赤とんぼ(アキアカネ)。ベンチにて。
間藤駅は、紀行作家の故宮脇俊三さんが、77年に国鉄全線を完全乗車した際の最後の駅として、鉄道ファンには聖地として有名。
宮脇俊三
(1926-2003)1926(大正15)年、埼玉県に生れる。東京大学西洋史学科卒業後、中央公論社に入社。「日本の歴史」「世界の歴史」シリーズ、中公新書の創刊等を手掛ける。出版部長、中央公論編集長等を経て、1978年退社。同年刊行の国鉄全線完乗記『時刻表2万キロ』で日本ノンフィクション賞を受賞する。『最長片道切符の旅』『時刻表昭和史』『中国火車旅行』等で文芸の一ジャンルとしての鉄道紀行文学を確立した。『古代史紀行』等の歴史紀行、泉鏡花文学賞を受けた小説集『殺意の風景』がある。1999年、菊池寛賞を受賞。2003年2月26日、病没。『宮脇俊三鉄道紀行全集』全6巻(角川書店)がある。
「お化け屋敷×列車―ゾンビトレイン」ポスター。すでに終了した企画ですが。
60分間降りられない、新感覚お化け屋敷列車
2023年7月9日(日)・22日(土)・30日(日)、8月5日(土)・19日(土)・27日(日)、9月9日(土
トロッコわたらせ渓谷号(ガラス付き普通列車)を舞台に、列車内で発生する様々な緊急事態から回避・脱出・生存を目指す体験型イベント。大間々駅から通洞駅までの区間、途中下車はできないため、約60分間のお化け屋敷をお楽しみいただけます。
(この項、「」HPより)
足尾銅山本坑跡方向。
今回は、ここまで。「JR日光駅」行きのバスに乗って、「東武日光駅」まで。
閉山後の足尾銅山のようすは、次回に。
「日光市営バス」。
右手に「わたらせ渓谷鉄道」の橋梁。
長い「日足トンネル」を抜ければ、「日光東照宮」エリアに入ります。
旧道である細尾峠のつづら折れや車がすれ違えない程の狭隘道路は、日光と足尾を結ぶ大動脈として慢性的な渋滞を招いていたことから、1973年(昭和48年)10月22日に栃木平にて起工式が行われ、4年半の歳月を費やして1978年(昭和53年)3月30日に開通、総工費は65億円、トンネル幅は9m, 総延長は2,765 mにも及ぶ長大トンネルとなった。
このトンネルが国道122号の新道となり、細尾峠ルートは旧道に格下げされた。入口付近にはトンネル開通記念碑が建てられている。
日足トンネルの開通によって、足尾町(現在の日光市足尾町)の交通が改善されただけではなく、金精道路の冬期閉鎖に伴う迂回路としての機能が改善されたことになる。
昔から、このトンネルがある細尾峠は、足尾銅山で産出された銅などを日光東照宮周辺まで運ぶための索道が通っていた。足尾鉄道(後の国鉄足尾線、現在のわたらせ渓谷鐵道わたらせ渓谷線)の開通によって、索道は廃止された。足尾町は鉄道の開通によって、東京や桐生市への交通の便が良くなったのに対し、県都宇都宮市へのアクセスには峠越えか、または、桐生市・栃木市・小山市経由(鉄道では、足尾線 - 両毛線 - 東武宇都宮線または東北本線)で遠回りとなり、不便であった。また、日光市が隣にありながら、桐生市以外はどちらも行き来の不便な場所であった。天候によっては桐生市側の道路・鉄道が通行止め・運休になることがあり、孤立することがあったが、トンネルの開通によって、宇都宮と日光が近くなり、孤立することもほぼなくなった。(「Wikipedia」より)
大谷川。
あっという間に市街地に。
東照宮前の賑やかな通りを過ぎ、バスを降りてすぐ飛び乗るように「東武日光」から特急で帰京しました。
「リバティけごん」号。
切符を急いで買って。
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