春子のその後の展開は、聞かなくてもだいたい想像がつく。
その店は、ヤクザか愚連隊のアジトだったのだろう。
対応した支配人かなんかが、春子の身の上話を聞いて、《この女は遊郭で使える》と思ったのだ。
そして、手篭めにされた上に、身ぐるみ剥がされて「菊」に売り飛ばされた・・・・・。
ひょっとすると、ヤクを打たれているかもしれない。
まあ、そんなところだろう。
哀れな女だ。
「ところで、あんたの名前はなんて言うんだい?」
春子が耕一の胸の辺りを撫でながら言った。
「耕一・・・て云うんだ。親の顔も知らない孤児(みなしご)さ」
「・・・・・・・・・」
「戦争でみんな人生が変わってしまった。世の中も変わった。これからは強い者が生き残って行く。いや、強くならなければ生きていけない・・・・・」
耕一はタバコを吸いながら、自分に言い聞かせるようにそう言った。
耕一は17歳ではあったが、人並み以上の苦労を重ねて生きてきた男だ。その物言いは、かなり大人びていた。
「あんたは、横浜へ来て、人に騙されて、ひどい目にあったんだろうけど、世間は鬼ばかりじゃないよ。仏もいるよ。人生、諦めたらだめだよ。絶対、諦めたらだめだ」
と、耕一が語気を強めてそう言うと、春子がうつ伏せて泣き始めた。枕を抱えて、声を上げて泣きじゃくった。
耕一は起き上がって、カーテンを引き窓を開けてみた。
顔に冷たい風が当たった。
雪はまだ降り続いていた。
朝になれば、外の景色は一変しているだろう。
世の中の全ての汚れを覆い隠して、真っ白な銀世界になっているはずだ。
遊郭の章は今回で終了です。