クロの里山生活

愛犬クロの目を通して描く千葉の里山暮らしの日々

耕一物語ー逃亡の旅

2014-09-20 23:22:06 | 物語

夜明けが近い。

耕一は人気(ひとけ)の無い本牧埠頭を抜け、電車通りへ向かった。

本牧から横浜駅まで市電が走っているのだ。

そろそろ一番電車が走りだす頃だろう。

本牧には進駐軍キャンプがあるので、早朝から人や車の動きがあった。

耕一は、できるだけ平静を装い、ゆっくりと歩いて停留所へ向かった。

 

 

今頃、愛友丸の中は大騒ぎになっていることだろう。

今まで、耕一は逃亡の気配など微塵も見せなかった。

一番びっくりしているのは機関長の松さんに違いない。

機関長は、気が効いて良く働く耕一に目をかけていた。

その働きに見合う手当てを、航海が終わるたびに耕一に与えていた。

自分の息子のような天蓋孤独のその男が、真夜中に、この船から忽然と姿を消すとは、想像もしていなかった。

 

耕一にも、機関長には《申し訳ない》という思いがあった。

あの時、高島桟橋で拾われていなければ、自分はおそらく死んでいただろうと、思われるからだ。

命の恩人である。

その後、機関士助手として使ってくれ、色々と教えてもらった。

そして、一人前の機関士に育ててくれた。

本当に有り難いことであった。

健さんや板長さんにも親切にしてもらった。

あの船が、闇船でなければ、ずっとみんなと一緒に働いていたかった。

 

耕一は、孤独な寂しさには慣れているはずだったが、その時、急に涙がこぼれ落ちた。

人のぬくもりのある温かいところから一人離れて、またこうして歩いている。

言い様の無い寂寥感に襲われた。

 

 

 

本牧から市電に乗って横浜駅まで行った耕一は、そこで市電を乗り換え、真金町へ向かった。

その道中、耕一は車窓を流れる横浜の街並みを眺めながら、この1年間、愛友丸で過ごした日々を思い返していた。

気仙沼の明子のことも気がかりだった。

愛友丸が、気仙沼に寄航したら、耕一逃亡の話はすぐに明子にも伝わるはずだ。

自分の気持ちと状況を、取り敢えず手紙で知らせ、心配させないようにしないといけない。

 

時折、「チンチンチン」と鐘を鳴らしながら走る市電に揺られながら、耕一はそんなことを考えていた。

 

 

続く・・・・・。

 

 

 

 

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耕一物語ー脱出決行

2014-09-20 08:42:07 | 物語

愛友丸は、本牧(ほんもく)埠頭沖に投錨した。

すでに真夜中である。

板長が作ってくれた夜食を食べると、船の仲間はそれぞれ寝床に入った。

それから2時間後、静まりかえる船内を、耕一は音もなく甲板に上がった。

外は闇夜で何も見えない。

数百メートル先に、埠頭の明かりが小さく見えた。

聞こえるのは船に寄せる波の音だけだ。

耕一は、着ている衣類を脱いでパンツ一丁になった。

脱いだ衣類と靴、そしてお金が入ったビニール袋を風呂敷で慎重に包むと、それを頭の上に乗せて両端をあごでしっかり結んだ。

その格好のままで、甲板から垂らした縄梯子を伝って海に降りた。

 

春の海の水はまだ冷たかった。

耕一は、深呼吸をすると、静かに水の中へ身体を入れた。

そして、ゆっくりとした平泳ぎで泳ぎ始めた。

埠頭の小さな明かりを目指して・・・・・。

 

 

 

幸い、ほとんど波はない。

船中の誰かに感づかれさえしなければ大丈夫だ。

耕一は、祈るような思いで、ひと掻きひと掻き泳いだ。

 

30分ほど泳いで、ようやく埠頭まで半分くらいのところまで来た。

愛友丸を振り返ってみたが、特段の変化はないようだ。

耕一は海の中で一休みして、そして頭の荷物を縛り直し、再び泳ぎ始めた。

 

一時間後、耕一は本牧埠頭の岸壁をよじ登っていた。

愛友丸から追いかけてくる者はいない。

《やったぞ! 脱出成功だ!》

そこで一休みしたいところだが、休んでいるわけにいかない。誰かに見られたら不審者と間違われる。

用意したタオルで急いで身体を拭いて衣類を着た。

そして上着とズボンのポケットに札束を押し込んだ。

《地獄の沙汰もカネ次第だ。この札束が俺を護ってくれる》

 

 

札束で膨らんだポケットを確認すると、耕一は周りの様子を注意深く窺いながら、足早に歩き始めた。

 

 

 続く・・・・・・・

 

 

 

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