宮の中へと入った。
(広いな・・さっきはあの人の手前、部屋に行くと言っていたけれど、何処にあるのかわからない。)
海斗がそんな事を思いながら廊下を歩いていると、そこへビセンテがやって来た。
「お部屋まで案内致しましょう。」
「ありがとう。」
「後で医者を呼びます。」
「わかった・・」
漸く海斗が自分の部屋に入ると、ビセンテは彼女にそう言った後、部屋から出て行った。
(あ・・何だか、眠くなってきちゃった・・)
寝室に入った海斗は、そう思いながら次第に寝台の中で眠ってしまった。
同じ頃、アシュリーは夫であるレオンハルトを見舞っていた。
彼は病弱で、頑健な父が退位した後皇位を継いだが、一年の大半を寝室で過ごしていた。
「あなた、今日は調子が良いの?」
「あぁ。だが、わたしはいつまで君達と居られるのかわからない。」
「そのような事、おっしゃらないで。」
「アシュリー、もしわたしに何かあったら、カイトを・・」
「あなた、しっかりして!」
その日の夜、レオンハルトは崩御した。
葬儀には、彼を慕う多くの国民達が参列した。
「これから、どうなってしまうのかしらね?」
「陛下が、後継者としてカイト様を指名されたとか・・」
「カイト様なら、大丈夫ね。」
「確かに。」
「でも、あの方が黙っていないわね。」
レオンハルトの葬儀から一月後、ビセンテは海斗に呼び出された。
「カイト様、これから戴冠式の予行練習を行います。」
「あの・・」
「何でしょうか?」
「俺、本当にこの国の女王になるんですか?」
「そうです。」
ビセンテは、海斗の様子が少しおかしい事に気づいた。
「カイト様、もしかしてあなたは記憶を喪っておられるのですか?」
ビセンテの問いに、海斗は静かに頷いた。
ビセンテは大きく溜息を吐いた後、海斗の手を握ってこう言った。
「わたしが、命を掛けてあなた様をお守り致します。」
「ありがとう・・」
レオンハルトが崩御して半月後、エステア皇国に新しい女王が産まれた。
「カイト様、大丈夫ですか?」
「うん・・」
「では、参りましょう。」
ビセンテにエスコートされながら、海斗は女官達と共に馬車へと乗り込んだ。
彼らを乗せた馬車は、戴冠式の会場である荘厳な大聖堂の前で停まった。
戴冠式は、滞りなく行われた。

「God Save The Queen!」

海斗の頭上にダイヤモンドとエメラルド、真珠で飾られた王冠が載せられた瞬間、大聖堂の外から歓声が聞こえた。
「女王陛下、万歳!」
「女王陛下、万歳!」
馬車の中から国民達に手を振りながら、海斗は王冠の重みに耐えていた。
「あ~、疲れた!」
王冠をビセンテに外して貰った後、海斗はそう叫んでソファに横になった。
「陛下、休んでいる暇はありませんよ。」
「わかったよ・・」
ソファから起き上がり、ドレスについた皺を直した海斗は、舞踏会が開かれている大広間へと向かった。
「女王陛下のお成り~!」
海斗の姿を見た途端、それまで談笑していた貴族達が一斉に黙り込んだ。
「陛下、一曲踊って下さいませんか?」
「喜んで。」

海斗とビセンテがワルツを踊り始めると、周りに居た貴族達もワルツを踊り始めた。

(あれが、新しい女王・・)
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大型連休、終わりましたね。

2024年05月06日 | 日記
わたしはスーパーで働いているので、大型連休は仕事です。
まぁ、土日祝休みよりも、平日休みの方が空いているし、公共交通機関は平常ダイヤだから移動しやすいのでいいです。
殆んど自転車で近場を移動するだけですが(笑)
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浅葱色の若人達 1

2024年05月05日 | 薄桜鬼 現代転生警察学校パラレル二次創作小説「浅葱色の若人達」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは関係ありません。

二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。

「僕の将来の夢は、お医者さんになる事です!」
「わたしの夢は、弁護士になる事です!」

小学校の授業参観日でよくある、子供達が“将来の夢”についての作文をクラスで発表する光景。
それは、穏やかなものだった。
ある児童の番になるまでは。

「は~い、次は土方君の番ね!」
「僕は将来、警察官になって、悪人を一人残らずぶっ殺したいです!」

紫の瞳をキラキラと輝かせながらそんな物騒な内容の作文を発表したのは、警察一家の末っ子として生まれた土方歳三少年だった。

「もぅ、兄さんがトシに変な事を吹き込んだから、あんな作文をトシが書いちゃったじゃないの!」
「いいじゃねぇか、男は少しヤンチャな所があるのが愛嬌ってもんだ。」
「トシ、あんた何であんなの書いたのよ?」
「“好きな事書いてもいい”って、先生に言われたから・・」
「ははっ、だったら先生もお前ぇを責められねぇな!」
「笑い事じゃないわよ、もうっ!」

こうして土方家の夜は、楽しく更けていった。

「なぁ彦兄、俺警察官になれるかな?」
「あぁ、トシなら、絶対になれるさ。」
「本当!?」
「おうよ、何だってお前ぇは、あの父ちゃんの息子なんだから。」

そう言った彦次郎は、仏間に飾られているある人物の遺影を見つめた。

(なぁ隼人、てめぇの息子も、同じ道を歩みてぇだと。やっぱり、血は争わねぇな・・)

「彦兄?」
「さ、寝ようか。明日は朝から俺が剣道の稽古つけてやっからよ!」
「うん、お休み!」
「あぁ、お休み。」

あれから二十年余りの月日が経ち、歳三はあの作文に記した将来の夢の通り、警察官となった。

「お疲れ様で~す。」
「お疲れ~」
「おぅ土方さん、お疲れ!」

そう歳三に声を掛けたのは、警視庁組織犯罪課の、永倉新八だった。

「新八、また飲みに行くのか?」
「へへ、情報収集ってやつよ。土方さんも一緒に行くか?」
「いや、俺はいい。さっき大がかりな帳場が閉まったばかりでな。さっさと帰って風呂入って寝たいんだよ。」
「色気がねぇなぁ。土方さんが来たら夜のお姉ちゃんたちが俺に優しくなるんだぜ。」
「とか言っててめぇ、俺に酒代奢らせるつもりだろ?」
「チェ、バレたか。」
「お~い新八っつぁん、早く行こうぜ!」
「じゃぁな!」

(ったく、あいつらまた二日酔いする程飲むつもりだな・・)

歳三はそんな事を思いながら、自宅アパートのエントランスへと辿り着いた。

郵便ポストをチェックすると、差出人の氏名がない不審な郵便物が入っていた。
部屋に入った後、歳三は慎重に自分の指紋を残さないよう、ゴム手袋をつけてその郵便物の封を切った。
中には、血で汚れた腕時計と、一枚のメモが入っていた。
“このアドレスにアクセスしろ。”
メモに書かれたアドレスへとパソコンでアクセスすると、そこには、“殺人ミュージアム”という不気味なサイトだった。
“お前に贈った腕時計の持ち主は、今夜十二時に殺される。それまでに持ち主を特定して救出せよ。”

(ふざけやがって・・)

十二時まで、あと二時間しかない。
その時、歳三の携帯がけたたましく鳴った。

「もしもし?」
『トシ、俺だ・・』
「勝っちゃん、何でこんな時間に・・」

(まさか、この腕時計の持ち主は・・)

『済まない、悪い奴に捕まっちまった・・』

そう自分に詫びる親友の声の背後から、何かの機械音が聞こえた。

(ここから一番近い工場は・・ここだ!)

すぐさま歳三は勇の監禁場所を割り出し、彼の自宅近くにある廃工場へと向かった。

「勝っちゃん、何処だ、勝っちゃん!」

懐中電灯を照らしながら歳三が勇の姿を探していると、奥から血の臭いが漂ってきた。

「勝っちゃん・・」

奥の柱に、勇は血塗れのまま縛り付けられていた。

「待ってろ、今助け・・」
「ごめんな、トシ・・」

それが、親友が発した最期の言葉だった。
漆黒の闇に、歳三の慟哭がこだました。
勇の遺体を抱いた歳三は、近所の住民から通報を受けて駆け付けた警官が彼を勇の遺体から引き剥がそうとするまで、“彼”の元から離れようとしなかった。

「嫌だ、勝っちゃん、嫌だ~!」
「落ち着いて下さい、落ち着いて!」

目の前で親友が遺体袋に入れられ、救急車で搬送されてゆく姿を見た歳三は酷く取り乱し、彼が乗せられた救急車の後を追った。

「嫌だ、勝っちゃん、俺を置いて逝くな!」

降りしきる雨の中、血塗れのコートを着て夜の街を走っている歳三の姿を、道を歩く人々は怪訝そうな表情を浮かべていた。

―何あれ?
―ドラマの撮影?
―にしては血のりがリアル過ぎじゃない?

彼らは時折そんな事を言いながら、家路を急いでいた。
歳三はわき目も振らず夢中に走っていたので、突然車が猛スピードで突っ込んで来て、避けられなかった。

(勝っちゃん・・)

薄れゆく意識の中で、歳三は勇を呼び続けた。

「土方君、土方君!」

うるせぇ。

「土方君ったら、起きてよ!」

うるせぇ、俺は眠てぇんだ、寝かせろ。

「土方君~!」
「あ~うるせぇ!」

苛々しながら歳三が目を開けると、そこは病院のベッドの上だった。
起き上がろうとした彼だったが、足がギブスで固定されている事に気づいた。

「三日間、君は意識を失っていたんだよ。左足は複雑骨折、肋骨を三本骨折しているから、暫く入院が必要だね。」
「入院だと?悪ぃがおあれはそんな事をしている暇はねぇ!」
「土方君、いい加減にしたまえ!今回の事件で君が一番辛いのはわかるが、もう近藤さんは居ないんだ!」
「勝っちゃん・・」

歳三の頬から、一筋の涙がつぅっと静かに伝い落ちた。
何とか病院を大鳥が説得し、歳三は特別に病院から数日外泊許可を貰い、勇の告別式に参列した。

「トシさん、よく来てくれたね・・」
「ふでさん・・」
「勇はあんたが来るのを待っていたんだよ。さぁ、早くあの子に焼香しておやりよ。」
「はい・・」
「トシさん、疲れたろう。はい、お茶をどうぞ。」
「源さん、ありがとう。」

勇の告別式が終わり、歳三が火葬場のロビーの窓から裏庭の桜を見ていると、そこへ監察医の井上源三郎がやって来た。

「勝っちゃんの死因は?」
「トシさんの見立て通り、失血性ショック死だったよ。」
「そうか・・俺が駆け付けた時、勝っちゃんにはまだ意識があった。俺がもう少し勝っちゃんを助けてやれば、こんな事には・・」
「余り自分を責めては駄目だよ。それよりも、早く身体を治す事だけを考えて。」
「あぁ・・」
源さんからそう励まされ、慰められても、歳三の陰鬱な気分は晴れなかった。
「犯人の目星はついたのか?」
「いいや。だが、勇さんの爪の中から、犯人のものと思しき皮膚片が検出されたよ。それで、前科者のリストからDNAデータを検索したが、ヒットしなかった。」
「そうか。」
「現場周辺の防犯カメラの映像には、一人の少年と勇さんが話している姿が映っていたよ。」
源さんはそう言うと、タブレットに保存していある映像を歳三に見せた。
そこには、中学生と思しき少年が勇と何かを話した後、廃工場へと向かっていく姿が映っていた。
「こいつの身元をすぐに洗わねぇとな。」

そう言った歳三の瞳には、光が戻っていた。

少年の身元は、すぐに割れた。

彼の名は、桂小五郎。

父親を警察官僚に持つ、エリート進学校に通う優等生である。

彼は、あっさりと勇殺害を自供した。

「残念だね、刑事さん。僕はまだ少年法の庇護下にある。あなた達が僕をどんなに追い詰めようとも、僕はすぐに野に放たれる―“元少年A”としてね。」
「このガキ、ふざけやがって!」
「また会える日を、楽しみにしているよ。」

少年―桂小五郎は、そう言った後、歳三に薄ら笑いを浮かべていた。

「畜生、あのガキ、今度会ったらただじゃおかねぇ!」
「トシさん、今の法律では我々は彼に対してはどうする事も出来ないよ。」

歳三は親友を亡くした後、その悲しみを埋めるかのように仕事に精を出した。

そんな、暮れが押し迫ろうとしている師走のある日の事。

「待て!」

歳三は相棒の原田左之助と共に、スーパーでスナック菓子を窃盗した中学生を追っていた。

「待ちやがれ~!」

鬼のような形相を浮かべながら追ってくる歳三を見た中学生はパニックになり踏切の遮断機が下りている事を確認せずに線路の中に入ってしまった。
原田が緊急停止ボタンを押したが、間に合わなかった。

電車にはねられた中学生の少年は、即死だった。
“人殺し”
“早く辞めさせろ”

案の定、ネット上には歳三へのバッシングで溢れていた。

「何という事をしてくれたんだ!」
「・・申し訳ありません。」
「君は暫く自宅待機するように。」
「はい。」

歳三が溜息を吐きながら自分の私物を整理していると、そこへ原田がやって来た。

「大丈夫だ、あんたはすぐに戻れるさ。」
「あぁ。」
「人の噂は何とやら、だぜ。あんたが悪くないと、きっと周囲もわかってくれるさ。」
「そうしろ。あんたは毎日働き過ぎなんだから、ゆっくり休めよ。」
「わかった。」

私物を段ボール箱に詰め、歳三が職場から帰宅すると、そこへアパートの管理人が彼の元へと駆け寄って来た。

「土方さん、これさっき女の人があなたに渡してくれって・・」
「ありがとうございます。」

管理人から歳三が受け取ったものは、A4 の折り畳まれた一枚のコピー用紙だった。

“息子を返せ”

歳三がその紙を開くと、そこから赤インクのボールペンと思しきものでその言葉だけが書かれていた。

それを見た瞬間、歳三はこれを書いたのが誰なのかわかった。

あの中学生の母親だ。

やりきれない気持ちでエレベーターに乗って四階の部屋の前に着いた歳三は、家の鍵を取り出そうとした時、ドアノブに誰かの姿が映っている事に気づいた。

「息子を返せ、人殺し~!」

とっさの事で、反応するのが遅れた。

気が付くと、自分の腹に深々と果物ナイフが刺さっている事に気づいた。
何処からか女の甲高い悲鳴が聞こえた。
目が覚めると、そこは病院のベッドの上だった。

「土方君、気が付いたんだね。」
「大鳥さん・・」
「まだ動かない方がいい。君の右脇腹の傷はあと数センチずれていたら危なかったんだから。」
「そうか・・」
「いきなりですまないんだけれど、君の処分が決まったよ。」
「は?」
「君には捜査一課から外れて貰う。」
「それは、上層部の決定なのか?」
「うん、大方そうなるね。」
「じゃぁ、俺は・・」
「君は来月、警察学校の教官に・・」
「悪いが、ガキのお守りなんざごめんだぜ。」
「勿論、タダにとは言わないよ。」

大鳥はそう言うと、口端を歪めて笑った。
そんな時は、彼が何か良からぬ事を考えている時だと、歳三は長年の付き合いでわかった。

「土方君。」
「駄目だ。」
「まだ何も言っていないよ?」
「そう言っても却下だ、あんたの申し出は!」
「え~」

拗ねたようにそう言って唇を尖らせている男が、自分より年上だとは思えない歳三であった。

「ねぇ、だってさぁ、僕色々と君の黒歴史を消してあげたそうじゃない?」
「まぁ、そうだが・・」
「だから~、そろそろ僕の“お願い”、聞いてくれてもいいよねぇ~?」
「う・・」

さり気なく自分に圧を掛けて来る上司に、歳三は黙り込む事しか出来なかった。

「土方君なら~、僕の“お願い”・・」
「わかった、わかったから!」
「じゃぁ、早く退院してね!」
「あぁ・・」

二ヶ月後、歳三は退院した。

「土方君、こっちこっち~!」

そう言って嬉しそうに病院のロビーで手を振っていた大鳥は、何処か嬉しそうだった。

「さ、乗って!」
「あぁ・・」
「楽しみだなぁ~、スイーツビュッフェ!」

大鳥が運転する車で歳三が彼と共に向かったのは、高級ホテルのスイーツビュッフェだった。
そこには、当然といえば当然だが、大半が女性客で、男二人連れの彼らはかなり目立った。

「あ、インスタに上げようっと。」
「あんた、インスタやってるのかよ?」
「インスタやるのは性別関係ないよ~」

そう言いながら鞄の中から自撮り棒を取り出した大鳥は、スイーツを手に“盛れている写真”を撮っていた。

「ほ~ら、土方君も食べて!」
「俺は、いい・・」

(沢庵が食いてぇ・・)

大鳥にマドレーヌを口に突っ込まれている歳三の目は、まるで死んだ魚のような目をしていた。

「俺、トイレ・・」
「行ってらっしゃ~い!」

(ったく、こんな調子じゃ腹壊しそうだから、適当な理由をつけて帰るとするか。)

歳三がそんな事を思いながら男子トイレで手を洗っていると、廊下の方から何やら男女が言い争うような声が聞こえた。

「なぁ、いいだろう?俺らと一緒に遊ぼうぜ!」
「やめて下さい、離して!」
「そんなに嫌がるなよぉ。」

廊下に出ると、見るからにチンピラ風の二人組の男に一人が絡まれていた。
振袖姿の少女の様子から見て、彼女は誰かの結婚式に招かれてやって来たが、トイレの帰りに迷っている最中にあの男達に目をつけられた―大方そう言ったところだろうか。

「てめぇら、その汚ねぇ手をそいつから離しやがれ!」
「何だこの野郎、てめぇには関係ねぇだろ!」
「そうだ、引っ込んでいろ!」
「そういう訳にはいかねぇな。」

歳三は少女に“行け”と視線を送ると、彼女は歳三に一礼し、足早にそこから去っていった。

「てめぇ・・」
「お前らの相手は、この俺だ!二人纏めてかかって来やがれ!」

歳三はそう言うと、拳の骨を鳴らした。

「千鶴ちゃん、やっと来たわね!」
「ごめん、お千ちゃん、遅れて!」
「先生がいらっしゃる前に来てくれて良かったわ。」
「さっきトイレに行っていたら、その帰りに変な人に絡まれて、男の人に助けて貰ったの。」
「そうなの。じゃ、行きましょうか?」
「うん。」

振袖姿の少女―雪村千鶴は、親友の鈴鹿千と共に、会場へと入った。
そこには、「T高校同窓会」という表示があった。

「千鶴が警察学校に行くなんて意外~、てっきり腰掛けで就職するのかと思った~」
「本当~、千鶴は婦警になるよりも、花嫁修業して良い旦那さんつかまえる方が合うって~」
「はは、そうかな・・」

いつも自分を「格下」に見ていた派手グループの女子二人組から自分の将来の夢と進路を話し、それを馬鹿にされてもいつものように笑っていた。

「え、雪村っち、警察官になんの?」
「マジ、わ~、カッケェじゃん!あっしもさぁ、看護学校受かったから、絶対カッケェ看護師目指して頑張るし!」
「そうなんだ、お互い頑張ろうね。」
「え~、かずちゃん看護学校合格したんだ!」
「すご~い!」

普段話した事がないギャルカースト上位女子に千鶴が話しかけられているのが気に入らないのか、例の二人組がやって来た。

「つーか、さっきまで人の夢ディスッてた癖に急に態度変えるとかウザ!マジで消えてくんない?」
「良く言った~、かずちゃん!」

同窓会の後、あの二人組は何処へ消えていた。

大鳥からのスイーツ攻撃に耐えられず、適当な嘘を吐いてその場から何とか逃げ出し帰宅した歳三だったが、大鳥のラインが数秒おきに来た。

“ねぇ今どこ?”
“ねぇ?”
“一人にしないでよ”

内容はまるで、彼氏と一秒足りとも離れたくない彼女のようであった。

(気色悪い・・)

返信するのが面倒になった歳三は、スマホの電源を切ってそのまま寝た。

「おはよう、土方さん。」
「おはよう、左之。大鳥さんは?」
「あ~、あの人ならスイーツ食べ過ぎて下痢になったから休むってさ。」
「そうか・・」

翌朝、歳三が職場で原田とそんな話をしていると、そこへ何処か慌てた様子の青年が、歳三の元へと駆け寄って来た。

「トシさん、結婚するって本当?」
「は?何言ってんだ?俺ぁ結婚なんてしねぇぞ。」
「そうだよね、トシさんは僕と結婚するもんね!」
「いや、お前ぇとは結婚しねぇよ。」
「ひど~い!」
「八郎、そんな話どこから聞いた?」
「う~ん、そうだなぁ・・この前、おじさん達とゴルフ行った後、鉄板焼のお店に行って・・あ、今度トシさんも一緒に行こう!六本木にあるお店で・・」
「そのくだりは要らねぇから、俺の結婚話は何処から来たんだ?」
「実おじさんかなぁ・・あ、トシさんも知っているよね?実おじさん、彦次郎おじさんの三味線友達!実おじさんが、僕の従妹とトシさんを一回見合いさせたらどうかって話が出て・・」
「それで、今朝出勤した時やたら視線を感じたのか・・」
「あ、見合いの日は今週の日曜日だから!正午に椿山荘のカフェで!」
「おい待て、おあれはまだ行くとは言ってねぇぞ?」
「はいこれ従妹の釣書と写真。どう、美人でしょう?」
「俺は行くとは言ってねぇぞ。」
「そんな事言わないで、一度だけでも会ってみなよ。」
「人の話を聞け~!」

歳三の怒声が、警視庁にこだました。

「ったく、八郎の奴勝手な事を言いやがって・・」

昼休み、歳三が行きつけの定食屋でそう言いながら沢庵をかじっていると、そこへ白スーツ姿の金髪男がやって来た。

「久しいな、土方歳三。何だ、その顔は?」

「風間、てめぇここには何しに来やがった?」
「貴様、俺に何の断りもなしに捜査一課から外れるそうだな?」
金髪の男―風間千景は、そう言いながら歳三の隣に座った。
「日替わり定食、ひとつ。」
「あいよ!」
「珍しいな、お前ぇがこんな所に来るなんて。」
「庶民の味を、一度味わいたかったのだ。」
「そうかよ。それだけじゃないだろう、この店に来たのは。」
「お前の親友を殺した少年・・確か桂小五郎といったか。あいつは警察庁長官の親族だそうだ。」
「それは知ってる。」
「あの少年は、かなりの切れ者だ。またお前と対峙する日が来るかもしれん。その時、お前はどうする?」
「さぁな。」
「お前は良からぬ事を考えている時、眉間に皺を寄せる癖があるな。いいか土方、お前は警察官だ。その事を忘れるな。」
「わかってるさ、そんなこたぁ。」
「日替わり定食、お待ち!」
「美味そうだな、頂くとしよう。」
風間はそう言うと、海老フライに舌鼓を打った。
「支払いはカードで。」
「すいません、うちはこのカードは使えないんですよ。」
「何だと!?」
「風間、こんな所に居たのですか、探しましたよ。」
そう言いながら店に入って来たのは、風間の秘書兼保護者である天霧九寿だった。
「天霧・・」
「すいません、これで足りますか?」
「はい。」
「現金を必ず財布の中に入れておきなさいと、言ったでしょう。」
「すまん・・」
「さぁ、帰りますよ。」
「わかった。」
「お騒がせして、申し訳ありません。」
天霧はそう言って店の者に一礼すると、不貞腐れた顔をしている風間を連れて店から出て行った。
「トシさ~ん!」
「八郎・・」
「ねぇ、例の話、考えてくれた?」
「べ、別に・・」
「あのさぁ、今夜空いてる?」
「空いているが、それがどうかしたのか?」
「一緒に飲もうよ!」
「断る。どうせお前ぇ何かよからぬ事を考えて・・」
「え、断るの?じゃぁ、今度の人事について、パパと・・」
「だぁ~、行くよ、行けばいいんだろ!」
すぐに自分の階級が上である事をチラつかせるのは、八郎の悪い癖だった。
「今晩は~!」
「きゃぁっ、イケメン!」
八郎に半ば無理矢理連れて行かれた居酒屋には、有名私立女子大生のグループが座っていた。
(一緒に飲みに行こうってやけにしつこく誘って来るから変だと思ったら、合コンかよ!しかも一番面倒臭ぇやつ・・)
「あのう、皆さんお仕事なにされていらっしゃるんですか?」
「公務員だよ~」
「え~、そうなんですかぁ!てっきり一流企業のサラリーマンかと思っちゃった!」
「ね~!」
「あはは、そう思う?」
八郎はこういう場所に慣れているのか、女の子達が振って来る話を難なくあしらっていた。
「ねぇ、土方さんは今、お付き合いされている方とか、いらっしゃいます?」
「いいえ。」
「じゃぁ、好きな女性のタイプとかは?」
「おしとやかな、自己主張しない女が好きだな。そうだ、もし結婚するとしたら家事育児は全て嫁に任せて、実家に同居して貰う。」
「えぇ・・それはちょっと・・」
「ねぇ・・」
「ありえないっていうか・・」
案の定、歳三の言葉に女性陣はドン引きしていた。
その後、場は白けてしまい、女性陣は先に自分達の飲み代だけ払って出て行ってしまった。
「トシさんの馬鹿!」
「それはこっちの台詞だよ!もう俺は帰るぞ!」
「嫌だぁ~、これから二次会でカラオケするんだ!トシさんとピンクレディー全曲メドレー歌うんだ!」
「誰が歌うか!」
「伊庭さん、早く帰りましょう!」
「ビェェ~!」
居酒屋の前で散々ごねている八郎を何とかタクシーの後部座席に押し込め、歳三達はそのまま解散した。
翌朝、歳三は警察学校へと向かった。
「君が、土方君だね?色々と噂は聞いているよ。」
そう言って校内を案内してくれたのは、校長の久田だった。
「君の叔父様とは、良い飲み友達だから、色々と甥っ子である君の話は良くわたしの耳に入ってくるよ。」
「は、はぁ・・」
「君が大学時代まで剣道と柔道、合気道の名手として有名だった事も、射撃が下手でそれがコンプレックスだった事も知っているよ。」
「あの・・」
「まぁ、君が今回の事に不満を持っている事はわかる。しかし、君のような優秀な警察官から、色々と学べる生徒達がわたしには羨ましいよ。」
「そうですか・・」
「また、“同僚”としてお会いしましょう、楽しみにしていますよ。」
「はい・・」

(何だか、食えない人だな・・)

久田から校門の前で見送られるまで、歳三は完全に彼のペースに呑まれていた。

(俺、これからあそこでやっていけるのか?)

そんな不安を抱えながら、歳三は帰路に着いた。
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鬼の宿

2024年05月01日 | 薄桜鬼 昼ドラ旅館ハーレクインパラレル二次創作小説「鬼の宿」
「薄桜鬼」二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

土方さんが両性具有設定です、苦手な方はご注意ください。

二次創作・BLが嫌いな方は読まないでください。

性描写が含まれます、苦手な方はご注意ください。


「それじゃぁ、行って来るわね。」
「行ってらっしゃいませ、お義母様。」
「夕飯は外で食べて来るから、用意しなくていいわよ。」
「はい・・」
「ちゃんと戸締りはして頂戴ね。」
姑はそう言うと、わたしに背を向けてさっさと家から出て行ってしまった。
「はぁ・・」
結婚して、夫の実家に住む事になってもう二年も経つが、中々子宝が授からず、勇気を振り絞って不妊外来クリニックの門を夫と共に叩いたら、夫が男性不妊症である事が判った。
それ以来、夫はわたしとベッドを共にするどころか、キスすらしてくれなくなった。
(これから、どうしよう・・)
わたしがそんな事を考えながら掃除機をかけていると、リビングのテーブルに置きっ放しだった夫のスマホが鳴った。
その画面には、“ミキちゃん”という女の名が表示されていた。
『ねぇ、今度また遊ぼう!奥さんと別れてよ!』
「ただいま。」
「あなた、ミキって誰なの?」
「実は・・」
夫は浮気を認めた。
「ミキは、昔家族ぐるみで付き合っていた女でさ・・別れようにも、子供の事で色々とあって・・」
「子供?」
「あぁ。」
「じゃぁ、わたしとの結婚は何だったの!?」
「世間体を取り繕う為のものだよ。子供が居ないんだし・・」
「もういい。」
わたしはそれ以上何も聞きたくなくて、荷物をまとめた。
「わたしなんか、居なければ良かったのね。」
「そんな・・」
「後で弁護士を通して、慰謝料は必ず貰うと、あの人達にも話しておいて。」
「おい、待てって・・千鶴!」
「さよなら。」
その日、わたし―雪村千鶴は、離婚届と結婚指輪を置いて、二年暮らした家を後にした。
(惨めだ・・惨め過ぎる・・)
このまま生きていたくない―そんな事を思いながら、千鶴はいつしか、人気のない山道へと車を運転していた。
「ここでいいかな・・」
そう言って千鶴が車を止めたのは、人気のない断崖絶壁の上だった。
彼女が車から降りて崖へと向かおうとした時、背後の茂みで大きな音がした。
(何?)
恐る恐る茂みの中を千鶴が覗いてみると、雑木林の中で、一組の男女が激しく立ったまま貪り合っている姿が、そこにはあった。
「イク、イク~!」
「出すぞ!」
男の方が腰の動きを速め、女は白いのどを仰け反らせながら男の熱い精を胎内に受け止めた。
「熱い、火傷しちまいそうだ・・」
「抜くのはまだ早いな。」
男はそう言うと、一旦己の分身を女の中から抜くと、間髪入れずに女の両足を肩に担いで持ち上げたままその中を穿った。
その時、女の紫の瞳が、妖艶な光を放ちながら千鶴を見た。
「どうした?」
「いや・・迷い猫に見られちまった・・」
「そうか。」
「中はやめてくれ・・」
「何を今更・・鬼の精をその身に受ける事を、有り難く思うがいい。」
「あぁっ!」
日が暮れ、車がガス欠になって動けなくなった千鶴は、ある旅館を見つけ、そこへ駆け込んだ。
そこは、“薄桜旅館”という看板が掲げられていた。
「すいません、誰か居ませんか?」
千鶴が宿の玄関でそう声を張り上げると、奥から赤髪の男が出て来た。
「いらっしゃい。」
「あの、お部屋空いていますか?」
「あぁ。あ、すいません、今荷物お持ちしますね。」
赤髪の男はそう言って千鶴にウィンクすると、彼女が持っていたスーツケースを手に持って部屋へと彼女を案内した。
「どうぞ、ごゆっくり。」
「ありがとうございます・・」
男が去り、千鶴は窓の外に広がる海辺の景色を眺めた後、溜息を吐いた。
(これから、どうしよう・・)
激情に駆られて家を飛び出したものの、先立つものがないと暮らせない。
離婚には、金と時間がかかる。
仕事を探すにしても、資格も何も持っていない自分を雇ってくれる所なんてあるのだろうか。
一人でそんな事を考えていると、ますます気が滅入ってしまう。
(やめよう・・)
千鶴はそう思いながら、大浴場へと向かった。
そこは、海が見えて開放的な雰囲気を演出している所だった。
熱い湯に浸かると、何処かささくれ立った心が解されていくのを感じた。
(あ、露天風呂もあるんだ・・)
千鶴がそっと露天風呂の扉を開いて入ろうとした時、湯船の中には先客が居た。
あの金髪の男と雑木林の中で激しく獣のように交わっていた黒髪の女が、そこに居た。
雪のような白い肌には、あの男がつけたであろう痣が所々に残っていた。
「あ・・」
「済まねぇ、先に上がるから、入れ。」
黒髪の女はぞんざいな口調でそう言うと、湯船から上がった。
その下半身には、男と女の象徴がそれぞれあった。
「すいません・・」
「変な女だ。」
黒髪の女―この宿の女将・土方歳三はそう言うと、露天風呂から出て行った。
「土方さん、あの娘、雇うのかい?」
「何だ左之、勝手に入ってくるんじゃねぇ。」
脱衣場のドライヤーで歳三が髪を乾かしていると、そこへ薄桜旅館番頭・原田左之助がやって来た。
「なぁ、あの娘訳アリっぽいぜ。」
「ここは自立支援施設じゃねぇんだ。雇うか、雇わねぇかは、俺次第だ。」
薄桜旅館は、別の名で呼ばれている。
“鬼の宿”と―
「はぁ~、生き返った!」
夫と結婚してから、ずっと旅行どころか外出すら一度も出来ていなかった千鶴にとって、この“家出旅”は心身共にリラックス出来た。
(これからどうしようかなぁ・・)
千鶴は家出する際に持ち出してきた自分名義の預金通帳と印鑑、そして自宅の権利書などをリュックから取り出しながらそれらをテーブルの上に広げて溜息を吐いた。
独身時代から貯めていただけあってか、通帳にはかなりの額が表示されていた。
家賃が安いアパートを借りて、貯金を切り崩して、食費を切り詰めていけば何とか生活できるかも―千鶴がそんな事を思った時、部屋のチャイムが鳴った。
『失礼致します、お料理をお持ち致しました。』
「は、はい!」
千鶴が慌てながらテーブルの上の物を片付けていると、部屋にあの赤髪の男が入って来た。
「本日の夕食は・・」
「うわぁ、美味しそう!」
「ありがとうございます。あ、お客様、これ落としましたよ。」
「ありがとうございます。もう、わたしったらそそっかしいなぁ。」
「家の権利書ですよね、これ?」
「はい。」
「訳有りなんですか?よろしければ、俺が話を聞きますよ?」
「え、いいんですか?じゃぁ・・」
千鶴は、赤髪の男にここまで来た経緯を話した。
「・・わたし、もう許せなくて、夫と一緒に暮らしたくなくて・・」
「勇気出して良かったな。あ、俺は原田左之助、この旅館の番頭をやってる。よろしくな。」
「雪村千鶴と申します。」
「なぁ千鶴さん、あんたさえ良ければここで働いてみないか?」
「え?」
「まぁ、俺の一存で従業員の採用は決められないから、一応履歴書でも書いてみたらどうだ?」
「わかりました・・」
「それじゃ、ごゆっくり。」
原田が部屋から出た後、千鶴は両手を胸の前で合わせた。
「頂きます。」
千鶴が宿の料理に舌鼓を打っている時、事務室では歳三がノートパソコンにキーボードを忙しなく叩いていた。
「土方さん、はい。」
「ありがとう。」
「土方さん、なぁ・・」
「駄目だ。」
「俺は何も言ってねぇぞ?」
「人を雇うつもりはねぇ。」
「なぁ、この旅館を俺達五人でまわしていくのはかなりキツイぜ。それに仲居が一人や二人増えたら、あんたの負担も減るぜ。」
「そうか。」
「見たところ、あの娘悪い子じゃねぇんだし、大丈夫そうだ。」
「あぁ、そうか。じゃぁ、明朝九時に面接するから時間厳守だと言っておけ。」
「わかった。」
千鶴が夕飯を食べ終えると、膳を取りに来た原田が部屋にやって来た。
「面接は明朝九時、時間厳守だそうだ。」
「わかりました。」
「綺麗な食べ方だな。」
「心を込めて作って頂いたお料理ですから、最後まで美味しく食べないと失礼かなって・・」
千鶴は原田にそう話しながら、夫からモラル=ハラスメントを受けていた頃の事を思い出していた。
夫は、毎日千鶴の手料理を彼女の目の前で捨てた。
それなのに、母親の手料理は全て平らげるのだ。
いつしか千鶴は夫に手料理を作る事が苦痛となり、洗濯物も夫とは別に洗うようになっていった。
もし、子供が居たら、簡単に家出なんて出来なかっただろう。
夫の浮気や隠し子の存在がわかって良かったのかもしれない。
「ま、色々訳有りなんだろうけどさ、ここで働きながらゆっくりしていればいい。」
「わかりました・・」
「それじゃ、お休み。」
「お休みなさい・・」
その日の夜、千鶴は夢を見ずに眠った。
彼女の部屋から少し離れた場所では、歳三が金髪の男に組み敷かれながら喘いでいた。
「もう、やめ・・」
「何を言っている、昼間のものでは足らんから、こうして夜這いに来てやっているのではないか・」
「盛り過ぎなんだよ、てめぇは!」
「良いではないか。」
そう言って金髪の男―風間千景は、歳三を抱き締めた。
「まだ子は出来ぬか?」
「そんなに上手く出来る訳ねぇだろ?」
「排卵日にこうして抱いてやっているのだ、出来ぬ訳がない!」
「てめぇ、何で俺の月経周期を知っていやがる?」
「貴様の事は全て知っている。」
翌朝、千鶴が朝風呂に入る為に大浴場へと向かうと、脱衣籠の中には誰かの浴衣が入れられていた。
(誰か先に入っているのかな?)
千鶴がそんな事を思いながら大浴場に入ると、洗い場では黒髪の美女―歳三が身体を洗っていた。
「俺に何か用か?」
「あの・・朝早くにお風呂入られるなんて珍しいなって・・」
「ここは従業員も入る。別に珍しくも何ともねぇよ。」
「そ、そうですか・・」
「原田からお前ぇの事情は少し聞いている。接客業の経験はあるか?」
「はい。実家が、ホテルを経営しているので大丈夫です。」
「そうか。」
歳三はそう言うとシャワーを止め、露天風呂へと向かった。
「おはようございます!」
「うるせぇ・・」
「あ、すいません・・」
「済まねぇな、千鶴。土方さんは低血圧だから機嫌悪いんだよ。」
「そうなのですか。」
「まず、ここへ働きたいと思った志望動機は・・」
「ここで働かせて下さい!」
「わかったから、その理由を聞いている・・」
「ここで働きたいんです!」
「うるさいし、しつこい!雪村千鶴、採用だ!」
「ありがとうございます!」
「言っておくが、俺ぁ特別扱いはしねぇ。仕事が出来ない奴には辞めて貰う、いいな?」
「はい、わかりました。」
「面接は、これで終わりだ。山南さん、こいつを仲居の休憩室へ連れて行け。」
「わかりました。では雪村君、こちらへ。」
仲居頭・山南敬助に案内された千鶴は、仲居専用の休憩室で普段着の洋服から浅葱色の着物へと着替えた。
「着付けに慣れていますね。何か習い事でもしていたのですか?」
「はい。お茶とお花とお箏を結婚前に習っていました。」
「そうなのですか。」
「あの、山南さんは男なのにどうして仲居頭に?」
「人手不足だからですよ。うちは女将が気難しいので、雇ってもすぐに辞めてしまうのです。」
「そうなのですか・・」
「はじめに言っておきますが雪村君、今日から君は“お客様”ではなく、この旅館の“従業員”です。その事を忘れないで下さいね。」
「はい!」
「おい、まだ着付けに時間かかってんのか!さっさと客が来る前に自分の持ち場へつきやがれ!」
その日は、朝から忙しかった。
珍しく団体客がやって来たので、千鶴は朝から晩まで休む暇がなかった。
「はぁ、疲れた・・」
漸く千鶴が一息つけたのは、その日の午後八時の事だった。
旅館に隣接している独身寮の部屋で彼女が着物から部屋着に着替えていると、玄関先のチャイムが鳴った。
「はい、どちら様ですか?」
『俺だ。』
インターフォンの画面には、歳三が映っていた。
「い、今開けますね!」
千鶴は慌ててドアを開け、歳三を部屋へと招き入れた。
「どうしたんですか、急に?」
「仕事の手際が良かったから、山南さんにお前ぇの事を聞いたぜ。何でも、実家はホテルを経営しているそうじゃねぇか?」
「ホテルといっても、小さなものですけど・・民宿みたいなもので。」
「経験者はうちの即戦力になるから、今後とも宜しく頼む。」
「はい、わかりました・・」
「話はそれだけだ。」
歳三はそう言っておもむろに椅子から立ち上がると、千鶴に背を向けて部屋から出て行った。
(何だったのかしら?)
「土方君、彼女はどうですか?」
「悪くねぇな。客あしらいもいいし、接客や仕事ぶりもいい。今までの奴よりは使える。」
「そうですか、それは良かった。」
「山南さん、何笑ってんだ?」
「いいえ。君がそんな風に人を褒めるなんて珍しいので・・」
「ふん・・」
「では、わたしはこれで失礼します。」
山南が部屋から出て行った後、歳三は首に提げているロケットネックレスを取り出した。
エメラルドが嵌め込まれた金のハートを開けると、そこには歳三と一人の男性の結婚式の時の写真が入っていた。
何処か照れ臭そうに、それでいて嬉しそうに笑って紋付き黒羽織姿の新郎の姿を見た歳三は、溜息を吐いた。
「勝っちゃん、また俺を抱き締めてくれよ・・」
歳三はそう呟くと、敷いていた布団に横たわった。
「おはようございます、山南さん。」
「おはようございます、雪村君。」
「あの、女将さんはどちらに?」
「あぁ、女将は、今日は、病院に行っていますよ。」
「病院に?」
「えぇ、ある人を見舞いに。」
「君にはいずれ女将が色々と話してくれる事でしょうが、その前にわたしの方からこの旅館が抱えている“事情”とやらをお話し致しましょう。」
「は、はい・・」
朝食後、山南に連れられ千鶴が彼と共に向かったのは、旅館の離れにある部屋だった。
そこには、子供用の勉強机やランドセル、体操服などが置かれていた。
「あの、女将さんにはお子さんが・・」
「えぇ、居ましたよ。数年前までは。でも彼は不幸な事故に遭い、十年という若い歳で、その“時計”を止めてしまったのです、永遠に。」
山南はそう言葉を切った後、勉強机の上に置かれている写真立てを手に取った。
そこには、満面の笑みを浮かべている少年の姿が映っていた。
「この子が、女将の息子の、義昌君です。」
「義昌君は、どうして亡くなってしまったのですか?」
「女将さんと今の御主人・・近藤さんと結婚したのは今から十年前、二人共再婚同士でした。」
山南は、静かに歳三の悲しい過去を語り始めた。
歳三と勇は、互いに離婚歴がありながら、歳三が妊娠した事により再婚した。
二人には前夫と前妻との間にそれぞれ子供が居た。
再婚同士という事もあり、結婚式は身内と友人のみで行われた。
結婚式といっても、ごく簡素なもので、写真館で結婚写真を撮り、レストランで食事会をするだけのものだった。
結婚式から八ヶ月後、歳三は元気な男児を出産した。
二人は互いの諱からそれぞれ一字取り、息子に「義昌」と名付けた。
義昌は健やかに逞しく成長し、一家は幸せな生活を送っていた。
だが―
「事故の日は、義昌君の十歳の誕生日でした。その日は家族三人で遊園地に遊びに行き、その帰りに・・」
悪天候の中、歳三達の車は見通しの悪いカーブを曲がった後、トラックと正面衝突した。
助手席を乗っていた歳三は奇跡的に無傷だったが、勇は脳に激しい損傷を受けて意識不明の重体、そして義昌は肺挫傷で事故の三日後に亡くなった。
「我が子を亡くした女将は、まるで生ける屍のようでした。でも、旦那さんの存在を心の支えに生きているようなものだと言っていました。」
「そうなのですか。」
「えぇ。雪村君、今日の事は誰にも話してはいけませんよ。」
「はい、わかりました。」
「よろしい、では仕事に戻りましょう。」
「いらっしゃいませ。」
昨日の混雑ぶりとは打って変わって、今日の旅館のロビーは人気がまだらで、チェックインする宿泊客も個人客で数組位だった。
「今日はゆっくり出来そうね。」
「えぇ、そうですね。」
千鶴がそんな事を同僚とロビーで話していると、そこへキャラクターのイラストが描かれたリュックサックを背負った一人の少年が現れた。
「いらっしゃいませ。」
「あの、女将さんはいらっしゃいますか?」
「申し訳ありません、女将は本日所用で出掛けておりまして・・」
「いつ戻られるのですか?」
「それは、こちらではわかりかねます。申し訳ございません。」
「じゃぁ、ここで待ちます。」
「ちょっと、あの子どうするのよ?」
「そんな事言われても・・」
千鶴達がロビーのソファに寝そべっている少年の反応に困っていると、そこへ山南が通りかかった。
「二人共、どうかしましたか?」
「山南さん・・」
「おや、あの子は・・」
「山南さん、あの子を知っているんですか?」
「えぇ。あの子はわたしに任せて、あなた達は仕事に戻りなさい。」
「はい・・」
千鶴達がロビーから離れるのを確めた後、山南は溜息を吐きながらゆっくりとソファに寝転がってゲームをしている少年に向かって声を掛けた。
「失礼ですがお客様、ここは他のお客様もご利用されますので、どうぞ他のお客様のご迷惑となられるような行為はお控え下さいませ。」
口調こそは丁寧なものだったが、山南は少年に有無を言わさず、彼の手からゲーム機を取り上げた。
「何すんだ、返せよ!」
「そうはいきません、わたくしは従業員としてあなた様を見逃す訳には参りません。」
「返せ!」
「おい、一体何の騒ぎだ!表までてめぇらの声が聞こえているぞ1」
「申し訳ございません、女将。この子がどうしても女将にお会いしたいと・・」
「ママ~!」
「龍太郎、何でここに来たんだ?」
タクシーから降りた歳三が、ロビーで自分に突然抱き着いて来た少年を見てそう言うと、少年は次の言葉を継いだ。
「おうちに帰って来てよ、ママ!またパパと三人で暮らそうよ!」
「悪いは、それは出来ねぇ。だから、お前ぇはパパの元へ帰れ。」
「嫌だ、ママと一緒におうちに帰る!」
そう叫んだ少年は、ロビーの中央に仰向けに寝転んだ。
「山南さん、あの子は・・」
「前に話したでしょう、女将が前のご主人との間にお子さんが居た事を。」
「それじゃぁ、あの子が・・」
「龍太郎君です。女将と前のご主人の子供です。ですが、二人が別れてもうかなり経っているのに、何故今更・・」
「龍太郎、こんな所に寝転がっていたら、他の人の迷惑になるから、やめなさい。」
「わかったよ。」
「それに、ロビーはお前ぇだけのものじゃねぇ。どうしてもゲームしたければ、奥の俺の部屋でしろ。」
「わかった。」
「さぁお客様、奥の間へどうぞ。」
山南と少年がロビーから居なくなった後、歳三は他の宿泊客達に迷惑を掛けた事を謝罪した。
「女将さん、あの・・」
「雪村、六時からの宴会の準備に取り掛かれ、時間がねぇぞ。」
「は、はい!」
女将とあの少年の関係が気になりながらも、千鶴は同僚達と共に宴会の準備に追われた。
「あ~、忙しい!」
「仕方ないわよ、今日は国会議員の先生の古希を祝うパーティーがあるんだから、忙しくなるのは当り前よ~」
「それもそうね。」
「その先生は、ここでは有名な方なのですか?」
「雪村さんは外から来たから、知らないのは当然よね。石田龍太先生、ここだと有名人なの。」
「そうそう、息子さんも将来政界進出間違い無しですって!」
「へぇ~」
「さてと、そろそろ時間になると思うから、少し休憩室でお茶でも飲みましょうか?」
「はい。」
千鶴達が休憩室で一息ついていると、そこへ山南がやって来た。
「あなた達、そろそろ時間ですよ。」
「は~い!」
午後六時、薄桜旅館の宴会場「桜の間」で、地元の国会議員・石田龍太の古希を祝うパーティーが開かれた。
『それでは、石田先生のさらなるご活躍を祈って、乾杯~!』
『乾杯~!』
パーティーは盛況で、千鶴達は忙しく招待客達の合間を縫いながら彼らに給仕していた。
その頃、歳三は奥の部屋で泣き疲れて眠っている龍太郎の寝顔をじっと見つめていた。
「女将、山南です。」
「入れ。」
「失礼致します。」
山南が部屋に入ると、歳三はじっと“我が子”の寝顔を眺めていた。
「何故、今更になってこの子が・・」
「さぁな。」
「山田先生の秘書が、あなたにお会いしたいそうですよ。」
「わかった。」
「一体、向こうの家で何が起きているのでしょうね?」
「さぁな。」
「それよりも、あの人の容態は?」
「その事なんだが・・後で話す。」
「わかりました。」
無事に山田議員の古希祝いのパーティーが終わり、千鶴達がその片づけに追われていると、そこへ一人の男性がやって来た。
「失礼。女将に会いたいのですが、どちらに?」
「女将は只今・・」
「おや、あなたは・・」
男性はそう言うと、千鶴を見た。
「このお嬢さんと、知り合いか?」
「えぇ・・」
「わたしは先に部屋へ戻っているよ。」
「わかりました。」
「申し訳ありません、仕事がありますのでわたしはこれで失礼致します。」
「おい、君!」
「大丈夫?」
「はい・・」
「あの人、あなたの知り合いなの?」
「いいえ、あの人とは今日初めて会ったばかりです。」
「そう。何かあったら、あたしか仲居頭に知らせて、いいわね?」
「はい、わかりました。」
「ここはもういいから、あなたはもうあがってもいいわ。」
「はい・・お疲れ様でした。」
「お疲れ様~」
休憩室で着物から私服へと着替えた千鶴が裏口から旅館の外に出て独身寮へと向かっていた時、旅館の中庭の方から誰かが言い争っているかのような声がした。
「早くあの子に会わせろ!」
「一体向こうで何が起きているんだ!」
「もう君には関係のない事だ!」
茂みに隠れて女将と言い争っていた相手の顔はわからなかったが、あの子供の事で揉めているのはわかった。
(“あの子”って、誰なのかしら?)
「久しぶりだな。」
「あぁ。」
「君とこうして会うのは、離婚が成立して間もない頃だから、五年前か。」
「それがどうした?俺はまわりくどい話は嫌いなんだ。」
「あぁ、そうだったね。」
青年―山田龍太の私設秘書であり長男・山田龍一郎は、そう言うと歳三を見た。
「あの子に・・龍太郎に会わせてくれ。ここに居るのはわかっているんだ!」
「あの子は、お前ぇの家で幸せに暮らしている筈じゃなかったのか?」
「いいから、早くあいつに会わせろ!」
「そんな事を言われても、事情がわからねぇ限りあいつをお前ぇに会わせる訳にはいかねぇな。」
「わかった。じゃぁ、明日の昼、ここへ来て欲しい。」
龍一郎は、そう言って駅前にある純喫茶の名前が入ったマッチ箱を渡すと、中庭から去っていった。
翌日の昼、歳三が龍一郎に指定された喫茶店へと向かうと、彼は一人ではなかった。
「お久しぶりね。」
「どうも。」
龍一郎の隣には、彼の現在の妻・由美子が座っていた。
「こうして、あなたとちゃんと話し合うのははじめてね。」
「えぇ・・」
「話というのは、あの子の事よ。実はわたし達、来月渡英する事になったの。そこで、あなたの、あの子の親権を放棄して欲しいの。」
「それは・・つまり、あなた達があの子の事を・・」
「当然でしょう?大体この国は単独親権なのに、この人とあなたがあの子の親権を共同に持っていたのがおかしいのよ。それに、あなたとこの人はもう赤の他人なんだから、いいわよね?」
「それは・・」
「とにかく、そういう事ですから、あの子は連れて帰ります。」
「待ってください!」
歳三は慌てて龍一郎達の後を追おうとしたが、その時バッグにしまっていたスマートフォンが病院からの着信を告げた。
それは、勇の容態が急変したというものだった。
「先生、夫は・・」
「大変申し上げにくいのですが、もうそろそろ覚悟を決めて下さい。」
「それは・・」
「もう、ご主人の意識は戻る事はありません。残念ですが・・」
いつか、こんな日が来ると思っていた。
だがそれはまだ、遠い日の事だと思っていた。
病院から連絡を受け、歳三はすぐさま車で病院へと向かった。
「近藤勇の妻です。」
「奥様ですか、どうぞこちらへ!」
歳三が勇の病室に入ると、丁度医師が彼の死亡宣告をしている時だった。
「奥様・・」
「先生、今まで夫を治療して下さり、ありがとうございました。」
「奥様、お話があります。」
「はい・・」
歳三は医師から、勇が生前臓器移植ドナーに登録していた事を告げられた。
「奥様、この同意書にサインして下さい。」
そう言って医師は、臓器移植手術同意書を歳三に見せた。
「わかりました・・」
歳三は同意書にサインした後、勇の臓器移植手術が終わるのを待った。
「女将さん、知りませんか?」
「女将なら、病院です。旦那さんが・・」
「そうですか。」
「雪村君、パーティーお疲れ様でした。これは、ボーナスです。」
「ありがとうございます。」
山南から金が入った袋を受け取ると、千鶴は彼に一礼して事務室から出て行った。
「明日はゆっくりと休んで下さいよ。」
「お疲れ様です。」
千鶴が旅館から出ると、山田議員のパーティーで自分に話しかけて来た男の姿に気づいた。
「待って下さい、あなたに話があるんです!」
「これ以上付きまとうと、警察を呼びますよ!」
「わたしは、こういう者です。」
男はそう言うと、一枚の名刺を彼女に手渡した。
“弁護士 兵藤大助”
「弁護士さんが、わたしに何の用ですか?」
「旦那様から、このような物を預かって参りました。」
兵藤弁護士から差し出された封筒の中には、あの日千鶴が置いていった離婚届が入っていた。
「明日、旦那さんと駅前の喫茶店でお待ちしております。」
「わかりました・・」
「では、わたしはこれで。」
兵藤弁護士と独身寮の前で別れた千鶴は、溜息を吐いた。
(あの人が今更、わたしに何の用なのかしら?)
翌日、千鶴が駅前の喫茶店へと向かうと、そこには何処か浮かない顔をした夫が兵藤弁護士とテーブル席に座っていた。
「お久しぶりね、あなた。」
「あぁ・・」
「今日は、“彼女”は一緒じゃないのね?」
千鶴がそう言って夫を見ると、彼は俯いた。
それからの話し合いは、兵藤弁護士のペースで進んだ。
夫とその不倫相手は慰謝料としてそれぞれ百万、合わせて二百万円ずつ千鶴に支払う事になった。
「千鶴・・」
「もうわたしに話しかけないで。あなたの顔なんて二度と見たくない。」
千鶴はそう言って自分の分のコーヒー代だけ払うと、喫茶店から出て行った。
「ただいま戻りました。」
「おう、お帰り千鶴ちゃん。今日は色々とあったみたいだから、ゆっくり休め。」
「はい・・」
原田に温かく出迎えられて、千鶴は思わず笑顔になった。
「そう、その顔だ。お前には笑顔が一番似合う。」
「はい。」
「人生色々とあると思うけれど、辛くて悲しい事が待っているぜ。」
「原田さん、女将さんは?」
「女将さんなら、前の旦那さんが亡くなったから、その葬儀の準備で暫く東京に行っているって、さっき連絡があったから。」
「そうですか。」
「まぁ、観光シーズンはまだまだ先だから、いつも通りにちゃんと仕事をしていれば大丈夫さ。」
「雪村君、お帰りなさい。」
「ただいま戻りました。」
「女将は今、東京に居ます。」
「はい、知っています。」
「それは良かった。女将が留守の間、少しゆっくり出来そうですね。」
「えぇ。あの、山南さん・・」
「どうしましたか?」
「あの方達は、一体・・」
千鶴がそう言ってロビーのソファに座っている厳つい顔をした男達の方を見た。
「あぁ、あの方達は県警の方達ですよ。何でも、この近辺で殺人事件が起きて、犯人は未だ逃亡中だとか・・」
「怖いですね。」
「夜の一人歩きはしない方がいいでしょう。暫くわたしがあなたを車で独身寮まで送り迎えします。」
「ありがとうございます。」
山南と千鶴が旅館でそんな事を話している頃、東京では歳三が勇の葬儀を終えて一息ついていた。
「トシさん、お疲れ様。」
「済まねぇ、八郎。」
「いいんだよ。」
歳三の幼馴染兼親友・伊庭八郎はそう言うと喪服姿の歳三を抱き寄せた。
「何する・・」
「ずっと、こうしたかったんだ。」
八郎は歳三の唇を塞ぐと、それを激しく貪った。
「何で、こんな事を?」
「言ったでしょう、ずっとトシさんとこういう事をしてみたかったって。」
そう言った八郎は、欲望で潤んだ緑の瞳で歳三を見た。
「勇さんの代わりには決してなれないけれど、僕は・・」
「それ以上言うな。」
歳三はそう言って八郎を突き飛ばすと、そのまま部屋から出て行った。
「トシ・・」
「姉貴、見ていたのか?」
「ねぇトシ、こんな時にこんな事を言うのはどうかと思うけれど・・」
「俺には、あの人しか居ねぇんだ。」
歳三はそう言うと、姉・信子を見た。
「どん底の生活を送っていた俺を救ってくれたのは、勇さんだけなんだ。」
「トシ・・」
「あの子も、勇さんも、俺を置いて逝っちまった・・ひとりぼっちになっちまった・・」
「独りじゃないわよ。あたし達が居るでしょう。」
「あぁ、そうだったな・・」
歳三はそう言った後、酷い眩暈に襲われてその場に蹲った。
「ちょっと、大丈夫!?」
「疲れが溜まっただけだ・・」
「向こうで休んでいなさい。」
「わかった。」
その日から、歳三は食欲不振や眩暈、酷い眠気などに襲われるようになった。
それに加え、米が炊かれた匂いを嗅ぐだけで激しい吐き気に襲われた。
(もしかして・・)
歳三は、トイレで今朝食べた物を全て吐いた後、ある可能性に気づいた。
風間に抱かれた後、いつも自分を煩わせていた月経が、ここ二ヶ月程位遅れている事位わかっていた。
だが月経不順なのは初潮を迎えた頃からだったので、余り気にする事はなかった。
(一度、調べてみるか・・)
歳三は実家の近くにあるドラックストアで妊娠検査薬を購入し、帰宅後すぐに試した。
「嘘だろ・・」
検査薬には、赤い日本の縦線―すなわち陽性という結果を示していた。
「トシ、どうしたの?」
「姉貴、俺・・」
歳三の様子がおかしい事に気づいた信子は、歳三を近所の産婦人科クリニックへと連れていった。
「おめでとうございます、現在七週目に入っていますよ。」
「そうですか・・」
もしかしてと思っていたが、いざ現実を突きつけられ、歳三は急に目の前が真っ暗になった。
「トシ、大丈夫!?」
「そうですか、わかりました。」
土方家からの電話を受けた山南は、溜息を吐いた。
「山南さん、どうかしましたか?」
「女将が、妊娠したそうです。安定期を迎えるまで、実家で静養するそうです。」
「そうですか。」
「女将が留守にしている間、何もなければいいのですが・・」
「そうですね・・」
山南と千鶴が溜息を吐きながらそんな事を話していると、事務所の内線電話が鳴った。
「もしもし・・」
『仲居頭、大変です!』
山南が“菊の間”へ向かうと、そこにはいかつい顔をしている男が不機嫌そうに両腕を組んで立っていた。
「お客様、どうかされましたか?」
「これ。」
男はそう言うと、皿の上に載っているフライドポテトを指した。
「俺は揚げたてのものを頼んだ筈だ、すぐに作り直せ!」
「申し訳ありません・・」
山南は男に向かって頭を下げると、調理場へと向かった。
「山南さん、どうしたんだい?」
「源さん、申し訳ないのですが・・」
「例のお客さんか。」
「ええ。」
薄桜旅館には毎年、クレーマーの男がやって来る。
彼は三日間この旅館に滞在し、クレームをつける事で有名だった。
「数日の辛抱だよ。」
「えぇ・・」
クレーマーは、数日後旅館から去っていった。
「雪村君、お仕事にはもう慣れましたか?」
「はい・・」
「旅館やホテルの仕事は、一筋縄ではいきません。人手不足ですが、仕事がキツくてすぐに辞める人が多いのですよ。」
「そうなのですか。」
「まぁ、うちは女将が厳しいので、雪村さんのようにテキパキと働ける人は気に入られますよ。」
「そうですか・・あ、山南さん、明日お休みを頂いてもいいですか?実家で法事がありまして・・」
「わかりました。」
千鶴は、実家に二年振りに帰省した。
「ただいま。」
「千鶴ちゃん、お帰りなさい。」
「千鶴、お帰り。」
「お祖母ちゃん、お兄ちゃん・・ただいま。」
「長旅ご苦労様。お風呂入れたから、ゆっくりとなさい。」
「はい・・」
婚家では休む暇も無かった千鶴は、実家で久しぶりに風呂に入り、リラックスした。
「千鶴ちゃん、いいかしら?」
「はい、お祖母ちゃん。」
夕食の後、千鶴は祖母・千鶴子の部屋に呼ばれた、
「薫から聞いたわ。色々辛かったでしょう。」
「うん・・」
「まぁ、今は結婚が女の幸せという時代じゃないからね。」
「おばあちゃん、薄桜旅館って知ってる?わたし、今そこで仲居をしているの。」
「知っているわ。わたし、そこの先代の女将さんとは知り合いだったのよ。確か彼女には、二人お子さんが居たわねぇ。男の子と、女の子。」
「へぇ、そうだったの。」
「まぁ、男の子の方は、女将さんの前の旦那さんの連れ子なのよ。先代の女将さんは、躾に厳しい人でね、食事の作法なんかお箸のあげおろしまで厳しくしていて、・・悪さをすると罰として食事抜きとか、酷いものだったわよ。」
「その話、詳しく聞かせて?」
「男の子の方・・トシちゃんは、先代の女将さんからいつも目の敵にされていてね、テレビのリモコンの位置がずれたとか、そんな些細な事で殴ったりしていたわよ。」
「酷い・・」
「まぁ、あの人は旦那さんの前妻さんと比べられて色々とストレスが溜まっていたからね。」
「それで、その子はどうなったの?」
「先代の女将さんの虐待が児童相談所に通報されてね。旦那さんの方に引き取られていったわ。先代の女将さんは、精神的に病んでいたみたいで、トシちゃんが旦那さんに引き取られた直後に崖から飛び降り自殺したそうよ。」
「そんな事があったんだ・・」
「まぁ、赤字経営で廃業寸前だった旅館を一年で再建させたんだから、今の女将さんは相当やり手なのね。」
「女将さん、厳しいけれど優しい人よ。わたしもいつか、あんな風になりたいなぁ。」
「まぁ千鶴ちゃん、とうとうお店を継ぐ決心をしてくれたのね!」
「うん・・今まで、遠回りして来たけれど、漸く原点に戻って来たかなって・・」
「まぁ、頑張りなさい。」
千鶴が家業を継ぐ決意をした頃、東京の実家に居る歳三は、異母姉・信子と今後の事を話し合った。
「そう・・産むのね。」
「あぁ、授かった命は大切にしてぇんだ。」
「旅館はどうするの?」
「それが、今考えているんだが・・旅館は、俺の代で廃業しようと思う。」
「まぁ・・」
「今はただ、この子を産む事だけに集中したい。」
「あんたがそう決めたのなら、わたしは何も言わないわ。」
「ありがとう、姉貴。」
歳三が自室で寛いでいると、そこへ八郎がやって来た。
「トシさん!」
「八郎、俺に何の用だ?」
「僕と結婚して、トシさん!」
「キツイ冗談は止せ。」
「冗談じゃない、本気だよ!」
八郎はそう言うと、歳三の両手を握り締めた。
「お腹の子は、風間さんの子なのでしょう?僕が、その子の父親になってあげる!」
「八郎、お前・・」
「ねぇトシさん、お願いだから“イエス”と言ってよ!」
そう叫んだ八郎の瞳は、虚ろになっていった。
「八郎は何だってあんな事を・・」
「八郎君、縁談があるみたいなの。だから・・」
「俺は、誰とも結婚しねぇ。」
歳三はそう言うと、まだ膨らんでいない下腹を擦った。
そう豪語していた歳三だったが、酷い悪阻に襲われ、入院する事になった。
「は?」
検査の後、歳三が一般病棟へと戻ろうとすると、彼女は慌てて看護師に止められた。
「土方様は、こちらです。」
そう言われ看護師に案内されたのは、病院の特別室だった。
「何で・・」
「お前の腹に宿っているのは、我が風間家の子なのだからな。」
「お前ぇ、いつの間に・・」
「さぁ我妻よ、ゆっくりと休むがいい。」
「あぁ・・」
安定期を迎えても、歳三は入院していた。
「女将、どうですか体調の方は?」
「医者が言うには、精神的なストレスが原因で腹が良く張るそうだ。」
「ストレスは万病の元ですから、ゆっくり休んで下さいね。」
「あぁ、わかった。だが、寝てばかりじゃなぁ・・」
「無理は禁物ですよ。」
「山南さん、あいつはどうしている?」
「雪村君は、実家の家業を継ぐようですよ。」
「そうか。」
「まぁ、風間さんが少し大人しくして下さればいいのですがね。」
「そうしてくれる事を願うぜ。」
歳三がそう言いながらテレビをつけると、画面には風間の顔の右上に、“風間CEO婚約!?お相手は有名老舗旅館の女将か!?”というテロップが表示されていた。
「あいつ・・」
「おやおや、大変な事になりそうですね。」
「山南さん、あんた少し楽しんでいないか?」
「いいえ。」
テレビの報道を見たマスコミが、連日薄桜旅館に押しかけて来た。
「こんな状態じゃ、商売上がったりだよな。」
「何とかしねぇと・・」
「お前ら、俺が留守している間、旅館を守ってくれてありがとうな。」
「土方さん!」
「後は俺に任せろ。」
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毒と蜜 ~運命の罠~壱

2024年04月29日 | 薄桜鬼 遊郭転生昼ドラパラレル二次創作小説「毒と蜜~運命の罠~」
「薄桜鬼」の二次創作小説です。

制作会社様とは一切関係ありません。

二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。

ずっと、近くで見ているだけで良かった。
この想いを告げられなくても、傍に居られるだけで良かった。
だから―

「千鶴、何処だ?」
「はい、こちらに。」
井戸の水くみを終えた後、千鶴は慌てて母屋の中へと戻った。
「歳三様、何か・・」
「お前ぇに、渡してぇものがあるんだ。」
「渡したいもの、ですか?」
「あぁ。」
歳三がそう言って懐から取り出したものは、桜を象った簪だった。
「やっぱり、この簪はお前の黒髪に合うな。」
「いいのですか?このような高価な物、わたしが頂いても・・」
「惚れた女を着飾らせたいのが、男の性というものだろうが。遠慮せずに受け取ってくれ。」
「ありがとうございます・・」
千鶴は何処か嬉しそうな顔をしながら、その簪を懐紙に包んで懐にしまった。
 それを見ていた歳三は、満足そうな笑みを口元に浮かべた。
「歳三、そなたに縁談があります。」
「申し訳ありませんが母上、その縁談はお断りさせて頂きます。」
「・・あの娘と、本気で夫婦になりたいと思っているのですか?」
そう言った歳三の母・恵津は、彼をじろりと睨んだ。
「大逆人の娘をこの家に嫁として迎え入れる事は、この母が許しません。」
「母上!」
千鶴の父・綱道は、腕の良い蘭方医だったが、“安政の大獄”で謀反人として奉行所に連れて行かれ、そこで非業の死を遂げた。
後に、彼は無実だと判ったが、“大逆人の娘”の烙印を捺された千鶴は、土方家で女中として引き取られた。
使用人達は良くしてくれたが、恵津は千鶴に冷たかった。
「歳三、あの娘と別れなさい。」
「いいえ、別れません。」
「まぁ・・」
「では、これで失礼致します。」
「お待ちなさい、まだ話は・・」
歳三は恵津の部屋から出て自室へと戻ると、溜息を吐いた。
「トシさ~ん!」
「誰かと思ったら、八郎か。何の用だ?」
「トシさんに会いに来たんだ。」
八郎はそう言うと、歳三の髪に梅の簪を挿した。
「黒髪によく似合うね。」
「そうか?」
「ねぇトシさん、何を書いているの?」
「馬鹿、見るんじゃねぇ!」
「もしかして、あの最近通っている道場主への恋文なの?」
そう言った八郎の目は据わっていた。
「てめぇには関係ねぇだろうが。」
「あるよ!トシさんは、僕のお嫁さんになるんだから!」
「男に嫁なんて言葉使うな、気色悪い!」
「あ、若様またこちらにいらっしゃったのですか!さ、奥様がお戻りにならない内に帰りましょう!」
「嫌だ~、トシさん!」
「いけません!」
「嫌~!」
 歳三にしがみついたまま離れようとしない八郎に手こずっていた本山は、八郎に手刀を喰らわせた。
「では、わたくし達はこれにて。」
「お、おう・・」
失神した八郎を肩に担いだ本山が土方家から出ると、彼は八郎の姉・八重と正門ですれ違った。
「土方様・・」
「八重様、どうしてこちらに?」
「そんなにわたくしを嫁にしたくありませんか?」
「それは・・」
「良いのです。土方様には千鶴がいらっしゃるのですから。」
八重はそう言うと、目を伏せた。
「わたしは、あなたにはわたし以外の殿方と幸せになって下さい。」
「わかりました・・」
八重はそう言うと、歳三に向かって頭を下げた。
「八重様、こんにちは。」
「なれなれしくわたくしに話しかけないで・・罪人の娘の癖に。」
八重はそう言うと、千鶴を睨んだ。
「わたくしは、お前の事を土方様の恋人だと認めないわ。」
「八重様・・」
「お嬢様、これからどうなさいますか?」
「土方様から、千鶴を引き離さなくてはね。」
 そう言った八重の瞳は、狂気が宿っていた。
「千鶴、少しお使いを頼まれてくれないかい?」
「はい。」
土方家の女中頭・みねからお使いを頼まれ、千鶴は土方家の裏口から外へと出た。
「毎度あり~」
(少し、遅くなってしまったわ・・)
千鶴がそんな事を思いながら家路を急いでいると、彼女の背後に渡世人風の男が数人、迫って来ている事に当の本人は全く気づいていなかった。
「あれか?」
「あぁ、中々の上玉じゃねぇか。」
男達は電光石火の動きで千鶴の鳩尾を殴り気絶させると、彼女を“ある場所”へと連れて行った。
「千鶴が、戻って来ない?」
「はい。」
「彼女が、わたくし達に黙って勝手に居なくなるなんて・・」
(千鶴・・)
「ん・・」
「目が覚めたか?」
千鶴が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋の中だった。
(ここは・・)
「上玉だねぇ。数年仕込めば売れっ子になれそうだ。」
「あの・・」
「江戸から遠く離れた島原で拾い物をするとはね・・運が良い。」
「ここは、何処なのですか?」
「ここは京の島原で一番格が高い“宗津屋”さ。」
「わたしを、ここから出してください!」
「それは出来ないねぇ。」
“宗津屋”の女将・えんは、意地の悪い笑みを浮かべた。
「あんたは、ここで一生暮らすんだよ。」
「嫌ぁ~!」
「へぇ、あの娘を島原に・・随分と遠い所へやったわね?」
「お嬢様、あの・・」
「暫くは身を隠していなさい。」
八重はそう言うと、金子を男に投げて寄越した。
「姉上、誰かと話していたのですか?」
「いいえ、独り言よ。」
「そうですか。」
八郎の弟・想太郎は、八重の態度に不審を抱き、すぐさま八郎の部屋へと向かった。
「兄上、よろしいですか?」
「どうした、想太郎?」
「先程、姉上が誰かとお部屋で話しているのを聞いたのです。」
「・・その話、詳しく聞かせてくれないか?」
(まさか姉上が、千鶴ちゃんを・・)
「まぁ伊庭様、歳三様なら日野の試衛館に行かれましたよ。」
「いつ頃戻りますか?」
「さぁ、それはわかりかねます。」
「そうですか・・」

(トシさん、どうして肝心な時に居ないんだよ!)
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優しい世界 第3話

2024年04月29日 | ハリー・ポッター生存IF捏造パラレル二次創作小説「優しい世界」
ハリー・ポッターの二次小説です。

作者様・出版社様とは一切関係ありません。

二次創作が嫌いな方はご注意ください。

「いつか、こんな日が来るんじゃないかと思っていたけれど・・」
「うん・・」
「はは、そんな深刻そうな顔をするな、ハリー!」
シリウスはそう言って笑ったが、リーマスとハリーに睨まれて黙ってしまった。
「父さんだったら、どうするのかなぁ?」
「う~ん、それは直接会ってみないとわからないな。」
「シリウス、それはどういう意味だい?」
「あ~、その・・」
「ハリー、遊びに来たぞ~!」
そう言って暖炉の中から出て来たのは、ハリーの父・ジェームズだった。
「父さん?」
「後で色々と説明して貰おうかな、シリウス?」
「あぁ・・」
「孫の武勇伝を聞きに、やって来たぞ!」
「シリウス・・」
「父さん、一体何をしに来たの?」
「あ・・」
ジェームズは、自分を冷やかに見つめる親友と息子の姿を見て、固まった。
「そうかそうか、ジェームズ三世は僕の遺伝子を濃く受け継いでいるようだね。良かった、良かった。」
「良くないよ!」
ハリーがそう叫んだ時、“ジェームズ三世”が帰宅した。
「ただいまっ・・て、おじいちゃん、どうしてここに居るの!?」
「お前の武勇伝を聞きに来たんだ。」
「え~、本当!?嬉しいなぁ、じゃぁ、スリザリンの談話室に糞爆弾を投下した話、聞きたい!?」
「面白そうな話だなぁ~」
「ジェームズ、黙って!」
「すいません・・」
リーマスに睨まれ、ジェームズは俯いた。
「ジェームズ、どうしてお前は学校で悪戯ばかりするんだ?」
「わからない。」
(一体、どうすれば・・)
「ハリー、また溜息?」
「あぁ。ジェームズは?」
「お義父様とチェスをしているわ。あの子、お義父様の言う事だけは聞くみたい。」
「そうか。」
「ねぇ、お義父様達と一緒に暮らさない?今の家は狭いし、環境を変えたらあなたにもいいんじゃないかしら?」
「そうだな・・」
ハリーは、手狭なロンドンのフラットから、ゴドリックの谷にある広い一軒家へと引っ越した。
大好きな祖父母と一緒に居られるので、ジェームズは少し落ち着いているように見えた。
「これで良かったのかな?」
「良かったんじゃない?」
ジニーとハリーがリビングでそんな話をしていると、ふくろう便がやって来た。
『やぁハリー、元気かい?引っ越し祝いに俺達から素晴らしい贈り物をやろう。』
手紙の送り主が、誰なのか二人にはわかった。
“ゴキブリゴソゴソ豆板”が、手紙に同封されていたからだ。
「もう、兄貴達ったら、相変わらず悪戯好きなんだから!」
「我が家の家系には、悪戯好きの遺伝子が濃いんだな・・」
ハリーは、少し遠い目をしながらそんな事を言って溜息を吐いた。
「クリスマスだっていうのに、仕事なんてついていないなぁ。」
「パパ、早くお仕事終わらせて帰って来てね。」
「わかったよ、リリー。じゃぁみんな、行って来る。」
クリスマスの朝、ハリーは家族に見送られながら出勤した。
「ふぅ・・」
デスクワークを終えたハリーが溜息を吐いていると、部下の一人が何処か慌てた様子で闇祓い局へと入って来た。
「局長!」
「どうしたの?」
「ヴォルデモートの残党が、マグルを襲っています!」
「場所は何処、案内して!」
ハリーが部下達と共にロンドンの地下鉄のホームへと向かうと、そこは不気味な程静まり返っていた。
「こんな所に、本当にヴォルデモートの残党が居るのか?」
「さぁ・・」
そんな事をハリー達が話していると、向こうから闇の気配が少しずつ近づいて来た。
「みんな、伏せて!」
“それ”は、徐々に大きな渦となってハリー達に迫って来た。
―ハリー・ポッター・・
地の底から響くような声に、ハリーは聞き覚えがあった。
(まさか、そんな・・)
あの戦争で、ヴォルデモートをはじめとする闇の魔法使いは、ヴォルデモートを含め、いなくなった筈だった。
それなのに・・
「局長?」
「いいや、何でもない。先に進もう。」
あの声は空耳だ―そう思いながらハリー達が奥へと向かうと、そこには血の海が広がっていた。
(一体、ここで何が・・)
ハリーが杖先をトンネルの奥へと向けた時、その中から微かに何かの声がした。
(何?)
声がする方へと向かうと、そこには一人の少年の姿があった。
どうして、こんな所に子供が。
ハリーがそんな事を思っていると、徐に少年は俯いていた顔を上げた。
“やっと見つけた・・”
その少年は、真紅の瞳をしていた。
「トム=リドル・・」
ハリーは、そこで意識を失った。
「ハリー、ハリー!」
「ジニー、僕は・・」
「良かった、意識が戻ったのね!」
ハリーが意識を取り戻したのは、倒れてから数日後の事だった。
聖マンゴのベッドの上で目を覚ましたハリーは、そこでジニーから信じられない事を聞いた。
ハリーの部下達がトンネルの奥へと向かった時、ハリーの周りには誰も居なかったという。
(じゃぁ、僕があの時見た子は?)
「ハリー?」
「ジニー、心配かけてごめん。」
「いいのよ。それよりもハリー、あなた、何かわたしに話したい事があるんでしょう?」
「実は・・」
ハリーがジニーにあの少年の事を話すと、彼女は驚愕の表情を浮かべた後、ハンドバッグからある物を取り出した。
「これ、今朝うちのポストに入っていたの・・」
ジニーに見せられたのは、スリザリンのロケットだった。
「これは、一体誰が・・」
「わからないわ。でもこのロケットって、ヴォルデモートのものでしょう?何だか不気味ね・・」
「ジニー、ロケットは僕が預かっておくよ。」
「ありがとう。」
その日の夜、ハリーは変な夢を見た。
―また会えたな、ハリー。
地下鉄のトンネルの奥で、トム=リドルは紅い瞳を光らせながらハリーを見つめていた。
―どうして、僕がここに居るのかっていう顔をしているね?君に会いたかったからだよ。
トムはそう言って笑うと、ハリーの頬にキスをした。
―また会おう。
「待って!」
目を覚ました時、ハリーの枕元には砕け散ったスリザリンのロケットが転がっていた。
「パパ、お帰り。」
「ただいま。みんな、心配かけてごめんね。」
ハリーが聖マンゴを退院したのは、彼が倒れてから七日後の事だった。
「スリザリンのロケットが、うちのポストに入っていただって!?どうしてそれを早く言わないんだ!」
「言おうとしたけれど、忙しくて言うタイミングを忘れちゃったんだよ、ごめんよ、父さん。」
「スリザリンのロケットねぇ・・一体誰が、何の目的で・・」
「まさか、ヴォルデモートが復活したとか?」
「それはない。」
「分霊箱は破壊された筈・・」
「ロケットを調べたけれど、魂の痕跡はなかった。でも、一部魂の“カケラ”を感じたよ。」
「“カケラ”?」
「残留思念というものかな。よくわからなくて・・」
ハリーがそう言って溜息を吐くと、シリウスがそっと彼の肩を叩いた。
「考えるのは後だ。今は、ゆっくりと休め。」
「うん・・」
ハリー達がそんな話をしていると、二階からアルバスとジェームズが降りて来た。
「父さん、助けて、リリーが!」
ハリー達が二階の部屋に入ると、あの少年がリリーを連れ去ろうとしていた。
「リリーから離れろ、トム!」
“ハリー・・”
少年は、少し寂しそうな笑みをハリーに浮かべた後、屋敷から姿を消した。
「リリー、大丈夫?」
「うん・・」

(トム、君は一体何をしたいんだ?)
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