女は1年前に横浜へ出てきたという。
名前は春子というらしい。
夫は赤紙招集され満州へ送られたそうだ。
関東軍で二等兵としてしごかれ、そして最後はソ連国境の奥蒙古に配置されたという。
終戦間際に突如侵攻してきたソ連軍の捕虜となり、シベリアへ送られたらしい。
そして、そのまま消息が絶えたそうだ。
春子は熱い身体を耕一にからませながら、そんな話をした。
春子の肌は意外に色白で身体はとても温かかった。
雪国の女は色白だというが、確かにそうなのかも知れない。
小太りのその身体はたくましく、熱く火照っていた。
耕一は、女の豊かな胸をまさぐりながら、寝物語を聞いていた。
夫は農家の長男で働き者だったらしい。
しかし二人の間には子供ができなかったそうだ。
いや、三度妊娠したが三回とも流産したらしい。
村の医者の話では、流産し易い体質のようだ。
そんな彼女に、嫁ぎ先の舅が言ったという。
「昭夫(夫の名前)は、たぶんもう帰ってはこないだろう。もし帰ってきたとしても、跡取りのできない嫁じゃ役に立たん。お前も、このままこの家にいても肩身が狭いことだろう。田んぼを一反(たん)分けてやるから、それを当座の生活費にして、自分の新しい人生を探したらどうだ」
見合い結婚をして嫁いできた春子も、夫に対して強い愛情があったわけではない。帰ってくる当てのない男を待っていてもしょうがない。自由な社会になったのだから、自分なりに自由に生きてみるのも面白いかもしれないと、彼女は考えた。
戦前から東京に働きに出ていた中学時代の女友達に相談すると、横浜がとても景気が良くて働き口も色々あると手紙に書いてよこした。
春子は、舅から貰った田んぼ一反を売り、そのお金を後生大事に懐に入れて上京し、横浜へやってきた。
新聞の求人広告にレストランの女給募集があったので、野毛にあったその店へ行ってみた。
高級そうな店で、少し気後れしたが、ここまで来たのだからと思い、勇気を出して店のドアを押し中に入った。
そこまで話して、春子は口を閉ざした。
その先は、あまり話したくないようだ。
耕一が、脱いだ上着ポケットからタバコを出すと、春子がそっと火を付けてくれた。
続く・・・・・・・・