耕一の遊郭生活が三週間程経った頃だった。
昼過ぎに起きた耕一は、いつものように春子が用意してくれた熱いお茶を飲みながら、「横浜かわら版」(コミュニティ紙)を読み始めた。
一面を開いた耕一の目は、その紙面に釘付けになった。
「愛友丸闇物資輸送容疑発覚!」
「船長他乗組員全員逮捕」
そんな文字が目に飛び込んできたのだ。
追浜沖で夜中に積荷を降ろしている時に、船に突然検査官が乗り込んで行ったらしい。
愛友丸の数年に亘る大量の闇物資輸送・不正取引は、かなりの重罪が課せられる見込みと書かれていた。
《ついに捕まってしまったか・・・・・》
耕一は、愛友丸の仲間の顔を思い浮かべた。
船長も機関長も、欲に目が眩んで冷静な判断が出来なくなっていたのであろう。
彼らに対する憐れみの念が湧いてきたが、しかし、それよりも「自分は難を逃れることができた」という安堵感が全身を包んだ。
それまでの張り詰めていた気持ちが、いっぺんに消えて行った。
《あの時、船から逃げていて良かった。本当に良かった!》
と、何度も思った。
《これで俺はもう、逃げ隠れする必要はない。これから俺はまた新しい人生を開いて行くんだ》
晴れ晴れとした気持ちになった耕一は、じっとしていることができず、靴を履いて外に出た。
外に出た耕一の足は、伊勢佐木町に向かっていた。
久しぶりにザキ(伊勢佐木町の愛称)の通りを歩いた。
横浜オデヲン座の前に人だかりがしている。
アメリカの新しい映画が封切られるのだろう。
耕一は急に美味しいコーヒーが飲みたくなった。
最近、マロンという喫茶店のコーヒーが評判だ。
マロンに入って行くと、暗めの照明の中のソファーに、数組のアベック(最近はカップルという)
が座っていた。
オデヲン座で映画を観て、マロンでコーヒーを飲むというのが、ザキに来た若者のデートコースだったのだ。
耕一は空いていた中程のソファーに腰を下ろして、若い女給にコーヒーを注文した。
ポケットからヨウモク(外国のタバコ)を取り出し、火を付けてコーヒーが来るのを待っていると、
三人連れの、いかにもチンピラという風袋の男達が入ってきた。
《嫌な連中が来たな・・・・》
タバコの煙をゆっくりと吐きながら、耕一は三人のチンピラの動きを眺めていた。
続く・・・・・・。