馬鹿も一心!

表題を変えました。
人生要領良く生きられず、騙されても騙されも
懸命に働いています。

余命旦夕迫る

2010-02-28 10:22:47 | 日記
2月26日(金)
事務所で学生時代同期二人と飲食。
飲み代節約のため、発泡酒、廉価日本酒、焼酎
つまみは、柳橋鳥豊の焼き鳥を生で買い、ハナマサで秋刀魚
他に豆腐 ソーセージ、漬物
わが社の女性に調理手伝いしていただく。
事務所窓から神田川挟んだ真向かいは有名料亭亀清楼で
窓明かりに和服の仲居さんの立ち振る舞いが垣間見える。
ここは 平山郁夫画伯の絵画が飾られ
横綱審議会が開かれるそうだが。
昼定食が安くて¥2700円
とても貧乏人には敷居が高い。
だが、場所展望は同じ。
鉄橋を渡る総武線の微かな響きと大河のごとき隅田川の水面は
ビルの明かりで煌き、その奥に竹の子のように
伸びていく東京スカイツリータワーの赤い灯火を眺める。
しかし私の心は重い。
先日、この中の一人が食道癌再発
昨年10月手術して安心していたのだが
転移していた。
昨日、彼の妹に電話した。
辛い言葉が返ってきた。
「兄は知らないのですが、癌センターの医師から、
緩和ケアで三ヶ月、抗がん剤、放射線治療で9ヶ月です」
そっと耳打ちされた。
3月1日の再診日にどちらかを選択しなければならない。

 学生時代 合気道部主将 胸板厚く
丸太のような腕からはは病があるとは思えない。
61歳 声帯切除でしゃべれない、独身、両親既に他界
遠くはなれた所に6歳離れた妹が一人いる。
親族の交流は殆ど無い。
帰途の電車互いに無言のまま30分
それから、互いの住まいへ向かう
川沿いの道を傘差し我々がマーキングと呼んでいる
途中灯火がある小さな公園の淵から川に向かって小便する。
彼の住まいは河口のリバーサイドマンションの角部屋だ。
22時半マンション前で別れ、私は赤い橋を渡り
小さな商店街に飲み屋があるが 大きな赤提灯は灯りを
消している。ガラス越しに覗くと店主が片付けしていた。
心が逡巡していたが、ガラス戸を開け
彼の状況を伝えた。
彼が通常夜は毎日ここで食事するからだ。
「緊急事態が起きたら私に知らせてください」と頼んだ。
もう一人の同期は陸上の選手だったが
50代で多量の酒、煙草で心筋梗塞で倒れ今も治療中だ。
 彼が言う「体は鍛えられるが、内臓は鍛えられない」

青春を共に学ランで過ごし
キャンパスが全共闘で封鎖された時
体育会学生として、立て看板を壊し
暴れた。
私がいた山岳部同期は8人いたが
転落死、病死 退学で一人だけになってしまった。
今又別れが近づいた。
私に何が出来、してあげるべきかに迷い
決断出来ない。


早期退職 切捨てⅡ

2010-02-21 11:42:54 | 日記
先月、会社勤めをしていた頃の後輩から葉書が届いた。
「昨年末、57歳で早期退職しました。
これからは 嫁さんの実家(愛知)近くで
第二の人生を送ります」。
簡単な文面であった。
当人は九州出身 彼の嫁さんの姉を私は知っていて
同じく私の後輩と社内結婚したが直ぐ離婚
その後再婚したが3年前夫は首吊り自殺
50歳過ぎて豊洲のマンションで一人暮らし
時折、プチ引きこもりになるそうだ。
やはり57歳で早期退職して房総で段々畑を購入して
犬と猫と暮らすオバサン(別居生活20年)と
昨年7月、3人で20数年ぶりに再会 日本橋イタリアンレストランで会食
当時労組書記長であった私とは執行部女性役員で同志でもあった。
遠くに行ってしまった思い出話
若く情熱燃やした組合運動そして挫折
30年近い歳月、だが私達は体型は変わったが
気持ちは変わらなかった。
他にもう一人来れなかった女性がいるのだが
やはり57歳で一人身
当時男女雇用機会均等法が施行されようとしていた。
まだまだ女性が企業でリーダーになれる環境では無く
彼女達は能力もあったが管理職になるためには
家庭なり結婚とういう代償を半ば捨てた形になった。
もみくちやにされながらも必死に生きてきた。
 会社から陰湿な人事異動により退社を余儀なくされた
私に労組役員の男達は冷たかった。
労働者の連帯、身分保障、職場環境の向上
労使一体となって企業を発展
こんなまやかしの大儀の下
経営側と対峙したが、私が追い出されるやいなや
手の平返したようにそっぽ向き
送別会も無く係わり合いを避けた。
しかし女性陣はひたむき純粋だった。
「あの連中を見返して」!
涙で送ってくれた。
後に専務になり関連会社に社長になった
会社側労務担当課長は立場に違いを超えて
私のため送別の宴をしてくれた。

 後輩に返書した。
私が組合書記だった時、書記次長として支えてくれた。

松田様
非常に長いご無沙汰です。
私が退社? 解雇?から30年近く
年年歳歳 花相似たり
歳歳年々 人同じからず

松田さんの早期退職 想い出る感傷があります。
私も 今年1月で63歳になります。
退社後の波乱万丈苦闘の道程
橋の下、妻子連れ濁流 汚泥に抗いながらやっと河口に辿り着いた
ところでしょうか

幼き時 物事知らず
老いては 体弱く白髪の老人
青春は一瞬の光芒だったのか

私も3年前 初期大腸がん
今年10月には腸を手術

現下の大不況 自営業である私には守ってくれるべき社会保障制度も無く
退職金もなくこれから先も働き続けなければなりません。
台湾留学後、現地日系メーカーで勤務していた息子を戻し
後を継がせていますが 苦闘させています。
私が生きている間に景気回復を願っています。
娘は法務省に入省して、親としては一安心です。

KTBUの竹田さんが4年程前肝硬変で急死
当時の会社側労務担当だった 岩川 川元さんと
竹田さんの偲ぶ会を3人でしました。
KTB労使の激しい闘争を回想しました。
私を首にしたものの、竹田 岩川 川元 3氏は
私への 重荷をずっと感じていたようです。
後の一番の理解者がこの3人でした。
岩川さんも和やかな性根になり茨城で250坪の畑仕事を楽しんでいます。
川元さんは伊豆城ヶ崎海岸に転居引退後の生活しています。
7月に 松田さんの義姉長山さんと矢作さんと
20数年ぶりの食事して思い出話でテンションを上げました。

11月にKTB商事の大野さん 菊地正昭さんと会食しました。
その時に早期退職制度が実施されると聞いていました。
又 丹沢さんとは今でも交流があり 居酒屋で飲んでいます。

これから 先お会いできる機会はないようですが
どうぞ お健やかにお暮らしくださいませ。

2010年2月13日


早期退職

2010-02-14 10:26:30 | 日記

12月10日(月)夕方大手取引顧客の担当者が来られた。
本年3月末で退職すると言う。
54歳まだ定年まで数年はある。
10年以上前 初めてギフトショーに出展した時の
最初の客で以来仕事よりもプライベートな付き合いが多かった。
メーカーなので技術的な事柄に相談に乗ってもらっていた。
数年前、類似同業他社と合併
生き残りを賭けて会社は人事の再編成をしたのだろう。
「子供も就職、住宅ローンも完済したし
心身疲れたので一休みしたい」と言うが
本音は違うのが分かる。
私の身近で交流ある方々の
50代を襲う止むに止まれぬ早期退職者が多数いる。
不況で再就職の当てもないのに
会社を辞める。
地位、金だけでは癒されない男のプライド
この心理をたくみに突く人事異動
世間的には地位も給与も上がるが
とても受け入れること出来ない
業務につかせて退職に追い込む。
標的にされるのが、賃金コストが高いが
ビジネス感覚に衰え目立ち
経営側にとって扱いにくい層である。
長年企業社会で数々の辛酸を舐めてきた
サラリーマン生活だが
嫌がらせ人事に敢然と拒否して
矜持だけは捨てられない。
共通するのは「お人好し」と世間から
見られる方々。
仕事も丁寧人情味あり周囲への気配りも出来る
下請け企業から見たら頼りになる。
今宵スーパーで買った発泡酒と冷奴、マグロ切り落としで
両国橋を吹き抜ける冷たい風を窓越しに感じながら
二人飲み食べた。
朝の来ない夜は無い。



真坂は真実の坂

2010-02-13 15:10:50 | 日記
新事務所移転祝いに取引金融機関から
立派な鉢植えを頂いた。
小さな事務所なので飾るスペースがないので
本来サンプルを置いてある出窓に飾った。
20年以上前 父の急死で都市銀行から
生花を贈られて以来だ。
零細企業にとって金融機関との関係は
繊細微妙であり着かず離れずの距離感を取るのが
難しい。
5年程前 友人の会社が城北信用組合から
公正証書原本不実記載とやらのインチキ
簡単に言えば印鑑偽造して貸し剥がし
しようとしたが失敗
逆に数億円の債務免除するはめになった。
この信用組合昨年10月消滅したが
策謀した幹部は背任の罪にも問われず
退職金をもらった。
驚くべきはこの幹部退職後も
その元の地位を生かして
ヤクザ地回りのごとき零細企業周辺をうろついていることだ。
私自身も同時期に他の金融機関から娘の奨学金を横領されたが
信じてもらえず逆に脅迫していると思われ
事実が発覚するのを恐れた職員に襲われそうになった。
殺されていたら真実は闇に包まれ私は自殺者になっていただろう。
信頼すべき取引先が油断すると一番危ないことを
肝に銘じた。


隅田川と神田川合流地点の釣り

2010-02-13 10:12:49 | 日記
2月9日(火)事務所窓辺から見える隅田川と神田川が合流する地点
釣り人がいるので弊社の中国人女性と見に行った。
聞くと今はスズキが釣れ、秋はカレイ、うなぎ
夏はハゼ釣りだそうです。
合流地点は魚が集まるそうで
確かに都鳥や鴨類が水面をめがけて飛び交っています。
夏にはハゼ釣りしよう。
趣味でも釣り好きでも暇つぶしでもなく
経費節減のため昼飯は江戸前天麩羅を食べる。
両国橋を渡ったところには有名な天麩羅屋があるが
同じ物調理する。
夏よ早く来い!