クロの里山生活

愛犬クロの目を通して描く千葉の里山暮らしの日々

耕一物語ー闇船検問

2014-09-18 09:44:11 | 物語

《こんな夜中に税関検査をするのか?》

近づいてくるモーターボートを、機関長は訝りながら見つめていた。

だが、それは顔役が手配したボートだった。

 「検査は明日の午前中になると思うので、今晩は陸(おか)に上がってゆっくり休んでください」

顔役の手下らしい、ボートを操縦してきた男が、船側(せんそく)で大声でそう言った。

その声に従って、船長を先頭に愛友丸の仲間は縄梯子を降りてボートに乗り込んだ。

 

 

追浜の顔役とは、地元の網元であった。

網元は大小の漁船5艘持ち、若い衆(網子)を30人程使って漁業を行い、追浜とその周辺の漁業権をほぼ独占していた。

網元が手配した小さな旅館に案内された耕一達は、久しぶりに手足を伸ばして風呂に入り、そしてゆっくりと陸(おか)のメシを食い、酒を飲んだ。

しかし、みんな明日の税関検査が気になってしょうがない。

だが、船長と機関長は以前、まっとうな船荷を扱っていた頃に、何度か検査を受けた経験があるので、木っ端役人のあしらい方は分かっているらしい。

夕食を摂りながら、二人は顔を寄せ合って何やら相談していた。

 

翌朝、旅館で朝食を済ますと、機関長と板長の二人だけが船に戻って行った。

検査の時は人数が少ない方が良いらしい。

暇になった耕一は、旅館で健さんと将棋など指して過ごすことにした。

 

税関の担当官二人が、船にやって来たのは昼(ランチ)に近い時間だった。

風采の上がらない感じの、年配の下級官吏二人であった。

「これはこれは、お役目ご苦労様でございます。私は機関長をしております長井松太郎と申します。船長はあいにく陸(おか)に上がっておりまして、ご挨拶できませんが、くれぐれも宜しくとのことでございました。

ところで、お二人は横浜から来られたのですからさぞお疲れでしょうな。ちょうどお昼の時間ですから、少し腹ごしらえをして頂いてから、ゆっくりと検査をお願いしたいと思っております。さあさあ、どうぞこちらに・・・」

機関長の松さんは、昨夜から何回も練習していた口上(こうじょう)を、愛想を振りまきながら役人に言い、相手が返事をする間も与えず食堂の方へ歩いて行った。

下級官吏二人は、苦笑しながらお互いに顔を見合わせたが、《まあ、メシを食うだけなら良いか・・・》という風にうなずき合い、機関長の後について行った。

食堂のテーブルに二人が着くと、美味しいそうな匂いが立ち上るビーフカレーが彼らの前に置かれた。

「ゴクリ」と、二人の役人のノドが鳴ったような気がした。

「さあさあ、どうぞお召し上がり下さい。こんなもので恐縮ですが、良かったらまだお替りもありますので、ご遠慮なくどうぞ」

二人は、スプーンを手にすると、物も言わずカレーを食べ始めた。

板長は、次に缶詰の甘いパイナップルを小皿にのせて持ってきた。

そして最後に温かいコーヒーを・・・・。

「今日は、何でもお見せしますので、何なりと申しつけ下さい。わしらは米軍の指示に従って物資を運搬しておりますので、やましい事は一切しておりません。米軍の物資輸送については、そちらにももちろん情報は入っていますよね・・・」

機関長がそう言うと、役人の一人が、

「ええ、まあね・・・・」と、曖昧な返事をした。

「ああ良かった。それじゃ、今日の検査はもう済んだも同然ですな。アハハハハ!」

二人の役人は、何も言えずコーヒーに口を付けた。

コーヒーを飲み終えると、一人の役人が

「我々も任務がありますので、一応の検査を・・・・」

と、言いかけた。すると機関長は、

「ああそれから、これはほんの気持ちですが、良かったらお持ち帰り下さい」

と言いながら、テーブルの下から大きな紙袋を二つ出して役人の目の前に置いた。

役人二人は、またも困惑した面持ちで目を合わせた。

「いやーなに、この中には北海道の干物(ひもの)が入っているだけですから、気にされるほどの物ではありません。まあ油断するとネコが狙ってきますけどね。アハハハーーー。さあさあどうぞ遠慮なく」

機関長はそう言って、二人にその紙袋を持たせた。

 

 

下級官吏は、如才なく応接されるそんな接待に慣れていなかったようだ。

思考回路が停止したような顔をして、二人は闇船から降りて行った。

 

 

続く・・・・・ 

 

 

コメント (2)
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