びっこを引きながら男が去っていった後、彼が座っていたテーブルの上に新聞が残されていた。
《何が書いてあるのかな・・・・》
耕一が手にとってみると、それはガリ版刷りのかわら版であった。
今でいうタウン誌である。
コーヒーを飲みながら、耕一はその記事を眺めた。
「朝鮮系不良グループと愚連隊の抗争!」
という文字が一面トップに躍っていた。
横浜市内のあちこちの闇市で、この二つの勢力が縄張り争いをしているらしい。
二面を見ると、ヒロポン(麻薬)の入手情報などが書いてある。
三面から求人広告欄があり、ダンスホールやカフェの女給募集などの記事が掲載されていた。
朝鮮系不良グループと愚連隊の抗争というのは、闇市などの縄張り争いだが、今まで、いわば無法地帯であった闇市の店子(たなこ)から、彼らは場所代というか警備代というかいわゆる娑婆代を取るようになった。
そしてこの二つの勢力は、縄張りを巡って次第に激しいバトルを繰り広げるようになった。
朝鮮系不良グループが法外な娑婆代を要求して店子を泣かせる。困った店子は用心棒の愚連隊に相談する。
元特攻隊の彼らは「一度捨てた命だ、何の惜しいものがあるものか!」と、猛烈な勢いで新たに見つけた敵に襲い掛かる。
朝鮮系グループも、日本人に対する今までの恨み辛みが鬱積しているから、牙をむいて激しく対抗する。
結果、愚直な若い男達のどす黒い情念が、メラメラと燃え盛って闇夜を照らすことになる。
耕一がそんな記事を熱心に読んでいる間に、数人のお客が入ってきて、コーヒーや紅茶などを注文した。
しばらくすると、「ただいま!」と言って若い女がドアを開けた。
その喫茶店のおかみさんの長女アカネだった。
「お帰り、どうだったい、ボブは機嫌が良かったかい?」
奥からおかみさんが声をかける。
「うん、楽しかったよ。今夜はね、南京街(中華街)で食事をしたの」
アカネは明るくそう言うと、奥のカウンターに入って、洗い物を手伝い始めた。
アカネは進駐軍のボブという若い兵隊と付き合っていた。
ボブは真面目な青年らしい。
日本語を勉強したいというボブに、時々食事などをしながら、アカネが日本語や日本の文化のことなど教えているという。
「だけどね、お母さん、南京街でも今夜若い連中が暴れていたわよ」
「あらまあ、困ったもんだね・・・。どんな連中だったんだい?」
「よく分かんないけど、青雲会の連中かな・・・・。背の高いかっこいい男が一人いたわね」
耕一の新聞を持つ手がピクと動いた。
続く・・・・・・