馬鹿も一心!

表題を変えました。
人生要領良く生きられず、騙されても騙されも
懸命に働いています。

大恩人の日本人とイタリア人が来社。

2014-05-29 16:29:07 | 日記

5月27日(火)ランチ パン、サラダ、タラのスープ。

   

午後2時半 山梨、四方津から二人の来客。

日本人とイタリア人お二人とも大変お世話になっている。

一人は私が大学山岳部1年生時代に4年生部員先輩の親友で大学は違うが

先輩と飲むと必ずこの方がいた。

卒業してサラリーマンになってからも、交流が続き

仕事面でもお世話になった。

 

サラリーマンを首になり、妻子抱え途方に暮れていた頃

バックアップしてくれたのだ。

 

この方の陰ながらの援助がなかったら

私の人生は悲惨なものだった。

感謝しても感謝しきれない大恩がある。

でもこの方は恩着せがましいこと一切ない。

妻も大変お世話になったのだ。

 

10年前、11月下旬、夜8時半頃

混雑する新宿駅中央線ホームで何者かに、突き飛ばされてホーム下に転落。

同時に列車がホームに進入してきた。

ホーム内は騒然。

誰もがダメと思ったが、足腰を骨折したが助かった。

約2か月入院した。

 

今は定年後、山梨の高地の緑に囲まれた家で

趣味の絵画製作をしながら奥様との二人暮らし。

 

一緒に来たのはイタリア人で、恩人の義理の息子だ。

イタリア人にもお世話になった。

 

娘さんが幼い頃から知っていた。

横浜に住んでいた頃、息子が生まれた。

数か月の息子を見に、恩人は夫人と

まだオシメの取れない娘さんを連れて

息子を見にきた。

娘さんは、縁側の座布団で暖かい6月の陽射しを

浴びながら眠る赤ちゃんの寝顔をじっと見詰めていた。

 

それから、30年の歳月が過ぎた。

 

娘さんがイタリア留学の頃

息子は台湾に留学していた。

互いに知る由もなかった。

 

5年前 息子はイタリア・ミラノにいた。

娘さんは、フィレンツェでイタリア人と結婚して暮らしていた。

 

イタリア語の分からない息子へ

ミラノでのビジネス通訳をしてもらったのだ。

フィレンツェから列車に乗り2時間かけて

ミラノのホテルにやってきたのだ。

 

30年後、ミラノのホテルロビーで再会するのだが

幼い頃に出会った記憶はない。

 

ミラノでのビジネスにより

現在、ダライッティーの羽ペンガラスペンボールペン

バレンティーの北イタリアの雑貨、アンナ・ローディのアクセサリー

 娘さん夫婦の協力で出来るようになった。

4月に娘さんご夫妻は日本にやって来たのだ。

 

恩人は去年 大腸癌発症して

ポリープ切除した。

 

抗がん剤治療のため、現座は頭髪がない。

桃のように産毛が生えているだけだ。

これからは徐々に頭髪も復元するらしい。

以前は博士と呼ばれるような白髪だった。

 

恩人にとっても、順調なサラリーマン生活ではなかった

謹厳実直な方だったので、強欲、出世欲剥き出しの同僚に

足を引っ張られて、部長から平に落とされる

屈辱も味合った。

 

だが、堪忍を貫き、万事塞翁で引退したのだ。

 

不詳、馬鹿も一心の私は

サイコパス九段スズキ本店長野利男如き

異常、非情な行いは致しません。

 

恩義ある先輩!

今後もご指導くださいませ。

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